かふぇ・あんちょび

このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。


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 イミグレーションの建物の前に机が出してあり、入国者はそこで手続きを受けるのだが、バスの乗客で外国人は僕とキヨの二人だけだ。
彼女が問題なく入国スタンプを押してもらった後、いよいよビザを持たずに来てしまった僕の番である。

 あのー、ビザなしで来ちゃったんですが、トランジットビザ発行してもらえませんか?

 ンン、ビザなしなら中国に帰りなさい。

いやいや、そこをなんとか…と言う僕に係官のオヤジは、では部屋の中でゆっくり話を聞こうか、と手を繋ぎ、じっとりとした指を僕の指にしっかりと絡めてきた…。
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  タシュクルガン発ススト行きの国際バスの乗客はほぼ全員がパキスタン人で、中国人の運転手と僕ら二人だけが例外だった。

中国側の国境で、モンゴルで取った中国ビザの上に 「 中国紅其拉甫 」 のスタンプが押され出国手続き完了。

紅其拉甫 は国境の峠フンジェラブの中国語表記なのだろう。

僕はキヨと違ってパキスタンビザを持たないままの出国なので、国境線上で宙ぶらりんになったようなマコトにココロボソイ気分であった。

 途中から公安だか国境警備の人民解放軍だかの兄ちゃんが乗り込んできて、手にした警棒でパキスタン人の荷物をつつき回しネチネチと荷物検査をした。

彼はそのまま国境までバスに乗ってゆくようで、顔立ちが似ていて少しはマシとでも思ったのか、僕らの隣の席のパキちゃんを強引に後ろにずらせ横に座り込んできた。

彼との会話が僕の中国語の使い納めでもあった。

 フンジェラブ峠に近づくとまわりが雪景色になり、生まれて初めての銀世界に喜ぶ僕はまたキヨにひどくからかわれた。

途中休憩の時にはパキちゃん達がおしっこをする横でひとり雪だるまを作って遊ぶ。

パキスタン人達は放尿の際、裾の長い民族衣装のためか立ちションではなくしゃがみ込むのであるが、其の姿はなんとも哀愁が漂って見えた。

 いよいよ国境通過であるが、バスは標識のところでいったん停車し、中国側の係官の兄ちゃんから、パキスタン側の係官のおっさんに引継ぎがあるようであった。

画像   画像

 両方に頼んで標識の両側で記念撮影。

 パキスタン領に入ると、新しく乗り込んできた係官のオヤジが皆に向かって何事かウルドゥー語で話し掛け、車内がどっと盛り上がった。

 みんな、おかえり。

とでも言ったに違いなく、こちらまで嬉しくなってきた。

 夕方に国境の町スストに到着。

ビザなしの僕はイミグレーションで一仕事しなければならない。

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 宿のフロント業務を担当しているのは、アブドゥルワハプとベフティアルという名のふたりの青年であった。

お客が少なくヒマを持て余している感じである。

大部屋の僕らふたりの他に、国境貿易をするパキスタン人達が数人泊まっているだけの様子であった。

中国とパキスタンをつなぐカラコルム・ハイウェイは、あとひと月もしないうちに雪で閉ざされてしまうのである。


 このふたり、ヒマつぶしに日本語でも勉強しようと考えたらしい。

夏の旅行シーズンには結構多くの日本人たちが国境を越えて行き来していて、カタコトにせよ言葉が話せれば仕事の役にも立つという事なのだろう。

日本語を教えてくれたら、風呂付きのツインの部屋を使ってもいい、というのが交換条件であった。


 風呂付きのツイン! キヨと僕はふたつ返事で承知した。

カシュガルを出てから、ずっと体を洗っていないのである。

バスタブのお湯に浸かるのなんか日本を出て以来の事であった。


 とはいえ、イチから言葉を教えてゆく訳にもいかないので、ホテルで使われるであろう言い回しを日本語-英語-中国語の三ヶ国語で表示する会話集を作るという事になった。

英語をキヨが、中国語を僕が担当したが、一番ケンケンガクガクの議論を巻き起こしたのは肝心の日本語の言い回しについてであった。


 部屋代は本来180元 ( 2070円 ) するらしく、実は僕はこんなに立派な所に泊まるのは旅に出て初めてであった。

それまでの大部屋のベッド代は15元 ( 173円 ) であるから、田舎町の宿とはいえデラックス・ツインではないか。


 久々の入浴、実に贅沢で素敵な気分であった。

ふたりで交代でお湯を楽しんだ後、残り湯に洗濯物を漬け置きしてしまうあたりは貧乏バックパッカー生活が染み付いてしまっているのだが。


 さて、折角の豪華な夜、もう少し演出してもいいだろう。

それなりのビジネス日本語会話集を仕上げた後、近所の雑貨屋でトルファン産のワインを買ってきて二人で飲んでみた。

これがまた甘ったるくてとうてい美味しいとはいえない味ではあったが、気分的にはゴージャスなホテルの部屋でシャトー・なんとかを飲んでいるツモリである。

標高が高いせいもあるのか、味はともかく酔うには酔えた。


 この辺からふたりともなんとなく妙な感じになってきたのだと思う。

湖畔のゲルでもここの宿の大部屋でも、何日も2人の夜を過ごしてきて別にどうという事もなかったのだが、この夜は両人の間の雰囲気がどうも違っていた。

夜が更けるにつれて会話も途切れがちになり、胸のあたりが落ち着かず居心地が悪い。

ワインのボトルは瞬く間に空になり、いよいよする事もなくなってしまった。


 ・・・そろそろ寝ようか。


 部屋の電気を消し、外からの月明かりが差し込む部屋でそれぞれのベッドの横になり、天井を眺めながら僕はあの時酔った頭で何を考えていたのだろう。


 とても眠れないままにしばらくしていると、隣のベッドからキヨの小さな歌声が聞こえてきた。

 

 … Amazing grace how sweet the sound  That saved a wretch like me ・・・

 

 ・・・ なんという素晴らしい恩寵であろうか こんなにも穢れた私すら救済してくれたその福音 ・・・

 

                ・

                ・

                ・


 重ねて言うが、今でもあれは恋とは違っていたと思うし、かといって性欲の捌け口を求めていただけとも思えない。

 

 キヨの匂いは石鹸の匂いだった。

 

 そして翌日、僕らは国境を越えるバスのチケットを2人分購入した。

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       飛んでイスタンブール

          作詞 ちあき 哲也 / 作曲 筒美 京平 / 歌 庄野 真代


     いつか忘れていったこんなジタンの空き箱

     ひねり捨てるだけであきらめきれる人


     そうよみんなと同じただの物珍しさで

     あの日洒落たグラス 目の前にすべらせてくれただけ


     おいでイスタンブール うらまないのがルール

     だから愛したことも ひと踊り風の藻屑


     飛んでイスタンブール 光の砂漠でロール

     夜だけのパラダイス



     胸にかすかに沁みた低い電話のサヨナラ

     かすり傷ひとつ残せもしない人


     そして性懲りもなくすぐに痛みもぼやけて

     今日は今日の顔で 描き飽きためぐり逢い描いてる


     おいでイスタンブール 人の気持ちはシュール

     だから出逢ったことも 蜃気楼真昼の夢


     好きよイスタンブール どうせフェアリーテール

     夜だけのパラダイス


     飛んでイスタンブール 光る砂漠でロール

     夜だけのパラダイス


        ポプラ並木

 夕方にタルクマン少年の家から宿に戻り、キヨに今日の散歩の成果を報告すると、彼女の方でも昼に面白い食堂を見つけたので晩ご飯を食べに行こう、という事になった。

 『 パンジャブフロンティア 』 というそのレストラン、パキスタン人の経営のようであった。

料理もお客さんもそのまんまパキスタンという感じで、さすが国境の町である。

 カレーを食べ、まわりのパキちゃん達を観察しながらチャイを飲む。

 ははあ、国境の向こう側はこんな感じなのだろうか・・・。

 そのうち彼らはモスリムのくせに中国産のなんだか怪しげな酒を飲み始め、だんだん面白い雰囲気になってきた。

おとなしく観察しているのも退屈になったので、キヨと二人で酒盛りに乱入して酔っ払う事にした。

かれらは国境を越えて品物をやりとりする運び屋さん、もっとカッコよくいえば貿易商の皆さんであった。

あのお酒が一体なんという種類だったのか分からなかったが、それはそれはマズい味がした。

それでも禁酒の国からやって来た彼らには、アルコールの酩酊感がたまらないに違いないが。

 そのうちキヨが国境越えについて彼らにインタビューを始め、一杯気分の彼らが口を揃えて言うには、なんとパキスタン側のイミグレーションでは、ビザ無しでやってきた者にも簡単にトランジットビザを発行して入国させるのだそうだ。

 !? はあ? みんながわざわざ北京の大使館で用意してくるパキスタンビザ、それほど重要ではないの?

 「 あなた本当に延々同じ道を戻って中国旅行続けるの? いいのかなあ、それで・・・。 」

 頬を赤く染めたキヨは、上機嫌で 『 飛んでイスタンブール 』 を歌い始めるではないか。

 ・・・・・・キヨねえさん、悪いんだけどその歌が流行ったであろう頃、僕はあまりに幼すぎたに違いない。

 だけど、僕にも更に西に向かう選択肢があるという訳ね。

アジアの西の果て、イスタンブールか・・・。

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       タジク族の家


 僕もキヨも基本の旅は独り旅であるからか、どちらも1日中行動を共にするのは好まないところがあった。

その日はふたりで町の郊外にある石頭城まで散歩に行った後、その場で別れて別行動をとったようだ。

ちなみにタシュクルガン・タジクという町の名前は、『 タジクの石の城 』 という意味なのだそうだ。


 町の外には湿地が広がっていて、牛や山羊が放牧されていた。

また牧民が馬に乗せてくれないかしら、と散歩がてら町外れの道を歩いていると、子どもが自転車にふたり乗りしてよろよろと僕を追い抜いていった。

ゴツい大人用の自転車であるから、まだ小さい彼の足の長さではサドルに座る事ができず、僕らが子どもの頃 「 三角乗り 」 と読んでいた乗り方で器用に巨大な自転車でふたり乗りをしている。


 ちょっと毛色の違う 「 ガイジン 」 を追い抜いた事に気づいた彼らは、危なっかしく自転車を停めると、僕に中国語で話しかけてきた。


 「 アナタは外国人でしょう? こんなとこで何してるのですか? 」


 そうです、日本人ですよ。 散歩をしているところです。 きれいな景色ですね。


 「 では、ボクの家に来ませんか? お茶でも飲んでいってください。 」


 まあだいたいこんなふうな会話だったと思う。

こうして僕は、タルクマンという名の11歳の少年の客人となって、おウチにお邪魔する事になった。

子どもの後についてノコノコとガイジンが家にあがりこんできたのだから、おかあさんはさぞかしたまげた事であろう。


 タジクの家は室内に一段高くなった座敷のようなものがあり、そこに絨毯が敷いてあって、ちょうど居酒屋のような感じの造りになっていた。

なるほど、それで宿の服務員のおねえさんはポットのお湯を持って部屋に入ってくる時に入口で靴を脱ぐ訳である。


 タルクマン少年は半ば強引におかあさんにお茶とお菓子を用意させ、弟や妹に僕との中国語会話を通訳し、そのホスト役としての態度たるやなかなか堂々としたものであった。

途中で自分の部屋から地球儀を持ってきて、


 「 アナタの住む町と、ここタシュクルガンとに印をつけてくれますか? 」

 ・・・むむ、多分ここら辺りだと思いますよ。

 彼の父親はタシュクルガン・タジクの県の人民政府で働く役人なのだそうだ。

きっとタジク族の中でも上流階級の一家に違いなかった。

 「 私は来年から英語を習うんですよ。今からとても楽しみです。 」

 お茶菓子で出てきたナンはおかあさんがあわてて焼いたものらしく、出来たてでとても美味しかった。

皿に大量に盛ってあってとても食べきれる量ではなかったが、帰りがけにおかあさんが新聞紙に包んでお土産に持たせてくれた。

 タルクマン少年も今では21歳のはずだが、きっと英語ぺらぺらの、次代のタジク族を担うエリート青年になっているに違いない。

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 タジクの婚礼を見物した帰り、キヨがこう訊いてきた。

 「 ねえ、アナタは、この人となら死んでもいい、と思う恋をした事ある?  私は、あるのよねえ…。 」

 ムム、また僕の負けか? 誰もが皆、そんなエキセントリックな恋を経験するものなのか?

 こんな当てのない旅をして辺境パミール高原の町なんかにいるからには、その恋は悲恋に終わったということなのだろう。

 旅人たちは皆、どこか不完全な人間のように感じる。
そしてその欠けているココロのパーツを捜して、旅を続けているのかもしれない。
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 止まってくれたバスはパキスタン人で満員であったので、乗降口の階段に腰掛けることになった。

彼らは濃い顔をしているが、愛嬌があってなかなか好印象である。

話しかけてくる人々のほとんどの話題は、兄弟や知り合いが日本で働いた事がある、という事であった。

皆日本でそうとういい思いをしたらしく、彼らの話の中の日本はほとんど夢の国といった感じだ。


 到着したタシュクルガンは本当に小さな町で、一本のメインストリートの両脇に商店が並び、その裏に民家が集まっている単純なつくりであった。

ポプラ並木の通りは寒々しい感じがした。

とうとう最果ての国境の町にたどり着いたわけである。


 住民のタジク族は格好も顔立ちもウイグルとは異なり、さらに西アジア色が濃くなった感じである。

西アジアに行った事はないのだが。

女性は独特のしゃれた帽子をかぶっていて、服装の色使いには赤を好むようだ。


 宿のレセプションや町の食堂では僕の中国語の発音はほとんど通じず、キヨとふたりで英語で話した方がかえって理解してもらえるようであった。

宿の大部屋に泊まると、シャワーなどの体を洗う設備がないらしい。

 

 最果ての町である。

キヨはここから国境を越えてパキスタンへ向かうのだが、僕は来た道を延々と東に引き返すわけだ。

 

 中国を旅した大抵のバックパッカーは、多かれ少なかれ中国、漢民族の嫌な部分を目にしていると思う。

僕はここまでの旅のうちの3ヶ月を中国に費やし、それなりに必死で言葉を覚えてきたし、なにより僕にとっての最初の外国がこの国であるから、他と較べて旅しやすいのか?とかそのへんがわからない。

キヨは英語のみでこの国の旅を強行し、我を曲げて人と妥協をするのが苦手そうな性格であったから、当然多くの壁にぶつかり、中国のすべてのものに対してかなりの悪印象をもっているようであった。

 

 アナタまだ中国旅行を続けるの? 信じられない。 私なら絶対にイヤ。

 

 そうまで言わないでいいではないか。

・・・中国はまあ別にいいのだが、延々4,000km同じ道を戻るのはたしかにうんざりする。

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 湖を離れる日がきた。

僕らの乗ってきたタシュクルガン行きのバスは、昼過ぎにここを通過するはずである。

 

 食堂の建物で朝食を食べながら厨房のおねえさん達に出発を告げ話をしていると、どうやらキルギス族の彼女たち、僕のことをずっとキヨの中国人ガイドだと思っていたらしい。

よっぽどこき使われているように見えたのだろうか。

 

 食堂の窓からぼんやりと外を眺めていると、遊牧民の少年たちの一団が、一頭の馬を曳いてこちらにやって来た。

 

 おじさん、馬に乗らない?

 

というような事を言っている。

アニキ、というような中国語の呼びかけがあってしかるべきだが、馬には乗りたい。

15元 ( 173円 ) は結構な値段だけど、まあいいや。

 

 乗ってみるとこの馬、曳き綱が鞍に結び付けてあって、カッポカッポとのどかに歩くように調節されているらしかった。

 

 綱は解いちゃダメだゾ。 パカパカは不好 ( ブーハオ ) だからな。

 

・・・冗談じゃない。

少年たちから少し距離が離れたところでさっそく解いてやって、その綱で尻を叩きまくって全力疾走に移った。

おお、モンゴルのちっちゃい馬よりずっと反応が良くていい気分だ。

 

 湿原をどこまでも駆けてゆき、いつも遠くに見えて気になっていた家畜の群れの方へと向かってみた。

快晴の空の下、雪を頂くムズターグアタからは雲が生まれているのが見える。

素晴らしい気分だ。

モンゴル流の、「 チョッ、チョッ!」 という腹からしぼり出すような掛け声に反応し、馬はますますスピードを上げてゆく。

 

 ラクダやヤクの群れの間を駆け抜け、家畜の群れを追っている牧民のおっさん達と挨拶を交わすと、彼らはニコニコと笑いながら、もっと鞭を入れろと大きな身振りで僕を挑発した。

 

 『 暴れん坊将軍 』 のオープニングのように湖のわきを駆けて少年たちのところへ戻ると、持ち主らしい少年以外の全員が大歓声で迎えてくれた。

もちろん後でお叱りを受けて、さらに10元払わされてしまったが、実に爽快な気分であった。

 

 

 ・・・遊んでいるうちにバスは通り過ぎてしまったらしく、キヨにさんざんイヤミを言われながら道路わきで2時間近く待って、カシュガル発ススト行きというバスをようやくつかまえる事が出来た。

スストとは国境の向こう側のパキスタンの町であるから、国際路線という訳である。

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 画像の雪山がムズターグアタ ( 標高7、546m ) 。

山の知識は全く持ち合わせていなかったのだが、とんでもない数字のように思えた。

自分の立っている場所からしてすでに富士山頂より高いのであるから恐れ入る。

 湖畔には2泊した。

周りはおっそろしく静かで、風の音だけが聞こえていた。

風景はその美しさを惜しげもなくさらしているが、それを愛でるのは唯一の宿泊客の僕らと、保養所を管理しているキルギス族の女性、そして遠くで家畜を放牧している遊牧民だけなのである。

 ・・・なんだか何もかもを捨てた駆け落ちの末に世界の果てまで逃げてきたような気分になる。

この気分全くの見当違いではなかったはずだ。

 全ては僕の受けた印象に過ぎないが、このオネーさんはもともとのとんがった性格の上に、カナダ留学生活などで体験したものが日本で大人しく生きてゆくのをますます困難にしているように思えた。

また旅に出ずにはいられなかったのではないだろうか?

30を過ぎた女性が、・・・いや、これは別に年齢や性別に限った事ではない。

僕だって同じである。

人が、住処を離れ収入の道を捨ててまでして、あてのない旅に何かを求めなければならないこの状況、自由で楽しいものであるとは言い切れなくなってきた自分がいる。

 昼には湖畔を延々と歩きながら、夜にはゲルで枕を並べ風の音を聴きながら、あの時僕らは何を話していたのだろう。

 もちろん、お互いの辛い人生を告白しあって心中の相談をした訳ではない。

恋人同士の甘い時間を過ごした訳でもない。

どうという事もない旅の思い出や、雪山やヤクの話をしていたはずである。

 ある時には、話の内容自体には全く意味がなかったりするものなのだろう。

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 早朝暗いうちに宿を出て、バスターミナルへ。

なんとタクシーをひろっての豪華移動であった。

二人だとこんな時も割り勘になるのか、としょっぱなから得をした気分になった。

バスチケットを買う時に窓口で訊ねたところによれば、タシュクルガン行きのバスに乗って湖で途中下車することになるらしかった。


 バスはのろのろと荒涼とした景色の山道を登り、そのうちに前方の山々の間の、ちょっと予想外の高さに雪山が見え始めてきた。

仰ぎ見る角度が半端ではなく、まさにそびえたつといった感じであった。

道路は谷あいの、氷河の雪解け水らしき流れの横を危なっかしく通っている。


 約10時間でカラクリ湖到着。

コングールとムスターグアタという名の7,000m級の山のほとりに薄緑色をした美しい湖面が広がり、静かなとても感じのいい所だった。


 俺、雪山をちゃんと見るの初めてだよ


壮大な景色に感動しながらキヨにそう言うと、さんざん馬鹿にされた。

モンゴルで出会った最初から感じていたのだが、この女性はなんと言うか自己顕示欲が強く、いつも会話の中でお互いの優劣をつけねばならない、とでも感じているような印象を受ける。

そして同時に、僕がそんなキヨを苦々しく思うのは、彼女の態度の中に自分自身の姿が垣間見えるからに違いなかった。

トーキョー人の彼女の日本での仕事はアルバイトだが、シーズンには南アルプスなどの山小屋で働いているのだそうだ。

まあ同じちいさな島国に住んでいるとはいえ、僕のトコでは雪が降らないのだから仕方がない。


 湖の周りには駱駝やヤクが放牧されていた。


 ヤク!


『 風の谷のナウシカ 』 に出てきた毛長牛のホンモノが、目の前にボーッと佇んでいるではないか。


 いやーこれは凄いわ。 カシュガルで東に引き返さずにキヨの口車に乗って本当によかった。



 湖のそばにはツーリスト用の保養所のような施設があり、ポツンポツンとモンゴル族のゲルのようなテントが建っていた。

もっと季節のいい夏にはもう少しにぎわいを見せるに違いなかったが、10月を迎えようとしている僕らの到着時、湖は見事に貸切り状態であった。

なんとも豪勢な風景独り占めである。


 ゲルは1泊40元 ( 460円 )。

宿泊費のみはリゾートプライスを維持しているという事であろう。

この火の気のないゲル、夜にはかなり冷え込んだ。

標高4,000mくらいはあったはずだからそれも当たり前ではあるのだが、トレッキングに備えてゴツいシュラフを持参しているキヨと違い、備え付けの重い冷たい布団で寝る僕はたまったものではなかった。

結局は無理やり寝袋のキヨにぴったりくっついて眠る。

 ・・・僕は当時24歳か。

好意と反感のないまぜになった年上の彼女への感情は、そう簡単に整理できるものではなかっただろう。

 いや、むしろ10年後の現在の僕ならば、投げやりさに欠ける分さらに混乱し悶々としているに違いない。

いったい彼女はあの夜隣で何を考えていたのだろう?

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