柳 宗玄 『秘境のキリスト教美術』

2010-05-26 23:18:54 テーマ:美術

人間には「秘境」に憧れる性向がある。それは人々の日常生活から地理的にかけ離れた世界に身を置くことによって、新たな思索や情念、感覚を得ることができると考えるからであろう。それは古代も現代も同じである。中世ヨーロッパのキリスト教世界に目を向ければ、好んで秘境を求めて旅立ち、彷徨い、ようやく辿りついた地にて苦行に徹し、人生を終えた無数の修道士たちの姿が、幻影のように浮かんでは消える。彼らにとっての秘境とは、トルコのカッパドキヤであり、アイルランドであるのはもちろんであるが、近代以降はヨーロッパの中心となったフランスやスペインでさえも当時は辺境の地であり、また彼らの文化の中枢であったギリシャ地方においてさえ、交通の便の悪い聖山アトスは秘境であった。本書は、そのような様々な「秘境」に築かれた修道院を訪ねた記録である。修道士の生活は苦しく厳しい。彼らが生み出した美術が、しばしば写実性を失い、簡素で、象徴的な傾向を持つことは、彼らの生活、人生の反映ではなかったか。そこには、古代ギリシャ美術における、あの見事な肉体美は跡形もなく、辛うじて生き永らえながら、何かを求めている人々の心のありようが、素朴に投影されているのである。


参考文献: 柳 宗玄 『秘境のキリスト教美術』 岩波新書

浅野和生 『ヨーロッパの中世美術』

2010-05-23 22:39:56 テーマ:美術

ギリシャ美術がローマ帝国時代を経て忘れ去られ、あるいは消し去られ、その後ルネサンス美術が勃興するまでの中世時代のヨーロッパ美術は、とかく技術面の後退、写実性の欠如を指摘されるため、私のような美術の素人はあまり良い印象を持たないものである。『ヨーロッパの中世美術』は、そのような読者の先入観を取り払い、そこに思いのほか豊饒で深遠な世界が遥かに広がっていることを提示する。ヨーロッパの中世美術はキリスト教と不可分であり、浅野はキリスト教に疎い読者のために、キリスト教にちなんだ様々なエピソードをそこかしこに散りばめ、読者の理解を助けている。また、少なくとも中世美術という点では、ヨーロッパの中心はコンスタンチノープルであったことを今更ながら思い知らされ、東ローマ帝国についての関心が否応なしに高められる。白黒ながら豊富な図版はありがたい。


参考文献: 浅野和生 『ヨーロッパの中世美術』 中公新書

澤柳大五郎 『ギリシアの美術』

2010-05-05 00:23:35 テーマ:美術

古代ギリシアの美術、特に彫刻について書かれた本である。もっとも、絵画はほとんど現存しておらず、壷絵などが残っている程度であるから、彫刻が中心となるのは必然である。時代の流れに沿って、ギリシアの美術がいかに変遷していったかが詳述されるとともに、筆者のギリシア美術に対する賞賛や憧憬が美しい日本語となって奔流のように頁を満たしている。白黒とは言え写真が多数収録されており、これ一冊でギリシア美術の全容を大まかに知ることはできよう。この本を読み終わる頃には、ヴィンケルマンやペイターといった人々がギリシア美術を賛嘆した理由が多かれ少なかれ感じられているであろう。


参考文献: 澤柳大五郎 『ギリシアの美術』 岩波新書

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