柳 宗玄 『秘境のキリスト教美術』
2010-05-26 23:18:54 テーマ:美術人間には「秘境」に憧れる性向がある。それは人々の日常生活から地理的にかけ離れた世界に身を置くことによって、新たな思索や情念、感覚を得ることができると考えるからであろう。それは古代も現代も同じである。中世ヨーロッパのキリスト教世界に目を向ければ、好んで秘境を求めて旅立ち、彷徨い、ようやく辿りついた地にて苦行に徹し、人生を終えた無数の修道士たちの姿が、幻影のように浮かんでは消える。彼らにとっての秘境とは、トルコのカッパドキヤであり、アイルランドであるのはもちろんであるが、近代以降はヨーロッパの中心となったフランスやスペインでさえも当時は辺境の地であり、また彼らの文化の中枢であったギリシャ地方においてさえ、交通の便の悪い聖山アトスは秘境であった。本書は、そのような様々な「秘境」に築かれた修道院を訪ねた記録である。修道士の生活は苦しく厳しい。彼らが生み出した美術が、しばしば写実性を失い、簡素で、象徴的な傾向を持つことは、彼らの生活、人生の反映ではなかったか。そこには、古代ギリシャ美術における、あの見事な肉体美は跡形もなく、辛うじて生き永らえながら、何かを求めている人々の心のありようが、素朴に投影されているのである。
参考文献: 柳 宗玄 『秘境のキリスト教美術』 岩波新書






