la maison est en ruine 

2011-03-13 13:03:28 テーマ:音楽

"la maison est en ruine"というシャンソンを奥田晶子が日本語で歌っている。これは、洪水に家も何もかもを流されて失った人々の想いを歌ったシャンソンである。


哀しみの終わりに/La Maison Est En Ruine 奥田晶子/Akiko Okuda
http://www.youtube.com/watch?v=mC9D6y_n3_Q&feature=related

思いもかけぬ洪水の前に 家も庭もひとたまりもなく 流されて何もない
つつがなく暮らしていた 愛の家も一夜のうちに 水と風に奪われた
丘の上に立ち腕の中で 息を殺し見つめる君 もう住めない生きていけないと泣きながら
隣の町には仲間がいる だからきっと誰かが 助けに来るから泣かないでお聴きよ

僕は知っているこんな風に 何もかにもなくした後で 立ち直った人たちを
僕をごらん怖くはないさ いつかきっとここよりもっと きれいなところを見つけよう
丘の上に立ち腕の中で 息を殺し見つめる君 もう住めない生きていけないと泣きながら
隣の町には仲間がいる だからきっと誰かが 助けに来るから泣かないでお聴きよ
やり直しだはじめから 僕にはまだ力がある 腕がある建て直そう二人の家を
さあ行こう今から君のもとで やり直しは初めから 君と僕でやり直そう今から

田村響 ピアノ・リサイタル

2011-02-26 02:12:11 テーマ:音楽

2011年2月19日 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール


ショパン: 夜想曲 第1番 変ロ短調 Op.9-1、ワルツ 第1番 変ホ長調 Op.18、夜想曲 第5番 嬰ヘ長調 Op.15-2、ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35


リスト: バラード 第2番 ロ短調 S.171、ショパンの6つのポーランド歌曲より 第5番 「愛しき人」 S.480、ソナタ風幻想曲 「ダンテを読んで」 S.161



田村響のリサイタルに出かけるのはもう何度目だろうか。まだ24歳という若さであるが、彼の音楽はもはや熟練した大家の風格を備えている。彼にとっては技巧が優れているというのは当たり前のことであって、それに加えて、麗しい諧調、美しいカンタービレ、堅牢な構成力、そして劇的な表現力、いずれも見事である。ショパンのピアノ・ソナタ第2番といえば、昨年、ブーニンの我が侭な演奏を聴いてうんざりしたが、田村響はそういう小手先の演出は行わなず、聴きなれたこのソナタを真摯に弾き上げた。リストのバラード第2番の途中に急に咳き込み、演奏を中断して楽屋に戻るという思わぬハプニングはあったものの、数分の後に再び舞台に現れた彼は、バラード第2番を最初から弾きなおし、ハプニングをすっかり忘れさせる名演を披露した。アンコールはメンデルスゾーンの「甘い想い出」、ショパンの「子犬のワルツ」、夜想曲第2番であった。

森有正 『日記』 1965年3月18日

2011-02-20 15:07:33 テーマ:文学

"人は苦しむことに苦しむのだ。世界から何事かがやって来るのを客観的に待っているだけでは、何も得ることは出来ない。絶対に、何一つ得られないのだ。なぜなら、食欲も、性欲も、生理的欲求も掻痒感も、分析によって減少させることは出来ないからである。分析して役に立つのは、結局のところ重要なのは意思だけだという事実を発見させる点にある。それで凡ての幻想が霧散してしまう。そして人は剥き出しの状態にある己の意思に対面せざるを得ないのである。"


参考文献: 『森有正エッセー集成3』 398頁 ちくま学芸文庫

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