皆さん、こんにちは。私のBlogにお越しいただきましてありがとうございます。
ここではまずはじめに、どのように私がスウェーデンと出会ったのか?そして、どのような経緯でスウェーデンの研究を始めたのか?始まりの始まりを書いていきたいと思っています。
私が大学生時代を謳歌していたちょうど2000年ごろ。世界はアメリカ発のグローバルスタンダードに翻弄され、その犠牲の上に「すでに景気の波は克服した」とまで豪語したニューエコノミーといわれる空前の好景気に沸くアメリカがありました。
がしかし、受験勉強の反動で学生生活を満喫していた私にとっては、そんなことどうでもよいことでした。
そのころの私は、高校生のときに嫌で嫌で仕方なかった受験勉強から開放され、その反動からまったく勉強もせず、毎日友人と語らい、お酒を酌み交わし、バイトをそれこそスケジュール帖がびっしり埋まるくらいにやって、そのお金をパーッと使う、そんな生活をしていました。このままなんとなく楽しければ、それでいいか~くらいに思っていました。
がしかし、そんな私の考えを一変させるすばらしい出会いがありました。
それは「恩師」との出会いです。私にとってのゼミの先生で指導教官でした。
その恩師で出会って私は生まれて初めて「学ぶことのおもしろさ」に出会いました。
今までの受験勉強は「ある答えにいかに早く、正確にたどり着くか?」ということばかりでした。どうもこの「答えがある」というものが自分にはしっくりいかなくて、そんなことやっていったいどんな意味があるのか?と毛嫌いしていました。
がしかし、ゼミの勉強は受験勉強のそれとまったく違うものでした。
「正解のない問題にどうやって答えを見出すか?」
先生も学生である私たちよりチョットさきに勉強を始めたばかりだから一緒に考えようというスタンスでいてくれたこともありがたかったです(実際はチョット先どころではなかったのですが、そう見せてくれたところに人間の器の大きさを感じます)
そうやって夢中になって勉強しているうちに、私の中にふつふつと疑問が浮かんできました。それは、
「日本と言う国は世界第2位の経済大国なのに、なぜこんなに人々の幸福度は低いのか?」
と言うことでした。これは子供のころから漠然と思っていたことですが、日本経済の仕組みを学べば学ぶほどこの疑問が大きくなっていきました。というよりもなんだかその思いがはっきりしてきたというほうが近いかもしれません。
子供のときから、ずっと疑問に思っていたこと。なぜこんなに面白くない勉強(受験勉強)をやらなければならないのか?受験勉強をやればやるほど、どんどん可能性が狭まっていくように感じるのはなぜか?どうして一度就職したら仕事を変えてはいけないのか?また変えることが難しいのか?どうして多くの人が嫌なことを我慢して生きているのか?
疑問はどんどん沸くばかりでした。それは一言で言うと「不自由な社会」そして「自己表現がまったくできない社会」ということだったのです。
景気がよくなっていくことが規定路線だったときはそれでもよかったのかもしれません。嫌なことであっても一生懸命がんばれば
今日より明日がよくなる
と実感を持って思えたからです。そしてそれが明日生きる希望となっていたことでしょう。規模の違いはあれ、みんながそれぞれ豊かになる社会。そんな当時の日本社会は理想郷だったのかもしれません。
がしかし、2000年時点で私が学んで愕然としたことは、
「日本は今後、それほど大きな経済成長は見込めない」
ということです。未来に確実ということはないので、ものすごい技術革新があって、ものすごい経済発展があるかもしれません。がしかし現在の延長線上でものごとを考えていくとやっぱり日本は今後大きな経済成長は見込めないというのが当時の私が出した結論です。なぜここまではっきりと言い切れるかというと、
「日本は少子高齢化社会になって行き、人口が確実に減る」
ということが統計的にはっきりとしていたからです。一国の経済規模は当然ながら、人口×一人当たり支出額で決まるため、人口が減れば必然的に経済規模も小さくなる。至極当たり前のことです。
これがわかったとき悟ったことは、戦後日本社会が目指した「経済成長による幸福の追求と達成」という考え方そのものが通用しなくなったのだなということです。
(私はこれを「経済成長至上主義」と呼ぶことにしました。)
では、どうすればこの日本をもっともっと住みよくて、豊かな社会を築くことができるのか?そうやって考えるようになりました。それも
既存の「経済成長至上主義」的な考え方ではなく、別の考え方、いうなれば理念を求める旅
だったように思います。
そのころのアカデミックは場では空前の好景気に沸くアメリカに注目が集中しており、「ニューエコノミー」の話で持ちきりでした。アメリカはこうである、であれば日本も同じことをして経済を立て直せるのではないか?そういった話題で持ちきりでした。私を除いてですが。。。
私はアメリカのニューエコノミーうんぬんより、そもそも前提が経済を立て直してさらなる経済発展を目指そうとしているところに問題の根本があると思っていました。ようはその前提自体が既存の考え方から脱し切れていないわけで、そもそも人口は減るのだからそんなこと逆立ちしたってできない、つまり根本的問題解決にはつながらないのです。
「経済成長至上主義」に変わる新時代の考え方はないのか?そうやって学びを進めるうちに、「経済成長市場主義」ではなく
「すべての人に自分らしく生きることのできる社会」
を追求している国があることを知りました。それがスウェーデンだったのです。
「すべての人が自分らしく生きることのできる社会」言葉はステキで、まるで天国のような理念に私は感動しました。と同時に、「そんなの理想論であって、現実は違うんだろ??」と疑いもしていました。
とにかく興味深い国、それが私のスウェーデンに対する最初の印象であり、私とスウェーデンとの出会いでした。
こうして運命の出会いを果たしたのですが、これはこれから続く長い長い旅のほんの始まりに過ぎなかったと今だからこそいえますが、その当時の私は知る由もなかったわけです。。。
というわけで、私とスウェーデンの出会いをかかせていただきました。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。