【はじめに】


僕は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しながら、シナリオを勉強しています。


(プロットライターの説明は、フリースペースに書いてありますので、そちらをご覧ください)



ブログには、映画やドラマなどの分析、映画界、テレビドラマ界の現状についてを書いて行こうと思っています。



また、プロのライターを目指すものとして、「文章の書き方」、「企画、アイディアの見つけ方」なども書いて行きたいと思いまので、よろしくお願い致します。



ドラマ、映画だけではなく、小説、演劇、漫画、落語などの物語に興味のある方、ぜひお立ち寄りください。

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2012-05-24 22:24:01

自主映画と商業映画の融合

テーマ:映画

久々に最近の日本映画を堪能させて頂きました。


最近と言っても、2005年の映画ですが、山下敦弘監督作品、

「リンダリンダリンダ」という作品です。



新人ライター奮闘記


さわやかでありながら、尚且つ飽きさせない。


そんな映画に出会えたことに、この場を借りて、感謝の言葉を伝えたい気分です。

さわやかって言うのは、つまり大袈裟なドラマチックな展開を控えているということ。

しかし、それでもこの映画は、全国劇場系の映画として観客を飽きさせない極上の娯楽作品に仕上がっている。


そこが、まず凄いと思いました。

クライマックスまで、なるべくクローズアップを使わないカット割りのセンス。

役者に自由に演じさせているようで、しっかりとコントロールしている演技指導の的確さ。


そして、この作品が脚本を担当している向井さんとの相性の良さがおそらく一番出ている作品ではないでしょうか。

注目すべき点は、回想なし、ナレーションなしで作品をエンターティメントにしているところにあります。


ハリウッドやヨーロッパ、アジアなどにも、回想なし、ナレーションなしの映画ってないことはない。

でも、それが娯楽作品、全国劇場系の作品となると話しが違ってくる。

現代のシナリオライター志望者にとって、回想とナレーションに頼らずに作品をつくるのは、なかなか難しい事のように思うんです。

物語を盛り上げるために、登場人物の過去に何かがあったという設定をつくったとします。

その瞬間、客にその情報をどのように伝えるか?また謎のままストーリーを進めても大丈夫か?という葛藤が出てきたりする。


ミニシアター系のマニアックな観客に向けて作品をつくるなら、「解ってもらう人にだけ解ってもらえばいい」と宣言して、登場人物の過去に何かがあったと匂わしておいて、そのままラストまで行くという作り方もOKだったりするのです。


まぁ、そこは、プロデューサー、監督と相談になるとは思いますが、ミニシアター系の企画は、全国劇場系の企画に比べて、そのへんがアバウトだったりします。

しかし、全国劇場系の映画は、企画が動き出した瞬間から、「ヒットする企画なのか?」という議論なしには進めれないものなのです。

「解ってもらう人にだけ解ればいい」というスタンスで、なかなか企画を進められない。

そこに、「解りやすくするためにナレーション、回想を入れたほうがいいのかな?」という不安材料を意識してしまったりするのです。


だから、「宇宙兄弟」や「テルマエ、ロマエ」のように、すでに売れている漫画を原作として採用し、企画が動き出すというのも頷けますよね。

売れてる漫画を取り上げておけば、とりあえず知名度があるので、大コケはしないだろうという制作サイドの思惑があるわけなんです。


けれど、この「リンダリンダリンダ」という作品は、「解ってもらう人にだけ解ってもらえばいい」という感覚を失わずに、「多くの人に理解されなければいけない」という宿命も忘れていないんです。

その絶妙なバランス感覚に、心を撃たれました。


「これ以上、カットを長くしたら飽きるんじゃないか?」と思ったら、パッと次のシーンに行ったり(笑)、「これ以上、芝居の間があったら飽きるんじゃないか?」と思い始めたら、役者がじゃべり始めたりする(笑)。

ギリギリのところで、全国劇場系の娯楽映画にしていて、勉強になりました。

これは誰にでも出来る芸当ではありません。


独特のワンシーンワンカットのおかげで、本来ならシラケるはずの女子高生がはしゃぐシーンや友情を語りあうシーンが、まるでそこにいる人達を見ているかのような臨場感を引き出す事に成功しています。

今から、「天然コケコッコー」を観るのが、楽しみでしょがない(笑)


皆さんにも、この喜びを味わって頂きたい。

2012-05-07 23:32:34

泣かせのテクニックを考える

テーマ:物語

映画界には、昔から「オリンをコスる」という言葉があるという。


「仁義なき戦い」の脚本家、笠原和夫さんは、生前、インタビューの中で、「オリンをコスる」について説明してくれています。

「昔、「母もの映画」というヒット路線の映画が多産されていた頃、母と子の別れの場面ではヴァイオリンを掻き鳴らし観客の涙を誘ったものだった。

それで感動的な場面のことを「オリンをコスる」というようになった」


この物語をつくる時に使われる「オリンをコスる」というテクニック、今ではドラマ、映画、小説の中で、当たり前のように使われていますよね。

映画やドラマを宣伝する時にも、「泣かせるラブストーリー」とか、「涙なくして観られない」とか、泣かせることを前提にしたキャッチフレーズを多用しているように感じます。


それは、きっと、それだけ観客、視聴者が心の中で、グッとため込んでいた涙を一気に流したいと願っているからなんでしょうね。

何かのテレビ番組で観たんですが、心理学的にも人間は、涙を流すことが精神的にも良いとされているようなんです。


しかし、あまりにも長い間、「オリンをコスる」、「泣かせのテクニック」を使っていると、だんだんと飽きてくる人たちが出て来る。

「お涙頂戴」という言葉も観客の泣かせのテクニックに飽きたという気持ちが作った言葉ではないでしょうか。


3,11を報道した多くのテレビ番組は、ドキュメンタリーという名を借りて、「お涙頂戴」をやろうとしていました。

観る側もそれに気づき、なるべく「泣かせのテクニック」を使っていない報道番組を選んで観ていた風潮があったような気がしてなりません。

観客、視聴者もオリンをコスるテクニックに完全に気づいているという事なんでしょう。


これは、物語に関わるすべてのライターにとって、切実な問題です。

視聴率を取るために、売れる作品を書くために、オリンをコスらなければいけない。でも、オリンをコスる事に飽きて、お涙頂戴と批判する人もいる。


葛藤は大きくなるばかりです。

これは、今、プロとして活躍する小説家、脚本家、戯曲家なんどを集めて、「泣かせのテクニックとは?」というテーマで、座談会をやってほしいぐらい気になる問題なんです。

今、現在の僕の結論を書いておきたいと思います。


物語の中には、お涙頂戴とは違う、本物の「オリンをコスる」場面、描写が存在するはず。

そもそも泣かせることを目的にするのではなく、作者が伝えたい想いの中に、「オリンをコスる」テクニックも含まれている。


職業作家、専業作家になるためには、意図的にオリンをコスらなければいけない時も出て来ると思う。

しかし、そんな中で、心の想いを伝えるためのテクニックであって、テクニックのためのテクニックではない、という事を忘れずに書き続けて行く事が重要である。


僕は、前に書いた事を心において、これからも本物のオリンをコスるテクニックを勉強して行こうと思います。

この問題は、プロを目指す人だけではなく、映画、ドラマ、小説、漫画などを愛する多くのファンの方々も気になっているのではないでしょうか。

難しい問題でございます。

2012-05-02 21:49:49

出会えて良かったアニメ映画

テーマ:映画

出会えて良かったアニメ ブログネタ:出会えて良かったアニメ 参加中
本文はここから


出会えて良かったアニメって何?と聞かれたら、あなたならどんなアニメを答えますか?

まず、日本人なら宮崎アニメ、ジブリアニメを思い浮かべる人も多いはず。


「となりのトトロ」、「天空の城ラピュタ」、「魔女の宅急便」、「もののけ姫」、などなど。

様々なジブリ作品が出て来る事でしょう。

しかし、僕はあえて、ジブリ作品が多くの影響を受け、今も尚、目標にしているディズニーアニメ、それもピクサー作品を取り上げたいと思います。


ピクサー作品でまず思い浮かべるのは、何と言っても「トイストーリー」。

ウッディ、バズなどの愛くるしいキャラクター達を忘れる事はできません。



でも、僕は「トイストーリー」よりも、この作品を挙げてみたい。


新人ライター奮闘記


「カールじいさいの空飛ぶ家」


この作品は、ディズニー配給アニメ映画の中で、最も新しい事に挑戦している映画なのではないか?と僕は思っているんです。

最大の挑戦は、主人公が「じいさん」だということ(笑)


今まで、ディスニー配給アニメ映画と言えば、おとぎ話を題材にしたストーリーを採用し、キャラクターも綺麗で優しいお姫様や子供たちに馴染みのあるキャラクター達だった記憶がありますよね?

それは、やはりウォルト・ディズニーが子供達に見せる作品づくりを強く意識し、夢と希望、勇気をモットーに作品を作って来たからだと思うのです。


だから、ピクサー制作サイドがキャラクターを作る時、ウォルト・ディズニーの精神を受け継いで、子供達が観て、気に入りそうなキャラかどうかをつねにチェックしながら作っているのではないか、と想像する事ができます。

けれど、この作品は、そのお約束を、じいさんを主人公にすることによって、あえて破っています。

そこに、面白さと挑戦する気迫を感じてしまうのは、僕だけでしょうか。


「じいさんが主人公でも、子供から大人まで楽しめるディズニーアニメを作ってみせる!」と、高々に宣言する声が聞こえて来るような気がしてなりません。

もしかしたら、制作会議の時に、「じいさんを主人公にして、子供達が喜んでくれるのかな?本当に大丈夫?」という意見が出て来たかもしれない。

しかし、そんな意見を跳ね除けて、作品が完成したことに、ささやかな感動を覚えてしまうのです。


この作品の挑戦は、まだあります。


面白い映画は、冒頭10分が素晴らしいこと。

そして、説明くさい描写を避ける事が重要であること。

この二点が面白い映画をつくるうえで大事なポイントであると、このブログで力説させて頂いた事がありました。


今回の「カールじいさんの空飛ぶ家」も、この二点のポイントをもちろんクリアしています。

まず、冒頭、カールじいさんと妻が出会う場面と結婚生活が描かれます。

カールじいさんと妻との出会い、結婚生活なので、丹念に描きたいという意識が強まり、ダラダラと描いてしまう危険性があります。

しかし、この作品は、見事にその危険性を回避しているんです。


絶妙の音楽に乗せて、じいさんと妻の結婚生活をサイレントで描いているんです。

これが、本当に見事なんですよ(笑)

ハリウッドの脚本家達の腕に改めて、感心した瞬間でもありました。


じいさんと妻の結婚生活はまだ物語の本筋じゃないんです。

それでも、思わずグッと涙を流してしまいそうなぐらい繊細な夫婦の想い、愛情を描いています。

この冒頭のカールじいさんとその妻の生活を目撃するだけでも、「ああ~、観てよかった」と、思ってしまうでしょう、きっと(笑)。



まだまだ語りたい事はありますが、結局、ラストシーンまで説明したくなってしまいそうなので、辞めておきます(笑)

皆さんにも、ぜひカールじいさんに会って、頂きたい。

ビリーの切実な願いです。


ああ~、本当に、「カールじいさんの空飛ぶ家」というアニメ作品に会えて良かったぁ~(笑)。

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