今日の鼻歌(原付走行中)
君という花/ASIAN KUNG-FU GENERATION

退屈だったので、あてもなく原付を走らせた。梅雨もそろそろ明けるだろうという晴れ間、じめじめした部屋に籠っていても気分にまでカビが生えそうで。

ドラッグストアで缶コーヒー買って、なんてケチケチしたことは考えず、先ずはカフェへ寄ってさっぱりと喉を潤そう。そんで読みかけの文庫本のしおりの位置を少し先へと進めよう。それから、山のふもとや高速の下や新しい道路や川べりや知らない住宅地や飛行場や船着き場や古い町並みや歩き慣れた道や、とにかく思いつくままTシャツにバタバタ風をくぐらせながら走ろう。

誰が乗ってても同じような服装+外付けスピーカーでまき散らす歌謡ヒップホップのビッグスクーターに追い越され、僕は時速35キロ位で爆音のこの鼻歌を向かい風に叩き付ける。

まあ機会があったら聴きたいな、程度の思い入れしかなかったこのバンド。たまたま無料ダウンロード出来たこの曲は最近の脳内ヘヴィーローテーション。なんという歌いづらい歌詞ののせかただ。“何気なく何となく進むよ”だと思ったら“進む淀みあるストーリー”と続くとは、気を抜けないメロディラインだ。

本当のことを言うと、この歌の歌詞がどういう状況でどういう感情を歌い上げているのか、実はよく解っていない。なんとなくは解るような気もするのだが、今ひとつピンと来ない。ヘルメット載っけた頭で前から後ろに流れていくあらゆる景色を重ねながら考えたりしたけれど、うまく思い浮かばない。

うっすらと感じることはある。でも、共感できたとしても共鳴はできそうにない。

こんな感じでちょろちょろと原付を走らせ回って、ちょっとした冒険気分を味わったりしてんのは10年前と何にも変わっていない。けれどももしも10年前の自分がこの歌を聴いたならあっさりと、歌の奥底の感情と自分の感情を重ね合わせて震わせることが出来ただろうにと思う。
素敵な曲だと僕は思う。でも、もう同時代性という魔法は僕には効かなくなっているのだろう。この歌に込められているみずみずしい感性なんてところは、もうとっくに走り抜けてしまったのだろう。

大人になることと老け込むことが違うことであるように、子供の心を持ち続けることと子供じみていることは違う。この原付が年季の入ったスクーターに見えるかポンコツに見えるか、このTシャツやジーンズやスニーカーが味わいある古着に見えるか着古しに見えるかは、僕自身の振る舞いにかかっている。ギターロックを鼻ずさむのが心の震えなのか只の若作りなのかは、僕自身の感性にかかっている。

間違いなく心のどこかに埋もれているはずなんだ、この歌と間違いなく感応する弦が。リラックスして探し出せたら、きちんと手入れして改めて聴き直すことにしよう。そん時にはひと世代上ならではの深みもさり気なく加えて鼻ずさめる奴になっていたい。
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CROSS ROAD/Mr. Children

テーマ:
今日の鼻歌(台所にて)
CROSS ROAD/Mr.Children

なんでか知らんがここ数日来、僕のマッキントからはどのブラウザを使ってもデザインが崩れてしまい、まともにこのページが読めなくなっていた。amebloさんに問い合わせのメールを送ったけれど返事が来ないので困っていたのだが、とりあえず違うデザインを選べば正常に表示されるようなので、この際変更することにした。前のものは結構気に入っていたのであるが仕方がない。

ところで長らく記事を書いていなかったけれど、どうにか僕は生きている。サボっていたと言われればそれまでだが、僕はこのページは自分のウェブサイトのコンテンツのひとつとして位置づけているので、本家サイトの日記すら書き続けるのが精一杯な状態が続けばどうしてもここを開くことさえ忘れてしまう。ここだけを楽しみに読んで下さってる方々、ここだけで繋がって下さっている方々には大変失礼なことをしてしまったと思う。ごめんなさい。

でも、また滞ると思うので、あらかじめもうひとつ、ごめんなさい。

という感じで書き始めてはみたものの、最近ほんとうに新しい音楽を仕入れない生活が続いているので、僕の脳内iPodは10年も20年も前の歌を最新ヒットのパワープレイみたいに繰り返し繰り返し流し続けている。一体僕の脳みそは何ギガバイトなんだろう。バージョンアップはもうされないんだろうか。

そんな流行遅れな僕の脳みそが最近よく流す歌のひとつがこの歌。Mr. Childrenの歌は、不意に襲いかかって来る大きな波のように、時々僕を飲み込んでいく。
CROSS ROADって歌よりもINNOCENT WORLDのほうが、あの頃は好きだった。でも歴史に残る歌はどちらかと考えれば、多分CROSS ROADのほうだと思う。この歌は生まれながらのスタンダードナンバーだろう。
そして今の僕は、どっちも同じ位好き。

好きな度合いの他にも、あの頃の好き具合と今とでは変化がある。
昔は“真冬のひまわりのように/鮮やかに揺れてる/過ぎ去った季節に/置き忘れた時間を/もう一度つかまえたい”という部分を鼻ずさむ時に胸がキュッとしたが、今は“誘惑に彩られた/一度だけの誤ちを/今も君は許せぬまま/暮らす毎日”のところで胸がズキンとくる。

そんな感じで、人間は変わっちゃうものだ。否応無しに。
全ての瞬間がCROSS ROADをどちらかへ渡るようなものなのだから。
そんなことを、ふと思った。
じゃあこの先、僕はこの歌のどの部分に心を震わせることになるんだろうな。

という感じで久しぶりに記事を書いてみた。
ブランクがあるとなかなか上手く書けないものだ。
で。
ついでと言ってはなんですが、ここを読んで下さったあとで、こちらなんかへも回り道して下されば幸い。

「たいせつ人フォトリレー」中継
専用カメラにあなたにとっての「たいせつ人」を写真に撮っては次の人へとリレーをしていき、最終的にその写真達を集めて展示会を開き、自分が撮った写真を持ち帰ってもらうというアートプロジェクト。額師風雅さんのフォトリレープロジェクトチーム(フリプチ)によるレポートや制作裏話などのblogです。僕もカメラの第一走者として参加させて頂きました。愛媛県外にお住まいでカメラが回ってこない方も是非、blogをご覧になってわくわくして下さい。

それと、
自転車で大陸を越えるブログ
僕のこのページに初めて読者登録をして下さった、チャリンコライダーmamoruさんのblogです。北米を縦断した後の一時帰国充電を終えて、いよいよ明日から南米へ向けて走り出すそうです。自転車に乗れない方も旅に出る暇がない方も是非、blogをご覧になってわくわくして下さい。

そこまでドラマティックでないにせよ、僕も少しは誰かをわくわくさせてみたいなんて思った。どうせ数々の瞬間を危なっかしく渡り歩いているのならば。そんな人生を選んでしまったのなら。
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ハナミズキ/一青窈

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今日の鼻歌(寝床にて)
ハナミズキ/一青窈

今朝、妙な夢の途中で目覚めた。友達がアメブロを始めて、僕の書いた記事にトラックバックをつけてくれるという夢。目が覚めた瞬間に、頭の中に残っていたこの曲のメロディを実際に鼻ずさんでいた。夢の中で書いていた記事のタイトルが「ハナミズキ/一青窈」だったからだろう。
だから実際に記事を書いてみる事にした。あの友達がトラックバックを付けてくれたら面白いな。

一青窈がええいああと歌いながら多くの人の目に留まるようになった頃、僕は日本に居なかったので、彼女に熱を上げるにも毛嫌いするにもタイミングを失っていた。戻って来てからも、そんな人がいてそんな歌があるというくらいの関心しか持てないでいる。
ただ、その後に聴いた「ハナミズキ」というこの曲は、なんとなく鼻ずさんでしまうことが多い。多分気に入ってるのだろう。

この歌の歌詞の意味は、正直言ってよく解らない。
自分が想う人は自分ではない人を選んだので、その人と幸せになって欲しいと願っている、という感じの内容だろうか。
そんな気持ちを好きな人に対して持てるだろうか、そんなの偽善じゃないだろうか、と若い頃の自分なら、そう思ったはずである。でも今は思わない。ゆったりと優しく、その気持ちをなぞる事ができる。

以前、また別の友達が、この歌をとても良いと自身のウェブ日記に書いていた。ある時、久しぶりにその人と会って一緒に喫茶店のランチを食べた。店を出て駐車場へ向かい、その時に隣の敷地の垣根越しに見えた植物を「ハナミズキ」と言うんだと教えてもらった。見上げると秋空に紅く燃え盛っていた。見たことはある植物だったけれど、この木が、あの歌の木だってことを、その時初めて知った。
花ではなく、葉っぱなのだ。でも花よりも美しいのだ。

夕べ届いたメールで、知人(と言ってもこちらが一方的に知っているだけなのだが)の死因を知らされた。数日前の訃報だけでもかなりショックを受けたのだが、とても信じられなかった。もしも僕らが世間話を出来る位に親しい関係だったなら、何かしらそのきっかけを解きほぐすことが出来たかもしれない。いや、でも、無理なことだったんだ。

その決断は、選ぶ前よりも、あなたを楽な気持ちに出来たのだろうか。それがただ気がかりだ。あんなに沢山の人に慕われていた姿を知っているから、そうでないなら、やりきれない。
「ハナミズキ」の歌詞を眺めていたら、あなたの名前が偶然織り込まれているのを見つけたよ。だからきっと、あんな夢を見たんだね。姿を見かけることはなくなっても、あの木を見つけたり、この歌を不意に思い出したりした時には、あなたのことも気にかけるよ。
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今日の鼻歌(伊予柑倉庫にて)
TEPCOひかりに決めた唄/奥華子

すごく久しぶりにアメーバブログの画面を開けた。しばらく放ったらかしにしてた間にも、どうやら最低でも毎日ひとりは訪問して下さる方がいたようで、有り難いとともに心苦しいやら申し訳ないやら。そして久しぶりに書く記事がこんな内容というのもアホらしい。

まあぶっちゃけて言えば、ここを宣伝代わりに使わせて頂きます。
これを読んで下さる方にお願いしたいことがあるんですよ。
関東地方にお住まいの方ならお馴染みだと思いますが、東京電力のTEPCOひかりという光ファイバーケーブルのサービスがあるんですよね。そこのウェブサイトの企画で、CMソングの替え歌を募集してたのを偶然見つけたんです。
それに何気なく応募してみたら、予選を通過したみたいなんですよ。

で、今その人気投票が行われています。
お願いって言うのは、ええ、それなんです。
そこまでいってしまったならいっそのこと、賞金も狙いたくなるのが本音。
グランプリの選考には、そのお気に入り投票の結果も重視されるということなので、まずはその作品を見てって下さい。
そんで、上手く作ってんじゃん!と思われたら、採点して頂きたいのです。
メールアドレスひとつにつき5点満点で投票できます。
投票した方には抽選で音楽ギフト券が当たるようですよ。
締め切りは2月13日。どうぞよろしくお願い致します。
僕の拙い応募作品はこちらです。

まあこうやって宣伝することが、TEPCOひかりの宣伝になるわけだから、許されますよね、東京電力さん。そもそも僕はサービスエリア外に住んでるから、加入すら出来ないので、この程度しかお力になれませんよ。
でも上手く考えた企画だなと思いました。替え歌の歌詞を考えるには、そのメロディを頭に叩き込まないといけないので、サイトでCM映像を何度もストリーミングして暗記しちゃったし。そんなことしていると、TEPCOひかりの特長なんかも気が付けば頭の中に入ってしまっているし。本上まなみさん可愛いと思うし、うん。

それと、これも狙いなんだと思うんだけど、替え歌募集のページはやたら重く作ってある気がするんだなあ。ADSLであっても表示されるまでがなんだか遅いなって感じるんですよ。きっとTEPCOひかりに替えたらパパッと表示されるんだろうなぁ……替えよっかなぁ。と、思わせる作戦なんでしょう。

だけど何よりも巧い作戦なのは、このCMソングそのものだぁねぇ。ついつい頭から離れなくなって、鼻ずさんでしまうタイプの歌だもん。ヒットが確約されているJ-POPのサビの部分を持って来られるよりも、こういうオリジナルソングがふわっと耳から入るほうがインパクトがあるんですよ不思議と。作曲された奥華子さん、メジャーデビューもされてるようですね。メロディメーカーとしてのセンスと才能が気になります。もっといろいろ作品を聴いてみたいな、とこれまたCMの思う壷。

つーわけで、モロ太鼓持ち記事です。投票期間が過ぎれば削除するかもしれません。
ま、今までだって大して中身のあることが書けてた訳でもないので、いつもの事だと皆さんに思われているでしょうな。
いや本当ね、一時は閉鎖することも考えていたんですよ。またそのへんのことは、機会があれば改めて書きますが。
でも、そう。そうやって少なからず書きたいことはある。
今はやたら忙しく疲れて、メインサイトのほうの日記さえもままならない状態ですが、気長に待っていて下さいませ。

じゃあ投票よろしくお願いします!

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追記
投票は2月13日をもって締め切られました。
お陰様で6位にランクインすることができました。まあ上出来です。楽しめたからそれで充分であります。
投票して下さった皆様、本当にありがとうございました!!

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さらに追記
それで終わったと思ったら、グランプリ候補の8作品の中に残っているではないか!!
一体どうなっちゃうんだろう。グランプリなんかに選ばれたら、そりぁ、あんた、ひゃく……。

Beds Are Burning/MIDNIGHT OIL

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今日の鼻歌(期日前投票所にて)
Beds Are Burning/Midnight Oil

今日は衆議院選挙の期日前投票所で選挙立会人という仕事をやってきた。僕自身も不勉強なもので、そういう役割の人がいるなんてことは今回初めて知った。投票所の運営、管理は選挙管理委員会が行うわけだが、その職員とは別に、一般の選挙人代表として、不正なく選挙が行われているか監視する人を投票所に配置しているのだ。それが選挙立会人。
今は平和な時代なので、形式的な存在でしかないけれども、それでもちょっとしたことで大切な一票を無駄にしてしまうことのないように、投票箱に投函する一人一人の動作を目を凝らして見ていた。まあ軽く言っちゃえば人間ウォッチング大好き人間には楽しい仕事なのだけど、さすがに座りっ放しで足腰と目が疲れた。

しかしいろんな人がいる。改めて気付かされた。例えば記入が済んだ投票用紙にしても、折らずに入れる人、縦にビシッと折り曲げる人、縦にふんわり折り曲げる人(そしてこのタイプが最も投票箱の入り口で引っかかりやすい)。横に折り曲げる人もいるし、歪んで折れても平気な人もいる。四つ折りにしてしまう人もいるかと思えばさらにそれ以上小さく折っている人もいる。
見る事だけが仕事なので正直退屈してしまうが、こういう細かいところまで観察して、「あの人はきっと几帳面なんだろうなあ」などと内心プロファイリングごっこをしていると、あっという間に時間は経った。

それから今回は、比例代表と裁判官国民審査の投票用紙が一度に手渡され、投票箱が二つ並べられていたので、戸惑う人がかなりいた。結局見るだけでは済まず、「そちらの用紙は向こうの投票箱に入れて下さい」と、間違えて投函しそうな人に注意を促す仕事も増えた。その場合でも、声をかけた反応が人それぞれで、思わぬ発見があったり。
大雑把に言うと、本当に解っている人はとても自然な振る舞いをするけれど、「言われなくても私は解っています」というオーラを過剰に出している人に限って、実は何にも解っちゃいない。さらにそういう人は人の話を半分くらい聞いてすぐ解ったと納得して、でも実は肝心の部分を何にも聞いちゃいなくてやっぱり間違った行動をとる。逆に「私、間違ってませんかね?」というオーラを出している人、さらにはその不安が強くて尋ねないと気が済まない人の場合は大抵、その行動通りで間違ってる事は無い。とかいったこと。

などとまるで人間ウォッチングしかしてないのかと思われそうだが、それ以外にも選挙制度の事やら政治の事やら、多くの人の手から投票用紙が投函される様子を見ながら色々と思いを巡らせてはいた。やっぱり選挙の手順などは、複雑で案内が今ひとつ不親切であるなという印象は受けた。しかしそれは選挙が間近にならないと積極的に情報を流さない行政側にも問題があることだし、普段から積極的に関心を持とうとしない国民の側にも問題があることだと思う。
そう、日本中の大多数が、投票行動とか政治とかいったものと日常生活は、切り離されているものだと思っているのだ。

例えばこれは僕自身もすっかり忘れていたことなのだが。
記載台に掲示されている政党名一覧を何度も見直しながら、「政党ってこれだけしかありませんでしたっけ」と尋ねる人が何人かいた。実際、その一覧表から一つの政党を選ばなければならないのだが、そう言えば何か足りない気がする。後で考えると、解散後に誕生したいくつかの新党の名前が除外されていたのだ。おそらく尋ねてきた人達も新党のいずれかに投票したかったのだと推測される。
でもここで間違ってはならないのは、同じ「比例区」であっても、参議院と衆議院で同じシステムを採用しているのではないということ。そう、参議院は全国区での投票になるが衆議院ではブロック別での投票になるのだ。だから、僕の住むブロックではいずれの新党も立候補者がいなかったので、政党名一覧には記載されてないし、一票を投じる事も出来ないのだ。
メディアでは新党結成のニュースが騒がれても、選挙制度についての情報なんて、たいして話にも上らないから、そんな基本的な事もすっかり忘れていた。それに知っているつもりだったし。ああ、「知ってる風な奴ほど何も知らない」って、まさに自分の事だ。
ついでに書いておくと、衆参の比例代表にはまだまだ大きな違いがある。投票用紙に何を書くか、名簿の順位と当選者はどう決まるか。各自調べてみましょう。次の選挙までの宿題ですよ。

それで、今日最も腹が立ったのは、とある中年男性。
衆議院議員の総選挙では同時に最高裁判所裁判官の国民審査が行われる。このこと自体についても、多くの国民は投票所に来て投票用紙を渡されるまで知らずにいるのが現状だ。また知ってても、「信任だから丸を書く」なんて思っている人が結構いて、きちんと機能している制度とは言い難い部分もある。実際に国民審査は廃止した方がいいという意見や議論も生まれているようだが、それはひとまず置いておいて。
その男性は投票用紙をくしゃくしゃに折って投票箱に押し込みながら、さも誇らしげに「こんな裁判官のことなんて解るわけないやろが、知るか、わしには関係ないわい」と吐き捨てた。去り際にそこらへんにいる人へ手当り次第に「な、解らんやろ?な?」と同意を求めたりしながら。
で?
オッサン、自分が無知である事をそんなに誇らしげにする必要ないでしょ。むしろ恥ずかしくないんですか。僕は同じ国民として、あなたを恥ずかしい人だと思いましたよ。

もしくはあの男性もまだ、衆議院の投票に来ただけましなのかもしれない。さらに忌むべきは選挙や政治に無知・無関心である事が格好いいと勘違いしている人々だ。いや、本当に、そういうのは勘違い以外の何者でもないんだから。
かといってこの僕だって、支持政党も無ければ政治思想だって持ってはいない。右も左もどうでもいい。それはただ数合わせに群れる事と過剰に偏る事が嫌なだけであって、関心はそれなりに持っている。行ける限りの選挙には行った。どうしても選ぶべき候補者がいない時は悩んだ挙げ句に白紙で投じた。格好悪いか?僕はそうは思わん。

で、やっと本題。不謹慎ではあるかもしれないが、思ったよりも期日前投票をする人々が大勢いて、今回は投票率が上がりそうだなと思うと、なんとなく嬉しくなって、時々上機嫌で鼻歌がこぼれたりした。その中の一曲が「Beds Are Burning」。
MIdnight Oilはオーストラリアのバンドで、この曲は世界中でまずまずのヒットを残した。僕はその頃高校生で、MTVのランキングが偏差値よりも大事だった。ビデオクリップに映るヴォーカリストのピーター・ギャレットはスキンヘッドでやたらと熱く歌っていた。彼はオーストラリアの国会議員に立候補したという豆知識をマイケル富岡が言っていた……気がする。小林克也のほうだったかもしれない。あれ、誰も言ってないかもしれない。でもそれは本当の話。

そして元々政治学を学んでいて弁護士の資格も持つピーター・ギャレットさんは、結局政治の道を進みたいとのことで、2002年にバンドを脱退。今は本当に当選して国会議員になっているそうだ。
そりゃあ日本にだって何人も、歌手やスポーツ選手やタレント出身の国会議員さんはいらっしゃいますけど、ピーター・ギャレットさんのように、ただの「タレント議員」ではない人はなかなか居ないのではないだろうか。何せ彼はMidnight Oil在籍時代から一貫して、政治的社会的メッセージの強い歌を、魂込めて歌い続けていたのだから。

この「Beds Are Burning」という歌も、当時は知らなかったけれど、オーストラリアの先住民族アボリジニの保護を訴える歌なのだそうだ。しかしそんなことよりも、格好いいサウンドがガツーンとくることが、この歌の第一の魅力であるのはすごいなあと思う。英語が解れば説教臭いと感じるのかもしれないが、社会的メッセージソングと言われて思い浮かぶ、やや暗くてジメッとした雰囲気が全くないのは秀逸だと思う。
これは民族性の問題なんだろうか。こういうふうにカラッとした、政治メッセージを託した歌は日本では無理なんだろうか。そして力強いパンチを繰り出すロックシンガーが、政治的関心から産み落とした歌を歌い続ける事は、日本では無理なんだろうか。その、あくまでも実績の延長で、議席を得ることは、日本では無理なんだろうか。

"How do we sleep while our beds are burning"
ベッドが燃えてんのに寝ていられるわけないだろ

投票立会人という腕章をつけ、投票箱の前に座って、人の動きを見ながら、僕はこの一節を鼻ずさむ。
他人事だと思える根拠なんて、どこにもない。

One/U2

テーマ:
今日の鼻歌(自転車走行中)
One/U2

ホワイトバンドなるものが巷で流行っているなんて、今日になるまで知らなかった。テレビも新聞も無い生活をしているもので、恥ずかしながら。

たまたまネットニュースを見ていた時、思っていたのと違う位置にカーソルがあって、気付かずクリックして偶然開いた画面からこのキャンペーンを辿っていくことになったのです。正しくは「ほっとけない世界の貧しさキャンペーン」という名称だそうです。

なんでも世界では3秒に1人の割合で、貧困を理由に子供が命を落としているのだそうです。そしてその状況を変えていくには、もう募金とか集めてるんじゃ間に合わず、根本的解決は望めないそうです。そこで、まずは貧困を無くす政策を実現させるために、一人一人の声を集めていこう、そのムーブメントを世界規模で起こしていこう、というのがこのキャンペーンの趣旨なのだそうです。

で、その趣旨に賛同します、という意志のシンボルとして、ホワイトバンドという白い輪を身に着けましょう。そして貧困を世界から撲滅させようという声の輪もどんどん広げていきましょう。ということで、著名人にもご協力頂いて、中田選手やミスチルの桜井さんらがホワイトバンドを身に着けた広告写真などを使って宣伝もしているわけです。
そのシリコンゴム製のホワイトバンドは300円で販売されているのですが、宣伝効果の甲斐あって、現在では生産が追いつかず品薄状態。入手が一時的に困難になることもあるそうです。

で、「へぇ、そんな素敵なものなら買ってみようかな」と僕も軽く考えてみたのですが、どうも気になることが。どんな慈善活動にだって必ず、ネガティブキャンペーンを張る人々は居るものですが、なんか今回はやけに多い気がするんです。それでまあ、とりあえずは双方の言い分を聞くだけ聞いてみるべきかも、と思って、いろいろ検索したり、ウェブ上をさすらってみました。そしたら出るわ出るわ非難の嵐。騙された、とか、あんなの詐欺だとか、胡散臭いとか色々と。

簡単に言っちゃうと、300円のそのホワイトバンドを買っても、貧困に苦しむアフリカの子供達の手には1円たりとも渡らないんです。募金の一環ではありませんから。
300円のうちのおよそ30円程度が、NGO団体を通じて「貧困をなくす活動費用」として使われるそうですが、それも、どの団体がどのように使うということはあまり明らかにはされてないようです。
そういうことを調べ上げた人達が反キャンペーンのサイトなんかを立ち上げたりもして、その情報を知った人達が「チャリティーだと思って買ったのに、これじゃまるで詐欺じゃないか!騙された!」という意見をいろんなところに書き込んだりして、大騒動が起きているようです。

で。実は僕の身近にもその「騙された」人がいるんで、あまり厳しいことは言いたくないんですがね。
いや、これって、全然騙してなんかないよ。募金にはならないこと、300円の内訳、この活動の趣旨、その他必要な情報、全部公式サイトに書かれてあるもん(まあそれは騒動が起きたから対応したのだろうけど)。この騒動を客観的に俯瞰したら、一方的にこのキャンペーンの事務局が悪いなんてことは言えないと思うし、八つ当たりでキャンペーンの悪口を言いふらすのはフェアじゃないと僕は思いますね。

けれど僕はキャンペーンを張った側にも問題はあると思っています。「貧困をなくそうという声を集めること」が第一の目的なのに、日本では「ホワイトバンドを買おう」が最も重要なことと印象づけるような展開になっていると言えなくはないでしょうか。

公式サイトでも言ってはいますが、だったらホワイトバンドなんてわざわざ買わなくても、白い包帯やリボンや紐や、そこらへんにある白い物なら何でも、手首にくるっと結びつければいいんだもんね。関心を持つこと、その意志を表すこと、それならこれでもう充分じゃないか(え?やっぱり買ってくれないと困る?んなシステムだったら詐欺って言われても仕方ないかもね)。なので僕は魔除けとして身に着けてる白い数珠を、貧困撲滅の願いも込めて新調しようと思っています。

あと、買っちゃって騙されたなんて思っている人に言いたいんだけど、でも大切なのは関心を持つことなので、それを買おうとした時の「自分が世界の貧困に対して出来ることをしよう」という気持ちは大切にしてもらいたいなと思います。その正直な思いが何よりも必要なものなんだから。後味悪いかもしれないけれど、その心まで自ら無駄にしなくてもいいと思います。もし取っ掛かりがファッションやミーハー心だとしても、貧困問題に関心を持ったということだけで、大きな一歩になるのではないでしょうか。

結局今回の騒動で判ったことは「メディアリテラシー教育の重要性」だなあ。何もかもを鵜呑みにしちゃあいけないよ。自分で調べることを怠らず、相反する意見にもとりあえず耳を貸してから取捨選択。
で、このキャンペーンの是非については、もうこれ以上は突っ込まないことにしますわ。どうやって日本人は一過性のブームを終わらせるか、の方に興味が移ってしまったのでね。もちろんそうならないことを願ってますが。

このキャンペーンは世界各国で、様々な団体によって様々な展開がなされているようです。例えばアメリカの場合は「ONE」と名付けられています。同じように白いバンドを身に着けた有名人たちが貧困撲滅を訴えてるけれど、日本みたいな問題は起こってないのか気になるところであります。
そうしてこういう活動ではやっぱり、前面に出るU2のボノ氏。まあ彼にしたって、いろいろと胡散臭い部分も人によっては感じるのでしょうが、説得力は段違いだなと思ったりします。
そんなわけで単純にも、この歌を鼻ずさんだりしながら自転車を走らせてみました。ただのラブソングだと思っていたけれど、そういう歌でもないんだな。
今日の鼻歌(散歩中)
悲しみの果て/エレファントカシマシ

そりゃあ不満は色々あるけれど、耐えられないわけでもなく穏やかに過ごしている、なんとなく。もの凄い幸福感もないけれど苛立ちもさほど覚えていない、形になっていないだけかもしれないけれど。そんな感じなので激しく強い悲しみにも最近はごぶさたしている。

その程度のことで何を悩んでいたんだと今は笑ってしまえる程の、あの悲しみは、確かにあの時はあそこにあって、今はもう過去のものになってしまっているのだろう。

”悲しみの果てに/何があるかなんて/Oh yeah/悲しみの果ては/素晴らしい日々を/送っていこうぜ”

いつのまにか果てを通り過ぎてしまったのだろう。もしまた悲しみがやってきたら?大丈夫だろう、いつかはまた、そんな風に通り過ぎてしまえるんだろう。どんなに激しく長く痛めつけられたとしても。

ところで。
近所を散歩していた。バイパスに出た。少し複雑な交わり方の、見通しの悪い交差点がある。信号機があって電柱があって車止めに囲まれた狭い更地がある。その電柱に張り紙を見つけた。何月何日にこの交差点でひき逃げ事故があったと書いてある。些細な目撃情報でも構わないので連絡が欲しいと書いてある。被害者の夫と署名されている。やりきれなさと切実さが伝わってくる。足元にはしおれかけた花束。そしてその張り紙の下に少し小さめの、別の張り紙を見つけた。ここに生け花などをおかないで下さいと書いてある。置いた人はその日のうちに持ち帰って下さいと書いてある。管理者と署名されてある。その場を早足で離れた。心苦しくてたまらなかった。でも、どちらも気持ちも汲み取れてしまう。自分がそんな人間に知らぬ間に成れていたことが悲しかった。そのまま散歩を続けた。この歌をふと、鼻ずさんでいた。
今日の鼻歌(仕事場にて)
ガッツだぜ!!/ウルフルズ

ご無沙汰してます。忙しくなったり、マッキントを修理に出したり、通信回線が不自由になったりして、更新どころか閲覧すらままならぬ状態でした。

その間に、いつもコメントなどを頂いてお世話になっている「ゆらら」さんからMUSICAL BATONなるものを授かったので、まずはそちらの質問にお答えしてみましょう。

1:Total volume of music on my computer(自分のPCに入ってる音楽ファイルの容量)
→約1.05GBだそうです。以前はどんどん入れてましたが、15GBの容量しかないマシンなのでほとんど削除しました。ちなみにiTunesで管理してます。iPodは持ってません。今は鼻歌で事足りてる。

2:Song playing right now(今聴いてる曲)
→NHKラジオ第一から浪曲が流れていますよ。

3:The last CD I bought(最も最近買ったCD)
→買いそびれてた「色色衣/スピッツ」の初回限定盤を今年3月に(まだ店頭にあったのがすごいな)買って以来無いなあ。

4:Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または自分にとって大きな意味のある5曲は?)
→難しい質問。とりあえず「大きな意味のある5曲」として今の時点で思いついたものはこんな感じ。
#1 My Revolution/渡辺美里(これを聴いていなければ中学時代に自殺してたかも)
#2 Invisible Touch/Genesis(これを聴いていなければ洋楽を好きにならなかったかも)
#3 Batdance/PRINCE(これを聴いていなければ自分の感性を確立できなかったかも)
#4 夢の列車/フラワーカンパニーズ(これを聴いていなければロックンロールの力と可能性を信じられなかったかも)
#5 イージュー★ライダー/奥田民生(これを聴いていなければ人生を謳歌するということを見失っていたかも)

以上。4つ目の質問は、とにかく日替わりで色々思いつきそうなのですが、というより、5つに絞れないからこういうBlogを書いているわけだったりします。
で、このMUSICAL BATONって、誰かに託していくものなのですね。でも渡せるウェブ仲間って誰がいるんだ?そうだなぁ……バッドフィンガー亀山社中さん、よかったら受け取ってみませんか?

で、今日の鼻歌は「ガッツだぜ」。冷房なんてものはない現在の仕事場で、単調な肉体労働をしながら鼻ずさんでみました。別にガッツを出そうなんて意気込むわけではないけれど、真夏に食べるキムチ鍋のようなさらなる暑苦しさを鼻歌から頂いて、汗を噴き出させてくれると共に妙な元気も沸いてきます。

しっかしもう10年も経つんだなあ、この曲が発売されてから。「トコトンで行こう!」、「大阪ストラット」、「sun sun sun '95」とマキシシングル3連発(当時はそれだけでもう、気合い入れて賭けてんなぁと感じさせられたものであります)をぶっ放し、ここまで来たら大ブレイク秒読み必至と思わせて、持って来たのがこれ。当時の感想としては、ええけど解りやすく狙い過ぎかもな、ってところでした。そしたら案の定売れまくっちゃって。

この頃の作品の、ダサさの350°向こうを堂々とやる潔さがとても格好いいなと思っていたので、むしろ本来的な、まじソウルフルな染みる曲とかは、正直あまり好きではありませんでした。判っちゃいるんだけど、でもアホが彼らにゃ一番いいし。
この歌の歌詞もほとんどナンセンス路線で、ただあの時代にディスコビート復権という、すんごい先を見据えたノリの良さだけで勝負って感じがするんだけど。でもその中の一節に「万が一金田一迷宮入りする前に」という言葉があって、僕はその、単なる駄洒落をさらに変化球つけて違うところに落とすセンスがとっても好きであります。このフレーズのためだけに800円払ってもいいなと思ってたし。

しかし「ガッツ」という言葉に異様なダサさ、格好悪さを感じてしまうのは僕だけなんだろうか。カタカナであることで余計に赤面レベルも上がってしまうし。正面切って素の表現として「ガッツあるなお前」とかいう人なんか見ると、きっと属する文化圏が違うんだろうなと思ってしまう。「ガッツのある人求む」とかいう求人広告とかも、その企業のセンスにある意味、胸の高鳴りを覚えてしまうな。「ファイト」とか「ハッスル」とか「フレーフレー」とか「タフガイ」とか「スタミナ」とか「ダッシュ」とかも、どうも苦手。スポーツ・格闘技系の文化圏に造詣があればそんなことはないのかもしれないけれど。なので定食屋なんかでも、スタミナ定食とかって気恥ずかしくて頼みづらい。

そういや(ここに話を持って行くか)、僕が高校・大学生の頃、地元の通称「ビンボー学生通り」の或るお店には「ガッツ定食」というものが存在してました。なかなかの人気メニューのようで、注文する人も多かったのです。でもその店の壁に貼り付けてあるメニュー表には、そんな定食無いんですよ。みんな何の疑問もなく「ガッツ定食」って店の人に言うんだけど……。
壁に書いてあるのは、

「ガァツ定食」

なのに。不思議だなぁ。
僕の街では他にも、「レデイ」を「レディー」と何の疑いもなく発音したりするし、何か特殊な地域限定文字コードでもあるのかもしれないです。

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追記

で、MUSICAL BATONはバッドフィンガー亀山社中さんが快く引き継いで下さいました。でもリンク貼るの忘れてたから、折角書いて下さったのに誰も飛んで行けないんだよなぁ。ごめんなさい。ここから8月6日の日記をご覧下さい。カメさん、どうもありがとう。

Breathe/PINK FLOYD

テーマ:
今日の鼻歌(自室にて)
Breathe/PINK FLOYD

やっほい。
今日は夕方に嬉しいニュースを見つけたので小躍りしているところであります。PINK FLOYDが24年ぶりに再結成しちゃうってんですよ。
なんでも「ライブ8」に出演するためなのだとか。
で、まずはライブ8とは何ぞや?というところから調べなければならない、世間様に置いてけぼりにされた僕。
……同じく置いてけぼりのあなた、苦労を分かち合いましょう!まずはgoogleにライブ8と入力するところからね。

僕はPINK FLOYDが大好きな、71年生まれにしてはおそらく珍しい輩で、おかげで50代のおじさま世代とも話が合って便利です。いや単に僕にロックンロールを教えてくれた師匠がその年代の方だったというだけなんですけどね。

僕が洋楽に興味を持った高校生の頃は、丁度「鬱」という邦題の、そんなネーミングで誰が買いたいと思うねんとツッコミを入れたくなるようなアルバムがリリースされた時期でした。しかもそれが売れているという事実が、何にも知らない若蔵の僕には理解出来ませんでした。
ロジャー・ウォータースさんはバンドの封印宣言をして、でも残党のみなさんが意地でもバンドを続けるってんで脱退という形になって、裁判沙汰にもなって、なんていう予備知識ももちろん知りませんでしたし、それより何より、今もなお売れ続けている歴史的名盤「狂気」の存在も知らないひよっ子でしたからね。

その「鬱」の中の「Learning To Fly」という曲が、僕と彼らとのファーストコンタクト。BON JOVIとかMADONNAとかPET SHOP BOYSとかがチャートを賑わせていた時代に、なんやこの妙な雰囲気の曲は、と戸惑いましたが、ゆったりとした跳ね感(世間が「ピョンピョン」してるのに一人だけ涼しい顔して「ぴよよぉぉおん」と跳んでる感じ)がそのうち気に入ってしまいました。
それで5教科よりもロックンロールに研究熱心な僕は前述のような歴史背景も学び、奇妙なジャケットのCDを買い漁るようになりました。牛やら、耳たぶやら、壁やら、空飛ぶ豚やら。え?プリズムのやつ?あれは発売20周年スペシャルパッケージとかいうのを買いましたよ。

「狂気」と題されたそいつを買った時のことは今でも鮮明に覚えております。パッケージの美しさに一目惚れして買って、途中で友人の家に立ち寄って見せびらかして、このアルバムと彼らについての蘊蓄を思う存分披露して、とにかく凄いらしいから聴こうぜ、と無理矢理ミニコンポにCDをセットして、「On The Run」って曲になったあたりでその臨場感ある音の構築力に「こんなん聴いてたら本当に狂人になるな」とお互い顔を見合わせて停止ボタンを押したのでした。
でも若者でバカ者の僕は狂人にほのかな憧れを抱いていたので家に帰って一人でヘッドフォンで聴きました。数日間繰り返して聴き続けました。それが今の僕の中にある狂気を育むのにどれだけ貢献したのかは判りませんが。

そんな風に彼らの音楽に惚れ込んで、もう15年以上も時が経ってしまいました。でも今もなお、彼らの音楽を僕は聴き続けております。僕が生まれた頃に最も輝きを放っていたバンドの音を、思春期を迎える頃に聴いて、その倍の年齢になっても聴いていて。
そしてそれが「懐かしさを連れて」耳に潜り込んでくるのではなくて、ちゃんとその時その時の生きてる時代、生きてる社会の空気に「そこに今あるものとして寄り添って」耳に飛び込んでくる気がするのです。

すっげぇ。

そしてそれが2005年夏式の音で再び世界に響き渡る。
そりゃ小躍りするっつーの、少なくとも僕は。
そんなわけで鼻ずさむのは「狂気」からの一曲。まあさすがに1曲目の「Speak To Me」は鼻ずさめませんでしたが、彼らがライブで「狂気」まるごと再現しちゃうように、このまま「狂気日食」まで鼻歌っちゃおうっと。
あ、その次の「On The Run」も無理だ。撤収。

Shooting Star/丹下景介

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今日の鼻歌(自室にて)
Shooting Star/丹下景介

ついにと言うか、やっとこさと言うか、「錦町OMNIBUS」が終わった。
それは何やねん?と、これを読んで下さっている方の大半は思われるでしょうが、この前の日曜(5/29)に行ったライヴイベントのことです。
ダンスや朗読詩や音楽など、出演者の持ちネタを少しずつ絡ませながらリレー形式で繋いでいった約一時間のパフォーマンス。一応僕が名目上プロデューサーということになって企画を練ったり、出演もするために持ちネタを作ったり、おまけ映像も付けちゃおうという事になって初めてのビデオ撮影と編集にまで挑んでみたり。いやぁ、大変だったけど楽しかったな。

思いついてから1ヶ月後に本番という、勢いだけの荒っぽい企画に乗っかってくれた共演の仲間達や、会場を貸して下さったギャラリーのオーナー様、そして何よりもわざわざ時間を割いて、チケットを買って観に来てくれたお客樣方に本当に感謝しております。みんなに助けられて幸せ者だなあという、じんわりとした感動に今もなお浸っています。

書いて頂いたアンケートや、来てくれた友人達の感想から、いろいろな意見や浮かび上がる問題点などもできるだけ多く掬い取りました。中には「まあそう言われてもねぇ」とか「それはチケット5000円にしても無理」とか色々あったりするんですけど、歯に衣着せぬご意見を頂けるだけで有り難いと思えるんですよ、今回は素直に。
「バカバカしいことを大真面目にやっているのが楽しかった」と言って下さったご意見が最も「わかってらっしゃる」ので嬉しいです。

それともうひとつ嬉しいのが「第2弾も是非やって」というお言葉。正直なところ終わった直後は「もうこんなしんどくて面倒なことは二度とやるかいっっ!」って思うんだけれど、口ではそう言いながら「あ、これって次のネタに使えるわい」などと日常生活の中で閃いてしまうと、我ながらビョーキ染みているなと思ってしまいます。まあ、場所とか時間とかお金とか人間関係とかいろんな要素が偶然にガチッと結びついたら、何はさておきやるのでしょうな。まるで恋みたい。

今日の鼻歌のShooting Starというのは、その「錦町OMNIBUS」に出演してくれた友人、丹下景介君の作品です。彼はギター弾きであり作曲もする、自称「音楽屋」です。別に身びいきとかいう訳ではないのですが、今回演奏してくれたこの曲は、僕も結構気に入っていて、メロディが頭からなかなか離れないのです。どんな曲やろ?と気になる方は彼のウェブサイトのMusicページで聴けますんでお試し下さい。

こういうローカルな街にたまたま住んでいて、「楽しいことなんて何もないじゃん」と不満ばかりを言いながらやっつけに日常を過ごすのは簡単なことなんだけど、実はけっこう才能を持った奴なんてぇのも身近にいたりして、そういう人々とジャンルも世代も関係なく繋がりを持って「楽しいことって創ろうと思えば創れるじゃん」って言いあうのも、案外簡単なことだったりします。どこのローカルな街であっても多分ね。