"Death to me is nothing. Death to me means nothing as long as I can die fast. Many times I've known I could have been able to die fast, and I could have easily gone over and done it. I'll admit to having this suicidal thing, but I came through."

外来で、ただ漠然とした社会への不安と不満と不適応感と恐怖と、死すらも意識できないような漫然とした生への欲求を無表情に語る若者たちと長々と話した後にこの記事を読む。







あ、Allen Ginsbergが後ろにいらっしゃる。


ノーマン・メイラーは言う。「この荒涼たる情景に、ひとつの現象があらわれた。アメリカ的実存主義者――ヒップスターがそれである。(中略)死の条件をうけいれ、身近かな危険としての死とともに生き、自分を社会から切り放し、根なしかずらとして存在し、自己の反逆的な至上命令への、地図もない前人未到の旅に立つことだということを、知っている人間である。つまり、生活が犯罪的であろうがなかろうが、自己のうちの精神病を鼓舞し、安全は倦怠であり、したがって病的である、あの経験の領域を探求しようというのである」


社会への不安と不満と不適応感と恐怖。

必ずそこにある死。


どの時代もそれらは変わらないのに、異なるのはそれに相対するひとのこころだ。

だけど、ひとのこころはまた時代の一部。時代に作られ、時代を作る。

そのなかで、それぞれがそれぞれなりの生き方を模索していく。その形は、それこそ何だって良いんだけど。


ああ、そうだ。今夜はDeath & Fameを読もう。Allen Ginsbergが晩年、死の直前に自らの葬式を唄った詩。