あっという間に過ぎてしまったような1年でした。
もちろん人によっては、長かったという方もいらっしゃるでしょう。
ひとそれぞれ感じ方は違えど、あの悲劇は皆様の心に深く刻み込まれていると思います。
私は仕事中でした。
職場は酷い被害はなかったものの、天井が落ちたり、棚が倒れたりと言うことはありました。
幸いけが人も出ず、大きな混乱もなく済みました。
地震が起こるちょっと前からの記憶は忘れることができません。
仕事場で地震にあい、しばらく社内の皆さんと寒いなか外で待機していました。
夕方になり、帰宅することになり、家までの道のりは一人で怖いものでした。
家に連絡が取れ、食べるものがないからと言う事でコンビニに寄る事になり、人の傲慢さに嫌気がさしたものです。
目の前でカゴに溢れんばかりのカップラーメンとパン、おにぎりを抱えているおばさん。
そんなに大家族なんだろうかと疑問に思ったものでした。
子供を連れてきている親子を押しのけて商品を取ろうとしているおじさん。
自分にも家族がいるのは分かるけれど、もっと助け合えないのかとも感じました。
自宅に着いても家の中はめちゃくちゃで、食器棚からはありったけの食器が落ち、素足で歩ける状態ではありませんでした。
夜も、2階の自分の部屋へは余震が怖くていけず、母や妹家族と1階のすぐ逃げられる部屋で、川の字になって寝ました。
とはいっても、緊急地震速報が鳴り響き、ほとんど寝れませんでした。
姪っ子はまだ2歳。
緊急地震速報が鳴る度、余震で揺れる度に不安そうだったのを覚えています。
実際、今でも緊急地震速報と余震には近くの大人のところへ寄ってきて、ぎゅっとしがみつきます。
こんな小さな子の心にも傷跡が残るくらい恐ろしい地震だったのだなと感じました。
メディアからボランティアや支援の状況を聞き、震災直後に感じた人の傲慢さだけではなく、逆に助け合おうという人の優しさを感じることができたのはとても心が温まりました。
私の実家はさほど被害も受けず今では、完璧とはいえなくも日常を取り戻すことができています。
ですが、被害の大きかった東日本沿岸地域の皆様は、まだまだ苦しんでいらっしゃることと思います。
どうか、その方々の心に深く刻まれた傷がいつか癒えますよう。
そして行方不明の方々が家族のもとへ帰れるよう、心よりお祈り申し上げます。