敦ー山月記・名人伝ー | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

平成27年6月16日(火)、
『敦ー山月記・名人伝ー』(in 世田谷パブリックシアター)を観に行く。



時間があったので、世田谷パブリックシアター近くのマメヒコで軽食。
黒ちゃん(黒田博行)の『疫病神』、面白かった~。

疫病神 (新潮文庫)/新潮社

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疫病神シリーズ、おもしろすぎ。

ところで、このマメヒコ、テラス席が新しく増設されていたのだが、
ふと見ると、草刈民代さんがマネージャー?とおぼしき人とお茶をしてた。
普通に芸能人を見かける町、それが世田谷~。

昔、あもちゃんは汗かき夫から草刈民代に似てるって言われたことがあってねえ。
外見ではなく中身。

汗「ドSっぽいところがソックシ!!うぷぷ。」

ドSは認めるが、あんなに気は強くないと思いますー。
・・って草刈さんのこと、よく知らんけど。



時間になったので、会場に。
萬斎さ~ん、お久しぶり、待っててね~。



ちなみに、下の『草枕』も翌週観に行った。
あもちゃん、段田安則の演技が好きでさ、それはずーっと変わらないなあ。
(後日、演劇評はアップします。)

今月は三茶ばかり行っていた気がする・・・。

◇◆



人生は何事をも為さぬには余りに長いが、
何事かを為すには余りに短い。

(あらすじ)※パンフレットより
山月記
唐の時代、隴西(ろうさい)の李徴は博学才頴にして、官吏であることに飽き足らず、
試飲として名を成そうとその道を選ぶ。
しかし名声はなかなか上がらず、生活に窮した李徴は再び地方官吏に職を奉ずるが、
絶望と挫折感に苛まれ、ついに発狂して行方知れずとなってしまった。
翌年、李徴の旧友・袁◎(えんさん)は公用の旅の途中、
人食い虎が出るという駅吏の忠告を斥けて、残月の光を頼りに山中に脚を踏み入れる。
すると一匹の猛虎が叢の中から躍り出て、あわや袁◎(えんさん)に襲い掛かると見えたが、
たちまち身を翻し、元の叢にその身を隠した。
やがて叢の中から聞こえてきた声に、袁◎(えんさん)は
それがかつての友人、李徴の声であることを悟るのだった。
袁◎(えんさん)の問いかけに、李徴は己の数奇な運命を語り出す・・・

名人伝
趙の国の紀昌(きしょう)は天下第一の弓の名人になろうと志をたて、
当代、弓矢をとっては比肩するものなしという飛衛(ひえい)に弟子入りした。
飛衛の教えに従いひたすら修練を重ねた紀昌はめきめきと上達し、
やがて自分が天下第一の名人となるために、飛衛を討とうと企んだ。
しかし両者互角の勝負に危うく難を逃れた飛衛は、
この危険な弟子に新たな目標を与えてその気を転じようと、
この道を極めようと望むならば、霍山(かくざん)の甘蠅(かんよう)老師を訪ねよと告げる。
紀昌はすぐに旅立ち、目指す霍山の頂へと辿り着くと、
彼を迎えたのは羊のように柔和な目をした、齢や百をも超えようかという、
腰が曲がり、白髭を地に曳きずって歩くひどくよぼよぼの老人だった・・・。

◇◆

[原作] 中島敦
[構成・演出] 野村萬斎
[出演] 野村万作/野村萬斎/石田幸雄/深田博治/高野和憲/月崎晴夫
      大鼓:亀井広忠
      尺八:藤原道山


今年が始まって約半年が経過。
2015年ナンバーワンの舞台かもしれない!!
それくらいすばらしかった。

最初の出だしでいきなりあもちゃんの心はぎゅぎゅっと鷲掴みされた。

萬斎さん演じる中島敦が一人暗闇から登場する。
背景には中島敦の写真。
黒ぶち眼鏡に七三分けの髪。
そっくり!
自分の人生についての悩み、自分とは?など、自分の存在意義等について語り出す中島敦。
すると・・・

次々と萬斎さん演じる中島敦から、中島敦の像がいくつもはがれて登場したのだ。
その様子はまさに「はがれる」。
金太郎あめのように、同じ格好をした人たちが萬斎さんからはがれていき、
シュタタと舞台のあちこちに散らばっていく。

演出を見たわたくし、最初、映像効果かと思いました。

が、よーく見ると、それぞれの敦がなんとなく体格、背格好も違うことに気づく。
そう。
別の人物が萬斎さんと同じ中島敦の格好をして、
中島敦それぞれの人格を表現しているのであった。
黒ぶち眼鏡と七三分け、そしてだぶだぶのスーツの中島敦という「面」をかぶって。

現代演劇と狂言の見事な融合を見た気がした。

中島敦の文体は、漢文調の日本語であり、和漢混合の口語である。
その中島敦の特徴的な文体を
狂言師である萬斎さん他、狂言師の方々が朗々と歌い上げる姿を見て、
漢語調と狂言って相性がいいんだなあ。いちいち感じ入った。

しかも単なる朗読劇にとどまることなく、多彩な動きも取り入れ、音楽も響かせる。
また山月記、名人伝の奥に潜む中島敦そのものの姿を潜ませ、奥行きももたせる。
言葉一つ一つに心の中でため息をついていた私。

俳優陣のすばらしさは後で述べるとして、まずは演出のすごさ。
山月記の演出は、今でいう自分探し?的なものをしながら人生そのものを見失い、
人生に迷い発狂していく李徴の中に中島敦の影がチラチラと忍ばせる巧みさである。
李徴の衣裳の下には常に中島敦のスーツが見え隠れする。
李徴であり、虎であり、そしてそれらは中島敦でもある。といわんばかり。

また、名人伝での映像美とコント的な面白さ。
名人伝って角度を変えて読むと、滑稽にも面白くも読めるんだなあ、
と新しい世界を見た気がした。
言葉の奥にある無限の広がりを萬斎さんは私に教えてくれた。
言葉の意味は一つじゃない。
発する人のものでもあると同時に、受け取るその人のモノにもなる。
しかもおもしろおかしく仕上げられた物語は、後半、人生や芸術論にも道が続いており、
ものすごく奥行きと幅を感じさせるものとなっていた。

これらの大変難しくも美しい演劇を成功させたのは、
演出を手がけた萬斎さんの能力はもちろんのこと、
萬斎さんの世界を100%以上理解し、演じた俳優陣のすばらしさにもある。

萬斎さんの演技がすばらしかったのはもちろんのこと、
名人伝での石田さんがすばらしかった~。
紀昌の奥さんと弓の名人飛衛を交互に演じる滑稽さがもう最高。
髭を持ち上げて髪にして奥さん、髪を下げて髭に戻して飛衛。
そのマの良さがさすがベテランだなあ。と感服。

そしてそして今年御年84才になる万作さんの演技がすばらしかったです。
すばらしいという言葉を乗り超えて、狂気すら感じるほど鬼気迫る演技。
以前観に行った狂言では、正直衰えを感じたこともあったのだが、
この日の万作さん演じる甘蠅(かんよう)老師は光り輝いていた。
萬斎さんがもしこの甘蠅老師を演じても、この域には達することはできないかも、
と思い、そう考えると万作さんってすごいんだなあ、と
優しい目をしたおじいちゃんから発せられるすごみを改めて感じたのであった。

また、この演劇では今までの私の評価を覆す人が!
音楽の尺八を担当する藤原道山さん。
いやー、彼の尺八を初めて聞いたとき、
むむー・・・
と首を傾げ、私の中ではあまり高い評価の音楽家ではなくなっていたのだが、
今回、BGM?として太鼓の亀井広忠さんと一緒に舞台で演奏する藤原道山の音色を聞いて、
今までの評価を改めざるを得ない、これはすばらしい、と思いました。
勘がいいというのか、映像や演技にジャストフィットした音色を出すのだ。
独奏というより映画音楽や舞台音楽に方向転換すると、
道山さんはものすごく化けてものすごい能力を発揮するのではないだろうか?
とか勝手なことを想像して楽しむ。

まだまだいいたいことはありますぞー。
舞台美術も大変美しく緻密に作られており、狂言の橋懸かりをイメージした三日月型の舞台。
それが「山月記」では月が二つにパックリ割れ、虎が飛び出してくるし、
「名人伝」ではなんとこの橋懸かりがグルグル回転するのだ。
びっくりした~。
すばらしい舞台装置で、萬斎さんのイメージを超えるデキだったのではないだろうか。

衣裳もよく練られていて、虎の衣裳も一見すると虎っぽくないのだが、
よ~く見ると、虎柄のフサフサになっており、そのぼやかし方が歌舞伎っぽくていい!

何もかもが本当にすばらしくて、
しばらく萬斎さんの造り上げる中島敦の世界にぼんやりしちゃったなあ。

あえて文句があるとすれば→小姑あもちゃん、どうしても1つは言わないと。
エンディングに最初の中島敦の世界をまた持ってきたことかな。
きっとそういう締めくくり方をするんだろうな、と思ったら、やっぱりそうだった。
という期待を裏切ってくれなかったことへの文句くらいなもんでしょうか。
ちょっと観念的過ぎる演出にちょっと残念な気もしなくはなかったかな。
くらいなどうでもいい文句しか出なかったほど、すばらしい舞台でした。

ちなみにこの演劇は、2005年、2006年と演じられており、
初演から10年経ったこのたび、3度目の再再演となった。
2005年には、
「朝日舞台芸術賞・舞台芸術賞」、「紀伊国屋演劇賞・個人賞」を受賞するなど
好評を博したものだったとのこと。
そりゃそうだ。わかる。
この舞台なら何度でも観たいもの。

プログラムには
萬斎さんの書き散らした演劇構想メモの写真が載っていたのだが、
萬斎さんの字を見て、
は~、この人はきっと頭のいい人なんだなあ。
と思ったのと同時に、
は~、この人は美的センスもある人なんだなあ。
と思った次第であります。
書き散らした文字がとっても美しくて、見てるだけでも絵になる感じ。
ま、萬斎さんが好きだから、なんでもよく見えるってのはあるんですけどー。
とことん好きな男にはあま~いあもちゃん。おほほ。

また、今回のプログラムには台本が全て載っており、言葉一つ一つを堪能することができる。
帰りの電車でその文字を追うと、
頭の中には萬斎さんや石田さん、万作さんの声や、道山さんの尺八の音が駆け巡る。
何度も何度も味わえた。
本当によかったです。

中島敦の原作は青空文庫で楽しめます~。
→『山月記
→『名人伝