船頭さんの後悔日誌

僕は、日々いろんなことを考へてゐます。その考へてゐる内容というのは、どちらかと言へば、世の中にとっておよそ役に立たぬものばかり。そんな日々の戯れを、パソコンの画面に向かひて、墨汁を含ませた筆で以て、大書してをります。


テーマ:
こんにちは。


先ほど、パソコンでインターネットに接続したとき、
僕はトップページ(インターネットをつないだとき、
一番最初に出てくるページ)をヤフーにしているのですが、
そのヤフーのニュース見出しの中に、
某大人数アイドルグループが挨拶ができない
というものがありました。
で、その挨拶ができない状況に対して、
大物芸能人の方々が苦言を呈しておられる
そんな内容でした。
そうか、彼女たちは挨拶ができないのか。
それは困ったことだ。
挨拶は何と言っても大切です。
それができないようでは、芸能界のみならず、
どんな世界でも通用せんぞ。
よし、今度会ったら注意してやろう。
と、思ったけど、よく考えたら
今度会う機会がどうにもなさそうです。

さて、

今日書くお話は、実は書こうか書くまいか
非常に悩んだのです。
と言うのは、
どうにも身内の恥のようなところがあって、
それを公にするのは、些か抵抗があるのです。
ですが、その気持ちと同時に、
自分の考えていることをはっきりさせたい部分もあって、
書こうという結論に達したわけです。

我が母のことです。

我が母には兄が一人おります。
もとい、おりました。

こう表現いたしましたのは、
この母の兄が昨日亡くなったからです。

母の兄ですから、僕のおぢさんです。
僕のおぢさんというと、昔視たフランス映画みたいだな。
あれはおもしろかった。
ジャック・タチさん。

ジャック・タチさんのおぢさんはおもしろかったけど、
僕のそのおぢさんは、少々ややこしいところがありました。
おぢさんに問題があったのか、
それとも母親に問題があったのか、
そのあたりはよくわからんのですが、
兎に角、この兄妹は仲がよくなくて、
最終的には、行き来が途絶えてしまいました。

去年だったと思うのですが、
そのことをなんとか打開したいと思って、
母親に話したことがあります。
つまり、仲が悪くなってから
既に長い時間が経過していることでもあるし、
時間が解決している部分もあろうから、
一度食事でも一緒にしたらどうでしょう?
されば、雪解けの兆候も見られるやもしれませんから、と。

一蹴されました。

で、昨日の夕刻にその知らせが入り、
母親は急いで兄宅へと向かったのです。
僕は仕事が休めなかったので、
昨日は、どうしても行くことができませんでした。

夜9時半頃、母親が帰宅しました。
いつもと変わらぬ様子でしたが、
それでも寂しそうでした。

だから、仲直りをしておけばよかったんや。

心の何処かで僕はそう思いました。

人は必ず死にます。
死なない人はいません。
このように相手が死んでしまってからでは、
もうどうしようもないのです。

だから、だからです。

今、この一瞬一瞬を
我々は大切に大切に
一生懸命に生きねばならないのです。

つくづくそう思いました。

でも、

ふと我が身を振り返ったとき、
・・・

あ、今でも赦してないヤツって
おるなぁ。
こいつは赦せんってヤツ。
そいつに対しても、同じように思うんやろうか。

テーマ:
こんにちは。


今、この文章をしたためているのは、夜中の1時半なのですが、
どうも胸焼けが治まりません。
原因ははっきりしているのです。
節分の残った豆を一袋、
お腹が空いたので、ムシャムシャ食べてしまったからですわ。

斯くのごとく、暴飲暴食は慎むべきものなのですが、
ついついやっちまうのであります。

昔、陳舜臣さんがお書きになっていたと思うのですが、
中国人と日本人の違う点のひとつに、
お酒を飲んだ時のことがあるのだそうです。

日本人はわりに無礼講といいますか、
お酒に酔った人に寛大なところがありますが、
中国ではそういうことはないそうで、
街中で、お酒に酔った人が失態を演じていることは、
まずないのだそうです。
中国では、お酒に酔うということが、
恥ずかしいことであるという意識があるのだとか。

日本で、夜の街を歩いてみますれば、
酔っぱらって、何だかもう「アウト」な人を
けっこうな頻度で見かけることになります。

サラリーマンの人で、酔っぱらって、
服を全部脱いじゃって、
すっぽんぽんで踊っている人がいたり、
電柱の傍らで寝ている人やら、まぁたいへんなこと。
自分の着物や扇から水を噴水する芸を水芸といいますが、
酔って口から水芸をなさっている方もいらっしゃる。
(汚いなぁ、もう)

まぁそこまでいかずとも、
宴席などでは、
○○上戸
なんていう言い方でもって、
酔っぱらった時の癖を分類したりいたしますね。

あ、おわかりかとは思いますが、
上記の「上戸」は「じょうご」と読みます。
決して白い犬の娘さんではありません。

さて、その上戸。

厄介なのが、からみ上戸や泣き上戸。
こういう方々が横席にいらっしゃいますと、
もうたいへん。
他のメンバーのスケープゴートになってしまい、
せっかくの席が何も楽しめなくなってしまいます。

先日のこと。

夜中、ちょうど日付が変わったころでした。

遅く帰ってきた僕が、お風呂からあがって、
体を拭いておりますと、
あら携帯が鳴り出しました。

こんな夜中に何ごとや!

僕はそんな時刻に電話が鳴ったりしますと、
何かたいへんなことがあったのではないか?
ととても心配になります。

携帯を見ますと道場の仲間のH君からでした。

何かあったんやろか?

そう思いつつ電話に出てみますと、
とても明るい声で
「夜分すいませ~ん。大丈夫ですか?」
と言うではありませんか。
こっちが「大丈夫ですか?」と思っていたくらいなのに。
恐る恐る「どうしたんや?」
と聞きますと、
「あの、ちょっと待ってくださいね~」
と言って、暫く間が開き、
「もしも~し」
と聞き覚えのある声。
あ、兄弟子や。

H君と兄弟子は、非常に近くに住んでいます。
僕は道場でH君とは知り合い。
また兄弟子と僕もお互い見知っています。
でも、兄弟子とH君は面識がありませんでした。

ただ2人が近くに住んでいることを知って僕は、
H君には兄弟子のことを、
兄弟子にはH君のことを、
それぞれ話していたのです。

するとこの日、初めて会った2人が飲んで意気投合したらしく、
その嬉しさを伝えるべく電話をかけてきたらしいのです。

電話上戸なのかな?

でも、こちらも嬉しくなれました。

テーマ:
こんにちは。


先日のこと。

仲間のN君にメールをしました。

正確に申しますと、
N君だけでなく、仲間の何人かにメールを送ったのです。
内容は、勉強会の案内です。
みんな、自分の時間を調整してくれているようでした。

そんな中、N君からメールが返ってきました。



ご存じない方のために申しておきますと、
N君というのは、僕の道場での仲間の一人で、
嘗て僕は道場中、夜中にお手洗いに起きた際、
お手洗いから部屋に戻ったときに、
自分の布団がわからず、間違ってN君の布団に入ってしまったことがあります。

そのN君からのメール。
内容は、
(勉強会の件)了解しました。
ところでお願いがあるんだけど、
清水寺に行ってほしいんだけど。
というのは、甥っ子が清水寺のお守りをつけていたんだけど、
なくしてしまったので、渡してやりたいんだ。

そんなことでした。

そんなわけで清水寺へ。

恥ずかしいことに、僕は清水寺におまいりするのは初めてのことでした。

というか、清水寺以外にも、
金閣寺も銀閣寺もおまいりしたことがないのです。

灯台もと暗し

N君の頼みのおかげで、清水寺さんにおまいりすることができました。

清水寺には駐車場がありません。
従って、その近くの駐車場に駐めることになります。
自動車を駐車場に入れます。
「はい、800円」
おおお!初めからえらい出費や。
まぁN君のためやし、仕方ないか。
そう思って、自動車を降り、清水寺の方へ向かって歩き出しました。

駐車場から清水寺さんまでは坂道になっています。

その坂道を上っていきますと、
目に入るものは、制服姿の学生さんたち、
耳に入るものは、中国語や韓国語らしき音声。
そう、ここは完全なる観光地なのです。

うむむ

歩いていてちょっと恥ずかしくなってきました。

観光地というのは、何処もそうなのかもしれませんが、
その土地らしさがデフォルメされていて、
ちょっと恥ずかしくなってしまったのです。

恥ずかしさに包まれながら・・・

途中、宝徳寺さまがあったので、
阿弥陀様にご挨拶。
何でもここの阿弥陀様は、聖徳太子の御作だとか。
浄土宗の西山深草派のご寺院です。

恐らく自分が観光客だったら、

観光客というのは旅行をしているのですね。
旅行という行為自体が、非日常的な行為ですから、
観光客もまた、非日常な状態にあるわけですね。
言わば「ハレ」の状態である人は、、
こういう観光地のデフォルメされた状態も
それを自然と受け入れられるようになるのでしょうね。

折口博士の『古代研究』を思い起こしながら、
800円駐車場から出庫し、
A藤さんに寄って帰りました。

Amebaおすすめキーワード