司馬遼太郎さんって、ほんとすごいんです
テーマ:本司馬遼太郎さんの著作との出会いは、中学二年のときに読んだ「国盗り物語」で、もしかしたら自発的な読書はこの一冊から始まったのかも知れません。
その後沢山の氏の本を読んだというほどではありませんが、大学の恩師に勧められて読んだ「坂の上の雲」も印象的でした。
戦国時代モノも明治も、もう司馬様の言うことには何も反論することはできまっせーん、多少文体が急に随筆っぽくなったり、こりゃあただの記録の羅列じゃない?だったりしても、もうその深い洞察力の前にはなすすべがありまっせーん。きっと先生に「ちょっと書き方、自由奔放すぎませんか?」なんていっても、相手にしてもらえない、間違いなく。
司馬作品に対してこんな感覚を抱いていたところ、直近読んでいる「アメリカ素描」では、なあんと、かの司馬先生もアメリカをどう捉えるべきか、非常に慎重に、一つひとつ言葉を選んでお話してくれているではあーりませんか。
その中で特に印象的だったのが、司馬遼太郎とゲイ。
普通、絶対結びつかないでしょ。あっ、実は先生が隠れゲイだったということでは決してありませんので念のため。そんで、アメリカのゲイ社会について、この本の中で30ページを割いています。アメリカを、或いは人間や社会を理解する上で、彼の好奇心は留まるところを知らないし、どんな偏見もじゃまでしかない、そんな感じで、ここでもこの人のすごさを再認識した訳です。
この本でも、もちろん日本の話が沢山出てくるわけですが(というよりむしろ、日本を理解するためにアメリカを見ている)、一歩日本の話に戻ると、もうそれは司馬ワールド。分かりやすくするために、ちょっと順序をいじって引用させて頂くと、
「『降る雪や明治は遠くなりにけり』 (明治の)人間が日常手ににもっていた倫理的緊張感や質朴(しつぼく)さを、(この句を読んだ中村草田男は)成人してからも、降る雪のような清澄さとして感じていたのに違いない」
「日本がましな国だったのは、日露戦争までだった。あとは―特に大正七年のシベリア出兵からは―キツネに酒を飲ませて馬にのせたような国になり、太平洋戦争の敗戦で、キツネの幻影は潰えた。」
どうです?度肝抜かれちゃう感じ、しませんか。だれもキツネに酒を飲ませたことはないし、馬にのったキツネを見たひともいない。でも、例えば日本の太平洋戦争ものの映画でいきり立っている軍人さんたちのイメージって、ひとたび見方を変えればまさにこんな感じ。なんてこんな言いえて妙な表現できるの?っていう感じです。もうすごすぎてすみませんって謝ってしまいたくなります。
司馬様やら村上春樹様とかの圧倒的文章力・表現力・内容に日々翻弄される中、過去には結構肩の力が抜けて好きだった渡辺淳一さんなんか読むと、あれっ?なんて平易な、という気がしてしまう。
いつもいつもすごい洞察や深い人間観、そして文章、そういうものを常に読んでいれば、いつかはそういうのを書けるようになる、とは誰も言わないよなあ。いくらバイオリン協奏曲のCD聞いてても、バイオリン弾けるようにならないし。
でも、あこがれたりします。(@@) ウルウル











