遅ればせながら新春ドラマ「花嫁の父」をやっと見ました。
賛否両論あったドラマですが、私はいわゆる定番のドラマだなぁと感じました。
「花嫁の父」というタイトルからも、ドラマの主人公はあくまでも柳葉敏郎さん演じるお父さんであり、思った程に手話やろう者をクローズアップしていた感じはありませんでした。
ただ、凄く心惹かれた場面があります。
物語の中盤、結婚しようという丸くんの気持ちを受け入れられず雪の中を走って逃げる美音ちゃんを丸くんが追いかけて、追い抜いて、「君がどんなに逃げても俺が前にいる」と手話で伝える場面です。
それまでは、なかなか煮え切らない美音ちゃんを見ながら、「バカだなぁ、向井理みたいなイケメンがプロポーズしてきてるのに!!」とイライラしてたんですが(笑)
その場面を見て、私ながらに、美音ちゃんの気持ちが判った…と言うか、かなり個人的な解釈なんですが…。
耳が聞こえない、というコンプレックスを持ちながら聴者の世界で暮らしていると、知らず知らず、自分を彼ら(聴者)と比べて下に置いてしまいます。
だから、聴者なら普通に得られる幸せでも、私には手に入らない…という思い込みが深く根付いてしまいます…私自身がそうでした。
私はダメだから、聞こえないから、人並みの幸せは手に入らない、手にしちゃいけない。
だから、聴者の男の人を好きになっても「上手く行く訳がないから」と、どこかで常に防御線を引いてましたし、例えば男の人に他に本命の女の子がいて、私は二番手のいわゆる都合のいい女、みたいな立場になってた時も、「私だから仕方ない」と思ってました。
絶対に上手く行く訳がないような人を好きになって結果、やっぱり上手く行かなくても、「やっぱりだよね」と、どこか、上手く行かない結果に甘んじていた部分もあります。
「耳が悪いから受け入れてもらえない」という壁の中に入って、1人ぼっちで、「でもそれが私には似合ってる」とどこかで思ってました。
それに慣れ過ぎていて、いざ、その壁を越えて、私を受け入れようとする人が現れた時、今思えば、怖くて逃げ出しました。
あれからもう何年たったか…紆余曲折を経て、手話の世界に出会って、自分と同じように耳が聞こえなくても、前向きに明るく生きてるろう者や、普通に聴者と結婚して幸せに暮らしてるろう者、聴者の世界で積極的に活躍してるろう者、いろんな人達をみて、少しずつ、自分もがんばろう、もっと自分らしく幸せに前を向いて生きる道を歩もう、と思えるようになって…そうして出会ったのが今の聴者の彼氏です。
付き合い始めてからも、時々、以前の癖で、「やっぱり自分はダメだ」と思い始めると1人になって壁の中に閉じこもろうとします。
そうやって1人で幸せから逃げようとするたびに、今の彼氏は追いかけて来て、追い抜いて、「どうしたの?何があったの?」と顔を見ながら聞いて来ます。
「自分はダメだ」という思い込みが根深い分、幸せから逃げようとする癖があるから、それを追いかけて、追い抜いて、目の前に立って、それでもそばにいようとする気持ちを伝えてくれる人が自分にはとても必要なんです。
特に相手が聴者である時点で、私は相手より、自分を無意識に下に置いているので、常に不安です。
それが自分なりの、「聴者と付き合うということ」でした。
そういう面倒くさい自分と辛抱強く付き合って惜しみなく愛情表現してくれる彼氏のおかげで最近は逃げ出すことも、不安になることも減って来ましたが…。
ドラマを見てて、あの時、美音ちゃんは物凄く嬉しかっただろうなぁ、と…号泣しました。
友達も家族も大事。
だけど、パートナーにしか出来ないことって、確実にあるのです。
あのワンシーンは、それを物凄くストレートに表現していた場面でした。
…まぁ、私は美音ちゃんほど料理は出来ないし、彼氏も丸くんみたいにイケメンじゃなくて大きなクマさんですけれど(笑)
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