こんにちは。お久しぶりです。
ついおとといで震災から1年を迎えました。このたびの災害により被災または避難された皆様には心からお見舞い申し上げます。
そこで今回は今流行りの「食べて応援」プロジェクトについてもう少し切り込んで考えてみたいと思います。
・食べて応援!?
「食べて応援」プロジェクトというのは、その名の通り被災した福島の農産物などを被災しなかった人たちが買うことで被災者を支援しよう、というものです。
これによって、間接的に被災地の復興につながるというわけです。
そしてこの考え方の根本にあるのが前回お話しした"絆"という考え方であることは言うまでもありませんね。
(⇒”絆”という言葉の怖さを見てください)
この「食べて応援」プロジェクトで重要な点は次の2点だと思います。
1.誰でも簡単に実行できる
2.あくまで自己犠牲の精神に基づいている
・強要される"自己"犠牲
まず2から見ていきましょう。「食べて応援」というのは表向きには被災地にいる農家を応援しようというものです。
でも、これは誰もが暗黙のうちに了解していることなのですが、放射能で汚染の痛みを分け合おうということでもあります。
つまり近頃マスコミを通して宣伝されているこの運動はいいかえると「みんな進んで自己犠牲の精神を持とう」ということになります。
本当に自ら進んで自己犠牲的な行いをするなら何も問題はないと思います。個人個人どう動くかは個人の自由にまかされていると思うので、それが悪いとは僕は思いません。
ですが今回問題なのはそのような自己犠牲が強要されていることです。そもそも果たしてこれが自己犠牲と言えるのでしょうか?倫理的に問題があるのではないでしょうか?
是非この点について考えてみてください。
・あまりにも簡単にできる"支援"
「食べて応援」のもう一つ重要な点は、誰でも簡単に実行できる、という点にあります。
例えば、被災地に復興ボランティアに行こうと思ったらとても手間がかかります。
行くだけでもお金も手間もかかって大変です。ボランティア団体を探したりなどいろいろと苦労するでしょう。(僕は行ったことないのでわかりませんが・・・)
でも「食べて応援」なら誰にでもすぐにできます。
スーパーに行けばもしかしたら福島産の物がまとめて置いてあるかもしれません。
するべきことといえばただそこにある物をかごに入れるだけです。ポイッと入れるだけ。
それだけで"支援"になるとしたらナント楽なことでしょう!
別に何も考える必要もありません。何の努力もいりません。(葛藤はあるだろうけど)ただかごに入れるだけです。
・自分で考えてこそ支援では?
僕はこの「食べて応援」プロジェクトを見るたびに本当に腹が立ちます。
何故かというと、なんだか人の良心を悪用しているようにしか思えないからです。
誰もが思う「被災者を支援したい」という気持ちを利用して、売れない商品を売りつけようとしているようにしか見えないからです。
またこの宣伝は人の楽したい!という気持ちをうまく利用しているのではないでしょうか?
復興を支援する方法は様々あると思います。別に「食べて応援」にこだわる必要はないのではないでしょうか?
自分で考えて行動する、この手間を省いて行う支援なんて偽善でしかないようにも感じます。(でもしないよりはましなのかもしれませんね・・・)


