鶴木遵氏がブログで「64作巻菱湖」の注文主を明らかにされていました!
http://0417jun.blog.fc2.com/blog-entry-118.html
鶴木遵氏は「由進の駒」とは何であるのか、
その本質をまた書いてくださいました。
依頼された方は「禁断の扉」をまたお開きになって
「禁断の巻菱湖」を手にされるというところでしょうか。
吉岡由進の駒は、絶好調ですね。
どうかたくさんの方が禁断の扉を開けてください!
鶴木遵氏がブログで「64作巻菱湖」の注文主を明らかにされていました!
http://0417jun.blog.fc2.com/blog-entry-118.html
鶴木遵氏は「由進の駒」とは何であるのか、
その本質をまた書いてくださいました。
依頼された方は「禁断の扉」をまたお開きになって
「禁断の巻菱湖」を手にされるというところでしょうか。
吉岡由進の駒は、絶好調ですね。
どうかたくさんの方が禁断の扉を開けてください!
このブログを見に来てくださる方で、検索キーワードが「由進」の方が増えました。
駒ファンの方だと思います。
そして、何度か書いていますが「吉岡由進」情報のいちおしは、早くから由進師の取材、執筆、何よりもその作品を複数作手にして、その本質を知ろうと駒創りの実作体験のチャレンジもされている、
作家「鶴木遵」氏のブログ
です。
吉岡師が駒を複数納められた大内九段との交流場面の記事、そこでの「駒談義」をぜひご覧ください。
吉岡由進(よしおかよりのぶ)の作品を鑑賞するには、作家「鶴木遵」氏の様に本物を手に入れることが一番です。
私のブログでも写真は載せますが、鶴木氏のブログには複数の書体の駒を実際に手にされての「駒談義」が展開されています。駒写真も今後も増えていくことと思われます。
私もいつも楽しみにしていて、たびたびチェックしては勉強させていただいています。
当分私のブログに「巻菱湖」の新作が乗ることはないかと思います。(待て12月(笑)
ですから、上記のブログをお楽しみいただくか(うん? 巻菱湖はなかったかもしれません。
では、本家の「由進の駒」の方を見てください。(ひとつ前の記事にたくさん紹介しました)
某ブログのRさんはすでにご覧になったこととは思いますが、
写真をクリックして拡大バージョンで鑑賞してほしいです。
品格のある柾目に上品な斑が見事に見えます。
何よりも凛としている「巻菱湖」の盛り上げの文字面に「ほー」と吐息がでます。
「預かり木地」とありますから、この木地を吉岡師に託し、由進作の巻菱湖を得んとされた方は、きっとこの駒の到着を待ち遠しく指折られていることでしょう。
63作巻菱湖島黄楊根柾盛り上げ
http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-721.html
の写真も出ていますから、どちらの写真も拡大してご覧になると楽しめると思います。
鶴木遵のブログにおける駒談義ならそれぞれの差異を的確に表現してくださると思われますが、私の力では、ただただうっとり眺めるだけなので、このブログをご覧の皆様が、それぞれの駒談義を発信されることを期待いたします。
「由進の駒」がますますたくさんの方に楽しんでいただけるチャンスが増えることを期待しております。
ある掲示板のメンバーさんが私のブログを読んでくださって、吉岡師の巻菱湖について「こちらのブログに写真を載せてほしい」といった趣旨の励ましをいただきました。
未だ正式依頼前でもあるし、自分の勝手な予定では12月の妻の誕生日に納品して頂くことで、その駒を「俺の巻菱湖」などと呼ぶことにしようとなってはいるが、それまでは写真を紹介することが難しい。
気長にお待ちいただくわけだが、はっと気づいたことがあった。
それは辰年生まれの息子が吉岡先生からご褒美にいただいた「竜王」の駒だ。
この写真は昨年の12月、妻の誕生日に近いころに戴いたものです。似たような写真をブログや年賀状で使いました。
http://ameblo.jp/amebremen/archive4-201112.html
その折に撮影したこの駒の表裏も掲載しておきます。
2010年「家族の駒」である「41作水兼成書島黄楊柾目盛り上げ」と出会い、使うほどに、
吉岡師の駒に魅かれてきた。作品番号でとらえるなら、「40作巻菱湖http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-452.html は巻菱湖千字文を睨みながら始筆と収筆に拘り字母を作成しました彫りの段階では格段の苦労はなかったのですが、始筆部分の盛り上げは細心の注意を払っての作業となりました。」と吉岡師がブログで書かれている40作の節目があったころの駒である。2010年9月初旬に40作はヤフーのオークションに登場した。
この後2010年11月下旬のブログhttp://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-476.html
「巻菱湖に挑んでいます。
いままでと違う巻菱湖の解釈による巻菱湖です。
この元になる駒字は何処から来たのか
駒字に詳しい方は多分お解かりになると思います。」とあり、
http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-477.html
「この木地は江戸駒標準寸法で仕上げました。
歩はH27mmW22mm
香はH28mmW23mm
桂はH28.5mmW25mm(標準はH28mmだが違和感があるのでH0.5mmプラス)」ということが起きる。
「44作巻菱湖」http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-500.html
という4の並びの駒が巻菱湖。この節目に続き、45作も巻菱湖。
ただし「45作巻菱湖」http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-501.html
は「初めて龍山形に挑戦してみました。」となる。
実は「龍山」」の「巻菱湖」については、この頃ちょっとだけ吉岡師に貢献した記憶があって、字母作成の閃きの瞬間にスカイプ上でたちあっていたのかもしれない。
だから、次の駒をお願いする日が来るなら「巻菱湖」と心に決めていた。
「48作巻菱湖」の字母は龍山形の2作目。
http://jisakugoma.blog65.fc2.com/blog-entry-510.html
このころ、本格的に伊藤駒の「淇洲」字母作成に挑み「
竹内淇洲という男の性格が文字から観てとれるような気がする。
意思が強いというか、個性が強いというか、だから、主張する男であったような気がする。
こちらは、それを受け止めて字に反映させなければいけないのだと思い
真剣に立ち向かっている。 」という力強い言葉があり、4月には「怒涛流大内九段」への渾身の駒納入の旅が待っていた。
「45作巻菱湖」「46作錦旗」「47作水無瀬」「48作巻菱湖」がそれだ。
そして運命の3・11.当日の津波対策はもとより、以降の日々に降り注ぐ防災対策の実務。
公共の安全を築くための試練は未だに続いておられる。それらを全身に背負ったうえでの「男吉岡」
4月の旅と40番代の作品群。
そんな4の節目へのこだわりを自分が持ってしまったこともあり、タケルが辰年の閏年生まれ。ミコトが申年の閏年生まれ。どちらもオリンピックイヤーであるということにもこだわって(笑)いよいよ「俺の駒」をお願いすることとした。
2012年は吉岡師が駒創りをはじめれて4周年とのこと。年内の駒製作は80作前後いや80作を超えることだろう。
ぴったりの80作! 盤寿の81作!!!。41の倍数で82作!!!。8並びの88作!!!
それとも巻大任師の誕生年である1777にちなんで、77作の並びもいい感じだ。
ところで干支は12年だから辰と申ともう一つある閏年はなんでしょうか?
それは当然ネズミ年です。だって神様が動物たちのスピード決戦をさせて決着をつけた「十二支オリンピックイヤー」のはじまりだったのですから(笑)
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