オーソン・ウェルズのフォルスタッフ 真夜中の鐘(一) | 俺の命はウルトラ・アイ

オーソン・ウェルズのフォルスタッフ 真夜中の鐘(一)

『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ

真夜中の鐘』

 

FALSTAFF

 

(Chimes at Midnight)

 

 

FALSTAFF

 

 

Campanadas a medianoche

映画 116分  白黒

 

1966年5月8日カンヌ映画祭公開

1986年10月10日 日本公開

 

製作国 スペイン スイス

 

制作会社 インテルナショナール・フィルムズ・

       エスパニョール

       アルピネ

 

原作 ウィリアム・シェイクスピア

 

脚本  オーソン・ウェルズ

 

製作   エミリア・ピードラ

 

      アンジェル・エスコラーノ

製作主任 グスタボ・キンタラ

撮影監督  エドモン・リチャード

撮影    アドルフ・シャレル

音楽    アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ

音楽監督 カルロ・フラント

美術    ホセ・アンニトニオ・デラ・ゲラ

       マリアノ・エルドルサ

編集    フリッツ・ミューラー

録音    ピーター・パラシェルズ    

衣装   オーソン・ウェルズ

 

 

 

出演

 

 

 

オーソン・ウェルズ(サー・ジョン・フォルスタッフ)

ジャンヌ・モロー(ドル・テアシート)

マーガレット・ラザフォード(クィックリー)

 

ジョン・ギールグッド(ヘンリー四世)

 

マリナ・ヴラデイ(ケイト・パーシー)

ウォルター・チアリ(サイレンス)

 

マイケル・アルドリッチ(ピストル)

 

ジュリオ・ペナ

トニー・ベックリー(ネッド・ポインズ)

アンドレ・メジュートー

キース・ピオット

ジェレミー・ロウ(ランカスター公ジョン)

 

アラン・ウェッブ(ロバート・シャロー)

 

フェルナンド・レイ(ウスター)

キース・バクスター(ウェールズ公ヘンリー後に

            ヘンリー五世)

ノーマン・ロドウェイ(ヘンリー・パーシー、

            通称ホットスパー)

 

 

ホセ・ニートー(ノーサンバランド)

 

 

アンドリュー・フォールズ(ウェストモアランド)

チャールズ・ファレル

フェルナンド・ヒールベック

パトリック・ベッドフォード(バードルフ)

ビートリス・ウェルズ(フォルスタッフの召使)

 

ラルフ・リチャードソン(語り)

 

 

 

 

監督 オーソン・ウェルズ

 

 

 

 

オーソン・ウェルズ Orson Wellesは1915年5月

6日アメリカ合衆国ウィスコンシンに誕生した。

1985年10月10日カリフォルニア州ロサンゼルス

において70歳で死去した。

 

 20世紀の巨星である。映画史上の大監督・大

 

脚本家・大名優・大スターであるし、それに異論

は無いのだが、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲

の生命を明かした人でもあることを強調したい。

 

 演劇界では既に三歳の頃から子役として活躍

 

したらしい。

 

 1939年にはFive Kingsの名でシェイクスピアの

戯曲『リチャード二世』『ヘンリー四世 第一部』

『ヘンリー四世 第二部』『ヘンリー五世』『ヘンリー

六世 第一部』『ヘンリー六世 第二部』『ヘンリー

六世 第三部』『リチャード三世』を脚色して一本

の演劇に纏めて上演したとの記録がある。

 

 この企画が、本作『フォルスタッフ』製作の原型

 

になったのではないかとも分析されている。

 

 1934年夏16分の短編映画 The Hearts of Age

 

を監督・出演で撮っている。

 

 1938年10月30日放送のラジオドラマ『宇宙戦争』

 

(『火星人来襲』)の脚色をハワード・コッチと共に

担当し、ウェルズと主宰劇団マーキュリー劇団が

声優として出演した。H・G・ウェルズ原作のSF小説

のラジオドラマ版だが、火星人が地球に侵略した

というドラマを事実と勘違いして、アメリカ国内で

パニック状態が起こった。

 

 1940年6月29日から10月23日にかけて、新聞王チ

 

ャールズ・フォスター・ケーンの一生を語る物語を、

映画『市民ケーン』 Citizen Kaneとして、RKOスタジ

オで監督・脚本・主演で撮影し、作品は1941年3月1

日に公開された。

 

 「薔薇の蕾」の言葉を残して死んだケーンの生涯

 

を関係者が語って尋ねて行くという構成も迫力豊か

であった。

 

 映画史上の大傑作として評価されるも、興行的に

 

は失敗し、厳しい製作状況を余儀なくされる。

 

 シェイクスピア劇の映画化に情熱を燃やし、『マク

 

ベス』(1948年10月1日公開)・『オセロ』(1952年5月

10日公開』を監督・主演で発表し、迫力豊かな演出

と重厚な名演を見せた。

 

 俳優としての出演作ではキャロル・リード監督『第

 

三の男』(1949年9月3日公開、製作国イギリス)に

おけるハリー・ライム役が有名で、彼が登場するシ

ーンのカットは強烈である。

 

 テレビにも出演し、ニッカウヰスキーで重厚な存在

 

感を示してくれた。『イングリッシュ・アドベンチャー』

でも語りで活躍した。

 

 『フォルスタッフ 真夜中の鐘』は1964年から1965

 

年にかけてスペインのバルセロナ・マドリッドで撮影

された映画である。

 

 ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『リチャード二世』

 

『ヘンリー四世 第一部』『ヘンリー四世 第二部』『

ヘンリー五世』『ウィンザーの陽気な女房たち』を脚

色編集し、架空の騎士ジョン・フォルスタッフを主人

公にした物語を映像化した。

 

 シェイクスピアが五本の戯曲を書いた年代は以下

 

のように推定されている。

 

 リチャード二世 Richard Ⅱ 1595-1596

 

 ヘンリー四世 第一部 Henry Ⅳ Part 1 1597

 ヘンリー四世 第二部 Henry Ⅳ Part 2 1597

ヘンリー五世 Henry Ⅴ 1598-1599

 ウィンザーの陽気な女房たち 

 The Merry Wives of Windsor 1600-1601

 

 五つの戯曲の中でフォルスタッフが登場するのは、

 

『ヘンリー四世 第一部』『ヘンリー四世 第二部』『

ウィンザーの陽気な女房たち』の三本で、『ヘンリー

五世』で彼の訃報が仲間達によって語られる。

 

 『リチャード二世』に、フォルスタッフは登場しない

 

が、彼が少年時代に仕えていたとされるトマス・モー

ブレ―が登場し、ヘンリー・ボリングブルックと対立

するという設定が序盤に語られる。

 

 ここで五つの戯曲の関係を確かめておきたい。

 

 

 『リチャード二世』 リチャード二世(1367年1月3日ー

 

1400年2月14日)を主人公とする。

 

 『ヘンリー四世』二部作  ヘンリー四世(1366年4月3

 

日ー1413年3月20日)を主人公とする。

 

 『ヘンリー五世』 ヘンリー五世(1387年9月16日ー

 

1422年8月11日)を主人公とする。

 

 リチャード二世とヘンリー四世は従兄弟どうしで、ヘン

 

リー四世とヘンリー五世は父子である。

 

 『リチャード二世』において王リチャードは追従を語る

 

家臣を重用し、叔父ジョン・オブ・ゴーントの諌めも聞か

ない。王の従兄弟で、ゴーントの息子ヘリフォード伯ヘ

ンリー(ボリングブルック)を追放し、その領土を奪った。

劇では描かれないが、王リチャードはボリングブルック

の幼い息子ヘンリー(後のハル王子)を引き取って養育

している。ボリングブルックは反乱を起こし、ノーサンバ

ランド伯爵・ヘンリー・パーシー父子の協力を得て強大

な力を得て、リチャード王を倒し、王位を簒奪して、ヘン

リー四世として即位し、リチャード二世を刺客エクストン

に暗殺させる。

 

 『ヘンリー四世』二部作では、ヘンリー四世は王位簒奪

 

の罪に苦悩している。皇太子ウェールズ公ヘンリー(ハル

王子)は肥満の老騎士ジョン・フォルスタッフと親しくして

放蕩三昧の日々を送っている。

 

 ノーサンバランド伯爵・ヘンリー・パーシーはオーウェン

 

・グレンダワーの捕虜となった貴族エドマンド・モーティマー

の身代金の支払をヘンリー四世に懇請するがはねつけ

られる。リチャード二世がモーティマーを王位継承者にし

たことを聞いたパーシーは逆上し反乱を決意し実行する。

 

 ハル王子は父王に放蕩を詫びて、シュールズベリーの

 

戦いに参加する。フォルスタッフは「名誉の戦死で死ぬの

は真っ平御免」と命を惜しみ、危険から逃げる。

 

 ハルは強敵パーシーと戦い彼を刺殺し、勇名をあげる。

 

 

 だが、フォルスタッフとの遊興は戦後も続き父ヘンリー

 

四世は倒れる。

 

 ハルは父を見舞い、王冠の権力が父を苦しめているこ

 

とを思い、苦労を自身が荷う決意を述べ、父は絶賛して

息絶える。

 

 ヘンリー五世となったハルは、喜喜として近づくフォルス

 

タッフを否定して、追放する。

 

 『ヘンリー五世』においてヘンリー五世はフランスに王位

 

継承権を語り、侵攻する。フォルスタッフは王に否定された

傷から亡くなったことが仲間達によって語られる。

 

 ヘンリー五世はフランス軍を破り、フランス王女キャサリン

 

と結婚する。

 

  『ウィンザーの陽気な女房たち』は喜劇で史劇ではない。

 

『ヘンリー四世』二部作『ヘンリー五作』の権力闘争の物語

とは違って男女の智恵くらべの物語だ。エリザベス女王が

「恋するフォルスタッフを見たい」と希望して、シェイクスピア

が短期間で書きあげたとも言われている。

 

 フォルスタッフはフォード夫人・ペイジ夫人に恋文を送って

 

金を貢がせようと画策するが、女房達に目論見を見破られ

て散々な目に合わされるが、ペイジの娘アンの結婚問題

ではアンが愛する青年フェントンと結ばれて親達の計画が

潰れていくという筋である。

 

 陽気な女房たちは機知の矢でフォルスタッフを懲らしめる

 

が、その矢は意外な展開で外れて、彼女達にも落胆がやっ

ってくるという二重構造のストーリーだ。

 

 自分が、『フォルスタッフ』に関する戯曲の粗筋を述べた

 

のは、これだけの戯曲を一本の映画に纏めあげたウェルズ

の卓抜した読書力・編集力を読者にも思って頂きたいから

である。

 

 映画『フォルスタッフ』で大部分を締めるのは『ヘンリー四

 

世』二部作の要約で、『ヘンリー五世』からは、ヘンリー五世

と忠臣を装う反逆者の会話とフォルスタッフの訃報を語り合う

仲間達の会話が脚色されている。

 

 『リチャード二世』『ウィンザーの陽気な女房たち』からは

 

僅かな部分が脚色されている。

 

 『ヘンリー四世』二部作を上演すれば、五・六時間はかかる

 

だろう。それに『リチャード二世』『ヘンリー五世』『ウィンザーの

陽気な女房たち』を加えて二時間未満の物語に要約するとい

う脚本はそれだけで天才の筆法に依るものだと叫びたい。

 

 ウェルズの脚本の鮮やかさは、『ヘンリー四世』二部作『ヘン

 

リー五世』の筋の歩みに沿って物語を語りつつ、巧みに順序

次第や場面を台詞を入れ替え編集して、原作の要をシナリオ

に凝縮していることである。

 

 これは原作を精読・熟読・身読していないと成しえない偉業

である。

 

  私に言わせれば、ほとんどの監督や制作者はあまりに

 

  軽々しくオリジナル脚本の不在を口にしているように思

  う。彼らは、古典的な文芸作品はほtんど底をついてし

  まったし、ある程度注目すべき題材は昔からいやという

  ほど取り上げてきたので、斬新なアイデアを見つけ出す

  のは今や不可能に近いと何かにつけていいたがる。し

  かしこれは大変な心得違いだと思う。

 

   (オーソン・ウェルズ稿『シナリオの危機』

 

   『シネアスト 2 特集オーソン・ウェルズ』78頁

   1985年9月20日発行 青土社)

 

 これは1956年のウェルズの言葉である。

 

 

 シェイクスピア戯曲の映画化は、台詞や場面の順序次第を

 

入れ替えて新たに構成することで斬新で原作の個性・持ち味

を掘削することを十年後の本作の演出で、ウェルズは実践し

たのである。

 

 『フォルスタッフ 真夜中の鐘』は昭和六十一年(1986年)

 

十月十日のウェルズ一周忌命日に劇場公開された。初

公開から二十年の歳月を経てようやく日本で公開された。

 

 VHSでこの映画を鑑賞した自分は、ウェルズの脚本の巧み

 

な編成と重厚さと愛嬌を兼ねた名演と敏速で流動的な演出

リズムに感嘆した。

 

 シェイクスピア劇映画化作品の中で最も鮮やかに原作の

 

生命を明かした作品であると実感した。

 

 長く劇場で見直したいと願っていた。

 

 

 平成二十六年(2014年)九月二十六日十九時三十分から

 

二十一時三十分にPLANET+1で上映され鑑賞し大感激し

た。

 

 オーソン・ウェルズのフォルスタッフの機知・頓智・強かさ・

 

頓智・哀感に笑い涙した。

 

 肥満の老騎士で追剥を働き、大酒飲みで大食漢で、博奕

 

と遊びが大好きで、愛嬌で金を借りて、楽して褒美に預かろう

と企み、戦場では命を惜しんで隠れて、名誉の戦死を恐れる。

 

 フォルスタッフには、いのちを大事にして、いのちの喜びを

 

求めて生きる正直さと率直さが溢れている。

 

 彼はいのちを生きることを一刻一秒楽しんでいるのだ。

 

 

 映画の冒頭はグロスターシャーの雪の場面から始まる。

 

 

 『ヘンリー四世』「第二幕 第三場」の会話から始まるところ

 

にもウェルズの脚本術が光る。

 

 治安判事ロバート・シャロ―とフォルスタッフが雪の地を歩

 

んでいる。

 

 シャロ―は55年前、ガールフレンドのジェーン・ナイトワーク

 

を口説き遊んだ昔話を熱く語る。

 

 フォルスタッフは、色事の懐旧談に夢中になっているシャロ

 

ー判事から金を巻き上げてやろうと狙っているが、過去を確か

める。

 

   

 

 

FALSTAFF We have heard the chimes at midnaight,

 

Master Robert Shallow.

 

 フォルスタッフ 深夜の鐘を二人で聞いたよな、ロバート・

 

           シャロ―さん。

 

 この台詞は、原作第三幕第二場の

 

 

  FALSTAFF We have heard the chimes at midnaight,

 

  Master RShallow.

 

 が基になっている。

 

 

 フォルスタッフとシャロ―が放蕩三昧の青春を送ったこと

 

を語り合い、深夜の鐘の音を思い出す。

 

 青春の日々を語り合い、若き日に聞いた真夜中の鐘の音

 

を思い出す。

 

 二人が老人であるという現実が示される。

 

 

 

 

 アラン・ウェッブが多弁だが体は疲労している判事ロバート・

シャローを鮮やかに演ずる。

 

 ウェルズのフォルスタッフは渋くて重い。

 

 

 老いて残りの生涯をどのように老人たちは歩むか?

 

 

 鮮やかな冒頭である。


オーソン・ウェルズ フォルスタッフ

 

 

 

 ここから映画はタイトルの紹介になる。

 

 

 

 兵士たちが語り、絞首刑の刑が映る。

 

 

 ラルフ・リチャードソンの重厚な語りが、ヘンリー・ボリング

 

ブルックがリチャード二世から王位と命を奪ったことを語る。

 

 ナレーターの台詞はホリンシェッドの『年代記』からの脚色

 

であるらしい。

 

 ラルフ・リチャードソンの語りは深くて暖かい。

 

 

 イギリス王宮が映り、城内の石垣が印象的だ。

 

 

 国王ヘンリー四世が登場する。

 

 

 役を勤め演ずるは巨星ジョン・ギールグッドである。

 

 

 王位を奪ったヘンリー四世の苦悩を見せつつ朗々と澄んだ

 

声で語る。

 

 ギールグッドのヘンリー四世は苦しみを生きる王の威厳と

 

貫録が光っている。

 

(2016年5月21日に加筆しました)
 

 

                              文中敬称略

 

                                

 

                                  合掌