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2012-05-13 22:45:13

思考と実践の多様性

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 社会主義における計画経済が破綻したのは、よく知られているように競争原理ではなく、巨大な国営企業という一つの組織形態に目的を費やしてしまったからだといわれている。しかし、もう一つの、且つ決定的な要素は、環境の変化に対して、一つの方向だけに向いてしまい、組織に「多様性」がなかったからだともいわれている。私はこの多様性こそが、組織を維持していくためには必要不可欠な要素であると捉えている。多様性が重要なのは、多くの既知の解決策を持ちあわせるからではなく、多様な考えや遺伝子を持つために、予測できない環境の変化に対して、「組み換え」ができるからである。例えば、緊急時に対応できる人たち、新しいニーズが出たときに対応できる起業家的な人たち、平時の組織をまとめていくのに長けた人たち、それぞれの状況に対応しながら、その環境に合わせて「組み換え」ができるのである。

 最近でこそ、多様性をダイバーシティーといわれているが、様々な要素や人間が集まることで、その間に生じる相互作用により、新しい解決方法や実践が生まれるのである。前回の原稿で述べた漁師の行動は、一人で海に出るのであるが、その思考と実践の行動は、多様性を帯びている。「選択と集中を」という言葉は、その使い方を間違えると、合理的にのみ行動を促してしまう。ある時期は良いかもしれないが、変化が起きたときには合理的に実践できるものではない。

多様性のバランスをとることが私たちに求められている。それは、単なる、男女、人種、国といった表面的なことではなく、思考と実践の多様性を、スピード感を持って取り入れることにある。 

2012-05-11 22:59:30

その選択は本当に「二者」択一だろうか?

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 いま、あなたは漁師だとしよう。昨日荒天をもたらした低気圧が去り、波高はあるものの、今日は獲物を得るにはコンディションは良い日である。午前3時に漁港を出港した。あなたには二つの選択肢がある。魚群探知機を使いながら、魚が食いつきそうな場所で網を張るか、もう一つは、そこには仲間の漁船も多く現れるから、別の新しいポイントを探すかである。前者の行動様式は「合理主義派」と呼ばれているもの、後者は「確率派」と呼ばれるものである。では実際の行動様式はどうかというと、このような二者択一的に行動をしないことが、漁師の行動検証から解明されている。つまり、合理主義派と確率派の混合形態で漁を行う場合が多いのである。

しかし、経営学の教科書はこうは教えていない。意思決定は二者択一のどちらかを選ぶことであり、そのためにコンピューターでシミュレーションを行って成功確率の高いのはどちらかを分析し、それを基に意思決定の方向を決めるというものである。実際にこれで意思決定をする場合もあるであろうが、外部環境はこのような合理性や確率論で現れるほど単純ではないことを私たちは知っている。

 人間行動のある研究結果であるが、物事を学習することが速い人たちだけで構成される集団は、学習が速い人たちと遅い人たちが混在する集団よりも働きが悪いという。これは、学習が速い人達は、物事を探求することを犠牲にして、表面的に目先の活用ばかりを指向してしまうので、最適ではないルーティーンオペレーションに終始してしまったり、戦略を固定化してしまうというのだ。一方で、多少の能力は劣るけれど、多様な集まりの方が、一様に優秀な集まりよりも成果をあげるらしい。

 学習が速いことの怖さは、「腑に落ちないで」結果だけをみてしまうことである。例えば、今期に100億円のビジネスを立ち上げるという目標があって、そこから物事をスタートさせるのはビジネスの定石であるが、そこにだけ目が行ってしまい、物事を深く探求せずに考え込んでしまって、迷路にはまってしまうことは良く見られる光景である。探求は、考察と実践の繰り返しである。それも強い実践を行いながら、実践後にはすぐに省察する。そこから探求し、また実践するループを回していくことが大切である。原因となる行為と、結果に同時性はない。つまり、結果は後から付いてくるために遅れが生じるのが当然であり、だからいかに実践と省察を早く廻すかが求められるのである。

2012-04-28 18:22:18

シナリオを描く習慣を身につけよう

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前回の原稿で、私は悪の循環(ネガティブ・フィードバック)から抜け出せなくなっている状況のことを書いた。このようになったら、まずやらなければならないのは、目前の仕事はしっかりやる、そして仕事毎の結果を原価でよいから数字に置き換えるという習慣である。この場合、「ざっくり」が必要である。しかし、数字を意識していない方の共通は「ざっくり」ということが出来ない。百円単位、円単位まで把握しなければならないと捉えている。この作業は数字を把握することが目的ではなく、自分たちがやった仕事の達成を見極めることが目的である。これを1週間単位で把握することである。「ざっくり」と。1週間で経営の市況が掴めるようになるまでやってみる。自分の仕事の範囲ならできる筈である。毎日の仕事を数字でざっくりと置き換えるのは最初は大変かもしれないが、そのうちに持ち上がってくるのは、何故かという言葉である。例えばこの仕事はどうして赤字であるのか?という疑問がわきあがってくればしめたものだ。当たり前だが、顧客も厳しいから、発注する仕事もそんなに単価はあがらない。だから仕事に工夫をし始める。

 ここまでは誰でもやっていることだろう。しかし、更にそこから「シナリオ」を描く習慣を身につけるのだ。次の瞬間から将来になるが、シナリオはその確率を確かなものにするのではなく、次の瞬間から起こりえることをストーリーにしていくのである。あの顧客はこうだろうから、当社はこうしていこう、あるいはこうしていかざるを得ないとかいう「~だろう」が考えられるようになる。これに数字を「ざっくり」と合わせてみる。そうすると厳しい状況が更に見て取れるようになる。当たり前の方法と思う方も多いかもしれないが、現実を知るのが怖いから現場のリーダーはやらない。ここまでの習慣が身につけば、次に将来を良くするために「~だろう」で考え、試行錯誤しながらも実践の行動に出たくなる。考えて試行錯誤をするまでは勇気が必要である。試行錯誤の言葉は知っているが、その背景には「失敗」という字と「悲劇」「手数」ということが持ち上がるからである。ここまで意識して頂きたい。「怖い」ということ。この「怖い」を払拭するために、試行錯誤するしかない。トップアスリートが自分自身に勝つために練習を繰り返して、自信をつけるのと一緒だ。試行錯誤を続けると「勇気」というものの意味が理解できてくる。

2012-04-26 13:06:31

ネガティブ・フィードバックから抜け出せなくなる理由

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 上手くいっていない組織の方10人とお話すると約8人までが、極めて楽観的な見通しをもっている。この背景は二つあると捉えている。一つは、リーダーやそこに属する組織の人たちは「明るく振舞わない」と暗くては益々士気があがらないからというもの。もう一つは、どうせ見通しが悪いのだから、このことは忘れておこうというものである。前者は組織全体を考えてのこととも捉えられるが、後者は人間の習性である「忘れる」ということを無意識に表現しているともいえる。このような推測は的外れかもしれないが、結果は楽観的だから、「きっとどうにかなる」という気持ちが心の底にあることは変わらない。

 したがって、結果である数字はどこかに消えてしまう。そもそも予算で計上した数字は架空のものであるから、書類を書き上げることや承認されることを目的としてしまい、日頃のビジネスの活動とは切り離されて捉えられてしまう。その理由には、予算策定の前提となる自己の組織での支出項目以外の数字が割り当てとなっていることに対する無言の抵抗もあるだろう。だから予算の数字は作るものであり、その数字の重みは感じない。結果としての経営数字があってないものだから、毎月の目標もなくなる。戦略や施策なんて遠い存在であり、それよりも今日や明日の仕事をしっかりとやることが大事となる。また、組織にダウンサイジングが進んだ結果、益々目前の仕事は多忙となる。さらには、業績が向上しないから本社などからその理由付けの書類作りに追われることになる。したがって、目の前の仕事だけをこなすことになり、とても経営結果を意識しながらの組織運営はできなくなる。

 このような状況を改善するのは並大抵ではない。「もっと結果を出せ!数字を意識しろ!先をもっとみて顧客獲得をしろ!」といっても、見ている範囲が目前の流れてくるものであるから、そんな余裕はないのである。こうして、悪の循環(ネガティブ・フィードバック)から抜け出せなくなる。

2012-04-22 20:54:23

実践―戦略の成功と失敗を分けるもの

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前回は米国のイーストマン・コダック社の事例について言及したが、更に、GMの例がその先鞭をつける。GMは日本の自動車企業に追い上げられ、その生産性の低さが課題であると気づいた。そこで、人の生産性向上、機械の配置、稼動、工程の見直し、労働管理のあり方まであらゆる戦略を見直し、これなら日本に勝てるという戦略を打ち出したのである。今の時代から打ち出された戦略を振り返ると、「勝てる仕組み」になっていたのである。しかし、GMは負けた。これは、正しい戦略が勝つとは限らないことを示している。また、実践による差だと捉えることができる。徹底度合い、案としての戦略と、実践の結果から学んで修正するスピード、人の機微などがすべて負の方向に動いてしまったために、結果として動きが遅くなり、時期を逸してしまったのである。戦略では決して劣っていなかったはずである。

実践だ、スピードだ、改革だ、イノベーションだ、は当たり前になってきている。しかし、それを身をもって理解している人たちが少ない。頭で考えることと、実践行動の結果には、雲泥の差があるということが、試行錯誤した人たちではないとわからないのである。この試行錯誤という試合の時間が余りにも少なすぎるのが問題なのである。その要因の一つが成功体験である。過去の成功体験が邪魔してしまい、過度な失敗は許されないというマイナス評価である。ビジネスは結果が全てであり、勝たなければ意味がない。それは絶対に譲れないのであるが、しかし、勇気がないと一歩も踏み出せない。失敗するかもしれないと頭によぎる。そして目の前に従前の仕事があればそちらを優先してしまうのが人である。頭が良ければ戦略だけ描いて、自分は実践しない方法もあるかもしれない。実践する人たちを探してくるだけで評論家になってしまう。こうした行動がカイシャの競争力を失わせてしまうのである。

案があれば実践だけと思ったら大きな罠にすっぽりはまりこむことになる。実践から幾度も回転(スピード)をあげて学ばないと、強い力にはならない。そして未来は確率ではない。シナリオである。次回はそのことについて、様々な角度から言及していきたい。


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