2010-02-08 09:42:09

今こそ、大胆に考え行動するとき

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  私の周りの中堅企業では資金繰りが持たなくなっているところが続出しています。経済がこのまま推移すると、世の中に不良資産が続出することは避けられないでしょう。しかし、企業である限り、その中で勝って行くしか道はありません。小さい事例を除いて、シェアを取らなければ縮小していく市場では生き残れないのです。この厳しい状況の中でさえも、得意分野や将来を見据えた分野に果敢に投資をし、それらを数年後に結びつけることが必要です。

  今後、多くの企業で従業員の賃金カットが行われることになるでしょう。その場合、賃金カットをするだけでなく、何か従業員に対してプラスを与えることが重要です。寒い冬、みんなでコタツで凌ぐためだけに賃金カットをするのではない筈です。例えば、成長、教育の機会を今まで以上に増やすとか、権限を与え、研究開発をする機会をつくるなど、チャレンジするプログラムを考え、そのために投資することも重要であると考えます。

  のんびり屋の私も、少し前とは全く違う環境であると認識しています。先日もある企業での支援が非常に厳しくなったと聞きましたが、厳しく考えるものは考え、チャレンジするものは果敢に動くことが肝要であると思います。これまで多方面で言われてきたように、好むと好まざるにかからわらず、明治以来あるいはそれ以前の近代国家日本の枠組みから外れる時が来ています。このことは、多くの人たちが恐怖を抱いているか考えないようにしています。また、ある人は“間もなく正常に回復するだろう”と楽観的に構えているのです。しかし、そんなことを信じてはなりません。新しい世界がどうなるかは不明ですが、今までの世界に戻ることはありません。今こそ大胆に考え、行動するときなのです。


2010-02-04 09:53:48

生き残りのカギは積極的な戦略と素早い行動にある

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今の厳しい経済状況下であらゆる企業が生き残りをかける中、共同体的な経営、つまり内輪の論理で経営をしていくことは、沈み行くタイタニックの演奏会のようなものだと言えます。米国の例ではありますが、例えばヒューレット・パッカードというIT企業は大恐慌の中、ガレージから会社を立ち上げたし、アイ・ビー・エムは1981年の大不況の中でPC市場への大規模な進出をし、その後の成功を納めました。以前、Harvard Business SchoolRichard.S.Tedlow教授は「今年のリーダーは他の人がやらないことをやるだろう。もし、これだと信じる製品があれば、それに賭けて小さくではなく大きく投資すべき年になろう。」と言いましたが、今の状況では回復後に元の状況にはならいことは就職活動中の大学生でも判っています。

現在、市場は物凄く小さくなっています。動きの鈍い競合は更に弱体化することが十分に予測されますが、落伍するのを待ってはいられません。積極的に自分たちの得意とする分野でシェアを防御する一方、優れたスタッフを雇い入れ、場合によっては、厳しい経営に陥っている企業の保有資産を低価格で購入し、顧客を取り込む努力をする必要もあるかもしれません。同時に、事業の中心から外れる戦略や商品を積極的に捨てる必要も生じて来ます。世界一の小売業のWal-Martは、選択肢を増やす多種多様の商品を陳列する戦略を中止しました。陳列を簡素化し、その代わりに最も人気のある商品の価格を下げる戦略を取ったのです。その結果、フラット・スクリーンTV等の人気商品群のシェアを上げました。日本の大手電機機器企業もこれと同種のことを始めました。撤退と投資を明確に分け始めたのです。


2010-02-03 09:56:50

企業の生き残りを賭けた共同体からの脱出

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現在の厳しい経済状況から脱出しようとする多くの企業には、明治の開国以来続いてきた社会統治の刷新が迫られています。相次ぐ人員削減、事業の聖域なき取捨選択、来たるべき次なるグローバル化への否応なしの対応等、そこには残念ながら共同体の微塵もありません。私たちは、ずっと以前からこのことに気付いてはいたが、過去へのしがらみもあり完全に断ち切れなかったのです。その結果、危機を乗り切れない日本人を多く輩出してしまいました。マスコミも含め、共同体が崩れることを企業が悪いように報じられているのを見ますが、企業を叩いても何も残りません。現在でも共同体意識を是として行動している企業の多くは、外からみると、異常な「仲間」意識を持ち、その輪に入らない人たちを意識的に外しています。その企業で偉くなるためには、当然のことながら共同体に入らなければなりませんが、これこそが企業の競争力を否応無しに削いでいくことになります。なぜなら、人の選別を能力や実績ではなく「ムラ」意識でするからです。こうした集団では、生き残りのための大胆な施策は出来ないでしょう。

 企業が生き残るためには、まずは資金の確保です。どの企業も、かつてない程の状況で下降線を辿ることが十分に予測される中では、資金繰りが企業の生命を繋ぎます。それだけ今、世界が落ち込んでいるのです。規制強化、消費者の信頼回復、貸し渋り等あらゆることが起きています。以前には評価された意思決定、例えばハイリスクの事業や低金利の借入は、もはやとんでもないことだと考えられています。たとえ大企業であっても資金を確保出来ないところは市場から退出していかなければならないのです。


2010-02-02 10:39:36

企業が共同体からの変革へ取り組むとき

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今の日本の企業には、仮説を描き、行動に移し、また戻り、仮説を描き、また行動するという繰り返しで将来を見ていくことこそが必要であるのに、そのための議論が出来ないのでは話になりません。このような「構想力」のない日本企業が多いのは何故なのでしょうか。その経緯を辿るために、ジェームス・C・アベグレン著「日本の経営」(日本経済新聞社,2004)を再び紐解いてみました。この著書は1957年の日本の経営を分析したものです。非常に読み易い本ですので、是非一読をお勧めします。日本という辺境の島国が、なぜ米国のような工業国(当時)になったのかを歴史的な観点から描いています。その主張では、多くの日本人は、明治維新を「革命」と見ていますが、実はそれはたいして大きな革命ではなく、社会制度そのものは変わらなかったと分析しています。つまり、江戸時代より発展はしましたが、封建的な部分は依然として残り、江戸時代の下級藩士が指導層に、商人が企業家になっていったのだというのです。企業そのものの原点は、「共同体」にあり、それが欧米流のやり方と適合されたのであって、社会制度に革命的なものはなかったというのです。この著書には繰り返し「共同体」という言葉が出てきており、『日本企業は「共同体」である』ということ強調しています。

 「泥臭さ」を異常なまでに重用することや、会議でのダンマリは、この共同体認識から来ているのではないでしょうか。共同体だから黙っていても判るし、泥臭さに埋没していればよかったのかもしれません。しかし、時代は変化しており、いつしか日本は共同体の道と決別し、もう戻れない処まで来てしまっています。実はミーティングや研修で、ダンマリの人たちに口を開いてもらうと、全く泥臭くありません。むしろ外部の私の方が泥臭いことが多いのです。 

共同体を全て壊す必要はありません。しかし、個人が活きることが出来ないのでは共同体も活きられないのです。もう日本はその段階まで来ています。派遣切りでマスコミが騒ぐのは、日本の企業は共同体だったはずなのに……、という背景があるからかもしれません。私たちはこの先、この問題にどう立ち向かって行くのか、これこそが次の時代へのチャレンジになるでしょう。


2009-12-10 15:05:38

構想力を身につける

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 この混迷の先は未だ視えないどころか、日を追って悪化しているところが大半であるように思います。しかし、夜が終れば朝が来るように、いつまでもこの状況の泥沼に安住している訳にもいきません。少なくとも次の時代を見据えたことを考えていかなければならないと思います。しかし、至る処で米国や中国よりも日本が心配であるという声を聞きます。新政権のもとでこれから日本はどうなっていくのだろうかという不安が折り重なってきているのです。この論議は、我々働く日本人自身に自覚がなく、危機意識が足りないが為に、その先の将来を構想することが出来ないために起きているのではないでしょうか。

 私たちは、長らく「泥臭い現場」を誇りにして高度成長を成し遂げ、その後のバブル崩壊も乗り越えてやってきました。「現場の泥臭さ」を知らなければ本当の仕事は出来ないと言われさえしてきたのです。その査証として、大企業では若いうちから職場を定期的に替えて、様々な苦楽を経験させ、リーダーを育成して来たことなどがあげられます。中堅、中小企業も同様で、苦しい第一線の現場を経験することで人は成長してきたと思います。その反面、考えること、つまり議論をしたり、構想を練ったり、それを人に伝えたりすることは「学者のすること」として、半ば「現場を知らない」輩として、排除されてきたことは否めないのではないでしょうか。この部分で折り合いをつけて来た代表が、自動車産業であり電機機器産業であったように考えられます。そういった企業の多くは、現場の暗黙のやり方を、誰にでも伝わるように体系化して、それを拡げていったからこそ、日本のお家芸ともいうべき生産管理技術が育ってきました。しかし、70年代の高度成長時代の「俺の背中を見て真似ろ」というスタイルで経営して来た企業は、体系化が理解出来ずに、結果として低迷しているように思えます。

 今、早期定年退職を選択されたり雇用を外されたホワイトカラー層が増えています。先日、私の処に知人がやって来て、「突然会社から解雇通告を受け、必死になって100社に応募して、やっと職が見つかった」と言っていました。その方は構想力や経験があったので、この厳しい状況でも職があったのだと思いますが、大半の人たちは会社を移れないのではないかと危惧しています。私が各企業でのミーティングや研修で強く強調しているのは、「自分でしっかりとした考えを話す」ということです。会議において、報告を受ける形式に数十年も慣れ親しんでいると、議論が出来ないし新しいものが生まれてきません。この厳しい状況を認識していないのか、表現方法を知らないか、私が疑問になる程、行動が変わらないのです。これは日本の危機があり、こうした企業は根元から崩れていくのではないでしょうか。

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