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 軍隊も無(な)い太平洋上の小さな島嶼(とうしょ)国家パラオが、強大な軍事力でアジア・太平洋の島嶼・海洋資源を次々に不法占拠する中国に対し正義を貫いた。

 違法操業を犯した中国漁民を「法に基づき起訴した」のだ。しかも、警告を無視した中国人を結果的に射殺して尚、正当性を譲らない。この報に接した瞬間、戊辰戦争で「武士の一分(いちぶん)=面目」を貫いた請西(じょうざい)藩(現千葉県木更津市)第3代藩主・林忠崇(ただたか)(1848~1941年)に、唐突にも思いを馳(はせ)せた。中国を恐れ、その違法に目をつぶるわが国はパラオと忠祟に学ぶがよい。


■パラオと忠祟の気概
 請西藩は1万石の小藩ではあるが、林家当主は正月元旦に、江戸城内で将軍から最初に杯と兎(うさぎ)の吸い物を賜る栄誉に浴する。林家の祖が、戦(いくさ)に敗れ流浪していた徳川家の遠祖を匿った際、貧しくて十分なもてなしができなかった事(こと)から冬の寒中、猟に出てようやく射止めた兎を吸い物にして饗応(きょうおう)した故事に因(ちな)んでいる。青年大名・忠祟の脳裏には、この故事がうっとりするほどの誇りとなって刻まれていたに違いない。

 大政が奉還(1867年)され、時あたかも風雲急を告げていた。藩論は抗戦・恭順両派に分かれ伯仲した。そうした中、旧幕臣の一軍が合力(ごうりき)を頼みに来るや、藩主自らが藩士70人と共(とも)に脱藩を図り合流した。再び自藩に戻らぬ覚悟で、陣屋を焼き払っての出陣だった。新政府は林家を改易した。

 関東各地で新政府軍と交戦、さらに東北地方へと転戦した。しかし、旧幕府方の奥越諸藩は次々に降伏・恭順していった。忠祟も「徳川家存続」の報を受け、戦の大義は果たされたと思量し、新政府に下った。

 驚くべき事に、忠祟は昭和16年まで「最後の大名」として生きた。92歳で天寿を全うする間際、辞世を求められるや「明治元年にやった。今は無い」と断っている。「降伏時に、切腹覚悟で詠んだ」との意だが、こんな辞世であった。

 「真心の あるかなきかはほふり出す 腹の血しおの色にこそ知れ」

 歌には、新政府軍の手先となり、旧幕府軍追討に加担した紀州・尾州・彦根など御三家や譜代筆頭に対する侮蔑と怒りが込められている。忠祟の凄烈でいて廉潔な男振り・武者振りには惚(ほ)れ惚(ぼ)れする。「主権国家の一分」を貫いたパラオにも、同じ爽快(そうかい)さを感じてしまう。

■中国漁民25人を起訴

 パラオ警察は3月末、自国の鮫(さめ)保護海域で違法操業中の中国漁船を発見し、警告射撃を実施。ところが、不敵にも警告を無視して、漁船から小型艇2隻を降ろして操業を続けようとした。このため、パラオ警察艇が小型艇を追跡、強制停船に向けエンジンを狙い射撃した。その際、中国人1人が被弾し死亡。小型艇に乗っていた残り5人を逮捕したものの、他の20人は証拠隠滅のため、漁船に放火して海に飛び込んだ。最終的には死亡した1人を除き、25人全員が「御用」となった。

 中国人漁民25人は4月上旬、起訴された。パラオ警察は「中国人漁民は複数の罪に問われている」「裁判の結果、処分が決まる」と言明。粛々と司法行為を進める決意を示した。

 小欄は、パラオ政府の決然とした姿勢とは対照的な卑怯(ひきょう)・卑劣な政府を知っている。尖閣諸島近くで領海侵犯し、あまつさえ海上保安庁の艦船に体当たりまでしてのけた、工作船の可能性すら疑われる漁船の船長を、民主党政府は一地方検事の判断だと、責任をなすりつけた揚げ句釈放。しかも、船長を迎えに来日した中国政府高官のために深夜、石垣空港を開港させる媚(こび)まで振りまいた。

 ところで、中国政府では、隣国ミクロネシア連邦の大使館から外交官を派遣し、事件の調査を始めた。パラオは台湾を国家として遇し、外交関係を保つ23カ国の1国で、中国を正統国家として認めていない。従って、大使館を置くミクロネシアの外交官が、特別の手続きを踏んだ上で入国した。中国を国家と認めぬパラオの姿勢に加え、パラオを取り巻く情勢を考慮すると、日本の卑屈は一層悪臭を放つ。


■品性なき卑劣な日本
 前述したミクロネシアのヤップ島から米軍事拠点グアムまではわずか700キロ。中国軍は将来、水上艦や潜水艦の補給基地として、ヤップ島など太平洋島嶼国家を活用する戦略を真剣に描く。台湾や朝鮮半島で危機・戦争が勃発(ぼっぱつ)した際、この海域で米海軍空母打撃群の西進を阻止する狙いからだ。既にトンガ/フィジー/パプアニューギニアに軍需関連物資を提供し、軍人同士も交流させている。

 孤立しつつあるパラオを、中国はどの様に苛(さいな)むだろうか。忠祟の場合、諸侯出身なのに新政府は華族に叙していない。開拓農民や下級官吏、商家の番頭など一介の士族として困窮生活を強いられた。諸侯なら子爵以上だが、1階級低い男爵に列せられたのは、ようやく明治26(1893)年になってから。中国の陰湿さは新政府のレベルではあるまい。

 もっとも、パラオもしっかり布石を打っている。1994年の独立時に米国と自由連合盟約を締結。期限付きで全軍事権と、外交権の内、軍事権に関係する部分を米国に委ねた。盟約に基づき、国民の一部は米国軍人として入営してもいる。

 親米国家であると同時に、日本による委任統治の歴史から親日国家でもある。2005年の来日前の会見で、当時の大統領が靖國(やすくに)神社参拝について「全(すべ)ての人のために祈るのは正しい行為だ」と、支持している。

 ただ、中国の魔手からパラオを守る気概は、残念だが今の日本に残ってはいない。嫌日国家・中国の顔色を窺(うかが)う、「一分」を捨てても恥と感じぬ、品性無き国家に成り下がったためだ。
(産経ニュース 九州総局長 野口裕之)

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中国バブルがはじけた何よりも証拠は香港で顕著になった
有名ブランド品の売れ行きが激減、豪華不動産価格は30%台の値下がり
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 香港は免税天国、消費のメルクマールであり、次の中国の消費動向が如実に現れる。
 じつに香港居住民の四倍、2800万人が毎年、中国大陸から香港へ旅行する(香港返還前まで香港旅行者の第一位は一貫して日本人だった)。
スノビズム丸出しの頃、日本人が一目さんに買ったのは、グッチの鞄、ダンヒルのライター、バリーの靴、セリーヌのスカーフ、ローレックス時計、ディオールの化粧品等々。

 最高級ホテルはペニンシュラだが、このホテル内にブランド品ショップが集中していたため、ツアー客は「ペニンシュラで買い物時間」が謳われたツアーに参加するという時代もあった。
 発狂に近い欧米ブランド品への信仰は、いまも日本国内で燻っており、銀座はティファニーもルイビュトンも旗艦店をおくが、主なツアー客は中国からの団体様に様変わりしている。日本人はむしろ「ブランドオフ」(中古、質流れ)へ。
 ブランド品を買い漁る中国人のエネルギーは凄まじい。あの発熱減少は発狂したのか、と思えるほどである。

 香港は九龍半島の突端がチムチャチョイ地区、そこを南北に貫くネイザン通りは香港の銀座、日本語が通じるほどの盛況で、日本食レストランも多く、駐在する日本人も一万人以上がいた。あの頃は、ほぼすべてのマスコミは香港に支局を置いていた。

 有名ブランドのみかわ、キアノン、リコーのカメラを買って、日本に持ち帰って売っても利幅が取れた。デジタル製品も日本製が溢れ、世界から買い物客が香港に押し寄せた。免税天国の威力である。

 がらりと香港が変貌したのは返還後、数年をまって「一国両制度」の確定が予測され、社会に安定感がでて、カナダや豪へ逃げていた華僑がごっそりと舞い戻り、さらに2000年代にはいって、中国の経済が沸騰して、中国から買い物客が来るようになってからだ。
あの貧乏な中国から、香港に買い物に夥しい旅客がやって来る時代がくるとは、誰も予想していなかった。


▼人民元が香港ドルより強くなって、消費傾向が様変わり
 人民元の札束をもって有名ブランドは手当たり次第、絵画・骨董からワインのオークションにも参加して最高額で競り落とすのは、たいがいが大陸の中国人となった。
 ルィビュトンの旗艦店は番号札を発行して歩道に買い物客を待たせるという措置を取らざるを得ないほどの異常事態がつづいた。
 80年代から90年代にかけてパリのルイビュトンでは日本人を店外にまたせ、順番を待って入店した客にひとり三品以内という制限をつけていましたっけ。

 こうなると利にさとい香港の両替商は機敏に動く。町の両替はインド系が多い。2005年が境になったと思う。人民元が香港ドルよりも強くなったのだ。しかも中国の銀行が発行したクレジットカードが使えるようになり、さらには銀連カードが闊歩する。

 中国人の嗜好は時計ならジャガール・クルトかIWC,買い物の平均が70万円台。バーバリのコート、マンションは豪華広大プール付きが好まれて、次に金ショップに群がった。以前、小欄でも前に書いたが、「周大福」という金ショップには金塊、金棒、金時計、金宝飾品買いに長い長い列が出来ていた。

 突然、こうした消費動向が激減方向へ向いた。 ウォールストリートジャーナル(5月31日、アジア版)に拠れば、金、宝石の売り上げが鈍り、2010年に47%増が、11年に19%増加とスローなペースになる。

2012年は旧正月までが増加傾向だったが、黄金週間は「なにかの陰謀でもあったかのように」、ピタリと客足が遠のきはじめ、減少傾向にあるという。同、ティファニーもルイビュトンも30%台の増加ぶりが、1l年には10%台に落ち込んだ。ということは2012年は前年比マイナスとなるのが明らかである。

 時計の販売は15%減少、周大福など金ショップは18-19%激減、不動産もワインも骨董も30%値下がりが普通の状況がでている。中国国内のバブル経済が明らかに破綻し始めた影響である。
 もっとも中国共産党トップは経済の急激な減速を知覚しており、いったん中断した各地のハイウェイ、地下鉄、空港建設を再開し、新幹線プロジェクトも再開する。

 「政府は景気刺激策に転換したとは公表していないが、しずかに財政出動を展開している。ちかく公表されるプロジェクト計画の全容は3500億元(5兆円弱)に達するだろう」
(ヘラルドトリビューン、5月31日)。

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 見識のある方々は、もう推察されておられるでしょうが、今回の「生活保護不正受給疑惑」を影で指揮しているのは、「吉本興業」自身であるとみて、間違いないでしょう。
 片山さつき参議院議員が、この問題に乗り出した時、まっ先に出張ってきたのが「吉本興業の顧問弁護士」(河本氏が個人で契約した顧問弁護士ではない)ことも、その証左の一例です。  

 吉本興業が、新人や駆け出し中の芸人やタレントに薄給しか支払わないのは、公然たる噂ですが、吉本興業という「雇用者」と、「芸人・タレント」という「労働者」の労使契約は、いったいどのような内容になっているのでしょうか。

 どうにも、私個人が外側から見える範囲では、「労働基準法」に抵触しているような気がするのです。そして、その「労基法違反」を隠すために、吉本興業側は、「芸人たちに生活保護を受けるよう、積極的に斡旋しているようにも思えるのです。

いずれにせよ、この問題は、「生活保護不正受給」など氷山の一角であり、水面下には、もっと深刻で闇の深い違法行為が大きく根を張っているように思えてなりません。
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母親への支援、再三お願いして、やっと一部を援助?

   片山さつき氏は、番組内では、深い闇の内容については語らなかった。ニュースサイトのインタビューでは、問題の重大さは、母親以外の親族も生 活保護を受給していたことにあるなどとしていたが、それが当たるのか。事務所に取材すると、片山氏は出張中などとして話は聞けなかった。

   岡山市の関係者は、取材に対し、深い闇については、うわさレベルでしか聞いていないとした。しかし、この関係者は、準一さんについて市の幹部 に聞いたところ、この幹部は「頭に来ていますよ。私は許せません」と怒っていたと明かした。準一さんが毎日のようにテレビに出るようになってから母親への 支援を頼んだが、いつも素知らぬ顔をしていたからだという。再三お願いして、やっと一部を援助してもらったそうだ。

   福祉事務所に批判が出ているが、この関係者は、「『仲が悪い』と偽装する可能性があるので、国の法律を変えないといけません。例えば、年収1000万円以上なら援助しないといけないというようにです」とも指摘している。

   なお、準一さんの妻が月に40万円を稼いでいたことについては、必ずしも援助しなければいけないとは言えないようだ。厚労省の保護課による と、扶養義務のある三親等内に妻も含まれているが、負債や子どもの有無などの個別事情が勘案される。当時、準一さんが月10万円以下の収入だったとして、 世帯の年収はせいぜい580万円で、しかも子どももそのときまでには生まれていた。
(J-CASTニュースより抜粋)


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【拡散希望】中国による日本侵略工作の現状 (対日工作機関暗躍の実態)

 
現在、中国は日本各地で「巨大領事館」網の建設を進行中です。
 
上薗益雄氏が都内に存在する7ヶ所の施設の現場から、
深く静かに潜行する中国による日本侵略の「超限戦」の危険について警鐘を鳴らします。
 
巨大総領事館計画が進行中の新潟、名古屋、仙台、大阪、広島、福岡の市民の皆さん
には是非見て頂きたいと思います。【拡散希望】
 
                 記
 
上薗益雄の警鐘 :1~9
1 中国大使館「領事館業務」は建坪150平平米で東日本は十分


2 超限戦の元締め中国大使館は日本総督府になるのか?
 

3 中国大使館経済商務参賛処は売国商人達の密会所か?
 

4 中国大使館別館・第二別館予定地への道を歩いてみよう
 

5 中国大使館第二別館予定地は大使公邸用ではあり得ず
 

6 知られざる中国大使館教育処(江東区)とは?
http://youtu.be/l0R9SbeY5h8
 

7 中国大使館教育処-2 ここを発見したのは神の計らい?
 

8 中国大使館教育処-3新潟市民の皆さん知って下さい!
 

9 中国大使館教育処別館 大使より格上の人が居るかも?

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傳田 晴久氏

1. はじめに
 皆様もびっくりされたと思いますが、私は2012年4月18日の「自由時報」紙国際ニュース欄のトップに「石原慎太郎:東京都将[石匝]5.5億 買下釣魚台」(石原慎太郎曰く:東京都は5.5億元を使って尖閣諸島を買い取る)というタイトルの大きな記事が出ているのを見て、わが目を疑いましたが、ついで思わず「やった~」と叫んでしまいました。

 気になるのはニュースタイトルの「[石匝]」の文字です。これは「重いものをぶつける、落とす」という意味ですが、ここでのニュアンスは「大金を投じて」といった感じのようです。札束をドンと置いて、「さあ、これで買うぞ(文句あっか?)」といったところでしょうか。知事が実際にそう仰ったかどうかは分かりませんが、これは新聞のタイトルを見て、私が勝手につけたセリフです。


2. 「台湾通信」に何故?
 「台湾通信」は、もともと私が台湾に移り住むについて多くの同僚(仕事やフットボールの仲間)にご迷惑をおかけしたので、そのお詫びに当地での生活ぶりなどをお伝えしようと思い立ち、始めたものでした。この日本発のニュースを取り上げるのはいささか場違いの感じもしますが、3つの理由で「台湾通信」に書かせていただこうと考えました。

 第一の理由は、尖閣諸島は台湾の隣であり、台湾の人々と深い関わりがあること、第二に台湾での受け取り方(の一部)をお伝えしたいということ、最後に第三の理由はわが意を得たりの思いで、賛意を友人たちと分かち合い、石原発言、構想支持を表明したいということです。


3. 台湾・外交部の主張(自由時報2012.4.18)
 ワシントンでの石原発言の直後、台湾政府外交部のスポークスマン章計平氏はただちに次のような声明を発表しました。「中華民国はこの種の発言内容を承認するものではない。釣魚台列嶼は中華民国固有の領土であり、政府は『主権は我にあり、争議は棚上げし、和平互恵、共同開発』の原則を守る。同時に日本政府に対し、この問題を慎重に処理し、台日友好関係を損なうことがないよう訴える」

 ニュースは続けて、「台湾の国家安全局の某氏によれば、表面的にはどうであれ、台日の政府関係者間には、保釣活動は『時々生ずる麻疹のようなもので、健康を害するようなものではない』という暗黙の了解があり、双方がそれぞれの立場を表明するが、両者の関係は影響を受けることはなく、外部が想像するような緊張はない」と書いています。

 保釣活動というのは、「中国固有の領土である釣魚台列島(尖閣諸島)を守れ」と中国人社会で湧き起こっている運動で、沖縄復帰に伴い尖閣諸島の施政権が日本に返還されることに対し、アメリカに留学中だった台湾人学生が1971年1月から5月にかけてワシントンD.C.や台北市などの都市で抗議デモを展開したのが始まりとされる(ウィキペディア)。
 その後1996年(香港活動家が海に飛び込み溺死)、97年(西村眞悟氏等上陸)、04年(中国人が尖閣諸島に上陸)、08年(聯合号事件)、10年(中国漁船衝突事件)、11年(「世界華人保釣連盟」を設立)にいろいろな事件、衝突が引き起こされています。

 1971年のデモには当時留学中の馬英九現総統も参加していたといいます。馬英九は後に「海底油田の紛争:東シナ海海底境界線と外国投資の法律問題」という論文を書き、ハーバード大学の法学博士号を取得している(聯合報)とのことです。彼は尖閣諸島の領有権は中華民国にあるとの立場のようですが、李登輝元総統がいろいろな場で、尖閣諸島は日本の領土であることを明確に主張されているのは有名な話です。


4. 「頭城鎮誌」には何と書いてあるか
 中華民国が尖閣諸島の領有権を主張する根拠が、宜蘭県の「頭城鎮誌」に記載されています。「鎮」は行政単位の一つで県の下に位置しますので、「頭城鎮誌」は頭城という郡か村の歴史などを記述した資料とでも言いましょうか。宜蘭県は台湾の北東部にありますが、その東側海上の沖合に日本の与那国島、さらにその向こうに西表島、石垣島があり、そして東北の沖合に問題の尖閣諸島があります。

 自由時報は、「宜蘭県の『頭城鎮誌』にれば、釣魚台列嶼(尖閣諸島)は民国60(西暦1971)年1月、政府が宜蘭県に組み入れ、頭城鎮大渓里に所属させた。県の役所は民国93(西暦2004)年4月地籍の登記を済ませたので、国有地は政府が公開の競売をしない限り、売買はできない」と書いています。

 これは自由時報の記事ですが、インターネットで「頭城鎮誌」を検索してみますと、その中に「釣魚台列嶼は台湾本島の東北約120カイリの沖合にある8個の小島からなり、島には人が住んでいないので、宜蘭県の漁民は『無人島』と呼んでいる」と紹介しています。

 そしてこの島嶼の地理形勢について記述し、漁民がこの地域を好漁場として活用してきたこと、また最近、地下資源の可能性が見出されたこと、「保釣運動」の歴史を振り返り、現在日本、中国、台湾がそれぞれこの島の主権を主張しているが、宜蘭県としては、政府機関がしっかりと主権を主張し、民間が実際的な協力をし、学識経験者が論文を国際社会に発表することにより、我々の立場や問題解決への態度を明らかにし、国際社会に釣魚台の問題をアピールすることができるとしています。


5. 中国ネットの主張
 5月8日の「自由時報」記事の中に中国の反応が伝えられています。引用します。

≪中国は東京都の尖閣諸島購入宣言に敏感に反応し、先週2隻の漁政船を釣魚台近くの海域
に派遣し、日本の領海に2日にわたって反復出入りした。中国のネット上には『東京都を丸ごと買い上げよう』という資金集めの呼びかけさえも現れた。中国のあるネット仲間は、中国人一人当たり10,000寄付すれば、東京はおろか日本全体すら買うことができると、説いています。≫

 東京都民である私としては少々驚かされ、穏やかな気分にもなれず、その可能性を早速試算してみました。

 このネットの主張には「10,000」としか書いてなく、単位が人民元か、日本円か、それとも米ドルかわかりません。もし、中国人各人が10,000人民元寄付するということになれば、中国人の平均年収はUS$3,800と聞いておりますので、それは人民元約24,000元(日本円約304,000円)で、年収の半分を寄付することになります。これは並大抵のことではありません。

 いわんやUS$10,000では年収の約3年分、とても無理でしょう。日本円10,000円なら年収の約1/30、約0.4か月分、これなら何とかなるでしょうか。やはりきついですね。10,000台湾ドルならUS$338ですから、やはり無理でしょう。どうすれば「中国人一人当たり10,000寄付すれば……」なんて言えるのでしょうかねぇ。


6. 東京都尖閣諸島寄附金
 東京都が尖閣諸島寄付金の窓口を設けましたが、応募金額はすでに8億円を超えたそうで
すね。尖閣諸島の購入価格がいくらになるかわかりませんが、東京都民税で購入するのではなく、日本国民の寄付によって購入するということは素晴らしい。

 いったい一人当たりいくらくらい寄付をしているのでしょうか。ネット情報によれば、5月21日現在60,450件、840,629,923円だそうです。1件当たり13,906円になります。私は現在台湾におりますので直接寄付できませんが、もうすぐ一時帰国しますので、そのとき応分の寄付をさせていただこうと考えております。まだご存じない方のために、文末に口座名を記します。


7. おわりに
 北方四島、竹島、対馬、尖閣諸島などの領有権問題、最近の外国人(企業)による日本国土(森林や水源地)の買収問題などに対する政府の対応に嫌気が差したり、憤っている国民は少なくないと思います。民主党政権に限らず、歴代政権の態度にイライラが募っていた矢先、石原東京都知事の尖閣諸島買取りの話を聞いて快哉を叫んだのは私だけではありますまい。

 今回の「台湾通信」執筆に当たり、各種資料にあたってみましたが、たまたま台湾の一地方の郷土史・誌を見る機会がありました。この『頭城鎮誌』で主張している領有権の根拠はとても納得できるものではありませんが、「政府機関の主権宣言、民間の協力、学識経験者の情報発信によって、世界にその問題を考えさせる」ことが可能という主張は理解できます。

 だらしない政府は何かに怯え、情報発信の代表たるマスコミも何かに媚を売っているように見受けられる日本において、尖閣諸島寄付金は民間人の国土、主権に対する意思表示であると考えられます。

 金額はもちろん大切なバロメターですが、人数が大切です。たとえ小さな額でもいい、尖閣諸島寄付者が一人でも増えることを願います。

◆尖閣諸島寄付金振込先口座
 みずほ銀行 東京都庁出張所(777)
 口座名:東京都尖閣諸島寄付金
 口座番号:(普)1053860

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