恐らく私は大人に属している。
一連の教育課程を修了し、社会に出るための活動をし、右往左往はしたものの現在は労働している。
働けない世の中、とテレビの中ではよく見るが、実際に働いている身分からすればそれこそ遠い国でのニュースに思える。
かつて私もニートを体験した。働きもせず、学びもしなかった。
数ヶ月だったか。だいたい朝日が顔を出してくる頃に布団の中へもぐりこみ、昼過ぎまで寝る。時々目を覚ますと窓の外はオレンジ色に染まっていた。「ああ、珍しく早起きできた。素晴らしい朝焼けだ」と思っていたら夕方だった。西日が目に染みて、鏡を見たらげっそりと死人のような影がそこにあった。水木しげる先生が新しい連載を始めたのかと思った。
働いてから、朝焼けってのはもっと白い事が判明した。朝焼けと夕焼けは全然違う。当たり前の事ではあるが。
ベランダに出ると、不快な熱気に包まれた。肌が異様にべとべとしている。
夏だったと思う。長すぎる睡眠より覚醒した時に嗅いだ、空気の匂いといったら。どう表現すればいいのか。
とにかく色々なものが混じった匂いがした。綺麗なものも、汚いものも。
煙草に火を点じ、のそりとベランダから身を乗り出すと、夕飯の支度に出る主婦の姿と下校中の学生が歩いているのが見えた。彼女たちはこれから一日を終える準備をする。私は一日を始めたばかりなのに。
何も起きない今日は絶対的な安心感があった。ただ、何もすることがない今日は恐怖でもあった。
冷蔵庫から水で薄めたアクエリアスを出してグラスに注ぐ。ゆっくりと水分を摂りながら私は夜を待った。
基本的にパソコンを見ていたと思う。当時、ニコニコ動画という絶好の暇つぶしツールがあった。今はどんなのか知らない。まだ初音ミクが出てきていなかった。小中高校生が自己顕示欲を満たす場所でもなかった。
面白かったと記憶している。ただただ、時間が潰れた。時間だけが潰れた。気づくと夜中になっていた。
一日って、こんなに短かったっけ、と思った。私の中で一日は6時間くらいしかなかった。
働く前に、私はいくつか物を作った。ニートにしては活発的な面もあったと思う。
その作ったものが知られているか知られていないかは大した問題ではない。確かに充実していた。
人は何もなくなると何かを作り出すらしかった。とても面白かった。
まるでほかの誰かが作ったのではないか、と思う。たぶんあながち間違ってはいない。
現在の自分と過去の自分とは、環境を含め丸ごと入れ替わっている。恐らく細胞単位で。
働いてはいるが、何もないのと、何もないが、何かできる時間があるとでは大きく違ってくる。
労働に身を捧げ、一生を削る。時々、こういう感覚が襲ってくる。
割と真面目に、ニートは悪ではないと思っている。常識的な悪は、案外そこまで悪くなかったりもする。


