2011年07月31日(日) 01時49分56秒

☆☆♪本日の余禄から♪☆☆

テーマ:話題
皆さん、本当にご無沙汰いたしておりますm(__)m
先週の本番まで、土日の劇団活動にドドォーンと終われていたため、またしてもここのブログをすっかり放置プレーの刑を齎してしまいました。
読者の皆様、本当に本当に申し訳ありません。
ほとんど、家に寝に帰るだけの生活をしていて、「ようやく落ち着いたし久々にブログUPしようか」とアクセスしてみたら、1ヶ月以上放置してたためIDとパスワードを書けと起こられてしまいましたm(__)m
つまりは、「あれ、自分ちの鍵どこやったっけなあ?」状態だったということです。
これからは、こんなことの無いようにしていきたいものです。

さてさて、前置きがすっかり言い訳となってしまったところで気を取り直して、1ヶ月ぶりに書くこのブログは、
毎日新聞の朝刊コラム「余禄」から、自分なりに感じたことをつらつらとつぶやくこのコーナーでスタートです!
それにしても、「余禄」を読んだことのある方ならばもしかすると気づいているかも知れないですが、日常に近い話題かとことんお難い話題かの、両極端な傾向が強いと思いませんか?

本日は、「デジタル化の落とし穴」という見出し。
アナログ放送が完全停波してから、丁度1週間。
高画質で大容量のデータを送信するさいに用いることを目的とした「デジタル化」
そもそも、「デジタル」という語源は、ラテン語の「指」という意味にたどり着くという。
指の一本一本は非常に小さいものだけれど、それを繋ぎ合わせていくことで多くの情報を得たり状況を再現できるところから「デジタル」に転じたと言われている。

しかしながら、阪神大震災・東日本大震災等、大災害直後に有力な情報源となったのは、アナログのラジオ放送や加入電話だという。
また、停電時にはパソコンはおろかインターネットなどの接続も非常に困難なため、最近主流かしているIP電話も機能しなくなる。
デジタル化が進むにつれて、こんなケースのように思わぬところに落とし穴が広がっていくことは避けられない現実なのかも知れない。

こんな内容だった。私も、日常生活の情報源のほとんどはラジオですが、
ドラマやバラエティ・クイズ番組など、テレビを見ていることも少なくない。チデジに完全以降した7月24日以降、テレビが見られないという問い合わせも相次いでいるというし、
チデジ難民が増えて逆にパニックを引き起こさないか、実はこちらの方が大きな問題ではないかと、この記事からそんなことを強く感じています。
チデジ化するメリットって、本当にあるのでしょうか?と、そんな疑問が頭をよぎります。
2011年06月26日(日) 01時13分17秒

☆☆♪本日の余禄から♪☆☆

テーマ:話題
 いやいやいや、またしてもかなりの勢いで更新がストップしていましてすみませんm(__)m
本当は、書きたいこと沢山あるんですけど、どこからどう手をつけていいのやらという状態で、整理に時間がかかって、いやかかりすぎだろ!(苦笑)

 毎日新聞の朝刊コラム「余禄」の記事から、私なりに感じたことなどをつらつらと書き綴るこのコーナー
最近の余禄、というかどの新聞社のコラムもそうだけれど政治ねた一色であまりぱっとした記事に出会えなかったんですよね!

 本日は、「原発事故」という見出し。ここ最近は、実体験に基づいたエッセー集が静かなブームですが、
チェルノブイリ原発事故の悲惨さを綴った「まだまに」こと「まだまにあうのなら」というエッセー集を読んでの筆者の感想から始まる。
福島原発事故という未曾有の災害が様々な形で教訓をもたらした今、このエッセー週に再び注目が集まっているという。
クリーンエネルギーの母体として注目された原子力ですが、この事故を契機に脱原発の波に原子力の必然性が押し流されようとしている。

こんな内容だった。福島原発事故は、国民のみならず全世界に大きな衝撃を与えた事故と言っても過言ではない。
後から、「実はどこそこの装置が故障したままだった」とか、「メルトダウンが起きていた」とか、これでもかというくらい東電の「後だし」にはどれだけ振り回されたことか!
国民にパニックを与えないように情報として流さなかったと伝えられているけれど、実は後からこれらの情報を聞く方がよっぽどパニックを引き起こす要因じゃないかって、怒りさえ覚えます。
今回のこの記事から、私たちも今一度原子力に関する知識とかあり方などを知っておくことの大切さを改めて感じました。


2011年06月06日(月) 07時17分08秒

☆☆♪本日の余禄から♪☆☆

テーマ:話題
意外と早くこのコーナーがやってきました(笑い)
毎日新聞の朝刊コラムの「余禄」から、私が感じたことを不定期につらつら書き綴っていこうかなと!
毎日新聞ファンの皆さんもそうでない皆さんとも、話題を共有できればいいんですが…!

本日は、「手話」という見出し。震災の2日後に開かれた会見に手話通訳がなされたのは良いが、
距離や表情を感じ取ることができず、聴覚障害者の間では不評だった。
話し言葉でも、アクセントの置く位置とか声や表情などで意味が一変してしまうこともよくある話。
国会でも、「巣がおろし」とか「内閣不信任」とか揺れに揺れ動いているけれども、初心に戻って距離や表情を今一度考えてみたらどうか。

こんな内容だった。特に私が注目したのは、話言葉の表情や話し方で意味が一変してしまうという一文だ。
今、電話応対訓練で、話し言葉ではないですが丁寧な言葉遣いや話し方について学んでいる。
その時に、自分はカツゼツが爽やか過ぎるので電話の相手にはきつく聴こえてしまうことがあるということが分かり、少々ショックだった!

自分は、これまでカツゼツが話し方の8割は占めていて、カツゼツのよさが命としか考えていなかった。
時には、流してしゃべることも大切なんだとか。
いやぁー、今の自分に大きな課題を突きつけられるような内容だったが、
適切な話し言葉を選んだり話したりすることも、コミュニケーションをはかる上での大切なものなんだなということを、痛いほど感じました。

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