2010-06-30 02:23:54

そらかな六部

テーマ:小説
携帯の未送信ボックスの容量がパンクしそうなので、先にあっぷしちゃいます↓↓
締めの文と各章はじめの和歌は、ページにまとめる時には追加しますのでっ!


さて、そうこうするうちにも季節は過ぎて、暮れ迫る冬は師走の出来事にございます。
鶏の声にも未だ早き、ほの明い朝の時分がまた訪れますと、夜毎に通われます幼き姫の屋敷からは、はや、暇をする刻限にございますれば、後ろ髪の引かれる思いではございましても、一の君には、いかようにも出来ませんで、
「では、また」
今宵も、と、名残の惜しくも、別れ出ますと、やはり、冬の朝の風は、冷たく身を切るようでございます。
「おお……」
と、思わず声のでるほどでありますれば、それで、また、一層のこと、心寂しく、お辛くお思いになられて、
(せめても……)
と、垣の隙から木々の伸べる枝を、一枝、お取りになって、そうっと袂にお落としになりますと、
「代わりにもなりはせぬとはいえ……」
とて、ご自身の懐紙を小さく畳まれましたものを、隣の一枝に、お結びになるのでした。
そうしておきまして、お名残惜しくお思いになりつつも、かの屋敷からしばらく歩いていきましたあたりのことにございます。
路地をすぎますまでは、どなたとも行きあいませんでしたものを、これも大路と交わりますと、そのようにはまいりませんで、がらがらと、車の轢く音の聞こえて参りますれば、やはり、一夜に悪行のなしとはいえど、なんとも心地の悪いものにございまして、
(ああ……)
とて、お嘆きになるようなお心持ちになられますところに、
「左の若君ではございませぬか」いつしか並びに立っております牛車の中からお声掛けのありますのには、驚きに、
「さは、いず方か」
とて、声をおあげになりますのを、車内の方は、楽しげにお笑いになって、
「私ですよ、一の君殿」
このように仰って、ご自身のお姿を隠しておりました御簾を持ち上げておみせになるのでした。
そうしてお出しになられた顔形は、紛れも無く、四条の方の若君でございます。
かの方は、
「未だ幼きばかりかと思っておりましたのに、左の若君も、はや、朝歩きの年頃とは……」
と、お笑いになりまして、扇にうち隠しました艶なるお声で牛を引かせておりました男童をお呼びになりますと、この童は、賢しき様子にて、
「こちらでお会い致しましたのも、何かの縁でございましょうから」
とて、主の誘いに、客人を車内に招じ入れまして、また、
「朝も早きに人の少なし、されば、光のありとはいえど、二条の方、徒(かち)にての道行きは危のうございます」
と、このように加えて申し上げますのを、四条の方は、おかしげにお聞きになって、また、二条の方には、思い出される者がございますれば、いかにも、と、微笑まれるのでした。


さて、お車の進む方には、四条のお屋敷をすぎまして、まず、二条の左大臣邸へと向かいましたること、一の君には、有り難くも、さりながら、やはり、気恥ずかしくも思えて、お口も塞ぎがちになりますのを、四条の方には、おかしげに思えるご様子で、
「左若君の思うほどの姫となれば、ぜひにも、一目お会いしたいものです」
と、このように、おっしゃるのでしたが、これが、一の君におもしろかろうはずもございませんで、
「未だ年端もゆかぬ、可愛らしき幼姫(ややひめ)にございますれば、若柏殿には釣り合わぬかと……」
と、このようにご返答なさりまして、
「柏の君には、野花の可憐さなどよりも、もっと華やかな色がお似合いですよ」
そう、加えておっしゃるので、四条の君——柏の君とおっしゃるのでしたが、この方は、含み笑いにお笑いになるのでした。
「さは、然り。そう……同じ幼きといえど、二条の方の二の姫などは……」
と、ご冗談めいてこのようにおっしゃるのでしたが、一の君には、大事の妹君のこと、軽々しくはお笑いになれませんで、
「あれなどは、未だ芽吹きの蕾にございますれば、堅くむすびたるを、無理には開かれますな」
と、このように釘をお刺しになるのでした。
この一の君のおっしゃりように、柏の君は、ますますも、
「無論。冬の頃には、頑固にもつぼみを閉ざしたるとても、春の訪れには、それもかなわぬが必定なれば」
とて、意地悪くお笑いになって、
「花のほころびたるを心待ちに待ちたるも、また、咲き誇るが儚きに散る様を眺むるをも、ひとの喜びと心得ております」
加えてこのようにおっしゃりますのをお聞きになりながら、一の君は、なんとはなしにお心のざわめくのを抑えられぬのでした。


さて、このようなやりとりの後でしたので、二条屋敷に戻られますと、四条の若君とは、やはり、門前にての別れとなりまして、
「では、また、いずれ……」
「また、我が家にもお訪ねください」
と、御身互いに、お言葉をお交わしになりますと、朝の早きこととて、家人を起こしてしまいますのもはばかられるご様子で、一の君は、忍び足にて、ご自身の夜のおましにお戻りになられるのでしたが、どうにも、お心持ちが落ち着かれないままにございます。
兄君である一の君には、二の姫のことは、まだ十にも届かぬ御年、ただ小さきばかりに思われて、花と喩うるもまた、大袈裟なばかりに思われますのに、不意に、大人びたお話に上られますのは、なんとも得心のいかぬことなのでした。
朝のお支度の合間合間にも、柏殿のお言葉が思い出されて参りますので、これがお済みになりますと、無作法はご承知とても、一の君は、かの姫君を訪ねていかれるのでした。


先触れの者もたてずに、朝早くからの訪いでしたので、かの姫君は、女房方に御髪を梳かせている途中でいらっしゃいましたが、兄君のお顔をご覧になりますと、
「おはようございます、一兄様(いちにいさま)」
と、このように、可愛らしくおっしゃって、細いお首をおかしげになるのでした。
「まあ、随分と、お支度がおはやいですのね? 私に何かご用がおありですの?」
そのような御心構えでご覧になりますと、驚くほどに姉姫君と面差しの似て参りましたのを、意識なさらずにはいられませんで、わずかばかり、頬に朱の色をおさしになって、
「ああ、小姫(ちいひめ、二の姫のこと)、兄の無作法を許しておくれね。特別、用向きというわけではないのだよ」
と、こうおっしゃって、
「ただ……そう、昨夜の眠れぬ夢の内に、あなたが出てきたものだから、少しばかり、お顔をね、見ておきたく思ったのだよ」
それにしても、と、
「気づかぬ内に、小姫は、少し女らしくおなりだね。私は、あなたの兄だからと気軽にしていたけれども」
これからは少しばかり改めなければなりませんね、と、そのようにおっしゃる兄君が、二の姫には、遠くに行ってしまわれるようにも思われるのでした。
それで、
「一兄様、なぜ、そのようにおっしゃるのですか……」
このようにおっしゃって、兄君のお袖をお引きになるのでしたが、
(私は、いつまでも、兄様の小姫ですのに)
と、そのようにはおっしゃることができずにいらっしゃる、その妹姫を、一の君は、愛おしげにお眺めになって、
「いずれ、いえ、きっとすぐに、あなたにもおわかりになる時がまいりますよ」
まだ結いのお済みでない姫の黒髪に、白き御指をお絡めになるのでした。

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