Amalie_Blog

『malie』はハワイ語で『穏やか』。
a malie blog = 穏やかなブログ。
読んでくれた人がほんの少しでも温かく穏やかな気持ちになりますように。


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2014年5月27日 火曜日。

前にこのブログを書いたときから1年以上が経った。

その間に色々なことがあったなぁ。

書かなくなった理由が特にないのと同じぐらいに
また書いてみようと思った理由も特にないのだけれど。

ブログからFacebookに流れつつある風潮の中で
私自身は Facebookよりブログのほうが書きやすいなぁと思っていたこともあり。

なんとなく今書いてみたくなった。
書く必要があるように感じたのかもしれない。


この1年を振り返ってみると。

見えない誰かがしっかりと手をとって誘導してくれたかのように
揺るがない確信を持って10年勤めた会社を辞めることにした。
それがちょうど1年前のこと。

その直後。
私の人生を大きく変えるきっかけとなった女性のそばで働くことになった。

さらに。
その人をきっかけに出会ったもう一人のとても素敵な女性のお手伝いもすることになった。


久しぶりに被災地にも行った。

大好きなおばあちゃんがとても安らかに亡くなった。

いつも私たち孫のことを誇らしく思ってくれたおばあちゃんの言葉に
ぴったりな自分になろうと決めた。

2014年になって。
あまりにも魅力的な2人ののそばで働くことができる喜びを噛みしめる毎日。

自分に何ができるだろうと考えながら
できることを精一杯やった。

1分1秒を噛みしめながら。

そして、そのたびに
いつも私を支えてくれる大切な人と
いろいろな気持ちを共有した。

おかげで
1日の終わりには毎日笑って眠ることができた。


そして、この5月。
とても素敵な女性のお手伝いを一旦終了することにした。

その人は とても温かい言葉を私にくれた。
その人と出会えたことに心から感謝し、今まで以上に大好きになった。
いつかまた この人のために何かしたい。


では、これから というと。
人生を大きく変えるきっかけとなった人も今 大きな転換期を迎えているので
もう一度、その人とともにしっかりと今後の道について決めていきたいと思っている。

同時に、前から(といっても10年以上前からだけど)実現したいと思っていることに
そろそろ着手していきたい。

そう、私はもっとお年寄りが元気になる世界を作っていきたい。
年を重ねることに皆が希望を持てる世界。

今のお年寄りたちが持っている知恵や知識、経験を継承していくこともしたい。

ささやかでいい。

どんなにどんなに小さくて些細なことだったとしても
何かをするということは
何もしないことよりも ずっとずっと大きい力を持っていることを
もう私は知っているから。

今の日本をつくってくれた一人ひとりの想いを
手遅れにならないうちに繋いでいきたい。

それが私の世代の大切な仕事だと思う。

壮大な夢物語かもしれないけれど。

でも、そうしたいんだもん。


1人でも多くの笑顔に出会いたい。
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2013年3月11日 月曜日。

ここ最近気温が上がって過ごしやすくなったけど
今日はまた冷えて、風も強い。

でも、お天気はよい。

窓から漏れさす光は冬のそれとはだいぶ違って、
包み込むような温かさがある。


そんな今日は3月11日。

東日本大震災から2年が経つ。

『もう2年』なのか『まだ2年』なのかは、よくわからない。
どちらの感覚もあるな。

あの日から日本が劇的に変わったかというと、
あんまりそういう感覚もないけれど
政治的機能の面から1人ひとり思考の面まで
変わっていることは確実にあると思う。

被災地はというと、
復興して活気を取り戻している人もいれば、
今も変わらず避難所生活をしている人もいる。

苦しい生活を強いられている人も、心に傷を負っている人も
報道されている数よりも遥かに多いと聞く。


そういう現実に対して、何か言えることがあるかというと
実際のところ、あまりうまく言葉にならない。


そんな中、自分について振り返ってみると。
この2年間で大きく変わった。

といっても、
今も毎日被災地のことを思い、自分に何ができるかを常に模索しているとか
この2年間、被災地のためにこんなことを頑張りました!と胸を張って言えるとか、
そういうわけではないのだけれど。

じゃあ何が変わったのかというと


やりたいことが増えた。

できることが増えたかはわからないけれど
やりたいことは前よりずっと明確で、常に心にある。


ずっと、自分に「できる」ことは何だろうと考えていた。
でも、いつからか「やりたい」ことに目が向くようになった。

「できる」ことを考えると
自分が今持っている能力の中で探してしまうけど
「やりたい」ことを見つけると
自分の能力に関わらず、そこから可能性を探していくから
幅が広がっていくように思う。

そういう意味では、
やりたいことが増えた分、
できることも多少は増えたかもしれない。

やりたいことが増えると、人との出会いも増えた。
だから、大切な人も増えた。

ひょっとしたら、それが自分にとって一番大きいことかもしれない。


まだまだ目を背けたくなるような厳しい現実はある。

でも、やりたいと心が感じたことは、
どんなにどんなに小さくても、
楽しく笑って取り組める自分でありたい。

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2013年1月8日 火曜日。

2012年のご挨拶ができませんでしたが
皆様、本当にありがとうございました。

それぞれの方に 嬉しいことや悲しいこと、楽しいことや辛いこと、
そして
一言では語ることのできない
温かな出会いや尊い別れがあったことと思います。

変革の年とも言われる2012年を経て
新たに始まる2013年が すべての人にとって最高の1年になることを願い
昨年の御礼と新年のご挨拶とさせていただきます。


そんな2012年の暮れに親友からされた質問はコレ。


『2013年を漢字一文字で表すと?』


皆さんは何ですか?

考えることなく、咄嗟に頭をよぎった漢字。

私は、『楽』。

とにかくラクをしたいとか
そういうわけではありませんよ。


私はとにかく楽しみたい。

今この目の前にある一瞬一瞬を
精一杯楽しみたいのです。


もちろん、それだけでは片付けられない場面も多々あるでしょうし
今後、違う漢字も加わるかもしれませんが
まずはこの気持ちを大切にしたい。
そう思うのです。


そんな私が2012年末から
心の底から楽しみにしていたもの。


わかった方には新年大サービスで
座布団100枚差し上げます。


正解はそう、
我が家の檸檬ちゃん。

以前皆様にご紹介したときには
これでもかというほどの緑色だったわけですが

12月に入った頃から急に色付き始め
こんなに黄色くなりました。

Amalie_Blog    Amalie_Blog  

なんとかわいいこと。

世の中で売られているレモンの中で一番かわいい。

2013年一文字漢字を質問した友人が
この檸檬ちゃんをプレゼントしてくれたわけですが
彼女に「我が家の世界一」について伝えたら

「親バカってそういうことを言うんだね」と軽く笑われた。

親バカでも何でもいいのです。
だって、かわいいから。


おっと。
前置きが長くなりましたが、
先日ご紹介したとき、はちみつレモンが作りたいと書きました。

昨年末にとうとう作ったのです。

家から歩いて数分の場所にある、こだわりのはちみつ屋さんで
はちみつレモンを作ることを伝え
それなら絶対にこれ!と勧めてもらったはちみつを購入し
はちみつと薄くスライスした我が檸檬ちゃんを交互に敷き詰める。


Amalie_Blog

そして出来上がりました。


Amalie_Blog

実家に帰省する日に作り、
寝ていてもらうこと約1週間。


年が明けて家に戻り、
静かに待っていてくれた檸檬ちゃんとのご対面。

一切れ口にしたときのその感動は
想像に難くないでしょう。

最初に感じるのは はちみつの甘み。
次に、やわらかな果肉からたっぷりの果汁が溢れ出したと思ったら
すぐに、爽やかでしっかりした酸味が口中に広がる。

最後には、優しい甘みが口の中にほのかに残る。

なんという幸せ。


このはちみつレモンを
ドリンクにしたり、ヨーグルトにかけたりしながら
至福のときを味わっております。

多分、世の中のはちみつレモンの中で一番美味しい。


親バカと言われてもいいのです。



そんな感じで始まった私の2013年。

多くの人に出会い
たくさんの楽しいこと・嬉しいこと、その他様々な感情を共有し
そこから生まれるたくさんの笑顔に日々感謝する。

そんな1年にしたいと思います。



皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2012年12月14日 金曜日。

もう何度か登場している、実家のチャチャとクロ。

名前のまんま、茶色の猫と黒の猫で、それぞれ18才と13才。

目も開かないうちに公園のゴミ箱に捨てられていたチャチャと、
庭をうろついているうちに、いつからか我が家の猫に昇格したクロ。


母親の愛情を知らないため、甘え方がわからないチャチャは孤高で哲学的。
一方のクロは、人懐っこくて騒がしくて、時々臆病者。

そう、性格は見事に真逆。

チャチャと遊びたくて仕方のないクロは
何かにつけてチャチャ近付いていくが、その度にかなりの剣幕で怒られる。

それでもクロのしつこさに負けて
時々2人で並んで寝ている姿は
何より微笑ましく愛らしい光景だ。


そんなクロがいなくなったのが、この夏。(⇒8/1 )

チャチャは老いた体で庭に出て、
暑い日差しの中、毎日クロを探して回った。


それからしばらく経っても、
寝ているときに突然ふと顔をあげて、空を見つめていたらしいから
その時クロとコンタクトをとっていたのかもしれない。


そして。

約1ヶ月前の11月半ば。


今度は、チャチャが天国へと呼ばれた。


兄2人と私 の子供3人が上京してからというもの、
父と母と猫2匹の4人暮らしが10年以上続いた。


チャチャがゴミ箱から我が家へ来るきっかけとなったのは私だが
世話をしたのはほとんど母。

目も開いていないチャチャにスポイトでミルクを飲ませ
暖かい寝場所を用意してあげた。

産んでくれた母猫の愛情を知らないチャチャは
嬉しいときに喉をゴロゴロ鳴らすことすら知らず
甘えない・ゴロゴロ言わない・ほとんど鳴かない、の
ないない尽くしだった。

でも、母親のたっぷりの愛情のおかげで甘えることを知り
クロの前ではどんなに強がっても
夜は母親のベッドに入り、ずーっとゴロゴロ言っていた。

朝は少し早めにベッドを抜け出すものの
母親が起きる時間になると、寝室の前にちょこんと座って
母親が寝室から出てくるのを待っていた。


そんなチャチャだから
クロがいなくなってしまったのと時を同じくして
自分までいなくなってしまったら
母親がどれだけ寂しがるかわかっていたのだろう。

もう病気でご飯もほとんど食べられないのに
頑張って頑張って毎日生きようとした。


それでも先が長くないことを両親が覚悟し始めたある日の朝。

父親は泊まりで出かけていたため、母親1人だったのだが
母が起きてくると、動くのもつらいはずのチャチャが膝の上に乗ってきた。

とてもとても幸せそうな顔をしていたそうだ。


そんなチャチャをなでながら、母は声をかけた。

「お母さんは大丈夫だから、もう頑張らなくていいよ。」


その翌日。

母親の言葉に安心したように
また、父親の帰りを待っていたかのように

両親2人がそろった状態で
2人に見守られる中、静かに穏やかに息を引き取った。


チャチャがいなくなったら
もう立ち直れないんじゃないかと母のことを心配していたが
母親は、たっぷりの愛情を注いできたからか
寂しさはあるものの、穏やかな気持ちでいるそうだ。

それに
いつまでも落ち込んでいると、チャチャやクロが心配して
天国で楽しく暮らせないから。


私はというと、やはり亡くなった直後は
電車に乗っていても突然涙が溢れてくるほど悲しかったが
今は、2人が天国でも同じように並んで寝ている姿を想像したり、
2人がくれたたくさんの思い出を懐かしく振り返られる。


生きとし生けるものは、必ずや終わりを迎える。

でも、自分の目に形として映る姿がなくなるだけで
その人や物が残してくれた記憶や思い出、そしてその生き様は
私たちの頭と心にしっかりと刻まれている。

失われたものにばかり目を向けるより
その命が自分の中に残してくれたものを大切にするほうが
いなくなった人は、安心してくれる気がする。

少なくとも、チャチャやクロはそうだと思う。


それに、私の両親のもとにやってきたチャチャとクロは
誰よりも幸せだったと自信を持って言えるから
悲しむことなんてない。


笑って、2人にきちんと「ありがとう」を言おう。


チャチャ、クロ、ありがとう。

天国でも仲良く並んで、お母さんを見守ってね。


Amalie_Blog-チャチャ&クロ

↓2年前、母に抱っこされるチャチャ

Amalie_Blog-抱っこされるチャチャ



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2012年12月12日 水曜日。

さあさあ。
この日がやってきましたよ。

12/12/12

このまま駆け出したくなるような
美しい並びではありませんか。


昨日ふと思い出した。

10/10/10、11/11/11、と
なんだかとても嬉しい気持ちでブログを書いていたなぁと。

今日も、振り返るタイミングとして
とても大切な気がしたからこうして筆をとってみた。


10/10/10から約2年経つ。
その2年間で自分の環境、そして何より自分自身が大きく変わった。

一番大きく変わったことといえば
頭で考えるより、心で感じて動くようになったこと。

それまでは、何をするにもあんなことやこんなことをとにかく考えて
「深く考察することが美徳だ!」ぐらいに思っていた。

でも。

2年前の蒸し暑い夏の日、会って間もない人からこんなことを言われた。

「結局あなたは頭で考えるばかりで、何も行動していない。
 心で感じていない。だから、あなたから情熱を感じない」

がーーーーん。

もちろんこの言葉には、前提があるのだけれど
それにしても、これを言われた瞬間は
今までの自分を全て否定されたような気がして、それはもう大ショックで。

しばらく呆然となって、夜空を仰いだ。

まぁ今思えば、その頃の私は深く考える自分に酔いしれていただけなんだけど。
どうして、どうして、という思いばかりが頭をめぐり
恥ずかしながら「このまま立ち直れないかも・・・」と真剣に思ったりもした。

そのまま、15分経ち、30分経ち。


1時間も経つと、むくむくと違う感情が芽生え始めた。


 くーーーー!
 このままでは終わらなーーーい!


あのときのことを思い出すと、毎回頭に浮かぶのが
ロケット発射の瞬間なのであるが、
まさにそんな感じで、自分を抑えていた何かがはち切れるように
何かしたい!!という熱い思いが自分の中に湧き上がった。


このブログを始めたのも、
この出来事から10日程経ったときだったと記憶している。


そうして私は、心で感じるままに動くようになった。

すると、頭で考えているときは、
結局やらない・できない理由を探しているだけで
なーーんにもしていなかったことに気が付いた。

感じるままに動くということは
その瞬間・瞬間を大切にするということであり、
自分自身をきちんと見つめることにもなる。

まず動いてみると、そこから思わぬチャンスがやってきたりもした。
実際には、チャンスがやってきたわけではなく、
もともとそこにあったチャンスに気が付くようになっただけかもしれない。

でも、チャンスに気付くだけでなく、
気付いたら、考えるよりも先に掴みにいくだけでも
進む道はまったく変わってくる。

少しずつかもしれないけれど、
立ち止まらずに掴みに行くことができるようになってきた。

すると、とにかく世界の広がり方がまったく変わってきて
楽しいことも嬉しいことも大切な人もどんどん増えた。


あの衝撃の言葉をもらった数ヶ月後、
私はその人にもう一度会った。

そして、心の底から感謝を伝えた。

その人はとても優しく笑ってこう言ってくれた
「本当によかった、こちらこそありがとう。」

この出来事は、新たな自分がスタートした
とてもとても大切なきっかけだったと、今改めて思う。




まただ・・・。
今日は全然違うことを書くつもりが
気付いたら自分の中にしまっていた出来事を暴露していた。


いっか。
しまっていた何かを解放したということは
そこにまた、とても素敵な出来事がやってくるはずだから。


12/12/12

自分の中で掛け声をかけながら
さらに前へ前へと進んでいこう。


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2012年11月2日 金曜日。

とてもとてもとても
久しぶりの更新。


今朝のこと。

会社の最寄り駅に着き
地下鉄から地上に出たところで
小学生を乗せたバスが何台か通過した。

修学旅行か遠足と思われる集団だ。

何気なくそのバスを見ていたら、
何人かの子が満面の笑みで通行人に手を振っていた。


当然彼らは、そのバスを見上げている私に気付くわけで。

とても嬉しそうに
何度も何度も手を振ってきた。

その様子があまり微笑ましくて楽しそうで
咄嗟に私も手を振り返そうとした。

そのとき。

頭の中に、さっと駆け巡った。

「ここは会社が近い」と。

その瞬間、誰が私を見ているわけでもないはずなのに
ちょっとした気恥ずかしさが湧いてきて
せっかくあげた手を引っ込めてしまった。

それでも手を振ってくる彼らに
心の中で「ごめんね」と言いながら
見えなくなるまで笑ってみせた。


そしてまた、その瞬間。

小さい頃の記憶が蘇った。


  家族や友達と車に乗っているとき
  すれ違う車や後ろの車、道を通りかかる人たちと目が合うと
  私はしょっちゅう手を振っていた。

  振り返してくれると嬉しくて
  また手を振って。


  そんな一期一会の出会いを
  心の底から楽しんでいた。
 
  直前まで知らなかった人と
  瞬間的にコミュニケーションできる
  魔法みたいな時間が大好きだった。


  少し大きくなって当時のことを思い出したとき
  「あの時手を振り返してくれた大人たちは本当に親切だったなぁ」と
  しみじみ思ったりもした。


そして今。

今や私が『その大人たち』と同じ年代になった。

でも私は『その大人たち』と同じことができなかった。


とても些細なようで
子供たちにとっては宝物のような瞬間なのに。


そう思ったとき、
次のバスの子たちには手を振ろうと決めて見てみたけれど
次のバスの子たちは誰も手を振っておらず、
窓の外も見ていなかった。

あーあ。
久しぶりにもらった瞬間コミュニケーションの機会を自ら失ってしまった。



一生懸命手を振っていたあの子たちは
きっとあの後もいろんな人に手を振って
私が手を振らなかったことなんて
記憶の片隅にも残らないだろう。

でも、せっかくなら
あの一期一会の瞬間を
互いの心の中に刻み込めたらよかったなぁ。


あの頃、知らない誰かが
私にそうしてくれたように。


気付かないだけで
そんな瞬間的な出会いやコミュニケーションのきっかけは
思っている以上にたくさんあふれているはずだ。

できるだけ、たくさんの出会いに触れたい

瞬間コミュニケーションを大切にしたい

改めてそう思った
朝のひとときだった。



書いていなかった3ヶ月、
いろんな人に出会い、
たくさんの話をして、
様々な経験をした。



今までとはまた違った意味で、
とてもとても充実し、
駆け抜けるように過ごしてきたように思う。


またマイペースに
ここに残していこうっと。


よろしくお願いします。


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2012年8月10日 金曜日。

今朝方行われたサッカー女子の試合は

惜しくもアメリカに敗れて銀メダル。


最後のホイッスルが鳴り響くと同時に
手を大きくあげて歓ぶアメリカ選手とは対照的に

日本の選手はその場に立ち尽くし
動くことができなかった。

泣き崩れて立ち上がることができない選手もいた。


一瞬前まで、全員が走り動き回っていたグラウンドには
はっきりと「静」と「動」が浮かび上がった。


少しすると
互いに支え合いながら立ち上がり、
各選手がアメリカの選手一人ひとりと握手をし、
互いの健闘を称えてロッカールームへと戻っていった。



しばらくすると

グラウンドに用意された表彰台が
テレビ画面に大写しになり。

ニュースキャスターが
メダルセレモニーの開始を伝えるとともに

あんなに泣いて落ち込んでいたメンバーが
どんな表情で出てくるのか
少し心配げな声を出した。


そしてカメラは
表彰台へと向かう選手たちを大きく映す。


すると


日本の選手は
全員が輝く笑顔で入場してきた。

しかも、
全員が前のメンバーの両肩に手を置き
汽車になって入ってくる。

そして

表彰台に近付くと
今度は18人全員がしっかりと手をつなぎ
自分の立居地まで歩く。


それにつられたのか
後ろを歩いていたアメリカの選手まで
全員が手をつないで歩いた。


皆がとても嬉しそうに楽しそうに笑うその様子は
結果とか国境とか関係なく
とても素敵だった。




あまりうまく言えないけれど
オリンピックを観ていると
こんなことを思う。


スポーツには
それぞれの競技にそれぞれのルールがあり
そのルールの中で必ず勝ち負けが決まる。


全ての選手が勝つために闘うが、
勝負の最後には必ず
勝った選手と負けた選手が同時に生まれる。


負けた選手はいつも、とても悔しそうな悲しそうな表情をする。


ただ、その競技のルールの中で負けた選手も
人生という観点では
勝ち負けでは括れない
とても大きなものを掴んでいるように見える。



生きるうえでは、
法律や道徳的なルールはあったとしても
何をしたら勝ち、何ができなかったら負け、なんていう
決め事はない。


きっとそれは、
生きるということ自体が、
「勝ち」「負け」という尺度では量りきれないものであり
そもそも、自分と他の誰かとを比べることには意味がなくて
他の誰でもない、自分自身が定めたルールの中で
いかに前に進んでいくかが重要だからなのだと思う。


女子サッカーは
サッカーというルールの中では負けたかもしれない。

でも、「絶対に優勝する」という信念を持って最後まで諦めずに闘うという
それぞれの選手が自分の中で定めたルールの中では
自信を持ってやり切ったと言えるのではないか。


選手の弾けるような笑顔を見ながら
そんなことを思った。


目の前の相手と、
そして自分と、
精一杯闘う選手からは
いつもとても大切な気持ちをもらう。


本当にありがとう。

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2012年8月7日 火曜日。

朝起きて聞こえる
せみの大きな声。

連日続く日本人選手の健闘を
称えているようだ。



昨日は24時50分から
女子サッカーの準決勝。

気になるけれど、
最後まで見たら次の日に響くなぁと思いつつ
やはり見始めてしまった。


前半が終わり
ハーフタイムに歯を磨いていたら
なぜか突然。

こんなにもたくさんの競技、
しかも世界中の選ばれしトップアスリートが
一同に介して頂点を目指す姿が見られるなんて
なんてありがたいことだろうかと

そんなわかりきっているはずのことが
今さらながら
とても感慨深く思えてきた。


と、思ったにも関わらず。

親友Eちゃんに、テンション高いメールをさんざん送りつけたにも関わらず。


後半が始まって少しすると

次の日の仕事へ響くよ~という私の理性と
そろそろ眠いよ~という私の本能、
相反する2つの要望が見事に一致してしまい
そこで燃え尽きた。

しっかり最後まで観戦していたEちゃん。

ごめんよ。



そして今朝。

昨日は、バングラデシュにいる高校時代の友人Nのお誕生日。

おめでとうのメールを送っていたこともあり
Nから返事が届いていた。


なんと

バングラデシュで6日になった瞬間から
卓球女子団体とフェンシング男子フルーレ団体を同時観戦し、
その後
陸上のボルト選手とハンマーの室伏選手を観て、
2時間睡眠でフルに働き、
そのままサッカー女子を観戦したという。

ものすごいオリンピックバースデーだ。


海外にいるほうが愛国心が出るみたい、という
Nのメールの最後にはこうあった。


 でも広島のことは毎年忘れない。
 いつも誕生日は厳かな気分になるよ。



オリンピックで闘う選手を観ていると
瞬間瞬間に魂を込めるその様子に
『今』を精一杯生きたくなる。


私の目の前にあるこの今という時間は
どんなに辛く苦しい状況でも
先人がその時代の一瞬一瞬を懸命に生き
未来に希望を見出して
築き、繋げてくれたからこそある。

先人が渡してくれた希望という名のたすきが
色褪せることなく
未来へと引き継がれるように

私の手の中にあるそれがどんなに小さな光だとしても

輝きを失わないように

今この瞬間を大切にしたい。

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2012年8月3日 金曜日。

今日は

はちみつの日 だそうで。

自然界で最も甘い蜜といわれる
このはちみつ。

平安時代は、宮中への献上品に使われるほど貴重品だった。


取り立ててはちみつに興味のなかった私に
変化が起きたのは、数ヶ月前のこと。


あるカフェで
ゴルゴンゾーラを使ったチーズケーキを頼んだとき
そこには、きれいに輝く黄金色のはちみつが
上品に、でも存在感たっぷりにかかっていた。


ゴルゴンゾーラチーズが持つ独特のクセを
ふんわり優しく包み込むはちみつ。

塩みと甘みが絶妙に絡み合い
まろやかな味わいを醸し出す。

口の中から体全体に幸せが広がっていった。


それ以来、私にとって はちみつは
すっかり気になる存在に。

どんなはちみつをどんなふうに使えば
美味しい料理ができるのかを知りたくなった。


ひとえにハチミツと言っても種類はたくさんある。

有名なところでいうと
レンゲにアカシヤ、クローバー
そして、りんご、オレンジ、レモン、クリ など。


美味しそうなはちみつを見つけると
すぐ買いたくなる衝動を抑えつつ
先日はつい「そばはちみつ」なるものを買ってしまった。

かなりクセが強いので
うっかり大量に入れてしまうと
そばハチミツにすべての味を奪われるので
注意が必要であるが。


ハチミツの中でも栄養価が非常に高いらしいので
上手に使えるようになりたい。



話は変わって。

4週間ほど前。
近所に住む友人が突然
30センチぐらいの小さな木をプレゼントしてくれた。

ちょうど緑の葉がいっぱの植物が欲しいと思っていたので
とてもとても嬉しかった。


さらに。

それが何の木かというと・・・

コレ。

Amalie_Blog-レモン1

コレ。


Amalie_Blog-レモン2


もうおわかりですね。

そう、れもんの木。



私はレモンが木になっているところを
ちゃんと見たことがなかったので
そのかわいさにキュンときた。


「いつか、このレモンを使って料理を作って」
友人はそんな言葉をかけてくれた。


さらに感動。


この木には、3つのレモンがついていますが、わかるでしょうか。


ちょっと角度を変えてみてみると

ジャン。

Amalie_Blog-レモン3


下に1つ、上に2つの実がなっている。

下のは3センチぐらい、
上の2つは2センチぐらいの大きさ。


特に上の2つは3週間ぐらい前まで
赤ちゃんの小指の爪ぐらいの大きさだったのに
どんどん大きくなってきた。


実はもらった当初、
日当たりや水加減がよくわからなかったので
あまり外に出さず、水も土に軽く染み渡る程度にしていた。

そうすると
毎日葉が数枚落ちてしまうし
生まれたての小さな実も落ちてしまった。

これはいけないと思い
友人が購入してくれたお店へ行って聞いてみると


 夏はずっと外に置いて
 日をがんがん当ててOK。

 お水はコップにたっぷり2~3杯、
 土を通って下から水が流れ出るぐらいがベスト。
 
 葉の裏にアゲハ蝶が卵を産まないように
 気を付けて見てあげること。


とのことだった。

「レモンは強いから、もっとスパルタで大丈夫」らしい。

おぉ。

その日から、いきなりスパルタに変更。

でも、言われたとおりにしたら
葉はまったく落ちなくなり
新たな実もついた。

植物も生きているんだなぁと
つくづく実感した瞬間。


ちなみに

この子のことは
立派に育つその様子に敬意を評して
「檸檬さん」という名前で呼んでいる。


そういえば、檸檬さんがうちに来てすぐの頃
珍しくまったく眠れない日があった。

なんでだろうと思いしばらく考えていると
暑くてとても喉が渇いている
ふと、そんな気がした。

お水を飲もうとキッチンに行ったときに、
はっと気が付いた。


檸檬さんがお水を欲しているのかもしれない。

見てみると、そのときもやはり葉がたくさん落ちていた。


急いで檸檬さんにお水をあげると
その後は記憶もないぐらいすぐにぐっすりと眠ることができた。



先日書いたチャチャとクロにも言えることだが
言葉はまったく通じなくても
同じ生き物である限り
何かを感じ取ることはできる。

それが同じ空間で過ごしているものであればなおさらだ。

相手のことを気に留めながら
時間を積み重ねていくことで
心や身体のちょっとした変化にも気付くことができる。


人間でも動物でも植物でも。



あ、そうだ。

もともと何が言いたかったというと。



私はいつか

とびきり美味しいハチミツと
我が家の誇る檸檬さんで
皆を元気にする、「はちみつレモン」を作りたいのです。
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2012年8月1日 水曜日。

とうとう今日から8月。

いよいよ夏本番!
と言いたいところだけど

ここ何日かと比べると、今日は少し涼しめ。

この暑さにばてている動物たちも
今日は少し元気だろうか。


うちの実家では
両親とともに猫が2匹暮らしている。

1匹は、15年以上前にやってきたチャチャ。

遅れてやってきたクロも
家族となって もう10年以上経つ。


物静かで哲学的な、孤高のチャチャと
ワイルドで若干粗雑で、甘えん坊なクロ。

チャチャは、目も開かない子猫のときに
公園のゴミ箱に捨てられていた。
それを私の同級生が発見して、我が家へとやってきた。

クロは、やはりとても小さいときに
うちの実家の物置に1人で暮らしていた。


どうしたものかと思った両親は
とりあえず、物置に食べ物を置いていたようだが
いつの間にか我が家の猫へと昇格した。


私は大学入学とともに上京したので
2人と暮らした時間は長くはないが
帰省するたびに、ノラ出身とは思えないほど
毛並みがよくなっていた。


クロはとにかくよく鳴く。
しかも声が大きい。

えさが欲しいとき、誰かを見かけたとき
いつでもどこでもニャーニャー鳴く。

体のどこかに
鳴き声スイッチでも装備しているのではないかと疑うほどだ。

哲学的なチャチャは滅多に鳴かないし
自己アピールもしない。
でも、間違いなく気は強い。


人懐っこいクロは、同時に猫懐っこくもあるようで
よくチャチャに絡みにいくが、
1人が好きな孤高のチャチャは
ものすごく鬱陶しそうにするか
激しい剣幕で怒っていた。

そのときは、思い切り低姿勢になり耳も伏せて
おとなしくなるのだが、すぐに忘れてしまうクロ。

チャチャが静かに寝ている場所に行き
自分も隣に横たわる。

チャチャは尻尾を振って不快であることをアピールするが
クロのしつこさには負けるらしい。

2人で寄り添って寝る姿もよく見かけた。

Amalie_Blog-チャチャクロ

そんな2人も年をとる。

猫の10歳は人間の70歳、猫の15歳は人間の90歳だそうで
2人とも老猫だ。


ここ1年ぐらいで、クロが病気になり、
目に見えて老衰してきた。


体はすっかり細く小さくなり
鳴き声もかすれて小さくなった。

飛び回るように動いていたのが嘘のように
よろよろし始め、
とうとう動くことさえままならなくなった。

両親は懸命に病院に連れていき
点滴を打ってもらうが、
元気になるのは一瞬で、またすぐに動けなくなる。


あまりに辛そうなその様子に
両親は安楽死も考え始めた。


ところがしばらくすると
少し元気になり、お刺身も食べられるようになった。


また持ち直すかもしれないと希望を持ち始めたある日。



クロがいなくなった。


窓から静かに外を眺めるクロを見た母が
トイレに行きたいのかと思い
外に出したのを最後に
戻ってこなかった。


母はあの時もうちょっと気にかけてやればよかったと悲しんだけれど
私はこう思う。


猫は、自らの最期を感じたとき
飼い主にその姿を見せないように姿を消すと言われている。

野生の勘が鋭いクロは、
両親が安楽死という選択をすると
後々もっと後悔することをわかっていたのだろう。

その選択をしなくて済むように
最後にもう一度だけ元気な姿を見せて
自らの最期を迎えた。

きっとそれが
クロから両親への最後の「ありがとう」だったのだと思う。


クロがいなくなってからちょうど1ヶ月。


最近チャチャが庭へ出て
クロがよく寝ていた場所へ行っているらしい。

人間で言えば100歳近いチャチャも
病気になって体力がないけれど
それでも、周りをキョロキョロ見渡して
クロを探しているようだ。



猫にも心がある。

好きとか不快とか
嬉しいとか寂しいとか
人間が持つ感情の全てを持っている。


感謝の心も持っている。

そしてきっと
本能的に、命が尊いことを知っている。


だから

当然人だって
同じことを本能的に知っているはずだ。


本能的に知っているはずのことなのに
人によっては
それがどこかに埋もれてしまっているのかもしれない。


すべての人にある温かい心。


私は自分できちんと大切に持っていたいと
強く思う。
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