イタリアをとことん味わい尽くすブログ

前世はきっとイタリア人!~イタリアナビゲーター☆Miyuki の大好きなイタリアが詰まったブログ~


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Ciao a tuttiワイン
イタリアナビゲーター☆Miyukiです
<<初めてこのブログを見たあなたへラブラブ

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今日Danteの話をちょっとだけ触れてみました。
<<コチラの記事です。

ヨーロッパはどこの街も、歩いてみるのが一番楽しいと私は思っています。
その街のもつ色や空気感、人々の暮らしなど発見が毎日あるからです。

街の呼び方は以前、この記事にまとめましたので、目を通されるとわかりやすいかと思いますよぺこ
<<トスカーナ州を行く①Firenze編


さてさて、

Danteの生家があると言われている通りがFirenzeにあります。
通りの名前もまさに彼の名前で!
Via Dante Alighieri

地図を見てもらうとわかりやすいと思いますが、Duomoからも徒歩5分という街の中心部にありながら、訪れる日本人が意外と少ない場所なんです。
ツアーだと地味な場所なので外されてしまうんでしょうショック!


より大きな地図で ダンテ・アリギエーリ通り を表示

Duomo広場から、Via dei Calzaioliを進み、Via del Corsoと交差する角で左折、途中何本か脇道があるんですが、確か4つ目を右折するとVia Dante Aligheriの通りにぶつかるその手前で、Casa di Danteダンテの家が現れます。
確か・・なんて書いてしまってゴメンナサイ。地図が本当に読めないんです、、私(ノ_-。)


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この景色が見えたらビンゴ!(イタリア語も英語と同じbingo!ですよ)

まずは、Museoに行ってみましょう!
一見なんでもなさそうな小さな教会に観光客が押し寄せているので目印になるでしょう☆

でも・・・今、公式HPを見てみたら・・・不吉な一文があせる
“In occasione del centocinquantesimo anniversario dell'Unità d'Italia il museo resterà chiuso.”
イタリア統一150周年を記念してクローズしています

だってショック!

そういえば・・・確か2004年の秋頃もクローズしていた。。そのときは修復中。。
私は、一度だけしか行けていませんが・・Museoに入れなくても教会は大丈夫ですのでふらっと寄ってみてください!Danteゆかりのものが展示してあり、13世紀の世界に浸ることが出来ますのでWハート
イタリア的にはよくあることですが、もしかすると開館Apertoしているかもしれません。笑


****

気を取り直して、この場所にまつわる素敵なエピソードをお伝えしたいので続けま~す音譜


ここ、Casa di Danteはダンテの家とは呼ばれているものの、ここでダンテが本当に生まれたという証拠はありません。
現に、建物は今から100年前に建て替えられたゴシック様式で、13世紀のものでないことは実際ご覧になった方は皆さん気づくでしょう。

でも、通りに名前が残っている通り、Via Dante Alighieriで彼が生まれたことはほぼ間違いないと聞いています。
彼の死後、兄弟が子供たちのためにこの家を残し、死後600年が経って重要歴史史材として残すことが決まりました。そこから立て替え計画が始まった訳です。
立て替えしようという話が起こってから工事開始まで約50年ほどかかったそうですが(これがイタリア的!)、工事開始はちょうど100年前の1911年と言われています。偶然にも♪


****

13世紀から14世紀に変わる頃、
Danteは教皇派(グエルフィ党)の政治家でした。
当時、教皇派に対抗していた皇帝派(ギベリーニ党)との争い、それに加えて、同じグエルフィ党も白党と黒党とで内部分裂が起こり、もれなく争いに巻き込まれたDanteは生まれ育ったFirenzeを追放されてしまいます。


この追放と、ある女性への長く強い想いがイタリア文学史上に残る『神曲』を書き進めることになったと言われています。


その女性は、Beatrice。
Danteが9歳のときに出会ったいわゆる初恋の人です。


二人が初めて会ったと言われているのが、

Via del CorsoとVia Dante Alighieriをつなく細道にある小さな教会、Chiesa di Santa Margherita dei Cerchiでした。


教会で幼い2人が出会うシーンを想像してみてくださいラブラブ
気持ちがあったかくなりませんか?キャハハ



実際に、教会内には、そのシーンを再現した絵が飾ってありました。


この小さな教会は、Danteが後に結婚するGemmaの実家とBeatriceの実家が両家とも通っていた教会で、さらにここでDanteはGemmaと結婚式を挙げたことから 『ダンテ教会』とよばれているんです。


Danteの人生には、妻であるGemmaよりもBeatriceが大きな存在であったことは周知の事実であり、神曲にも永遠の女神として描かれています。


特に、『La Divana Commedia 神曲』の前に書いた『La Vita Nuova 新生』には、そのことが色濃く描かれています。

初恋の人だったBeatriceと大きくなってから再会したDante。
軽く会釈をかわしただけ。。。
他には、何も具体的な行動を起こせずに、二人は違う人と結婚してしまうんです。


DanteはGemmaと。

Beatriceは資産家の銀行マンと。

”初恋は叶わない”のは、この時代もそうだったのか・・・なんて思いますが、Danteが作品にBeatriceを残したいと思ったのは、恋心からだけではないんです。


24歳という若さでBeatriceは世を去ってしまうんです。

初恋の人に、大きくなってからもたいした声かけも出来ず、早くに亡くなられてしまったら!!!




そう。

『La Vita Nuova 新生』は、Beatriceへの気持ちを綴って来た詩をまとめたものなんです。
古書にはなりますが、日本語訳されたものも出版されていますので、興味があれば読んでみてください。


Chiesa di Santa Margherita dei Cerchi
現在もこの教会には、Beatriceと妻Gemmaが眠っています。


さて、肝心のDanteはというと・・・
Firenzeを追放された後、北イタリアを流浪する羽目に陥りました。
その中で神曲の執筆を重ねていたんですから、その心意気が素晴らしいですよね。

最後、亡くなる直前には、神曲3部作目の天国篇 Paradisoを約5年かけて書き上げました。

締めくくりは、このひとこと

「この世を動かすのは、神の愛と知る。」

永遠なる存在となったBeatriceに導かれて天に昇っていく自身を描いているんです。

****

長くなって来たので、続きはまた明日ラブラブ
長くお付き合い頂いてありがとうございますキラキラ


Buona notte a tuttiきらきら!!


◆◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆◆


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