(感動の炙りソーキ)

 

      (これまた感動の 澄んだスープと手打ち麺 食べると泣くんだよ)

 

こんにちはドキドキ

 

小梅、1日一食沖縄そばを食べたいくらい好きなんです照れ

 

沖縄本島の北から南の沖縄そば専門店はだいぶ制覇してきています

 

そのおかげで、常に上位5位の沖縄そばの店は頭の中に入っています

 

時折この5位の中で順位が変わったり、新しい店が乱入してきたり

 

一人沖縄そばプロレスのような気分です

 

「お~と、ティアンダーがジャンプ!」

「金月(きんちち)とばんじゅ亭が場外乱闘!」

「茉家のスープレックス!決まった!勝ちました!」

 

ウォ~、興奮する~爆  笑

 

どの店も個性があり

沖縄そばにかける愛情と情熱はありえへんくらいだし

当たり前だけど違う味で

こだわりどころも違っているから

一番美味しいとか、一番好きというのはなかなかつけるのが難しい

 

これは、スピの世界でも同様かもしれませんね

斉藤一人さんも、さとうみつろうさんも、ハッピーちゃんも、心屋さんも、みんな素晴らしくって、誰が一番なんて言えないのと一緒

 

行く人は、きっと、どの人のセミナーにも行っちゃうだろうし

「今日も楽しかった~(今日も、美味しかった~)」って口から漏れるだろうし

 

確かに1番好きな味は決められないけれど

小梅は、間違いなく、茉家さんの沖縄そばを心から信じていますキラキラ

 

「沖縄そばのことは、大将に任せておけば間違いない!」

 

                (店を一人で切り盛りしている本村大将)

 

            (イカ汁は沖縄では県民食だが、イカ墨汁そばは珍しい)

 

小梅はこの10年、「信じる」ことを訓練してきています

 

「信じる」ことを訓練?と不思議に思う方もいるかもしれませんが

 

「信じる」ことって、「愛」と同じくらい奥深く、難しいものだと

感じています

 

どこまで自分を信じることができているのか?

どこまで神様を信じているのか?

どこまで相手を信じることができるのか?

 

90%は信じているつもりだけど、それを100%にすることはできるのか?

そもそも、信じるってどういうことなんだろう?

などなど

小梅もたまには真面目に考えるんですよ(笑)

 

人生相談のお客様との会話の中で浮気した御主人に対して

「信じていたのに、、」という言葉が良く出てきます

 

小梅は、「何を信じていたの?ご主人が一生浮気をしないってこと?それとも、何があってもご主人はあなたを愛し続けるってこと?それとも、二人の絆?」

 

本人も何を信じていたのかわからないことが多いんですよ。

 

結局は「一生浮気をしないで、私以外の女性に興味を持たないってことを信じたかった」わけですが

これは、相手を信じているというより、あくまで、本人の希望、理想、願望のような気がします

 

もしかしたら、奥さんがすんごく冷たくて浮気をしてしまう場合もあるだろうし

浮気って100%した人が悪い場合もあるかもしれないけど

たいがいは、お互い様のところもあるわけで

そんな中で、人は何を信じることがいいのだろう、、と考えます

 

小梅の今のところの「信じる」の定義は

@「信じる」とは「疑っていない」とは別物

@「信じる」とは、「信じた」結果と違っていてもOK

@「信じる」とは、ただ「信じる」こと。そこに願望やリクエストは無い

(そこに行き着くまでに、信頼関係を作り上げる作業としてのコミュニケーションや意見の出し合いは必要)

@「信じる」とは、○○だから信じるではなく、○○がなくても信じるということ

 

小梅は小梅の人生を信じていますお願い

 

散々な過去でしたが、過ぎてしまえば過去は全て幻でおばけくん

今日の機嫌の良いこと!(笑)口笛

 

もし、仮にこれから嫌なことが起こっても

それは私の問題なのだろうし

また、起こる必要があったのだろうし

なんたって、神様の胸の内、手の中で生かさせていただいている身ですから

神様の決めたことなら

ひとつひとつ今まで通り乗りこえて

ただ生きるだけですから

 

怖いものもないし(あるとしたらどこまで太るかくらい)

したいことがあればするし

本当に欲しいものがあれば買うし

行きたいところがあれば、行けるようにするし

お金が足りなかったら、お金を稼げばいいし

困ったことがあれば考えるし

あやまったり、お礼したり

笑ったり、怒ったり

手放したり、、、

毎日を体験していけばいいのですから

 

なので、小梅は小梅の人生を信じていますダルマ

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