眼をみればすべてがわかる

お笑い系・癒し系眼科医が眼を通して診る体・心・魂の世界と体験


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先日お昼休みに外出したときのことです。

 

ビルをでたところの地面にセミが落ちていました。

 

弱っているセミを拾い、植込みの木のうえに置いてあげました。

 

久しぶりに虫を手に取り、蝉の足から伝わるやさしい感触に、クワガタやカブトムシの足は蝉の足よりももっと硬くてトゲトゲしていたなぁ、、と思い出したことが引きがねとなり、、様々な記憶がいっきによみがえりました。

 

子供の頃、虫たちの入れ替えのため(先週採った虫たちを山にもどし、新たな虫たちを集める)、毎週、昆虫採集に行き、山道を駆け回っていたこと、蛙やイモリも山ほど同じようにして飼っていたこと(エサのハエ集めに苦労したこと笑)など、、子供の頃に一瞬でワープしたのでした。

 

いつも自然の中にいて、いろんな生命とともにあり、守られるとか、一体とかいう感覚もなく、あたりまえにただそこの住人だったのですが、その時“あたりまえ”だった感覚を懐かしく感じる自分がいたのでした、、、、

いつのまにか作っていた溝に気づき、溝を溶かした一瞬でもありました。

 

久しぶりにあの山道を歩いてみたくなったなぁ~。

もう、虫は採らないだろうけど、、、、

 

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つぶやき76 つづき・・・

 

もう一つ覚えた言葉は、“モモ”

 

“プリプリー”にしてもそうですが、連続して同じ韻がでてくる言葉が好きなようです。

 

桃が旬で、最近よく頂くようになりましたが、スィーティーも桃が好きで、桃たべる?と聞くと嬉しそうに回転します。

 

プリプリという単語は完全に身についているようで、それを使うシチュエーションがないと、滅多に口にしませんが、

“モモ”は頻繁につぶやいています。

 

新しい言葉で、復習が必要そうな言葉は、このように繰り返して独り言のようにつぶやいているようです( ただ“モモ”という響きが好きでつぶやき続けているだけかもしれませんが^^;)。

 

この姿勢をみていて、本当に覚える氣があれば、スィーティーのように、これくらい頻繁に、日になんどでもそこに意識を向けることが必要なんだな、と改めて、自分や自分のまわりのことをかえりみたのでした^^;。

 

 

 

 

 

 

 

 

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オウムが新しい言葉を習得(記憶)するのは、ふつう2-3歳くらいまでといわれていますが、スィーティーは20歳をすぎても、いまだボキャブラリーを増やしつづけています。

 

最近、2つ単語が新たにふえました。

 

どこでも一緒に行きたがるスィーティーに、部屋を移動するときは、一応声をかけてみます。

 

たとえば、着替えいく?とか、1階いく?など、と声をかけますと、

お洋服、とか、病院、とか言いながら手に乗ってきます。

 

最近、スィーティーに“3階いく?”と声をかけますと

決まっていうことばが、“プリプリーする?”

 

べつに、3階にあるおトイレいくとは限らないのですが^^;

母が、スィーティーに一回そう言ってしまったのを、擬音語、擬態語好きのスィーティーがすかさず覚えて、いまでは大のお気に入りになってしまいました。

 

自分でしたときも、私が“それ”をお掃除をしていると、

“プリプリーした、お掃除、きれきれしょうな~”と言って大いに笑わせてくれるます、、、

 

でも、一番笑えるのは、ほんとにトイレに行くとき、

スィーティーがついてきて、外で“プリプリーした?”と

しきりに聞いてくるときですが、、、。

“してへん、してへん”と答えながら爆笑してしまいます。

 

 

もう1つ覚えた言葉は、、、 comming soon !!

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昨日、赤ちゃんのお話を、2人の方から聞く機会がありました。

 

1つは、赤ちゃんがよく泣いて本当に困っているというお母さんのお話、

もう1つは、赤ちゃんができてから家になるべく長く滞在したくなった(これまでは仕事以外でも家にいない時間がながかった)というお父さんのお話でした。

 

こういったお母さんの苦労話も、お父さんの“心境の変化”話もよく耳にします。

 

こうやって、赤ちゃんを育てながら、自分たちも育てられてゆくのだなぁ、と思って聞いていました。

 

人を育てること、は自分の歓びにもつながります。

大学に属していたころ、自分の知識やスキルを後進に伝え、相手が育ってゆくことが嬉しかったことを思い出しておりました。

 

最近、2週連続で、大阪で合気道のお稽古に参加させて頂く機会がありました。

お稽古は少人数で、黒帯の方が教えて下さっていましたが、私の中から、あぁ私も後進の育成にもっと役に立ちたいという気持ちが猛烈にわき上がってきて驚きました。

注意されたことがすぐに変えられない自分に出会うたび、“自分が思うように進んでいないのに、こんな自分が人を教えるなんて”という意識がどこかにあり、教えることにおこがましさを感じたりすることがありました。

教えることで自分が成長するのはわかっていますので、気付いたら教えたりはするのですが、ちゃんと進んで結果をだしている自分になって教えたい、、、そんな気持ちでついつい消極的になってしまっていたのでした。

 

この点も、自分の癖もすべて改めて、とにかく進むこと、ひたすら祈りつづけております。

 

 

 

 

 

 

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曇りを払えるのは光だけ。

 

雲がどんなに厚くても、ひとたび陽がさせば、かならず雲は晴れてゆきます。

 

どんなに厚い雲に覆われてがんじがらめになっているときでも、そんなときほど、強い意志力を行使して、太陽の光を招き入れましょう。

 

意志力を行使できないほどがんじがらめなら、最後の元気をふりしぼって、助けを求めることも必要です。

 

厚い雲が少しだけでもうすくなったら、あとは、燦燦と光が差し込んできて、、あれっ?あの雲はどこにいったの?って

不思議なくらい晴れ上がるものですよ~。

 

かならずかならず晴れます。

 

そして、考えられないほど、自由なあなたがあらわれてきます。

 

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親が介護の年になってきたことについて、先日も同級生とお話をしていたところですが、母をみていますと、ついこの間までできていたことが、いつの間にか以前のようではないことにきづき、あれっと思うようなことがあります。

幸い、まだ1人で暮らせてはいますが、徐々に手を貸さなければいけないこともふえており、週末帰ったときにまとめて手伝ったりしています。

が、、私が戻りますと、逆に私の方が母に世話をかけてしまうことも多くあります、、、まあ、それも張り合いを与える結果になるとおもい、知ってて甘えていることもあざと多く残してあります(言い訳?^^;)、、、。

 

先日伯母が小さな手術で入院し、2ー3日で退院ということになったのですが、もし術後の痛みなどがでたら困るし、ご飯の用意も大変、でも、病院には長くいられないということで、退院後、医療機関に附属した施設のようなところに短期間入所することになりました。

いつも身の回りのことを気にかけてくれているご近所の方たちが、気を利かせて手配してくださったのですが、昨日、お見舞いにいってきましたところ、伯母の第一声は“こんなところに監禁されている”とすこし腹立たしそうでした^^;

もちろん、本人の意志で自由にいつでも退所できるのですが、周囲が気遣って良い施設をさがしてきてくださったので断ることもできないようで、、、、、、、今朝もだまってタクシーで帰宅しようかとおもっていた、、、と申しておりました。

 

入院していたときにお見舞いにいったときの第一声はちょうど食事の時間でしたので、“病院の食事はお肉がでないから、いつも行く※※のステーキのお弁当買ってきて”でしたが、、、^^;

 

で、昨日はそのステーキ弁当を差し入れしたところ、“おいしいわぁ、入所している人たちと一緒に食堂で食べると食欲がおちるのよ、みんなまずそうに食べるから”と言っておりました。

 

帰り際、入所者の方達が一緒に食堂でお食事をしているところを通りましたが、伯母のいっていることもよくわかりました。

 

生気というものが、まったく感じられないのです。

ご飯も、無表情で頂く、、、美味しい~という歓びもなく、まずいという反応もなく、、、、

ただ、生きているだけ、そんな感じが伝わってきました。

生きる喜びってなんだろう、、、深く考えさせられるような場面でした。

 

伯母はここに属している人ではない、脱走の日も近いでしょう(笑)

 

氣力がみなぎっていると、体力もある程度ついてゆくでしょうが、高齢になるにしたがい、肉体的な衰えはある程度あらがえないこともあるでしょう。

 

楽しみや張り合いがなくなりますと、氣力→体力が、一挙に衰えてしまうのだと思います。

 

楽しみや張り合いを持たせてあげられるような、子供版がKIDzaniaなら、高齢者用のSeniorzaniaなんて施設なにか作れないかなあと思ったのでした。

 

これやりたいけど、身体的に、、というような場合、それを介助しながら取り組めるようにしてあげたり、新しく楽しく興味をもって始められることを助けて一緒にしてあげるようなことができる、できるだけ何をするかの選択肢がおおくあるような、大きな施設、

 

ときには、介助する方も夢や生きる歓びを与えることが張り合いになる、老老(準老?)介護のようなボランティアもありで、、、

 

高齢者といってもお元気な方いっぱいいらっしゃいますから、まだまだ動けそうな高齢者に手伝ってもらえそうなことを積極的に提供していく、、、

高齢者が増えてゆくこのときに、そんなものいろいろ、さまざまな、想いがよぎったのでした。

 

私よりもっともっと考えて取り組んでいる方いらっしゃると思います、是非 実現してほしいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先日、とても素敵な夢をみました。

 

これまでの夢のなかでも、だんとつに素晴らしく、とても心地よくいつまでもいつまでも、その幸せな余韻がのこるような夢でした。

 

これが夢なら覚めないで、などといいますが、

おそらく、これからもずっとその夢をおもいだすたび、幸せにみたされる、そんな夢なので、ある意味、覚めないといえるのかもしれませんが、時間とともにこの感覚が薄れてゆくならそれはとても惜しい感じさえしています。

 

私にとっては、現実の世界も、夢の世界も、あまり差はないように感じます。

 

確かに非現実的なことも、夢のなかでは実現可能です。

 

でも、実人生で、夢のようなことっていくらでも起こっているように思います。

 

いわゆる“奇跡”と呼ばれる事柄は、夢のなかでしか起こりえないことのように思っている人がいるから、奇跡と呼ばれるのではないでしょうか?

 

こうして生命が生かされていること自体が奇跡なのですから、すでに、私たちは奇跡の連続のなかで、生きているといえるかもしれません。

 

夢のことを考えていると、“夢のまた夢”という言葉が心に浮かんできます。

秀吉の辞世の句をあらためてみてみますと、秀吉は夢のような奇跡の連続を生きてたんだろうなぁと感じられるのでした。

 

露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢

 

 

夢のまた夢ほど短い肉体滞在期間(笑)なら、

私も夢を叶え続ける人生を生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

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随分前になりますが、講座を聞いていたとき、コーヒーカップの置き場所を探されていた師が、最前列に座っていた私に、

〝ここら辺(ホワイトボードのマーカーを置くあたり)にコップを置いておけると便利なのにね。なんか発明してみてよ〝とおっしゃいました。

 

ちょっと自分でつくるのは難しいかなぁと思った私はいろいろ探してみましたが適当なものが見つからず、気になりながらもそのままになってしまっておりました。

既成のものがなければ作ってみなきゃなぁとは思いながらもそのままにしてしまったこと、長年引っかかってはいました(ごめんちゃい)。

 

そして、つい最近、そのとき頼まれたものにぴったりのものに偶然であう機会をえました。

 

さっそくお渡しし、なんだか胸のつかえがとれほっとしたのでした。

 

誰かの願いを叶えてあげたい 

そういつも願っていると

自分の願いも叶えられます。

 

そして、自分の中で誓ったこと、

だれかに約束したこと、

言葉にしたこと

は必ず守ることを貫くことが基本になります。

 

もうすぐ七夕🎋

もし置き去りにしていた

かなえてあげてなかった願いがあればぜひかなえてあげたり、

自分のまだ叶えてない願いがあれば、

是非この機会にみなおしてみましょう。

 

 

 

 

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先日、ある課題に取り組んでしたとき、師からアドバイスを頂き、はっとしたことがありました。

 

とうに、自分では解決していたとおもっていたことが、まだ未解決だったことに気付いたからです。

 

私のなかに残っていたあることは、何年か前に綺麗さっぱり消し去ったとおもってのですが,、、、

長い間四六時中ずっと続けてきて細胞に刻み込まれていたというのもあり、

それよりも、なによりもそれが一般的にはとても良いことのように感じていたためか、まだ私のなかにそれを肯定する意識がありましたので、残したままにしてあったのです。

 

常識的にみて、たとえとても良さそうなものであっても、いかなる信念も観念も、自分の純度を低くするということに気付きました。

 

自分の純度が高いほど、雑音雑念がなくなるほど、高き尊きものと親和しやすくなります。

 

純度100%にかえってゆきたいと思います。

 

 

 

 

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つい先日、平日の夜でしたが、突然おもいたって、仕事がおわってすぐに新幹線にとびのり、戸隠に参りました。

 

普段、都会にいてはいろいろと雑多な氣に囲まれていますが、戸隠は、雑多な氣の少ない場所で、東京からは訪れやすい場所です。

 

何年も、年二回 戸隠に滞在しているうちにすっかり私の心のふるさとになっていて、戸隠にくるとなにかしらほっとするのもあって、どうしてもその氣にふれたくなったのでした。

 

数時間の滞在でしたが、短時間ぐっすり眠り、まだ暗いうちから中社の神前で祈らせていただき、心身ともに爽快になりました。。

 

だれでも、ほっとする、心のふるさとはあるかとおもいます。

 

私がふるさと感じるところは、戸隠以外にもまだいろいろとありますが、、、

 

なんといっても、一番のふるさとは、創造主の懐なのですよねぇ~(^_^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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