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2017-05-10 12:12:18

人から怒られる人と怒られない人との違いが解明できた

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人から怒られる人と怒られない人の違いについて、いつも私は調べている。というのも、私は過去に、学校では先生に叱られやすい存在だったし、上司からも同僚も同じことをやってるのに、私ばかりが叱られやすかったりするからだ。

ネット上にも心理学者や脳科学者によってその謎について解説が書かれていたり、YOUTUBEにお坊さんまでもが説法していたりするのだけど。どうしても納得できる答えがなかった。

で、昨日、エリカが石鹸水の入ってる容器を床においていたことで、レイがケッつまづいて石鹸水をこぼしてしまった。が、たいしてエリカを叱らなかったことでようやく納得がいく答えでた。

これがアヤだったならば、般若のようにレイが怒っていたに違いないからだ。

エリカとアヤがレイに叱られる度合いを比べることによって、私なりにわかった理論である。

エリカは、めったにレイが気に食わないことをしない。しかし昨日はたまたまそれをやってしまった。そして間違いを指摘されたときには、「ごめんなさい」とすぐに謝って片付けたのだ。で、エリカは今後こんな過ちはめったにやらないだろう。

アヤは、レイがいつも気に食わないことをやる。そして叱られても反抗的な態度ででてきて、「ごめんなさい」などと言ったことがない。黙って片付ける。そしてまったく反省することもなく、また同じ過ちをくり返す。

だから、また同じ過ちをおこしたときには、レイに2倍の剣幕で叱られる。

おそらく、「こいつは言っても聞かない」っていうレイの脳裏に刻まれた記憶から、もっと激しく叱らないとわからないのだというループに陥るのにちがいない。

同じ過ちを何度も繰り返すことによって、叱る側も、叱っているのか、ストレスから爆発しているのか、わからなくなってくる。

エリカとアヤの本来の性格の違いは、叱られるからやらないというエリカの穏やかなタイプと、叱られても自分のやりたいことは曲げないというアヤの突き進むタイプの違いにもある。

それは社会にあてはめてみても同じなのかもしれない。

周りから反対されたくない、できれば認められたい。バカにされたくない、やりたいことなど無理にやらなくてもいい、自分のできる限りで穏やかに生きていく人生。

周りから反対されても、認められなくてもいい。バカにされても、やりたいことは諦めきれない、自分がやりたいからこそ無理をしてでもやってみせるという、自分のやりたいように突き進む人生。

そのどちらであっても、自分が幸せであれば、損得はないと思う。

穏やかに生きている人は、人からも評価をされ波風のない平和な生活をおくれると思う。しかし自分がやりたいことをやる人は、いろいろな人たちに批判されたり、叱られたり、阻まれたり、裏切られたり、あげくには成功しても妬まれたりと、さまざまな面で周りをも巻き込むのである。

エリカは、今のところは、前者である。アヤは、後者で、やりたいことを決して曲げない。諦めない性格なのだ。で、私もいつもいろいろな面で、付き合わされている。

アヤがハムスターを飼えないのなら、魚のペットがほしいと、鯉を飼った。魚の飼育にうるさいペットショップの兄さんにまでアヤから、「外に池があるのだ」と嘘を言わされたのだけど。(もちろん巨大な容器に入れて外で飼っていて、簡単でも池は作る予定)

鯉を手にした直後に、その兄さんから「冬のニューヨークは外気が寒すぎて、水が凍るので、タンクに水をはって部屋に入れておかねばならない」と聞かされた。そのために400ドル近くするタンクを用意しなければならない。ペット嫌いなレイが払うわけないし。。。

はぁ〜やりたいことを曲げないアヤのせいで、私の出費もハンパない。まーでも、アヤのやりたいことは私のできる限りでやらせてあげたい。

このアヤのやりたいことを曲げない、諦めないって性格が、歴史的に名を残す哲学者になるとか、誰もが知り得なかった細胞を探し出すとか、永遠に誰しもの心にも残る音楽を作曲できるとか、将来スゴイ方向に向いてくれるといいな。

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2017-05-09 07:22:04

パンケーキが宿題、アヤが家でクッキング

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アヤとエリカは7年生。日本の中学ならば1年生だ。Home and Careersってクラスがあるので、裁縫でクマのぬいぐるみを作ったり、クッションを手縫いしたりもたまにやっているし、今はクッキング。つまりは家庭科のようなクラスがあるという珍しい学校だ。アメリカではほとんど家庭科のクラスがある学校はないし、美術さえもない学校だってある。

とはいえクッキングっていっても、料理を作ることが目的ではなく、それぞれがフードの歴史について研究を発表するらしい。アヤはパンケーキを作って、それにつけるハチミツについての歴史を。エリカはパンケーキの歴史を発表する。どちらも古代エジプトにも記録がのこってる食品なのだとか。

 

インターネットから探し出してきたパンケーキのレシピでアヤは作っていた。しかし、どうやら生地がかたいようで、フライパンの上にスムーズに流しこめていない。仕方ないので、少しだけ水をまぜてあげた。火加減がよくわかってなくて焦がしてしまい、結局、私が手伝うこととなった。パンケーキを焼くなんて、前にもやらせたはずなのに。イチからやるとなると、なかなか難しそうだ。

しかもネットからもらってきたレシピより、私の目分量でつくるパンケーキのほうが美味いかもしれない。私の母は、おはぎや饅頭は作っても、パンケーキやクッキーなんて洋風の菓子をつくることがなかった。そのせいか、洋風の菓子にあこがれていた私は、小学校の低学年のころから、自分なりのレシピを研究し、焦がしたり、まったく味のないパンケーキを作ったりなどを繰り返していたため、結果、パンケーキを目分量でしか作ったことがない。

なので娘たちにレシピを教えてくれと言われても、伝えることができないのである。今の時代インターネットという強い味方がいるので、母親からレシピを伝えなくても、美味しいレシピがわんさか手に入る。しかもビデオを見ればクッキングスクールに行かずとも作り方もわかる。ありがたい時代になったものだ。

 

レシピどおりとはいえ、学校では明日の朝に、冷めたパンケーキをクラスの子たちに食べさせるらしい。ハチミツをたっぷり塗ったとしても、作りたてじゃないパンケーキなんて、かなりまずそうだぜ。。。

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2017-05-01 13:44:01

アメリカでもサイバーのイジメは深刻なのか〜13 Reasons Why

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子供たちの学校で、ネットフリックスオリジナルのドラマ13 Reasons Whyがブームらしい。うちの子たちは、内容が重すぎて見れないのだとか。。。


重い内容とは、主人公のティーンの女の子が学校でのさまざまな友人との関係から孤立してしまい、生きていく気力を失ってしまう。結果、その女の子は自殺してしまう。残されたカセットテープには、なぜ彼女が自殺に追い込まれたのかが、彼女自身によって語られている。

主人公の親はドラッグストアを営む、普通のカップルで。とても娘のことを愛してかわいがっている。彼女は、美人な転校生。なのだけど、サイバーブリー(ネットを使ってのいじめ)にあってしまうことが、学校でのいじめの発端となる。

全編通して、かなりヘビーな内容だけど、今のアメリカ社会における、ティーンの問題がとてもリアルで、興味深かった。全編を2日で見てしまった。。。

クラスには、人気のバスケットボール部で活躍する男の子たちのグループがあったり、それを応援するカワイイ女の子たちのグループがあったり。ここまでは普通の学園ドラマなのだけど。

ゲイであることを隠している男の子たちがいたり、ストーカーまがいの男の子がいたり、ゲイの夫婦に育てられているアジア系の女の子もでてくる。

アメリカでは、ゲイやレズビアンのカップルが育てている子供たちは普通にいるのだけど。私たちは大人の目線でしか、接したことがないので、一部の子供たちがどういう苦労をしているのかは、このドラマを見るまでわからなかった。とはいえ、これだけゲイのカップルが増えてくれば、すぐにそれも普通になる日がくるのだろうけど。

アメリカは性差別をなくそうという動きはおおいにあると思うのだけど、このドラマの通りに、まだまだ男女の関係においての格差や、ゲイに対する偏見はアメリカにも多い。

ゲイの問題だけでなく、男女の性差別に関してもこのドラマでは問題としてあげられている。男性たちからのからからかいに、泣いている女性は、ティーンだけでなく、一般の社会にもまだまだはびこっていると思う。

そう考えるとこのドラマは、子供たちだけに訴えかけている問題でなく、大人の世界にも通じる話である。周りの人たちが、性差別の被害をうけた人たちや孤立とたたかう人たちにどう接していくべきなのか、考えさせられる。

自分がしらず加害者になる可能性もあるわけで、ティーンの子供をもつ親だけでなく、誰もが見ておくべきドラマともいえる。

 

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2017-04-10 08:24:18

日本が舞台の映画なのになぜ主演が白人女性なのか

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ゴースト・イン・ザ・シェル、日本のアニメ「攻殻機動隊」を子供たちと観てきた。映画館は日曜のお昼すぎだったからか映画館そのものがガラガラ。ゴースト・イン・ザ・シェルはPG13(13歳未満は保護者の強い同意が必要)だったから、子供たちはまずいないし、ティーンの子たちは夜から入るのらしい。

 

デニスはポップコーンとアイスになってるソーダを買って「13ドルもした」と、小遣いで買わせたのでぼやきながらの入場。CMでエイリアンが流れ、エイリアンがドッヒャーンと出てくるシーンでデニスが悲鳴をあげた。「デニスだけだよ、大声あげてたの」とアヤから突かれていた。とはいえ周りにいる人たちは数えられるくらいの人数、私たちのほかに10人いないくらいだった。

 

ほぼ貸し切り状態で映画ははじまった。ビートたけしのセリフはすべて日本語で、英語のテロップ。カッコいい~~~!たけしが日本語のアクセントある英語で話すなんて、見たくなかったもの。堂々と日本語でやってるところが未来の世界なんだから、それでいいしカッコいいって思った。

桃井かおりの英語は「日本語のアクセントがあるね」と子供たちが後から言っていた。「そりゃーそうだよ、日本人だもの。何が問題でも?ちゃんと聞き取れたでしょ」と私。彼女まで映画の中で日本語っていうのは、さすがにないかなって思うので、これはこれでよしとして。私にとってはかなり楽しめる映画であった。って途中、寝ちゃってたけど。。。

レイは、映画を観に行かなかったのだけど。後からの話で、

「スカーレット・ヨハンソンが主役だなんて、原作は日本だし、舞台は日本なんだからおかしいだろ?」とレイが言い出した。たしかにそういう意見も攻殻機動隊ファンにはアメリカでもあった。しかし、「日本人のキャストが主役だとして、誰が観に来るの?」って私。

 

実際、映画の内容はさておき、アメリカではスカーレット・ヨハンソンのファンだからって、映画を観に行く人も多いわけである。攻殻機動隊は、私もここ最近まで知らなかった。アニメのDVDをオフィスにて貸してくれる人がいたから知ったようなものの。

 

どんな内容なのかまったくわからない映画を、アジア人のまったくわからない女優が主役だとすれば、誰が観に行くだろうか。おそらく日本で知名度の高い女優、たとえば石原さとみが演じたとしても、実際問題、アメリカだけでなく、日本以外のアジアの国でも石原さとみ主演で集客するのは無理だ。

と言っても、レイは「だからアジア人のスターがハリウッドで生まれてこないんだよ」って反論してきた。「だったら日本の女優で誰ならば演じられたの?」って聞き返すと、「誰?て誰がいるかは知らないけど、ヒロエはいつも日本のドラマを見てるんだから、適役を知ってるだろう?」「適役がいたとして、あなただって知らないアジア人の女優が主演してる映画を観に行くわけ?」「・・・・・」結局どちらにしても、行かないわけだ。
 

なにより私が残念に思ったのは、トグサを演じたのが、シンガポール出身の俳優チン・ハン。。。これはないでしょ。トグサやるなら、玉山鉄二あたりがよかったんじゃない?って個人的に思うのだけど。まったくイメージにあわない俳優で、「キャスティングした奴は誰だ~~~!」って怒鳴りたくなった。

 

いつもは愉快なキャラのロボットであるタチコマが、ただの破壊兵器としてしか描かれていないのも残念だったし。笑えるシーンがたくさんあるアニメなのに、全編通してシリアスに描かれているところもダメだった。ハリウッド映画ならばハリウッド映画らしく、ジョークとかも入ってるのかと思ってたのに。。。ここまでシリアスな映画にしないでほしかった。まースピルバーグが監督やらなかったことだけは救いだったけど。

Matrixの監督も攻殻機動隊に影響をうけてたらしいから、ルパート・サンダース(イギリス人)監督は、そんな風にシリアスなSF映画にしたかったのかなぁ~。

 

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2017-04-09 09:02:00

日本の案内嬢はロボットですか?

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今回、日本に帰っていて、日本人の親切さに感動した。道がわからないとか、電車の時間がわからないとか、どの路線に乗ればいいのかわからないなど、通りすがりの人に聞いてみると、親切丁寧に足をとめて答えてくれるのだ。

 

わざわざスマホで調べてくれて何時の電車に乗ってどのラインに乗り、どこで降りるのかまでを教えてくれた人もいる。オリンピック前だからトレーニングされているの?って思わせるくらいに、人それぞれに対応がすばらしい。

 

駐車場のオヤジさんはわざわざ事務所から出てきてくれて「ここの歩道を渡ると、あちらがわに見えてる看板が・・・」と、細かく説明してくれた。「今から飲みにいくの?いいねぇ~」などと、日常会話になった。ので、「そうなのこれから飲み会で、お友達が居酒屋で待ってるのだけど。私はアメリカから来ているので道にまよってしまったの」と言ったら、冗談だと思ったらしく、笑っていた。たしかにアメリカ帰りには見えんだろうけど。

別の日に、ランチは横浜にあるモアーズで友達と会う約束をしていた。泊まっているところも横浜だったのだけど、駅がとにかく広いので、思いのほか徒歩だと、かなり距離があった。間違って反対側へ行ってるところを知らない女性が「こっちに行ってももう店はないわよ」と教えてくれたり、間違って迷いこんだ日産のショールームにて警備している人が、「そごうの横のエスカレーターから下へおりて駅を横切って西側へ行くんだよ」と説明してくれた。

 

いよいよモアーズかってところで、案内嬢がいたので、念のために聞いてみることにした。走り回っていたので、息は切れてるし、なんとなく焦っているようすは伝わっていたはずなのだけど。

 

お人形のようにカワイイ顔をした小さな顔の小さなお姉さん。制服もベージュの落ち着いた色できちんとしていて、ザ・ニッポンって感じ。ゆっくりと立ち上がってネズミのような高いトーンの声で、これまたゆっくりと「こちらのエスカレーターをあがっていただき、まっすぐ進みますと、すぐにまた次のエスカレーターが見えてまいりますので。そのエスカレーターをふたたびあがっていただきましたら、右手にモアーズが見えてまいります」と、まばたきまでもがスローモーションで見えるほど、ゆっくりな感じで教えてくれた。

 

こんなに私は急いでるんですけど、もうちょっと早く説明できないのかなーってちょっとイラっとした。きっと彼女の行動はマニュアル通りなのだろう。もしかしてロボットですか?って思ったほど。友達に「案内嬢が親切なんだけど、こっちが焦っているのはわかってるはずなのに、スローでロボットみたいな対応だったから、驚いた」と話をしていたら、「それはきっとロボットだったんだよ」と、大笑い。

 

マジでロボットだったのかもしれん。。。

 

ニューヨークの案内係、特にマンハッタンで働いている人たちは、めちゃくちゃ雑だ。まだニューヨークにきて間もない不慣れな頃、グランドセントラル駅で何かを聞こうとしていて、こっちがトロいと、案内係のほうがイライラをあらわにする。同じくグランドセントラル駅の隣にある郵便局では、次って呼ばれてないのに、カウンターに近づいたせいで「まだ呼んでないわよ。列にもどって」って言われたこともある。そんな風に、対応が雑なところに住んでいると、日本の案内の親切さが神に思える。といいつつ、無駄なまでに親切すぎて臨機応変な対応のできないマニュアル通りなところには、ちょっとイラっとくる。
 

人間って、どんな場所でも、さじ加減だよねぇ~。

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2017-04-08 09:07:13

人にぶつかったら警察が追いかけていて・・・

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オフィスを出てロックフェラーのあたりを歩いていると、近くのドラッグストアから、闘牛の牛みたいにものすごい勢いで飛び出してきた女性がいた。私より少し背の低いラテン系。私に体当たりしてきた。

「エクスキューズミー」の一言もないので、なんなの?って思っていたら、警察官が彼女の後をドヤドヤと続いて走る。かなり太めの警察官もいて、男なのに私にぶつかってきた女性のスピードに追いつけていない。

 

ドラッグストアで働いてるブラックの女の子たちも外へでてきて、「どうなったのどうなったの?」と口々につぶやいている。「どうなったのって、どういうこと。何かあったの?」と聞くけど、私の質問が聞こえてないらしい。私も彼女らとドラッグストアへ入っていって、事情をきくことにした。

 

「さっき、万引きしていた女性がいたから、私たちが警察に連絡したの。そうしたら、警察がすぐにやってきて追いかけたのよ。そしたら彼女がものすごい勢いで飛び出していって」

 

「彼女、私にぶつかっていったから」

 

店の女の子たちも興奮気味だった。逃げてもおそらく逃げ切れないのに、逃げるっていうのは人間の無意識の行動なのだろうなぁ~。隣にある中華のレストランに逃げ込んだんだけど、おそらく捕まってると思う。

 

リアルな世界では、ドラマみたいに泥棒が逃げ回ったりはできないわけだ。今回は、泥棒にぶつかっただけだったからよかった。銃とかナイフを持ってる男の泥棒とかに遭遇しなかったことをラッキーって思うことにしよう。

 

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2017-04-06 19:12:40

インタビューは落とし穴の人生コンサルティング

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東京で、とある有名サイトにも記事を掲載しているフリーランスのライターからインタビューを受けることとなった。そのため彼女に3万円の料金が設定されていたのだけど、プロのライターに記事を書いてもらう料金としては妥当だと思い支払うことにした。自分もプロのライターではあるが、自分で書いてしまうと主観が入りすぎてしまうため、別の人に自分の人生を客観的に書いてもらいたいと思ったので、お願いすることにしたのだった。

私の半生を文字に起こしてもらうのだから、朝からメイクもばっちりきめて、私は意気込んでいた。わざわざ3万円を入れる封筒までコンビニで購入し、いざインタビューしていただく場所へ。

 
ライターさんは、誰からも好かれそうな笑顔のやさしい落ち着いた女性だった。私もそんな彼女に心をゆるし、初対面なのに自分の過去をすべて吐き出した。父が生まれた場所、母が育った場所、彼らの出会いにまで話はさかのぼる。さすがプロのライターだけあって、彼女は話を聞きながらも、静かに鉛筆を走らせ話の内容をノートにメモしていく。

2時間ほどこうして私の半生を話終えてから、彼女のインタビューがはじまった。

えっこれって今流行りのカウンセリング???って思ったのだけど、後から文字にしてくれるのだろうと私は勝手に思い込み、コンサルは始まった。
 
軽くまとめてみると、こんな感じ。
「あなたの性格は、父親の明るく外交的な性格と、母親の真面目な性格を引きついでいます」
いやいや、そんなのあなたに今更言われなくても、なんとなくわかってます。。。親の性格を引き継ぐのは遺伝的に当たり前のことなので。
 
「これまで話にでてきた中で、恋愛の話が多いですね」
いやいや、それはあなたが恋愛について主に聞いたから応えたまでで、父母の恋愛についてまで聞いてきたのはあなただったんですけど。。。
 
「これからあなたの運営する、ny1page.comサイトでやるべきことは、就活、恋愛や出産、そして結婚へのアドバイスです。あなたはすべてを自分の目標どおりに手に入れてますよね。人によっては、自分で決められず迷っている人がたくさんいます。それを達成しているあなたが、コーチングによって、人にアドバイスしていくことができるのです」
たしかに私の縁でつながって二組が結婚しているけど、それは本人たち同志がたまたまうまくいっただけで、私は何もアドバイスしてません。それに私の考えをきけるのは、親しくしている友人だけです。お金をもらって他人に私の考えをのべるつもりは今後もさらさらないので。コーチングについて、なんの勉強もしていない一般人の私が、人をコーチングするなんて無理無理・・・。
 
「音楽や芸術についてのサイトを運営していますが、これまでのキャリアとはまったく違う分野ですよね?むしろ今のお仕事につながるITとかの情報を入れたほうがいい」サイトに自分が投資することで、誰からも文句言われず、自由に自分が書きたいことを書けるサイトなのだから、好きなことを書いてて何が悪いのでしょう?
 
「あなたはお子さんについて、どんな子供なのか、言葉がでませんでしたよね?それはお子さんのことを見ていないからです」
ここだけはリアルに強く反論した。
 
「あなたは、私の子供について『どんな子なのか一言で言ってもらえますか?』って聞きましたよね。私はそれで言葉につまったのです。自分の子供を一言で表現なんてできませんから。うちの子供たちは、それぞれにいろんな面をもっていて、彼らを一言ではカテゴライズできません。そもそも親の私から彼らをカテゴライズしないよう、彼ら自身が自然にそうなる方向に育てているんです。(もちろん間違った方向にいきすぎれば、それについてはNGを出します)子供たちにはそれぞれ良いところも、悪いところもあって、私はそのすべてを肯定も否定もするつもりはありません」
 
「子供たちをどんなところがよいと、褒めてあげてますか?」
「彼らが行った行動について褒めることはありますが、具体的に彼らのどんなところがよいと褒めることはありませんし、これからも褒めるつもりはありません」
私は子供たちが何かを達成することで、その行動について褒めることはあっても、彼ら自身を「いい子ね」とか、「頭がいいね」とかって褒めない。それは彼らに「いい子」であろうとしたり、「頭のいい子」であろうとしようと、母親がそういうのだから、人としてそうあろうとするプレッシャーを与えたくないからだ。

子供たちが「いい子」であること、「頭がいい子」が、私にとっての喜びではないわけで。どんな子であっても、私にとって彼らの成長が喜びであり、人様に害を与えたり、悪い影響を与えるような子でなければ、本来どんな子でもよいのである。
 
だから子供たちそのものを褒めることは少ないのだけど、「ありがとう」という感謝の言葉は常に欠かさない。子供たちが、私の思う人としてやるべき行動をとったときや、私を助けてくれたときなど、私からの感謝の気持ちは伝えているつもりだ。

たとえばお掃除の好きな子に、「キレイ好きな子」と親がカテゴライズしたとすれば、子供はキレイ好きであることによって親に褒められるのならば、「キレイ好きな子」でいようとすると思う。それはダラしないことのできない、「キレイ好き」人間になってしまうのではないか?と思うのだ。キレイ好きというのは、もちろん一般的に評価されるべき存在かもしれない。しかし持って生まれたキレイ好きと、キレイ好きであろうとする人間には、ギャップがある。努力をしなければ、キレイ好きになれない人たちは、キレイ好きであろうとするプレッシャーにもつながりかねない。
 
と、こんな感じで。彼女の言葉によって、私は自分らしさを見つめることができた。人のアドバイスなんていらないっていうのが私らしさなのだ。「私がパッピロピロエ教の教祖なのだから人のアドバイスがいらないのは、当然だよ!」と友達に言いながら笑っているのだけど。やっぱー正直なところ3万円は痛い。

「文字に起こしてくれないのなら、詐欺同然じゃないですか」と返金を求めてみたものの、彼女とのインタビューの前に、「文章にいたします」という記載はなかった。ので、NYにもどって弁護士の友人にも相談したけど、それは契約に反してないので私の負けなのだ。あぁ~でも3万円、本当は返してほしい・・・。それがあれば、友達とミッドタウンの牛角で3回は飲みまくることができてたのにって思うと、やるせない。
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2017-03-14 21:53:05

ディンゼルの映画「フェンス」は苦手だった。。。が、

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「黒人のシェークスピア」と呼ばれた故オーガスト・ウィルソンの戯曲『フェンス』をディンゼル・ワシントンが主演・監督で映画化。今年のアカデミーでも助演女優賞にヴィオラ・デイヴィスが選ばれた。同映画についてレイの実家で話していた。というのも、最初の部分を観ていたのだけど、私にとっては退屈で、今一つこの映画に入りこめなかったからだ。

 

レイのマムは映画館で観たらしく、「とてもいい映画だったわ」と感想をのべた。

それならばと、私もかなりアクセントがあってわかりにくい英語だったけど、再度、映画をがんばって観ることにした。

映画をじっくり観ていても、やはり父親役のディンゼルがずーっと妻や子供たちにグチグチ言ってて、まったくつまらない。私がブルーカラーの父に育てられてそうだったように、家庭の中で給料を運んでくる父親の存在が一番で、大きすぎるせいだ。ほかの家族の人格は、養ってもらってるのだからってことで無視される。

私がもしこの映画の登場人物の中にいるならば、音楽をやってる道楽者の長男。父親の給料日になるとやってきて10ドルをむしりとっていくタイプ。金にならないってわかっていても、音楽をやり続けて夢を追う。そんな感情移入のせいか、リアルに生前の父の心の声を聞いているようで、胸くそ悪くなった。

私の父は、ここまで愚痴を言うような人ではなかったけど、「女が大学なんか行かなくていい」とか、「英語なんか勉強しても無駄、英語圏へいけば子供が英語しゃべってるんだから英文科にだけは行くな」とか、「とにかく、どこででも生きていけるように、手に職をつけろ」とは、たまに言っていた。

なんとなく高校時代からアメリカ暮らしにあこがれていた私は、こうした父の心無い助言から、英語圏へいくことをはばまれていたのかもしれない。とはいえ、結果的には、ITという「手に職」父の助言のおかげで、ニューヨークでも生きていけているけど。。。

映画の中では、もっと強く志をもって音楽やスポーツで夢を実現したいと思っている子供たちが、頑固な父親に将来を阻まれる。それはまるで父親を踏み台にして、子供たちが将来やりたいことを実現していくことに、父親が嫉妬しているとしか思えない状況なのである。そんな風で、父親に何気に夢を阻まれるという状況に自分が重なってしまうから、胸くそ悪いのだ。

夢を実現しようという思いを強く持たない人たちは、自分の殻を破ろうとしない。自分がこういう人生をおくるのは、仕方がないってきめつける。私も「ニューヨークに住みたい」って夢は一度はあきらめ、大学卒業後はいったん東京に就職したものの、実家へもどって普通に結婚した。

しかし私の場合、ニューヨークの夢を実現できたのは、周囲にいる人たちの影響もあった。地元のジムのヒップホップのクラスで一緒だった女の子たちが、毎年ニューヨークに練習に行ってたり、広告デザイナーの友人がニューヨークにたびたび旅行していたり。ベストフレンドがアメリカへ移住したり。「海外で暮らすことなんて特別なことじゃないよね」って思えた。

映画の中でもそうだけど、夢を実現するのは、時代背景によって大変な時期もあるだろう。夢をあきらめることも人生であり、それはそれで自分が選択したわけだから、いいのだと思う。しかし、それを子供やほかの人に無理強いするのはよくない。人はそれぞれに考え方があるわけで、子供たちだって、すでに何かしら生きていくための考えをもっている人間なのだ。時代背景によって考え方が変わっているのは当たり前のことだ。

私の夫レイは、そんな父親役のディンゼルのほうに共感したのだろう、私が映画の内容を話しただけで「それはいい映画だ。生きてくためには、芸術やスポーツで食っていけるやつらは一握り、ほとんどが無理なんだから、実際に生きていく術をさがすべきだ。甘いことを言ってたって生きていけない。金は木になることはないんだから」と言い放った。レイが、こういう風に反応することに関して「やっぱりね」って思った。

レイのマムに感想を聞いてないのだけど。。。マムはおそらく、この父親の言動に共感して感動したのではなく、彼を支える妻に共感したのだろうと思った。父親役のディンゼルに反論しながらも、しっかりと支えていってあげている妻は、この時代の女性の鏡だ。

夫や息子たちを大きな愛をもって支えつづけ、精神を病んでる夫の兄をかばい、夫が浮気してつれてきた赤子にさえも、子供に罪はないと愛情を注ぎ、育てあげる。母として妻としてあふれんばかりの愛情をもつ女性。今の時代ならば、夫の浮気で別れる人も多いわけで、こういう女性が時代とともにいなくなるのはちょっと残念だけど、それも時代だから仕方ない。


監督のディンゼルが伝えたかったのは、本当はなんだったのか? それぞれ観る人によってとらえ方は違うだろう。結局は、みんなに観てほしい映画だ。

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2017-03-11 12:10:57

ニューヨークで英語しか話さない日がくるなんて

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たまたま日本人の友達もコーワーカーもお休みな職場。ベンダー仲間にも普段は日本人がいるのだけど、この日はオフィスに来ていなかった。

 

少しだけは、仕事で日本人のユーザーに声をかけたけど、日常会話で、一日中、まったく日本語を使わない日がきた日は初めてだったかもしれない。

 

たいてい子供たちに帰りがけ家に電話するのだけど、デニスとの会話すら英語になっていた。

 

「あれ、なんでお母さん英語で話してるんだろ?きっと、今日は日本語で会話することが少なかったからかも」と私。

 

私は、こんなに長年アメリカに住んでいても、英語オンリーの環境にまだ慣れていない。たいてい職場か友達に日本人がいるので、日本語を話す機会が一日のうちに何度かはあるからだ。今は家に帰ってもネットで日本語のドラマやバラエティーとか観れるし。こんな環境にしたしんでいると。
英語環境オンリーの場所に暮らしたら、ノイローゼになると思う。

 

ただ最近になって気づいたのは、私もアメリカ在住30年目にして、ようやく少しは英語がわかるようになったのかなーって気づいた。というのも、YOUTUBEとかのビデオを見ているときに、英語で見ていたのか日本語で見ていたのか、わからなくなるときがある。

 

つい最近、観ていたのがアメリカ人なのだけど、日本人とチャイニーズの両親をもつKent Bentoのビデオ。Kento Bentoのビデオは日本のカルチャーとかを英語で紹介していて面白いのだ。アメリカ人だからアメリカ人目線でアジアに対する感性を話すところも楽しい。とはいえ見かけがアジア系だし、アジア系に育てられているためか、少しばかりアジアなのも親しみがもてる。

今は残念ながらやめてしまってるようだけど。。。

https://www.youtube.com/watch?v=JMJ9ksOFkIQ

エイジアンのアクセントがこれだけバラエティーに富んでるってことを紹介するビデオも楽しい。大御所の日本人も含まれているので、注意深く聞いてみてね。

https://www.youtube.com/watch?v=xiWmdWXYle8

 

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2017-03-05 02:40:54

響屋さんで高級料理に舌鼓をうちながらエロトークな夜

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私と、もう一人の友人がこの2月に節目の年齢に達したので、バースデーを友人らが祝ってくれることになり、響屋さんへ。

私がニューヨークに来た時に住んでいたアパートとまったく同じストリートの角にあった。1996年からはガラリとストリートの雰囲気は変わったけど、古いアパートはまだそのままなので、そこだけは懐かしい風景。毎朝ながめていた教会ももちろんそこにあった。

「ここの地下に住んでいたときに、酔っ払いが落ちてきたんだよ」と友人に知らせると、「あぁ~、これがハーレム日記にでてきていた場所なんだ」とハーレム日記を読んでくれていた友人。

 

響屋さんは、前回、私ら夫婦が行ったばかりの大衆居酒屋的な焼き鳥大将と同じく、イーストビレッジにあるのだけど。こちらは、格式高い洗練された和食をだしてくれる店なのだ。

和風の落ち着いた濃い茶色の木材が壁となっており、微妙にウェーブを描いている。トイレのドアも同じ木材を使っているので、トイレがどこにあるのかわからない。トイレの中に入っても、お香をたやさず焚いてあるので、いい香り。

奥にあるキッチンはオープンキッチンで、二人のベテラン板前さんの顔が見える。その向かいのお座敷には季節の花が飾られており、器も一つずつ陶芸家が心をこめてつくったような和の心あるものばかり用意されている。

働いている女性たちは、日本女性らしさを保っている人ばかり、しなやかで上品だ。産地や魚の種類、そして料理の内容もすべて記憶しており、お料理をだすごとに一品ずつ丁寧に説明してくれる。カンペを読み上げるわけでもなくサラサラと説明してくれる彼女らに、「こんなに記憶力がないから、私は働けないかも」と私。

 

柔らかい甘さのほどよい、お刺身。コリコリしたクラゲ、舌にからみつくネットリした餅のような豆腐。口の中で変わっていく微妙な甘さや、だしの味はさすが和食がユネスコ無形文化遺産になるべくしてなったと肯くばかり。

かいたばかりのキラキラ白いカキ氷の上に乗ってる生牡蠣も、アートのようだ。デザートも、私たちがバースデーなので、ちょっとした工夫があった。一粒のイクラ状の透明のゼリーが金箔で色付けされており、小さな長方形のチョコレートケーキにチョコなだけに、チョコんと中心に乗っている。チョコレート色に金色というのが、まるでパールが輝いているようでカワイイ。目で楽しませるのも和食ならではである。

河原でみつけた大きな石みたいなのを焼いて牛脂をのせ、その上でほどよい油身のお肉を焼いた。こういう客が自ら料理に参加し食すという演出も日本料理ならではで楽しい。

 

そんな素晴らしい和食を食べながらも、私たちはいつものエロトークで盛り上がる。内容をここに書いちゃうと、友人のプライバシーにかかわるので書けないが。

「年齢を重ねても、性欲だけは絶やしてはならぬ、それこそが若さを保つ秘訣」なのだとか。

 

そう豪語するお誕生日を祝われたがわの友人は、年齢をまったく想像できないまだまだ現役の美魔女。赤いドレスの似合う女性だ。世界を飛び回って笑いとパワーをどこまでも運んでくれる。

 

■饗屋(Kyoya)
94 East 7th St.
Bet 1st & A
212-982-4140

http://www.yelp.com/biz/kyo-ya-new-york

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