ごちそう帖

ここに来てくれてありがとうございます。

日々の雑事にかまけて忘れそうになるいろいろなことを内田百閒先生の名著の題名を拝借してつらつらと書き留めてみます。


テーマ:
先回に就職難の話を書いて、自分のことを思い出してみた。
3年生の1月や2月から活動を始めて、結局決まったのは8月の始め。10年前でも遅い方だったし、大企業ではなかったし、しかも2年でやめてしまったので自分の就職活動は失敗だったと思う。

決まった会社は就活サイトで見つけた会社ではなくて、大学で紹介を受けた会社(自分の行っていた学科のOGが勤めていて、そこからのつて)だったこと。そして業種も職種もそれまでの活動では全く考えたことのなかったもの(印刷会社の校正チーム)。その他に、リアルの説明会で見つけた会社に応募したらそこそこまで進んだ(結局印刷会社の内定をいただいたのでその時点で辞退したのだけど)とか。

今の就職難でも言われているけど、ネットに頼るのは危ういというのは私の頃の実感でも同じだと思う。実際に自分の足で探す、アナログな手段(大学のつてなんて本当に古典的だと思う)を取る、自分が考えもしない業種、職種を考えてみるのが必要。後は、できる限り実際に仕事している人の話を聞く・・・大学生にとってはハードルが高いだろうけど、実際に仕事をしている人は(少なくとも私は)若い人が自分のように仕事をしている人に何かしらの興味があると知ればうれしくない訳はないから、よほど無礼なことをしなければ快く応じてくれるはず。


テーマ:
NHKで
日本の、これから 就職難
という番組をやっていて、思わず録画(ちょっと近くに用事があったから)して見ている。

そういえば自分が就職活動をしていた頃(2000年に大学4年生)もひどい状態、「氷河期」と言われていた。
今と違うのは、ここまで社会的に問題視されなくて
「就職できないのは本人の責任」
で片付けられていたところ。

今だと(少なくとも都市部においては)既卒者への就業支援があるけど、自分が就職したくらいだとそんなものはなかった(少なくとも名古屋では表立ってみかけなかった)。正社員になれず、フリーターや派遣などの非正規雇用につくのは仕方ない、本人の責任で終わっていた。

だから、
「今の大学生はつらいとか氷河期とか言っているけど、自分たちの時よりよっぽどマシ。甘えている」
なんてことは(本音で思っても)言わない。過去はさておき、やっぱり今の状況が当事者にとっては非常に辛い状況なのだから。

ただし、番組を見たり、番組HPの意見を見ていて「こりゃやばいな」と思ったのは、
・外国人や留学生が増えたから新卒の枠がない
・女性が結婚・出産後も会社を辞めなくなったから求人が少ない
という意見がそれほど多くはなくても少しずつ見られること。
(これらは学生自身だけではなくて、幅広い年齢層から寄せられている意見)
論点がぜんぜん違うし、非常にキケンな動きだと思う。

ここは厳しいことを言うと、外国人や留学生や辞めない女性がいるからといって、企業が全く人を採らない訳ではない。そういう状況下でも普通に採用されている人もいるんだから、その人たちとどこが違うのか、それは真剣に考えるしかないかな、と思う。(新卒採用に限っての話です。女性の再就職とかロスジェネ世代の就職とかはまた別の話)

テーマ:

恋愛ネタが苦手なのと通じるのかもしれないけど、ごくごくプライベートな部分を晒すこと(あるいは晒されたものを目にすること)に耐え切れないからなんだろうなと思ったり。


そういっても、「何だか苦手なんだよね、よく分からないけど」で済ましていたのも事実。


最近、いろいろな方のブログを読んでいて、苦手と言いつつ気にはなるから「婚活」がテーマのブログを読んでいた。

ある方のブログでその記事に寄せられたコメントとその記事を読んで辛くなった。

別に破談になったとかではなく、それを書いている方は、最近婚約し、子どもも授かり、結婚準備をしている状態。なんだかなーと思ったのは、その方に対するコメント。

「いい年して出来ちゃった婚で云々」

「結納は男性が仕切るのに女性がでしゃばって云々」

などなど。


人がどうしたって別にいいんじゃないの?いい大人がすることなんだから何が気に入らないのか???と思ってしまう。(私個人は「出来ちゃった婚」はちょっと・・・と思っても、自分以外の他人がすることなら、当事者双方が幸せであればそれでいいんじゃないの、と思うので。)


あと、他人に対する配慮っていうのを考えているのかな・・・(書いていることに偽りがなければ)この人は身重の状態でこの時期が一番辛いんだけどな、それをどうして攻撃するような、自分があたかも一番正しいかのような振る舞いのコメントが書けるのかな??と思ってしまう。(そんなわけでいい子ぶるわけじゃないけどこの方のブログには何もコメントせず、ここでぶちまけるという卑怯なことをやるわけである)


そんなことを考えながらふと思ったのは、恋愛とか結婚以外のネタであれば、ここまで攻撃的にはならないんじゃないのかな、と思った。たとえ自分とは考えが異なっても「人は人だから」と落ち着いて考えることができる。でも(私も含めて)恋愛とかそういった関係のネタは自分と異なることを排除したがる傾向が他の分野より強いのかな、と気付いた。冒頭に書いたとおり、それはあまりにもプライベートなことだからじゃないかなあと。


無理やりなまとめですが、そんなことがあって私が恋愛ネタをことごとく避けるのは、自分の嗜好が決して万人に受け入れられるものではないという思いと、攻撃されることを恐れているのと、何よりもそんな内輪のことなど他人に話したくないというのがあるからなんだろうな、と考えた次第なのでした。


テーマ:
以前、何かの大臣が「女性は産む機械」という旨の発言をして大問題になったが、その逆の発言を聞いてもやっぱり不快(というより怖くなった、マジで)だなということがあってしばらく考えこんでました。

すごくまとめて言えば「結婚したのは子供がほしい(産みたい)から。配偶者に子をつくる能力がなければさっさと離婚して別の男性と結婚する」(言ってるのは女性です、念のため)といった主旨の発言を見てしまい(見たのはSNSの日記←そんなこと日記に書くのも、それを読む私もどうかというのはさておき)、しかもそれが実際に知ってる人で、割と信頼していた先輩だから正直言葉を失っています。

結婚や家族に対する考え方は人それぞれかもしれないけど、仮にも共に生活する人をそのように考えるのは、そもそも人としてどーなのよ?と思ったわけで。

まあ当人に会う機会がゼロではないから、顔をみたときに何と声をかけるか(或いはかけないか)を考えてしまったり。

…せっかく爽やかな(笑)登山の話を書こうと思ったのに!!というわけで次回こそは槍ヶ岳の山行を書きます!

テーマ:

日記もブログ(SNSの日記も含む)も、更新頻度が落ちている時というのは自分の調子がたいてい悪い。


・・・そんな訳で、最近調子がいまひとつというか不調。


「目の色も悪い、表情も悪い、体調も悪そう、仕事の調子も悪そう」と恋人に言われたくらいなので相当なんだろうな。


日記を書くことはその日を振り返って、その積み重ねが自分を成長させていると思うのだけど、最近それが出来ていない。ということは、停滞するのももっともな訳で。


アナログの日記と併せて、デジタルの日記(ブログ、SNSの日記)もささいなことでも残していこう、と思ってまた書き始めようと思います。


テーマ:

そんなタイトルの本もありましたが・・・。↓

イヤならやめろ!―社員と会社の新しい関係 (日経ビジネス人文庫)/堀場 雅夫
¥500
Amazon.co.jp

思わずそんな言葉をかけたいけど、そんなことする訳にはいかない状態だったので卑怯ではあるけどここで吐き出します。そんなわけで今日はことさら陰気な内容です。そのうち消すかもしれませんので・・・。

ふとしたきっかけで知人がちょっと厄介(と私には思える)な状態になっていることを知った。しばらくその方には会っておらず、この数ヶ月に何があったか直接には聞いていない。   

厄介な状態というのは

・どうやら結婚するらしい

・数年前から結婚したいと思ってお見合いをされていた

まあ、ここまではいいのですが、

・子どもが欲しいから結婚したい

・結婚できれば相手に対して愛情が持てなくても構わない

・結婚自体はろくでもない、と思っているらしい

・理由はいろいろあるようですが、配偶者がその方にとっての「リスク」となるようにお思いになっているようで・・・

つまり、ものすごく乱暴な言い方をすれば、

「子どもが欲しいので好きでも何とも思っていない相手と結婚しようとしている状態」

のようです。

あ、ちなみに知人は女性です。

確かに私自身も「結婚=喜ばしいこと=愛すべき人と一生を供にする」といったステレオタイプがあることは否定しないし、そのステレオタイプがあるからこそこの知人の状態を知って非常なショックを受けている訳なのだけど・・・。

結婚にしても何にしても、いい大人なんだからそれぞれの考えがあってもいいと思うんだけど・・・。

イヤでも何でも自分で選んだ道なんだから放っておけばいいじゃないかとも思うのだけど・・・。

でもやっぱりひっかかりを覚えずにいられない。

強いていえばその知人がちっとも嬉しそうではない(というよりまったくもって苦痛だと言っている)のを見ているのが辛いし、失礼を承知で言えばタイトルどおり

「イヤならやめろ!」

と言いたいのである。

「好きでもないのに結婚するなんて相手に対して失礼」というのは思わないでもないけど、この知人にとっては自分の目的達成ならそこは目をつぶっているのだろうし(それが人としてどうかはさておき)あえてその点には触れない。

友人知人の「結婚します」の言葉に「先を越されたな~。くやしいな~。」と少しは思っても、結局は嬉しかった。

つい金曜の晩も職場の同僚の結婚報告を聞いて嬉しい思いになったばっかりだった。

最近は本当に辛い知らせ(主にお悔やみ)を聞くことが多くなってきて、結婚したとか子どもができたという話題に心から喜べるようになってきた。

そんな中でこの知人の結婚するという知らせは冗談抜きで、辛い。


テーマ:
とある〒関連法案が参議院を通ったようで。

…緑色の会社の者としてはあんまり嬉しくないなと思うのです。まあいろいろ思いがあるのですわ。仕事しにくいっていったらないわけです。

政治的な話題はなるべくブログに書かないようにしてますが、こればかりは今の状況に乗じて政権ごと瓦解してくれんかな、と穏やかならぬことを思ったりもします。

テーマ:
宿に着いてテレビを見ていたら、とある新党が結成されたとのこと。

「このままでは日本がだめになる」
とのこと。

…反論覚悟でいうと、60とか70にもなる人が今更いきり立ってしゃしゃり出るのは害にこそなれ、何のためにもならないんじゃないかなあと。

そんな「老害」世代目線であれこれやられて一番割を食うのは結局働き盛りの世代や一生懸命努力をしている企業なんだろうな。

テーマ:

書こうと思ったけど、思い立った時はまだ「熱すぎ」だったから抑えていたのを、そろそろ時間が経ったからいいかなと思って書きます。あ、別にそれほど重くない話です。単純に自分がアツくなってしまう話というだけ。


2週間ほど前にランニングのついでにある神社にお参りしました。

自分自身、特定の宗教に帰依している訳ではないけど、神社・お寺・教会を見て気になったらお参り(教会の場合は瞑想ですかね)するようにしているので、割と軽い気持ちで。


手水で手と口を清めて、お賽銭をあげて、お礼をして手を合わせて・・・という所作だけで気持ちが引き締まるのも嫌いではないので。


そんな感じで軽くお参りして「さあ、おみくじでもひくか~」と思って石段を降りたら、なにやら署名帳らしきものがありました。


神社とか仏閣だと「○○年記念の改修工事のご寄付お願い」的な勧進帳がありがちなので、そんなやつかな~と何気なく見ましたら

「夫婦別姓法案反対の署名」

でしたよ。。。


・家族のつながりが崩壊

・社会秩序の崩壊


等々の文言がありましたが、自分としてはかなりショックを受けたので、詳しい内容まで読む気に到底なれず。。。(ごめんなさい、その辺りはヘタレです)


その場で5秒ほどの間にショックを受けて思いをめぐらした内容は以下のとおり。箇条書き勘弁ください。

・お参りした神社は、最近「縁結び」のご利益があるとして有名な神社

・そんな訳で、比較的若い女性が多く参拝

・中にはとっても若い女性(10代から20代)もたくさん

・政治的な考えが確立しきっていない(かもしれない)彼女らがそういった文言を見たらどのような影響を与えるか

・反骨精神や批判精神がある程度身についていればいいけど、そうでなければ無批判にそれらを受け入れてしまうのではないか

・いや、別に考えは自由だから、別姓に反対という意見を持ってもらってもいいんだけど。

・ただ、ある考えを主張するためには、反対意見(「別姓反対」の反対は「別姓賛成」の方ですね)もきちんと聞かなければいけないよね

・しかしながら、いきなりセンセーショナルな文言を見てしまったら、それが刷り込まれはしないか??

・ちなみにそこの神社には結婚式場もある。

・まあ、確かに結婚式ビジネスの立場からしたら別姓というのはそぐわないよなあ。

・いや、そうは言っても結婚制度を否定するものではなく、むしろ運用を柔軟にすることで結婚しやすくなるという考えもあるのではなかろうか。

・てゆうか、何で「右側」ってこういう主張が好きなんだろうねえ。(※ごめんなさい、私は心情的にどうしたて右側には行けません。)


・・・とまあこんな感じです。帰宅するまでグルグルしていました。

ちなみにおみくじを引く気も失せてしまいまして。。。


あ、ちなみに現在検討中の「夫婦別姓法案」は「選択的夫婦別氏制度」というように、いわゆる「別姓制度」を強制するものではないです。選択権は当然に与えられるものです(参考:選択的夫婦別氏制度について ※法務省民事局HPより)。

私自身はこの制度に対して賛成です。自分が結婚する際にどちらをとるかは分かりませんし、それはつれ合いと話し合うべきことだと思います。しかしながら、仕事でいろんな案件を扱うと、この制度を必要とする人たちがいるという問題は現実なんだよなあ、と実感しているところです。


そんなことがありまして、以来神社にお参りすることに対して非常に抵抗が出てしまいました。

なにしろお賽銭をあげても

「このおカネが神社の運営費となり、その運営費が神社が支援するさまざまな政治活動に使われてしまう」

「自分がどうしても賛同できない主張を支持する組織に自分の資金が供与される」

とか考えてしまうと素直な心でお参りできず。

まあ、素直に祈れないときは近付かない方がいいなあ、と思ってそれ以来例の神社には近寄っていません。


そうは言っても自分の心のなかで割り切らないといけないのかな、とも思っています。

だって、「お伊勢参り」とか「厄払い」とかイベント的なことまでは避けたくないというのも本音。楽しみをガマンしてまで。。。という思いもあります。

また、お祈り、お参りという行為そのものは政治的主張とは関係ないから、というよくわからない割り切りもありますし。


すみません、自分の中でも練れていない話題なので、少子化問題と併せてもっと勉強します。。。

Amebaおすすめキーワード