4月に宮崎県で発生した
口蹄疫について、国や県の対応が遅いと指摘されている。
このことについて、冷静に状況を見直したいと思います。
県や行政、特定の農家を弁護するのではなく、
口蹄疫の特性と家畜伝染病に置ける対処方法に照らし合わせて、
いくつかの家畜伝染病と対峙した私の経験を踏まえ考査したいと思います。
なるべく専門用語を使わないで、誤解なきよう分かりやすく書きますので、
興味のある方は読んでみて下さい。
情報は
農林水産省、
宮崎県などの発表と、動物衛生研究所のHPにある記述、
そして、私個人が調べた上で現実性が高いと私が判断したものを書いています。
宮崎での口蹄疫の感染拡大の経過を事後に判明したものも含めて挙げると以下のようになる。
3月下旬 宮崎県都農町で1頭の水牛(A)が下痢になる。
診察した獣医師が3月31日に県の宮崎家畜保健所に届け出たことを受け、
県はこの牧場に立入検査を実施。便の検査の結果、
下痢の原因になる菌やウイルスの特定には至らなかった。
経過観察ののちこの水牛の下痢は治まる。
4月7日 約600メートル離れた別の農場で、1頭の牛(B)が体調を悪くした。
前夜から発熱し食欲がなく、口からわずかな涎をたらしていた。
翌日には発熱は治まる。
この時点で、口蹄疫を疑う獣医、農政マン、農家は皆無だろう。
Aの牛に起こった下痢の要因はいくらでも考えられる状況にあり、
Bの牛の発熱・食欲減退・口の涎についてもそれは同じだからだ。
私達人間と同じように、菌やウイルスに犯される以外にも、
食事や睡眠、ストレスによってこれら症状はいつでも引き起こされるもので、
畜産に関わっている者であれば日常的に経験することだ。
県はAの牛の牧場について立入検査を行なっているが、
現実的に下痢等の症状を引き起こす原因菌・ウイルスを特定することは容易ではない。
現在一般的に家畜保健所などで行なわれている検査方法には、
エライザと呼ばれるELISA法などの各種抗体検査とPCR検査などの遺伝子検査がある。
抗体検査は、血液や鼻の粘膜の中にいると疑われる菌やウイルスに対抗するために、
感染した家畜の体内で作られた抗体や抗原の濃度を検出するものだが、培養期間が必要。
また
ELISA法は型の違いを特定するためにも役立つ。
PCR検査は増幅対象、つまり病気の原因となる菌やウイルスのDNA断片を増幅、
酵素と反応させることで判定する。
いずれにしても、疾病の原因を予測することで検査にのぞむことになるのだが、
家畜伝染病の原因となる菌やウイルスは数多く存在する。
普通は、反応がはっきりと現れない場合もあるため、1回目の検査で陽性と判断された場合でも、
2回目の検査を実施し、連続で陽性判定が出た場合に感染が確定される。
そして
伝染病の発生が確定すると、その農場が発生牧場として指定され
家畜の処分や移動等の制限を受けることになるのだ。
1回目の判定では感染が疑われる「陽性」の結果と、
微妙な判定の「擬陽性」結果が「疑似患畜」と判定され、
法定伝染病の場合、多くはこの時点で淘汰される。つまり殺処分である。
届出伝染病など人に影響がなく、伝染力も強くない病気の場合でも、と殺することを指導される。
口蹄疫の場合、疑似患畜が発見された時点で、同じ畜舎にいる家畜の全頭処分が開始されている。
(4月22日殺処分開始、23日(独)農研機構動物衛生研究所において1例目が確定)
今回、宮崎で殺処分されている家畜のほとんどは、検査もしていない、つまり疑似患畜でもない
家畜だということは、実はあまり知られていない。
下痢や発熱などは薬剤の投与によってすぐに治まる場合も多いので、
それぞれ特有の症状が発生しない限り、数多く存在する家畜の病気から
一つの伝染病を特定することなど、疑うことすら難しいのが現実である。
実際にこの時点では、感染性の下痢だとしても疑いを持つべき菌やウイルスは口蹄疫の他に
考えられるものはいくらでもあるため、口蹄疫に関しては清浄国であるこの日本で、
獣医師や家畜保健所がやるべきことは他にたくさんあるのだ。
(矛盾する、「清浄国」の落とし穴とその必要性については別の機会に)
4月9日 Bの牛の口の中に、瘡蓋状の直径3ミリほどの潰瘍が発見され
診察を続けていた獣医師は宮崎家畜保健衛生所(以下、家保と表記)に報告する。
連絡を受けた家保は農場内の全ての牛を調べたが、他の牛に症状が現れないこと、
Bの症状が口蹄疫と異なることや、発熱が1日で治まっていたことから、経過観察とした。
その後、この獣医師は12日まで毎日往診したが、異常のある牛は発見されなかった。
このため口蹄疫の可能性はないと判断した。
通常、口蹄疫は感染してからの潜伏期間は1週間程度で、
発病後数時間で口の中に水泡(潰瘍ではなく)が現れ、24時間以内に破裂すると言われている。
そして、口蹄疫の感染スピードは凄まじく、同じ畜舎内の家畜が次々に発症すると考えられている。
その後、蹄に水泡が現れるなど特有の症状が現れるのだが、上記した状況のように、
他の牛に何の症状も出なかったことで、この時点で、
口蹄疫の可能性というよりも、伝染病自体の可能性がないと判断したと思われる。
重要なことは、下痢や今回の症状で二度にわたって家保が立入検査を行なった事実。
宮崎県の畜産家や獣医、行政が家畜伝染病の防疫に対してどれほど真摯に対応しているかが分かる。
口蹄疫に留まらず、他の伝染病に対しても備えていたことが伺える。
下痢の状態が分からないので微妙なのだが、
私の場合、よほどの異常な状態(牛の体力が急激に失われるほど)の下痢か、
同じ症状が複数の牛に連鎖的に発生しない限り、下痢くらいで家保に報告したりはしなかった。
むろん私がいた牧場での放牧の場合、
気温の変化や牧草の種類、それに含まれる水分の状況でも便の状態は常に異なるのだが。
この場合は獣医師が報告しているので、何らかの特異性があったと思われる。
4月16日 夕刻 Bのいた牧場で、別の牛に同様の症状が発生したとの報告
Bの隣にいた牛だったため、何らかの伝染病の感染が疑われる
4月17日 宮崎家保立入検査 病性鑑定を開始
イバラギ病等の類似疾病について検体を採取検査
4月19日 全ての各種検査結果
陰性 しかし、宮崎家保は念のため当確牛の検体を
国の機関である
(独)農研機構動物衛生研究所(動衛研)の海外病研究施設に送る
この状況下で疑われる、通常の検査を全て行なった結果なのだろう。
この時点で現れている症状として、発熱、軽度の潰瘍(び爛)、他の農場での下痢があるが、
関連は判明されず水疱、などの口蹄疫特有の症状は出ていないと報道されている。
9日に発見された口内の潰瘍は、もう少し早ければ水疱であった可能性があるが、
口の中であることと直径3ミリという大きさを考えると、余程の専門家でないかぎり
この時点で口蹄疫の疑いをもつとは考えられないだろうし、現実的ではない。
したがって、診療した獣医師を責めることは出来ない。
なぜならば日本は口蹄疫に関して清浄国であり、
防疫体制によって口蹄疫の国内侵入が、水際で抑えられているという前提があるからだ。
(実際には昨年流行した、ヒトの新型インフルエンザで経験したように、
分かっていても水際で侵入を阻止することは非常に難しいのだが、
清浄国であるという前提がないと、現場の混乱は収まらない)
また、検査結果が得られるまでに2日間を要しているが、
これも県レベルの検査体制では、実際にかかる時間である。
ここで口蹄疫の防疫体制を思い起こしてみると、この伝染病は伝染力の強さから
各国の畜産物、飼料や資材の物流に大きな影響を及ぼすため、
国際獣疫事務所(OIE 加盟国174カ国 本部パリ)によって検体材料の採取、輸送、検査手法が
世界的に統一されている。つまり、
口蹄疫の診断は国家レベルで実施することになっているのだ。単に口蹄疫であることを診断するのでは意味がなく、口蹄疫ウイルスの抗原は変異しやすいため、
型(タイプ)の決定、ワクチン株との関連、清浄化対策など迅速な防疫に不可欠な、
様々な診断手法が必要になるため、国際機関との連携が求められる場合もあるのだ。
OIEと国連食糧農業機関(FAO)は英国家畜衛生研究所内に口蹄疫確定診断機関を置き、
世界で発生した口蹄疫ウイルス遺伝子の解析情報を保有しウイルス株の詳細な解析を行なっている。
(5月2日確定)
そして、国、(独)農研機構動物衛生研究所に送られた検体の検査結果を待って、
口蹄疫の疑いが現実のものとなった。
4月20日 早朝 (独)農研機構動物衛生研究所において、PCR検査の結果、口蹄疫の陽性反応を確認
口蹄疫1例目の『疑似患畜』と確認される ウイルス分離による確定診断を実施中
ウイルスが分離されれば家畜伝染予防法に基づく『患畜』となる(→23日確定)
宮崎県 知事を対策本部長とする「宮崎県口蹄疫防疫対策本部」設置 移動制限区域(10km圏内の移動禁止)、搬出制限区域(20km)を設定
消毒ポイント4カ所を設置、12時、関係車両の消毒開始
農林水産省「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」に基づき
赤松農林水産大臣を本部長とする「口蹄疫対策本部」設置当然のことながら、
PCR検査だけでなく、ELISA検査などいくつかの検査が平行して行なわれたはずだ。
10年前の口蹄疫発生時にも最初の検査時は陰性の結果が出ていて、
微妙な判定から検査を繰り返し、最終的に陽性を確認したと言われている。
これが、疑似患畜という段階が存在する所以であるが、一般に考えられているほど、
検査結果が単純に得られる訳ではないのだ。
●2例目
1例目の農場から3キロ離れた農場の飼養牛について(詳細未発表)
●3例目
10時 2例目の農場から400m離れた農場で獣医師がよだれ等の症状確認を確認
13時 宮崎家保立入検査 流涎、舌・口腔内のび爛確認
4月21日 明け方 (独)農研機構動物衛生研究所によるPCR検査にて
2例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 15時 (独)農研機構動物衛生研究所に3検体持ち込み
19時 20日に持ち込まれた検体、PCR検査の結果、3検体全て陽性
3例目口蹄疫の疑似患畜と確認される ●4例目
9時 2例目の農場から200m離れた農場で獣医師が舌部に潰瘍のある牛を確認
10時 宮崎家保立入検査
22時30分 (独)農研機構動物衛生研究所に3検体持ち込み
4月22日 17時30分 21日に持ち込まれた検体、PCR検査の結果、3検体中2検体で陽性を確認
4例目口蹄疫の疑似患畜と確認される ●5例目
朝 農場主が飼養牛の発熱を確認、町役場を通し県に報告
11時 宮崎家保立入検査、よだれ等の症状確認、検体を動衛研に持ち込み
●6例目(3月に下痢をした牛(A)がいる牧場)
14時 1例目と同じ飼料会社を利用していることで、
疫学関連農場として立入検査
立入検査時には口蹄疫を疑う臨床症状は認められなかったが、採材を行い、
別の検査で3月31日に採取・保存していた検体とあわせて動衛研に持ち込み
1例目の農場、殺処分及び埋却完了(全16頭:繁殖牛9頭、育成牛3頭、仔牛4頭)
2例目、3例目の農場 殺処分実施中(2例目65頭、3例目118頭)
4月23日 20日に確認された1例目の疑似患畜が、(独)農研機構動物衛生研究所において、
抗原検出検査(ELISA検査)をした結果、口蹄疫(O型)の
患畜と確認される。
これを受けて口蹄疫発生が確定される 夕刻 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、1頭陽性
5例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 夕刻 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、
3月31日採取の1頭陽性。これを受けて実際の発生農場と報道される。
6例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 2例目の農場 殺処分及び埋却完了(全65頭)
4月24日 ●5例目(大規模農場 肉用肥育牛725頭)
朝 農場専属獣医師が口蹄疫様の症状を確認、県に通報、宮崎家保立入検査
夜 (独)農研機構動物衛生研究所に検体持ち込み
4月25日 朝 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、4頭陽性
7例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 4月26日 3例目の農場 殺処分完了(2例目65頭、3例目118頭)
4例目の農場、殺処分完了(全75頭)
5例目の農場、殺処分完了(全75頭)
6例目の農場、殺処分完了(全44頭:水牛42頭、豚2頭)
4月27日 ●8例目(2例目の農場から2km 肉用肥育牛1,019頭)
●9例目(1例目の農場から70km えびの市 肉用肥育牛275頭)
●10例目(1例目の農場から6km 豚486頭)
10例目は宮崎県畜産試験場川南支所の豚に発生
4月28日 朝 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、5検体中5検体陽性
8例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 朝 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、9検体中4検体陽性
9例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 感染えびの市に拡大 朝 前日持込まれた検体、動衛研にてPCR検査の結果、5検体中5検体陽性
10例目口蹄疫の疑似患畜と確認される 感染『豚』に拡大
第2回口蹄疫防疫対策本部を開催
隣接県全域での全額国庫負担による消毒薬散布
防疫処置を支援する獣医師などの増員を決定 (国50名、九州農政局10名)
自民党谷垣総裁 宮崎入り
以下 発生、疑似患畜の確認状況は連鎖的多数にて省きます
4月30日 赤松農林水産大臣 メキシコなど中南米へ外遊出発
5月1日 12時 宮崎県知事より陸上自衛隊第43普通科連隊長へ災害派遣要請
5月2日
動物衛生研究所が実施したウイルス遺伝子の解析データを
同研究所及び英国家畜衛生研究所が分析した結果、当該ウイルスが
アジア地域で確認されている口蹄疫ウイルスと近縁であることが確認された。
(O/JPN/2010株) 5月 9日 赤松農林水産大臣 帰国
5月10日 赤松農林水産大臣 宮崎入り
殺処分家畜の補償を全額負担する意向表明
東国原知事 人員の補充と埋却地の提供を国に要望
赤松農水相 応援人員:国100名体制へ、九州農政局100名体制へ
【実際には大臣発言に関係なく、すでにこの人数に日々増員されていた模様】
5月13日 宮崎県家畜改良事業団の主力種牛6頭緊急避難
5月16日 宮崎県家畜改良事業団の肥育牛に疑似患畜発生
5月17日
鳩山総理大臣 口蹄疫防疫対策本部長就任 5月18日
宮崎県「口蹄疫非常事態宣言」 5月19日 政府 防疫対策発表
これに伴い発生牧場から10km圏内の牛・豚を対象にワクチン接種を決定
ワクチン接種は殺処分を前提とし、埋却地確保後に全頭殺処分を実施する
(えびの市については別途対応)
10ー20km圏内の牛豚の早期出荷を奨励
殺処分対象家畜の補償額提示
5月21日 深夜 3市7町の首長がワクチン接種受け入れ表明
5月22日 豚への
ワクチン接種開始 宮崎県エース種牛「忠富士」殺処分
5月23日 牛へのワクチン接種開始
5月26日 対象豚へのワクチン接種完了
特別処置法案 衆院農林水産委員会で可決(民主、自民、公明3党合意)
衆参両院での採決を経て28日にも成立する見通し 感染していない家畜の殺処分が農林水産大臣の命令により法的に可能となる
ワクチン接種、殺処分、埋却の確保を国が強制的に行なえるようになる
農家の損失、埋却費用を国が負担。総額1000億円規模
以上のように、
4月19日の(独)農研機構動物衛生研究所へ検体を持ち込んだことと、
その検体が20日早朝、口蹄疫の陽性反応を確認し、疑似患畜と認定された時点で、
今回の防疫体制の統括は国に移管したと考えてもよいのではないだろうか。
それまでに、はっきりとした口蹄疫の臨床症状が発生していないことが事実であれば、
県と宮崎家畜保健衛生所の防疫体制に問題があったとは言えないのではないか。
したがって、「県は当初口蹄疫の発生を見逃した」という報道は事実を歪曲した誤報である。
関係者たちは何もしていなかったわけではなく、(A)(B)牛に出現した限られた症状の中で、
県レベルで特定できる原因を究明するために、様々な検査を行なっていたはずで、
その作業は決して単純なものではない。
そもそも、
口蹄疫の発生を確定する権限が県にはない。
このことは
海外悪性伝染病防疫対策要領にも
「初発の場合は現場の所見のみで直ちに口蹄疫と決定してはならない」と明記されている。
しかし、この要領、検査手順から殺処分の方法、携帯する物品、電話の使い方まで、
恐らく想定される、あらゆることを網羅しているのだが、
口蹄疫特有の臨床症状が発生することを前提として作られているように思う。
ただ実際には、この要領の附-Ⅱにあるように、
「水疱形成がみられない場合、水疱材料以外では補体結合反応による
抗原検出は困難なためウイルス分離を行うことになる」
と書かれていて、このようなケースが想定されていたことに驚くのだが、
今回のように数多く存在する伝染病の中で、消去法によって口蹄疫の疑いが生まれた場合、
書面作成や伝達方法、命令系統をとってみても現場の混乱は容易く想像することができる。
追記すると、この要領には、検体を輸送する容器や運搬方法も書かれている。
「動物衛生研究所(海外病研究施設)への送付は、事前に連絡のうえ、
直接連絡員が持参すること。空輸等最も早い確実な方法を選ぶこと」と書かれていて、検体の持ち込みと検査結果判定のタイムラグを計ると、
連絡員(家保スタッフ獣医師または県職員と思われる)を使って19日以降毎日のように
増え続ける検体を航空機に搭乗して厳重な管理のもと検体を運んでいるのだ。
いかに緊急性の高い事態であるかが伺えると思う。
なお、(独)農研機構動物衛生研究所での検査にあたっても、
すでに県レベルで病性鑑定を実施していることで、迅速な対応が出来たものである。
19日の20時に県は動物衛生研究所に最初の検体を送っているが、
この時は口蹄疫を想定した対応がされており、国際的に定められた実験室内検査を実施し、
20日早朝に検査結果の判定が下されたことを考えれば、
この時点で、国の対応にも問題はないのだ。
さて、ここからは、現場が実施した対策を中心に書いていく。
限られた人員(家保はスタッフ獣医師、事務員、管理職を含めても県内総勢 数十人)で、
各担当地区の通常業務とは別に、状況に即した防疫体制の緊急立案と
当該発生地区における、実に膨大な量の実務を実行に移さなければならない。
一つ一つの作業を、可能なかぎりの想像力を駆り立てながらお読み下さい。
4月20日
口蹄疫発生の確定を受けて、
都農町と10km圏内の周辺自治体では家畜の移動制限が発動され、
発生農場での施設、周辺で消毒材の散布と
県内4カ所のポイントで関係車両消毒作業も始められた。
1例目の農場では全頭殺処分、埋却処理が開始される。
県職員、市町村職員、家畜保健所スタッフ、各JA職員、団体獣医師の協力のもと、
地域内畜産農家への聞き取り調査を連日実施。(詳しくは宮崎県HPプレスリリースへ)
県や国への報告書をまとめ、対策本部への連絡、報告。
発生牧場での過去21日以内の家畜の移動を追跡。
発生牧場での過去7日間の人の移動を追跡。
消毒薬の確保、手配、配布。
域内にある家畜市場や屠畜場の活動停止、消毒。
毎日のように通報される、疑いのある農場へ立入検査を実施。
疑いのある家畜の検体を連絡員が東京小平にある動衛研へ搬送。
検査、殺処分を担当した人員や作業着、所持品の消毒。
殺処分にあたる獣医師の確保。
埋却作業に必要な重機の手配、輸送、消毒。
埋却地の確保と地権者の確認、許諾。
殺処分される家畜の経済的資産価値の測定。
etc......
4月25日
聞き取り調査で移動制限区域内(10㎞以内)の252戸、
搬出制限区域内(10~20㎞)の53戸 計305戸の聞き取り調査を行い、
異常は認められなかった。伝搬拡大に収束の可能性が感じられた。
が、しかし、2日おいて事態は深刻化する。
4月27日
この日、動物衛生研究所に持込まれた3カ所の検体は、それぞれに大きな意味を持つもだった。
8例目 1000頭を超える肉用肥育牛農場で大規模農家での発生が疑われた。(翌日陽性判定)
25日に疑似患畜が確定された725頭の農場と重なり、殺処分・埋却作業の遅延深刻化。
9例目 1例目の農場から直線距離にして70km離れたえびの市へ感染拡大の疑い。
10km圏内での封じ込め失敗。(翌日陽性判定)
失敗はしたが、この10km圏内で封じ込めるという考え方は、
疫学的な防疫処置として科学的に裏付けがされたものである。
この農場はすでに発生した牧場の関連農場であり、家畜もしくは人間の移動によって
伝搬されたものと考えられる。
(現在、えびの市地域においては感染拡大が止まっている)
10例目 豚への感染が口蹄疫の臨床症状にて確認される。(PCR検査での陽性判定は翌日)
しかも、当確農場(486頭)は関係職員の多くが獣医師資格を持つ、
宮崎県の畜産試験場川南支所であり、防疫予防処置は、
他の民間農場と比べて厳重にとられていたはずである。
また、豚は牛などの反芻動物に比べて100~2000倍多い、高濃度のウイルスを排出する。
この日、県は国の検査結果を待たず口蹄疫と認定、
この農場の豚486頭の殺処分を開始した。
10年前の口蹄疫発生時の感染頭数は、宮崎県で牛38頭、北海道で牛702頭であり、
豚への感染は認められなかった。
今回の発生を受けて現場では様々な対策が実施されているが、
実は、それらは10年前に行なわれたことと大して変わらない。
防疫マニュアルに沿った行動であり間違ったことはしていないのだが、
あらゆるリスクを想定して作成された、口蹄疫防疫マニュアルに記載されている
全てのことを体現できるかといえば、それは果てしなく難しいと言わざる終えない。
ウイルスとの戦いの厳しさは、昨年ヒトに発生した新型インフルエンザで体験した通り。
それが、家畜、しかも牛という大家畜で発生しているのだから、
ほんの少しでも情報を集めて考えてみれば、この危機感を感じない方がおかしい。
ウイルスは家畜の涎や粘液、精液、血液、糞尿によって伝搬されるが、
口蹄疫の恐ろしいところは、ただでさえ感染力が強いというのに、
ウイルスが体外に排出された後も数日~数週間生存することだ。(諸条件による)
乾燥した糞が風で舞い、それや塵などに付着してるウイルスが運ばれることなどによって、
最悪の空気感染を引き起こす。
テレビのニュース映像で、真っ白い作業着に包まれた職員が、
牛舎の壁にこびり付いた汚れを、スコップで削り取る作業を行っていた。
牛舎の床のコンクリートには、牛が滑らないように溝が切ってあるので、
溝に埋まった糞尿も除去する必要がある。その上で、消毒剤を散布する。
除去した糞尿の消毒も、ウイルスが死滅するまでの期間は必要だ。
当然のことながら、家畜がいる状態でこの作業を行なってもあまり意味がない。
つまりは最初にやるべきこととして殺処分があるのだ。
では、10年前と違って感染の拡大が今なお続いているのはなぜか。
一つは、病原性の違いである。前回とは口蹄疫ウイルスの型が異なり、
今回のウイルスの方が口蹄疫本来の病原性を持っていると考えられるからだ。
豚にまで感染が広がったことの違いは実に大きい。
そして、もう一つの違いは埋却にあるようだ。
前回の発生時、宮崎での殺処分・埋却は38頭だけである。
北海道での702頭の埋却作業はかなり大変だったと聞いている。
それでも前回は、北海道の「広い敷地がある」という条件に救われたところもあるのだ。
現在、ワクチン接種の頭数をあわせると30万頭を超えるのではないかと言われているが、
日本では数千頭でさえ殺処分をした経験がない。
埋却方法にも規定があって、海外悪性伝染病防疫対策要領にも
深さや、処分家畜の並べ方、面積辺りの頭数、一辺当たりの頭数などが記載されている。
埋設地から河川までの距離が近かったり、地下水源、湧き水、岩盤が発見された場合には、
その場所への埋却は出来ない。
殺処分が進んでも、埋却できないままなす術無く放置された死体があふれている。
これらが新たなウイルスの発生源となっていることも問題視されている。
余談になるが、
Web上で殺処分を屠畜場でやった方がいいとか、
埋設ではなく焼却すべきだと言う意見が散見されるのだが、
伝染力の強い口蹄疫は、ヒトには感染しないと言っても、屠畜場に搬入することは
法的にも倫理的にも許されるものではない。
また、焼却については、書くことも憚れるのだが、
通常、病気などで死んだ家畜(特にBSEが心配される牛については全ての病畜)は、
試験場などの指定された施設に運ばれ、各種検体を採取し病理検査を行なったあと、
(このとき全頭、脳のサンプルも採取されBSE検査が行なわれる)
厳格に管理された指定工場に運ばれて、死体はプレス機で圧縮処理される。
そして血液や体液の水分を脱水・分離し、更に液体から固形成分と水とに分離、
すべての固形物は特殊な炉で焼却処分されるのだ。
それが可能な施設は限られているし、これだけの頭数を処理する能力はどこにもないのが現状だ。
イギリスでは焼却が行なわれたが、
野焼きすることなど、もっての他で周辺環境をさらに汚染しかねない。
したがって、現在は埋却地の確保のため、自治体やJA職員が、
周辺住民や地権者へ説明と交渉を続けているようだ。。
そして、25日、県農業振興公社が50~70haを買取ると発表した。
国の特別会計から無利子で借り入れた資金を財源とし、予算規模4億6000万円。
埋却後3年間は使用できないが、5年経過後に農地として再生し売却する予定。
その他、航空自衛隊の新田原基地の用地を活用することが決まった。
さて、こうして拡大した口蹄疫は国内初のワクチン使用が決定し、
接種後の全頭殺処分を前提に、10km圏内の全て牛・豚を対象に接種が続けられている。
(5月26日時点で、全体の98.5% 豚全頭完了。但し、これから生まれてくるもの有り)
また、えびの市地域では、市が用地を提供したこともあり、
発生農場全ての農場で殺処分・埋却が完了、その後新たな感染が確認されていないことから、
感染の収束、清浄化に向けた確認検査が始まっている。
搬出制限区域の牛や豚は、早期出荷が国により推奨されているが、
屠畜場が閉鎖されていることもあり、進んでいない。
というのが、これまでの経緯である。
なるべく個人的な感情を排除して、正確な情報を集め書いたつもりであるが、
牧場管理者だった頃に、家畜伝染病によって様々な問題に直面した自分としては、
個人的に渦巻く感情は複雑である。
家畜伝染病の発生は、自分だけでは防ぎようのないリスクに直面しており、
その対策は畜産家はもちろん、地域や広域、県、国によって包括的に対処しなければ
目に見えない敵である伝染病に対抗できないのが実情だ。
発生の過程で、防疫上のの観点からして、誰かの過失を責めることは許されないこととも思う。
しかし、これまで感染が拡大したことについて制度面、作業面、そして意識面で、
不備や油断があったことも確かだ。
なぜなら、
私は過去に当事者として制度の不備や、対策実行の現実的な可能性を指摘していたからだ。
(口蹄疫でありませんが、他の伝染病と同様に防疫対策シュミレーションは行ないました)
だからと言って、この頃も、毎年のように制度は更新されていたので、
現状の行政や畜産家が怠慢であったとも言い切れない。
現時点では、この問題に取り組み、
心苦しい作業に従事される皆様を見守ることしか私には出来ない。
どうか、辛い日々を乗り越えて、一刻も早い収束を迎えられるよう応援しています。
5月26日現在 感染確認状況(疑似患畜発生例) 牛 151戸 22,438頭
豚 68戸 129,903頭
山羊 5戸 8頭
羊 1戸 8頭 合計 218例 218戸 152,357頭
(ワクチン接種家畜含まず)
追記
この他に、今回の口蹄疫において、個人的に考えさせられたことがあります。
いくつかあげておきますので、皆さんも考えてみて下さい。
・なんでオレが現場に行かないか。ボランティアの危険性。
・感染ルートの解明と初動で行なわれた疫学的確認調査。
・メディアの役割と報道自粛。
・ワクチン接種はなぜ必要だったのか。そのメリットとデメリット。
・種畜(種牡牛)の研究と生産体制。~失われる経済価値と開発期間~
・牡牛だけではない、種畜開発における指定牝牛の損失。
・優良子牛供給基地の崩壊。
・高級黒毛和牛だけではない、国産牛(F1)肥育地帯の打撃。
・清浄化対策。清浄国の定義の矛盾と必要性。
・政府が打出した畜産家救済策の呆れた中身。
ー個体評価額と市場評価額の違い、農業共済との関連ー
・被災農家にこれれから待ち受けている現実とは。
・農林水産省と農林水産大臣の対応検証。政治主導の弊害。
・問われる政府の支援決定と対策の遅延について。
・殺処分に従事した人員と畜産家の精神的なケアについて。
・畜産家復興支援に必要なもの。
・今後の防疫体制強化と法改正について。
なにをいいたいかわかったかな。
付属Ⅰ
ここまで書いたので、これまで他国で発生した口蹄疫の被害をあげると、
1997年 台湾 豚約385万頭 その他合計500万頭を殺処分
台湾全島に感染拡大 被害額約5040億円
台湾養豚総数はほぼ半減
ワクチン使用
2000年 ロシア 豚96万5625頭
ワクチン使用 全頭殺処分
韓国 牛2223頭とその他偶蹄類 全頭殺処分
ワクチン使用 10~20km圏内のプロテクション地域内
2000年 日本 宮崎(3~4月)牛38頭、北海道(5月) 牛702頭
全頭殺処分 被害総額約38億円
ワクチン未使用
2001年 イギリス 一ヶ月間で感染拡大
8ヶ月間に約700万頭の羊が殺処分
被害総額 日本円換算で 約1兆4000億円(当時のレートで)
羊の場合、症状が出にくいので防疫対策が遅れた
軍が出動し殺処分、焼却、埋却を行なった。
ワクチン未使用
2002年 韓国 牛16万頭殺処分
2005年 中国
2007年 イギリス
2009年 台湾 牛700頭
2010年 韓国 牛豚5万頭 3km圏内全家畜殺処分 被害額約45億円
中国 豚206頭発症 1,086頭殺処分
日本 感染拡大中 ワクチン使用
この他の地域でも口蹄疫は発生しています。