2012-05-16 21:56:37

山菜の季節だが・・・今年は・・・という声

テーマ:原発事故に考える

いろいろ不順ではあるがとにもかくにも

山笑う季節となった。

一日ごとに彩を変える里山を見ながら

通勤しているのだが、殆んど田植えの終わった

田んぼと相まって一年で一番希望に満ちた

良い季節となった。


この季節は何と言っても山菜三昧と

いきたいところだが、道の駅でも

売れ残っているのが目立つ。


少し育ちすぎかなあ・・と思いつつ

先日売れ残っていたタラの芽を

多めに買い込んだ。(一日置くとみるみる

新鮮味がなくなり、かたくなったりするのが

山菜であるから・・・)


今晩はタラの芽のテンプラだぞ・・・と

思っていたら、妻からメールが・・・

曰く「大崎市のタラの芽は基準値をこえている

ので出荷自粛とテレビで報道されているが・・」

とのこと。大郷町産だから問題はないと

答えて、ようやく食する事が出来たのだが

そこでハッと思い当ったのだ。

「売れ残っていたのはそのせいか・・・」


宮城県でも山地帯の汚染濃度が高い事は

知っていたが、結構みんな気をつけているの

だなあ・・・・と。


タケノコの季節になった。妻はタケノコご飯が

得意で、早速つくってくれたのを喜んで食べた

のだが、『今年はタケノコは遠慮したい』という

声が聞こえてくる。何で・・?と聞いたら

やはり放射能汚染を心配しているのであった。


ハウスものならいざ知らず、露地ものについては

みんな少なからず不安を抱いているようである。


放射能なんて大したことはないんだ・・・と

突然楽観的な意見を述べる人もいるのは

最近の傾向である。

それでも若い人は別・・・と つぶやく。


不安はむしろ深く静かに拡がっていると

言えないだろうか。


そんな中で、原発再開の動きが手を変え

品を変え押し進められている。

無責任の極みと言わなければなるまい。


2012-05-15 22:23:00

修学旅行シーズンです。

テーマ:日々の出来事から

今日 修学旅行から帰ってくる生徒たちが

何人来るだろう・・・と思いながら塾を開いた。


皆疲れて帰ってくるだろうから・・・

来てくれたのは一人だった。エライ!

もう修学旅行を終えた中学校の生徒と

集中して因数分解三昧・・・となった。

かなり難易度の高い問題までおもしろいように

進んだ。全体の進度と分けて取り組んだのである。


この次からはいよいよ本格的に・・・と思うのだが

そう簡単ではない。次は中総体に向けて部活が

最後の詰めに入るのだ。


一学期の中間テストがなくなって久しい。

(2期制のところは前期中間)という期末試験まで

一学期はのんびりとしたものである。

今年から社会は歴史分野 明治以降が中三の

学習内容となったので、のんびりとしている。

公民は二学期内容となるのだ。

理科は内容が高度になったのだが、今一つ

ピンとしない気がする。余りにもあれもこれもと

羅列的で、じっくりと興味関心を育てる事に

なっていないように見える。科学分野では

イオンや周期表まで習う事になったのだが・・

学年でのジグザグが沢山あって中途半端なのだ。


どんな分野でもある程度の基礎知識が暗記的にでも

備わっていなければ考える力も出て来ないというのは

ゆとり教育の反省点であるが、どうせ学ぶなら

初めからしっかりした考え方の体系から学んだ方が

良いと思うのだが、二年生では例えば水の電気分解で

陽極に集まるのは何か・・・と聞くが 何故なのかは

三年生になってから・・・となる。

こうした例が沢山あって、まだまだ見直すところがありそうだ。


社会の地理等の理解と地学分野の理科的な知識は

有機的に結びついているのだが、社会は社会

理科は理科となっていて、必ずしも整合的ではない。

こうした点はまだまだ無駄が多いのである。

合理的な思考力をはぐくむのを怖れるかのようである。


特に社会は合理的な思考を育てるものであった

はずなのに、知識の断片化を図るように切り刻まれている。

産業革命は機械でものを作る工業が成立することであるが

工業の基本は製鉄にある。鉄鉱石という酸化鉄を石炭に

よって還元する事が出来るようにする・・・・

さて、八幡製鉄所は鉄鉱石はどこにあったか・・・・

大学入試のセンター試験で初めて問題に出たりするが

正解はタ―イエ・・・・長江を500キロもさかのぼったところ

に振るのである。アンシャンの鉄鉱石やフーシュンの

石炭は決して問われないのだ。


歴史的な事実は、事実として日本的な主観を交える事を

出来るだけ排除してしっかりと認識出来るように

するべきだと思う。その上で日本はその中でどう考えたか

どういう選択をしたのかを明確にする作業が必要なのだ。


そうした思考が合理というものである。


現在の原発論議も同じであるが、日本的論議では

事実を曖昧にぼかす事が平気で行われる。

事実をぼかして、美辞麗句で更に包んでしまう。


そうした中から事実を拾い出し合理的に判断する

力をもっと大切にしなければならないのだが、

今回の教育改革でも、まだまだ不整合なところが

数多くあることがみえてきたようである。


2012-05-14 22:53:46

夏の電力不足の宣伝について・・・具体的な事実を示せ!

テーマ:日々の出来事から

政府は、原子力発電所を稼働しなければ

電力が不足する、とくに中部電力は

大飯原発が稼働しなければ20%不足・・・と

発表して、大幅な節電計画や計画停電の

準備に入ると宣言している。


学識経験者からの答申をもとにしている

かのようにふるまうのだが、一体何がどうなのか

事実関係については具体的な事は何も

提示されていない。どのマスコミを見ても

具体的な数値などが見当たらない。


電力不足という結論ありきで、その為の対策を

あれこれと論じるのだが、本当のところは

何がどうなるのか全く分からない。

学識経験者の諮問もわずか二、三日で

結論が出てくるような何やら怪しげな話なのである。

これらの「学識経験者」なるものの無責任さは

福島原発の事故の際に次から次といやなくらい

見せつけられたのではなかったか・・・・・


原発の再稼働については、最低限、福島原発事故の

原因究明と今後について、一定の見通しがついてからに

すべきであるのは論をまたない。


原発が稼働しなければ、原発立地の地方自治体では

予算不足が心配されると大飯町の町議会は全員協議会

で再稼働容認の結論をだしたという。

青森県の東通村や六ヶ所村を見たことがあるが

原子力施設を誘致した地方自治体はどこでも

多かれ少なかれみな同様の状態にあるであろう。

過疎地に立地して、原子力施設からのなにがしかの

財源で、いわば地域全体を買い取ってしまうかのような

やり方でこれまでやってきたのである。(事故の

補償金に比べれば毎年百や二百億ていどのバラマキは

ただのように安いものなのだが、過疎地の地方自治体に

とっては、測り知れない魅力があり、たちまち町全体が

原子力マネー中毒になってしまうのだ。そうやって

原子力事業は日本で拡大をしてきたのである。


しかし今、福島の事故では、実はメルトダウンした

原子力燃料は格納容器もつき破り地下に潜って

この先どうなるのか誰も分からない状況にあり、

その対処方針さえ何も明確に出来ないでいるのである。

燃料がすっかり抜け落ちた空の格納容器の温度を測って

低温冷却で安定していると言っているだけなのだ。

津波ではなく、地震でパイプが損傷した事さえ包み隠して

いるのである。

もっと真摯に事実と向き合う事をしなければならないと

言うのに、この国の政府は最も大切な時に最も

大切なことをやろうとはしない。どこでこのような

不誠実さを身につけてきたのだろうか・・・・


放射能なんて大したことではない・・・といった

反批判的な雰囲気が理屈抜きで最近、台頭して

来ているように見える。目に見えない放射能の

存在から来る鬱屈した状況に耐え難い思いは

得てしてかかる逆転現象を生み出す。


大量の直接被ばくではないからこそ長期に

わたって影響に注目し対応する姿勢を態勢として

創るべきところを、逆転の超楽観論ですり替えようと

してしまう拙速を私たちは慎まなければならない。

同じように、東北のゴミはすなわち放射能の集積に

なるかのような無用な怯えにもその事を通して

応えなければならないのである。


政府の原発再稼働への無責任な動きも

東京電力の電気料値上げにも、もっと正面jから

見据えた論議が必要である。

消費税にしても、年金制度にしても、

いまこそ本当に国民一人一人の責任が

問われている。私は反対である。少なくとも

現状では何一つ賛成出来かねるのである。




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