2006年02月08日(水)

スキーをモチベーションに

テーマ:昔話

そういえば、結婚1年目ってほとんどスキー行かなかったっけ

…っていうか仕事も忙しかったし。


当時は東京で営業マンしてました。顧客の業種は主にパチンコ店。

で、私の担当エリアは


『栃木・群馬・新潟・長野』


特に栃木、長野は良く通いました。

ある晩秋の日、松本駅で私はひらめいたのです!


「長野で仕事作ればいいんだ!そうしたら仕事が終わったらスキーに行ける!」


さすがに昼間は仕事があるので、終わった後のナイターへ。

(鹿島槍、戸隠、富士見パノラマなど。)

お客さんには、クルマを見て「何、スキー持って来たの?」と苦笑いされたっけ。


そんなモチベーションを元に4年前の冬に納品したのが


大町市のココ (内外装)



長野駅前のココ (外装、店頭サイン)


両店とも健在のようですね。

特に大町の時には、本社の営業本部長(当時。現社長らしいです。)

にはすごくお世話になったなぁ。


…昨夜、昔の仲間からTELが来たので、つい思い出して書いてしまいました。


皆さんも、お近くをお通りの際は是非寄って見てみて下さい。

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2005年11月30日(水)

わかってるよ!似てないよ!

テーマ:昔話

samurairacersこと西澤秀和さんのブログ

『修学旅行生レッスンのススメ』ということで書かれてました。

ブログにもコメントさせていただきましたが、

私自身、学生時代にスキースクールでアルバイトした経験があり、

修学旅行生のレッスンも担当させていただいたことがあります。

結論から先に言いますと、

『かなり楽しかった!』

修学旅行生の場合、1グループ8~10人でそれが20~30グループ程、

イントラの数の結構必要になります。

で、私も手伝いにいける時は合宿の合間を縫って小遣い稼ぎに行ってました。


事前ミーティングでスクールの校長から言われたのは、

「とにかく滑走距離を稼ぐこと。」

修学旅行生ともなれば初心者が半数以上、

なので、まずはスキーの履き方、片足だけスキーを履かせて滑走感覚を感じてもらう、

そして転び方、止まり方、ハの字での直滑降。まあこんな感じで初日が過ぎていく。

翌日は午前中で少しづつターンの仕方を教え(プルークターン)、

午後から3日目にかけては、レッスンはワンポイント程度で、どんどん滑らせる。

そんな流れでした。
とにかく技術向上というより、

長い距離を滑ってもらい、

日常では感じられない空気とかスピード感、転んだときの雪の冷たさなど、

味わって楽しんでいってもらいたい、

という思いでレッスンしてました。

一番大変なのはプルークスタンスを覚えてもらうこと。

彼ら彼女らは多分、日常生活で内股の筋力を使うことはなかなかないのでしょうね。

10人程いれば、2~3人出来ない子は必ずいます。

その子達を時には、スキーのトップを押さえながら、声をかけてやるわけです。

これがクリアできれば、(ま、大体クリアできます。)あとは大丈夫でした。


3日間(実質2日間)で、

滑れなかった初心者の子達がリフトに乗って上から下まで降りてこられるようになる、

これは見ていて結構感動するものがありました。

さらに、生徒さんが帰ったあとに送られてくる手紙。

「○○先生(←私のことね)、ありがとうございました。とても楽しかったです。」

なんて書かれていると、本当にうれしくなりますね。


そうそう、手紙で思い出したのですが、何とか生徒さんと打ち解けようと、

「オレ、友達に草なぎ剛に似てるって言われるんだけど、どう?」って聞いたら、一斉にブーイング!

さらに、送られてきた手紙には全員が

「先生は草なぎ剛には似てません。」

と書いてあった…。



自分でも似てると思ってねーよ!!

はずかしかったなぁ~(汗)

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2005年10月29日(土)

恒例行事

テーマ:昔話

久々に学生時代のハナシ。


私の所属していたクラブは岩岳本戦の終了後、帰り道であるルーティンがありました。

それは『おざんざ 』を食べに行くこと!

1年生だった当時、先輩達が「おざんざ、おざんざ!」と騒いでるのを、わけわからずについて行きました。

白馬からの帰り、豊科ICまでの途中、確か青木湖のあたりだった記憶が…。

わけわからんちんで食べた『おざんざ』、うまかったなぁ!ごまだれがサイコーでした。

ちなみに、『おざんざ』ってどんなモンかこれ書くまで知りませんでした(恥)。

塩の代わりに納豆菌を使ってるんですね…勉強になりました。


で、その、お店に行くのに、もうひとつ目的があるのです。

それは『サバイバル』を読むこと!

当時はマンガ喫茶も無かったし、このマンガを読めるところも近くに無かったので、

みんなむさぼるように読んでましたね。

そのせいか、今でもマンガ喫茶に入ったら(ほとんど行く機会は無いけどね)つい読んじゃいますねぇ。



マンガ『サバイバル』

さいとうたかを
サバイバル [少年向け:コミックセット]


大地震が来るかもしれない!という、今の時代になかなかエキサイティングなマンガですね。

やはり、さいとうたかをは天才だなぁ…。


大学2年以降はオリンピック道路が一部開通したので、そっちを通ることになり、行かなくなりましたね。

(豊科まで、なまら込むからね…。)


今や、ネット通販で手に入る時代、買って食べようかな?おざんざ。

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2005年08月18日(木)

快感③

テーマ:昔話

大学のときに先輩に言われて「面白いな」と思ったのは、

アルペンスキー(=競技のことね)は不公平なスポーツである、ということ。
そのココロは、強いもの(=速い人)が速く滑れる、つまり、良い条件のバーンを滑れるということです。

まあ、当然ですよね。
逆に言うと、遅いゼッケンから上位に飛び込んでくること、

これは少しでもアルペンをかじったことのある人ならば(例えば私のような人)この凄さはわかりますよね!
下位のゼッケンからマクってくること、これはアルペンスキーのひとつの醍醐味かもしれません。
例を挙げるまでもありませんが、

I.コステリッチ(クロアチア)の64番からの優勝、

佐々木明の65番からの2位、

思いっきりローカルなところでは国体北海道予選のゼッケン100番台からの優勝(岸昇治デモ)など。


私の学生時代でも岩岳を筆頭に各学生大会で、

ゼッケン200番~300番台から速いタイムを出した選手には、「おぉ~!!」という歓声が沸いたものです。
私も何度か経験がありますが(←ココから自慢モード)、あれは選手は気持ちいいですね。


私の経験の中で一番快感だったのは、

ゼッケン400番台(といっても、1番スタートがゼッケン50番だとか)から13番に入ったGSのレースです。
その大会は、たぶんクラブの庶務係のミスで私が追加エントリーという形になったため、

ほとんど後ろの方のゼッケンをつけることになったのでした。

確か300~350人くらいのエントリー規模(実際滑ったのはDSとかでもっと少ないと思いますが)で、

私の後ろは10人程度しかいません。
1本目は、確か17番くらいだったと思います。
そして2本目のインスペクション、2ndカットがあったので、

400番台のゼッケンつけてるヤツなんで誰もいません。

ゼッケンを誇らしげの見せながら、インスペしたのを覚えています。
そしてスタート、その大会は15番リバースでしたので、私のスタートは17番、

その順番でスタートを待っているときは、さすがに、「何だ、コイツ?」という顔をされましたし、

スタート付近にいる大会係にも声をかけられました。
そんな感じで気持ちよくスタート!した割には、意外とタイムが伸びませんでしたねぇ…。
それでもポイント圏内まで順位を上げ(ポイントは15位以内)チームの入賞にも貢献できたので、
私自身忘れられないレースになりました。


大きな大会になると、「10番以内に入る」とか「ポイントを獲る」といった以外にも、
「どれだけマクれるか」というのは大きなモチベーションですね。
実際、私が出場する大会ではコレだけの規模は国体予選しかありません、そしてほとんど不可能に近い。
ただ、都連あたりであれば、出場者数も多いし、これやったら目立ちそうですねぇ~!
こんなモチベーションも良いと思いますが、いかがですか?


なにより、目立ちますよ!

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2005年08月12日(金)

恐怖のドライブ

テーマ:昔話

昨日のブログ、Fuyutoさん から頂いたコメントで思い出したことがありました。


それは、大学4年次の岩岳へ行くときの出来事。

私はSLからの参加でしたので、後で岩岳へ行くことになりました。

私の他にもSLからの参加者がいて、そのうちの一人がクルマを出してくれたので、

私を含め、4名でいざ、岩岳へ。

夜中の出発だったので、免許を持っている3人で交代で運転することにしました。


湯の丸SAから私が運転することに。

しばらく走っていると、更埴JCTの手前あたりでナニかを踏んだような(?)強い衝撃を感じました。

「あれ~?」と思い、周りを見渡して見たものの何の変化もなさそうです。

そして、他の3人はすやすや夢の中…。

「ま、いっか。」と思いさらに車を走らせました。

間もなく、『長野 3km』のカンバンが。

「もうすぐだな~。」と思ったそのときです。


突然後ろが「ガクンッ!」と下がったような感じになりました。

そして、なんと、

タイヤがはずれ、あさっての方向へ飛んでいっているのです!

(外れたタイヤは対向車線のかなりの距離まで飛んで行った。対向車は幸運にもいなかった。)


寝ぼけマナコのみんなもびっくりして、起きました。

いや、ひとり、

「タイヤが飛んでるぅ~…zzz」

と寝ぼけながらのたまう、のんきな後輩がいましたが。


運転している私は、ブレーキがあまり効かなくなったそのクルマを必死で減速しながら路肩に寄せる。

同乗の仲間Aは飛んでいったタイヤを回収しに走る。

同乗の仲間Bは発炎筒をたき、JAFへTEL。

のんきな後輩Cはまだ寝ぼけている…。


もちろんクルマは走行不能で、レッカーされ長野市内のディーラーへ。

私はクラブの泊まっている宿へ連絡し仲間に迎えに来てもらうように頼みました。


当日がSLの日だったのですが、私のスタート順が遅いこともあり(400番台)、

何とかスタートには間に合いました。

しかしスタート順が遅いこと、そして何よりあんな事故の直後だったので、結果は散々でした。(2ndカット)


直後は、ばたばたしていましたが、後になって冷静になって考えてみると、

「よく大きな事故にならなかったなぁ。」と思い、恐ろしくなりましたね。

上信越道という、比較的交通量の少ない道路であったこと、

朝方(AM5:30ころ)という時間帯であったことが、大事故にならずにすんだ要因でしょう。

これが、街中とか、対向車がいたらと思うと…。


まさしく

『不幸中の幸い』

でありました。



そして後輩Cはいいネタにされていたのでした…。

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2005年07月23日(土)

快感②

テーマ:昔話

レースをやっている中で、途中気持ちよく滑れているとき、

それはほとんどタイムの出ていないときだと思います。

特にカービングスキーの登場以後、

「気持ちよく滑ってこれて速いような気がするんだけどなぁ?タイム悪いなぁ。」

ということがしばしばありました。


なぜか?


というのは、今回のテーマではないので省略します。


逆に、どんな感覚で滑っていれば速いタイムが出るか?

それは、

「ポールがどんどん迫ってくるとき」、ではないでしょうか?(←あたりまえだって!)

では、どんな滑りがそうなるのでしょう?


というのも、今回のテーマではないので省略します。

つーか書けません。

感覚ではなんとなくわかるんだけど、言葉にすると月並みになってしまうので。

もうちょっと、私自身が言葉とスキーがうまくなったら書きます。

気の長い方はお待ちください。


では、なにが今回のテーマかというと、私自身が初めて

「おー、コレが速かったんだー!」

と体験したときのハナシ、つまり自慢話です(恐縮ですが)。いいっしょ、たまには。

何卒お付き合いください。


大学2年のときの、某ショップ主催の大会、場所は丸沼です。

その年のシーズン最後の大会でした。

コースプロフィールは急斜面と緩斜面が半々、そしてセットはかなり振ってました。

私自身、この当時からどちらかというと直線的なセットよりは振ったセットのほうが好きでした。

だから、インスペクションのときは、

「振ってあるな~、チャンスだ。」

と思いました。

それにしても、前半の急斜面は

「入れるのかなぁ」

というくらい振ってある印象。

「とにかく前半の急斜面は無難にこなして、後半の緩斜面で勝負する」

という作戦をたてて臨むことにしました。


さて実際にスタートすると、バーンは硬くてあまり荒れておらず、

3旗門目辺りからは自分で想定していたよりもかなりのスピードが出てきました。

急斜面が終わり「よし、ここから勝負」と思い、次の旗門の方に目をやると、スキーコンプのカメラが、

私の方にレンズを向けています。

「いい写真とってくれよ~」と思った瞬間、かなりラインがあふれてしまいました(笑)


それはともかく、緩斜面では、インスペで見たときより振りが浅いような感じ。

「これはガンガン行くしかない!」と思い、

スキーを横にせず、カラダを積極的に下に落としていくようにしました。

すると、次のポールがどんどん迫ってきて、ものすごく忙しい感覚になりました。

自分では、「どこかでクローチングを組もう」と思っていたのですが(実際ほとんどの人は組んでいた)、

そんな暇もありません。「いや~バタバタだな。だめだ、こりゃ。」って感じです。

しかしゴールしてタイムを見ると、

なんと2番目のタイムが!

ラップとはコンマ3くらいでした。

見ていた人からは「後半凄く速かった。」といわれました。


ちなみに、このときはまだノーマルスキーの頃です。私自身はいていた板のサイズは205cm。

このとき、「自分の感覚と実際のタイムってこんなにギャップがあるんだなぁ」と実感しました。

ただ、このあとも感覚ではわかっても、実際この滑りをするにはどう動けばよいか、

というのはまだ判りませんでした。

「こういう動きができればこうなる」というのが判ってきたのは大学3年の終わりになってからだと思います。


私自身、このレースでほとんど初めてといって良いくらいの表彰台を経験することができましたが、

「もしあそこにカメラがなかったら」と思う、ちょっと後悔のレースでした。

そして、いただいた写真は見事にフレームアウトしてました。

ちなみにそのとき取材に来てくれたのは私の大学の先輩で、つい最近編集長になられたようです。


このハナシとまったく関係ないけど、思い出したことをひとつ。

インスペクションって略して何て言いますか?

「インスペ」

でしょ?

でも、北海道の人たち(というか私の周りの人たち)は

「インペ」

って言うんだよね。

どっちが正しいとかはないと思うんですが。


どうでもいいことですね。


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2005年06月08日(水)

競技スキーへの目覚め⑤

テーマ:昔話

私は、大学でアルペンを始めるまでは完全な『レジャースキーヤー』でした。

大学に入ってからも1年目はその延長でした。

先輩達には、


「地ガキっぽい滑りだね。」


と言われました。


地ガキっぽい滑り=とりあえずどこでも降りてこられけど、基本がなってない。



と言うわけで、大学2年のときには、合宿と大会の合間、大体1週間くらい、私ともう1人(先輩と)で、

とあるスキー場に練習しに行きました。いわゆる


『コソ錬』


というヤツです。



4日間、知り合いのインストラクターの方(以下Aさんとします)に教わりました、ホントに基本から。

初日、とりあえずポールを立てましたが、Aさんが私の滑りを見て、


「○○(←私のこと)、そうか、そうだったのか~。」


いきなり意味不明な一言。


まもなく、緩斜面で、ワイドスタンスで一緒に滑りながら、


「スキーはこうやって押すんだよ。」


スキーを押す???そんなの初めて聞いたよ!!!

その後、初日は、Aさんに言われた通りにずっと緩斜面を滑ってました。

ポールに入らずに。



結構、この方は最初意味不明な言葉を発する(ように聞こえる)のですが、何度か滑っていくうちに、なんとなくですが、自分の中ではわかってくる。

要は、板を振ってターンをする私の滑りの対して、

ターンが終わったところで、ひざを返して、外足を伸ばしていく、

つまり、板をたわませて、サイドカーブを利用しながら谷周りに入る、ということを教えてくれたのでした。

(あ、当時はもちろんカービングスキーではありません。ちなみに、私の板は205cmでした。)


ポールのあと、リフトまでの緩斜面で言われたとおりに滑りました。

何度も滑りながら、感覚を自分の体に染み込ませました。

これがよかったらしく、その後のレースでは、一気にタイムを縮めることが出来ました。

クラブ内でも、一気に2~3番手を争えるようになりました。


これ以降もこのAさんのもとには通い続けました。

毎年、行く度に、新しい発見がありました。


ちなみに、このときは、初日の夜に雨が降り、

2日目以降はその雨が凍ったツルツルのバーンでの練習でした。

想像するに、いわゆる


『WC並みのハードバーン』


だったかもしれません。



だって、コース整備しなくていいんですよ!

あれほどの硬い(というか氷の)バーンは未だ滑ったことがありません。

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2005年05月30日(月)

競技スキーへの目覚め④

テーマ:昔話

昨日、仁山スキー場のことを書いたので、ついでにもうひとつ…。


ご存知の方も多いと思いますが、仁山スキー場はあの佐々木明選手の幼少期のホームゲレンデであります。今年のシーズン終了後、実家へ里帰りし、その折に仁山で遊んだ様子が彼のHPの中で紹介されています。


私が仁山で彼に初めて会ったのは、彼が小学校6年か中学1年くらいだったと思います。

彼は、私達が合宿していた頃、すでに有名人でした。

先輩でもある私達のコーチは、


「あの子すごいよ。佐々木明ってやつ。いつか必ず世界に出るやつだ。」

「やつ、なんて呼ばれてるか知ってるか?岡部哲也2世だ。」


彼は、そのころからサロモンのかっこいい板を履いていました。(選手用だったかは定かではありませんが。)

私達がポールを張って練習しているとき、ふらりと現れて一緒に練習したこともありました。

(彼は覚えていないでしょうが)

もちろん、素人に毛が生えた程度の私達と、中学生とはいえ将来を嘱望されている若者とのタイム差はトンでもないものがありました。


そんなこともあり、彼のことは特別にシンパシーを感じています。

彼がはじめて世界選手権やオリンピックに出たときでさえ、私はスキーを知らない友達に新聞を見せながら自慢したものです。


「これ、佐々木明、オレ、こいつと一緒に仁山で滑ったことあんだぜ!」


ありがちでしょ?


2年前のウェンゲン大会は一人で見てたのですがもう大興奮!

こんなに出世するとは!(失礼ながら)

嬉しくて、TVを見ながら涙したのを覚えています。


来シーズンは大活躍して、ヒーローになることを、昔一緒に滑った仲間としては願わずにはいられません。

君にはやはり、ヒーローと言う言葉が似合うよ!

がんばれ、アキラ君!

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2005年05月29日(日)

競技スキーへの目覚め③

テーマ:昔話

大学時代、私のクラブの合宿先は函館近郊にある仁山高原スキー場でした。

当時(10年くらい前)は経営者がレーサーに対しての理解度が高く、私達のような大学サークルのほか、

近郊の高校、中学の合宿が多く行われていました。

いつだったか、仁山でFISレースが行われていたときには、

あの北照高校も合宿に来ていたことがありました。

彼らの滑りは私達にとってまさしく「目の保養」でした。


どこの合宿もそうだと思いますが、最終日には、いわゆる「打ち上げ」と称して飲み会があります。

酔っ払った先輩たちは、私達1年生に、



「おい、おまえら滑るぞ!パンツ一丁だ!」



酔っ払って気が大きくなっていた、体育会系出身の私を含む3人が、



「はいっ!では自分行きます!」



2年生の先輩数名がウェアを降ろすのをサポートしてくれました。

ウェアを着てリフトで登る3人、しかしウェアの下はパンツ1枚、酔っ払っているとはいえ、

冬のスキー場、しかも夜。



非常に寒い!!



私達はリフトを降りて滑る順番を決めました。

1番手、ウェアを脱いでスタート、2番手も同じくスタート、

そして3番手、私の順です。


「○○(←私のこと)、スタートします!」

トランシーバーで元気良く、下にいる先輩達に伝えました。

「○○(←しつこいけど私のこと)、パンツぬげ、パンツぬげ。」



へっ?!



非常に冷静に、かつ、威厳を持った、その中にユーモアのあるコーチの声がシーバーから伝わりました。

そのコーチとは、私達クラブでのOBであり、非常に怖いことで有名でした。



「おい、○○(←またしつこいけど私のこと)、コーチがああいってる。いけ!」



パンツを脱いで、滑走、



行けー!!!!



もう、酔っ払ってるのも手伝って、大盛り上がり。

クラブのみんなはフル○ンで降りてきた私を、



わっしょい、わっしょい!



胴上げしてくれました。




…いやー、これじゃ、「スキー馬鹿」ではなくただの「馬鹿」ですね。

すいません。



後日談があって、


次の年、合宿に来たとき、リフト係のおじさんに言われた第一声が、


「よう、○○(←またまたしつこいが私のこと)、今年もやるのかい?」


ああ、なんてすばらしい、スキー場だったんだろう…。

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2005年05月19日(木)

競技スキーへの目覚め②

テーマ:昔話

で、大学で念願のスキーをすることになった訳ですが、一番最初にショックを受けたのは、



『道具でタイムが大幅に伸びる!』



ということでした。




大学1年の6月、クラブでお世話になっているスキーショップのオーナー(Oさん)に、

「マチガ沢に行かない?」と誘われました。

谷川岳のマチガ沢は6月くらいまで雪渓が残っていて、滑れるんですね。


で、その当日、私の道具を見てOさんがひと言、


「スゲー道具だなー!」


私が持っていったのは、当時で、10ウン年以上前のYAMAHAのHI-FLEX(←なつかしー)、8年ほど前の購入のNORDICAのヘンなリアエントリーのブーツでした。


一応は、競技スキー専門のショップ、スラロームのセットを立てて(14~5旗門くらいかなー)、タイムを測っていました。

何本かすべる内にOさんが、


「おい、おまえこれ履いてみろ。」


貸してくれたのは、LANGEのX9、(当時トンバやジラルデリ他、トップクラスが多く履いていたモデルのブーツです。)と、試乗用に持ってきたDYNASTARのニュースラ板。


ブーツは今までに感じたことのないフィット感(つまりきつい)、スキーは履いたことのない長さ(200cm!)。


「こんなんで滑れるのか?」


半信半疑でスタートし、ゴールすると、なんとびっくり、



2秒も速い!



「おーすげー!!」と私、「ほらみろ、いい道具で滑んないとダメなんだ!」とOさん。



今考えたら、おもいっきりショップの思惑に乗せられているんだけど

(「すげー、これ買います!」「毎度!」みたいな)

当時のウブな私にとってはとにかくExitedな出来事でした。




そういえば、今や押しも押されぬトップランカー、佐々木明選手も、つい最近までかなり大きめのブーツを履いていたそうです。理由はパークやなんかの飛び系で遊ぶとき、タイトなブーツだとつめが割れてしまうからだとか。

周りのスタッフが「明、いいからダマされたと思って試合のときだけでもこれ履いてみろ!」という、説得でしぶしぶ履き替えた、それからまもなくのWENGEN大会での大ブレイク!


やっぱり、自分にあった道具って大事だと思いましたね。



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