2009-08-10 09:47:23
何処から来たのか…何処へ行くのか(仕事をすることの意味について考える)
テーマ:医療従事者
現在の私の職場、都心に在る老人病院や近隣のコンビニ、ファストフードなんかでは近頃、韓国系や中国系のスタッフ(労働者)が数多く目立つ様になって来た。
どんなビザで入国し就労をしているかは分からないが、明らかに日本人のスタッフより数多く働いている事は実感出来る。
つい数年前までは韓国系の学生らしき人達を多く見かけたが、近頃では中国系で学生じゃ無い様な感じの人が多くなったと思う。
まぁ、客として見た感じなので本質は分からないが、日本人のフリーターのニィちゃんやネェちゃんなんかよりも仕事やお金なんかに対する貪欲さを感じる。
で、こんな現象は近隣のコンビニや飲食店に限った話しでは無く、私が勤務している医療機関(老人病院)でも起こっている。
例えば、外注派遣の清掃作業員や人材派遣されている看護助手などの人達。
これらの職種では数人の中国系のスタッフがいて、流暢な日本語を話しながら一生懸命勤務をしている。
彼らがどんなバックグランドとヒストリーで日本に来て、どんなビザで就労しているかも知らないが同じ職場のスタッフとして、我々日本人の中に完全に溶け込んで仕事をしている事は確かな事実だろう。
そんな中国系のスタッフの中でも特に頑張って仕事をしている女の子がいる。
年齢は20代前半で中国残留孤児の直系の子孫であるらしく、日本に先に帰国している親類を頼って数年前に来日したらしい。
なんでも本国(中国国内)には弟がいて大学への進学を希望しているらしく、苦しい家計状況を打破する目的で日本への渡航を決めたらしい。
なんとも立派な目的である。
私が彼女と同年代だった頃を考えると頭が下がる思いである。
彼女の勤務形態はざっとこんな感じで、まず病院の清掃作業を朝7時から16時までこなし、その後は下町にある町工場で雑誌の付録なんかを包装する仕事を17時から21時までやっているらしい。
だから彼女は1日の大半、仕事をしていることになる。
それにしても強い意志と言うか、強い信念を持った人であると関心する。
普通、日本の様なチャラチャラした国に来たら、手っ取り早く”カネ”になる手段を選択する人もいるだろうに…水系や風系の仕事なんかに堕ちて逝っちゃう人もいるだろうし。
そんで先日、病棟に勤務している同年代の20代前半女性看護師さんが◯◯ちゃんに対しこう質問した…
「◯◯ちゃん(清掃の女の子)は、何でそんなに頑張って仕事をするの?」って
そしたら◯◯ちゃん困惑してたっけ…
流暢な日本語で精一杯自分の考えを伝え様としていたけど、本質の部分までは伝わらなかった。
多分気持ちが伝わらなかったのは語学力やボキャブラリーの問題では無く、人の心理それも心の奥底に存在する基礎の様なもの…根底の心理形態が違ってるんじゃないかな?
質問をした看護師さんにしてみれば看護と言う仕事をしていても、一生懸命働くと言う事の意味が分からずただ毎日仕事をしているんだと思う。
それに「一生懸命仕事をしても自分にはなんの見返りがある訳でも無い…」という考えが意識の根底にあるのかもしれない。
あと一番大きな要因は、この国”ニッポン”では一生懸命仕事をしなくても、ある程度の生活が成り立ってしまうという事実があるからでは無いか?
逆に質問をされた◯◯ちゃんはこう答えていた。
「仕事しないといけない…仕事しないとダメ…」みたいな事を繰り返していた。
で、私が彼女の意見を考察してみると…彼女にとって仕事をする事は即ち生きる事でありそれ以上でもそれ以下でも無いんじゃないかな?
もしかしたら彼女の二十数年の人生の中で、何のために頑張って働くのかなんて考えたことも無かったかもしれない。
例えば動物なんかが歩き続けるのは歩き続けなきゃ餌に辿り着けないからであって、歩き続けられ無いことは即ち死と直結しているからであろう。
動物(生物)としての本能が歩かせているのだろう。
だから◯◯ちゃんは「生きるため」に働いているって事を、不自由な日本語を使って説明したかったんじゃ無いかな?
そこには論理的な思考や打算的な回答は無く、生き物としての本質的な部分を説明したかったんじゃ無いかな?
現在の日本において、生きるための手段として仕事をしている人達はどれ程いるんだろうか?
日本が高度経済成長を境に経済的に安定国家になってしまった今、仕事を生命維持活動の一環として考え従事している人がどれ程いるだろうか?
多分、日本の若年層などを考えてみれば皆無ではないかな?
職安なんかで就職活動をしている若者には仕事をチョイスする時間的、経済的余裕があるんだろうか?
学校教育で、夢を持って目的を持って人生の自己実現をしましょう…みたいなことをインプリンティングされ育って来た人達にとって仕事とは自己実現の為の手段になってんじゃ無いか?
そんな人達とは対照的に高度経済成長以前の中国内陸部で育った◯◯ちゃんには、そもそも自己実現なんて考えは無く、まずは生きて行くため、次に家族のためとかと言う理由が仕事を頑張らせる動機になってるんじゃ無いか?
そんな◯◯ちゃんと対照的な生き方をして来た看護師さんには、◯◯ちゃんの伝えたかった事は一生理解出来ないと思う
多分、看護師の女の子は今までの人生で生きるため、生命活動を維持する為の努力(仕事)なんて一度もしたこと無いだろうし。
まして「生きるために仕事をしなさい」なんて親も学校も一度も教えた事なんて無いだろう。
私ですら現在まで、無職になることと生命活動の維持を繋げて考えた事なんか一度も無い。
我々、日本人は動物的な感性や本能を何処かへ置いて来てしまったんだろうか?
自分も含めて、今の日本人は自分は何のために生まれて来て、何をするべきなのかなんて考え過ぎてはいないだろうか?
何処から来たのか…何処へ行くのか…なんて哲学的な事ばかり考え過ぎてやいないだろうか?
生き物として生まれて来た以上、生を全うする事と、子孫を残す事が最大の使命なはずなのに…
どんなビザで入国し就労をしているかは分からないが、明らかに日本人のスタッフより数多く働いている事は実感出来る。
つい数年前までは韓国系の学生らしき人達を多く見かけたが、近頃では中国系で学生じゃ無い様な感じの人が多くなったと思う。
まぁ、客として見た感じなので本質は分からないが、日本人のフリーターのニィちゃんやネェちゃんなんかよりも仕事やお金なんかに対する貪欲さを感じる。
で、こんな現象は近隣のコンビニや飲食店に限った話しでは無く、私が勤務している医療機関(老人病院)でも起こっている。
例えば、外注派遣の清掃作業員や人材派遣されている看護助手などの人達。
これらの職種では数人の中国系のスタッフがいて、流暢な日本語を話しながら一生懸命勤務をしている。
彼らがどんなバックグランドとヒストリーで日本に来て、どんなビザで就労しているかも知らないが同じ職場のスタッフとして、我々日本人の中に完全に溶け込んで仕事をしている事は確かな事実だろう。
そんな中国系のスタッフの中でも特に頑張って仕事をしている女の子がいる。
年齢は20代前半で中国残留孤児の直系の子孫であるらしく、日本に先に帰国している親類を頼って数年前に来日したらしい。
なんでも本国(中国国内)には弟がいて大学への進学を希望しているらしく、苦しい家計状況を打破する目的で日本への渡航を決めたらしい。
なんとも立派な目的である。
私が彼女と同年代だった頃を考えると頭が下がる思いである。
彼女の勤務形態はざっとこんな感じで、まず病院の清掃作業を朝7時から16時までこなし、その後は下町にある町工場で雑誌の付録なんかを包装する仕事を17時から21時までやっているらしい。
だから彼女は1日の大半、仕事をしていることになる。
それにしても強い意志と言うか、強い信念を持った人であると関心する。
普通、日本の様なチャラチャラした国に来たら、手っ取り早く”カネ”になる手段を選択する人もいるだろうに…水系や風系の仕事なんかに堕ちて逝っちゃう人もいるだろうし。
そんで先日、病棟に勤務している同年代の20代前半女性看護師さんが◯◯ちゃんに対しこう質問した…
「◯◯ちゃん(清掃の女の子)は、何でそんなに頑張って仕事をするの?」って
そしたら◯◯ちゃん困惑してたっけ…
流暢な日本語で精一杯自分の考えを伝え様としていたけど、本質の部分までは伝わらなかった。
多分気持ちが伝わらなかったのは語学力やボキャブラリーの問題では無く、人の心理それも心の奥底に存在する基礎の様なもの…根底の心理形態が違ってるんじゃないかな?
質問をした看護師さんにしてみれば看護と言う仕事をしていても、一生懸命働くと言う事の意味が分からずただ毎日仕事をしているんだと思う。
それに「一生懸命仕事をしても自分にはなんの見返りがある訳でも無い…」という考えが意識の根底にあるのかもしれない。
あと一番大きな要因は、この国”ニッポン”では一生懸命仕事をしなくても、ある程度の生活が成り立ってしまうという事実があるからでは無いか?
逆に質問をされた◯◯ちゃんはこう答えていた。
「仕事しないといけない…仕事しないとダメ…」みたいな事を繰り返していた。
で、私が彼女の意見を考察してみると…彼女にとって仕事をする事は即ち生きる事でありそれ以上でもそれ以下でも無いんじゃないかな?
もしかしたら彼女の二十数年の人生の中で、何のために頑張って働くのかなんて考えたことも無かったかもしれない。
例えば動物なんかが歩き続けるのは歩き続けなきゃ餌に辿り着けないからであって、歩き続けられ無いことは即ち死と直結しているからであろう。
動物(生物)としての本能が歩かせているのだろう。
だから◯◯ちゃんは「生きるため」に働いているって事を、不自由な日本語を使って説明したかったんじゃ無いかな?
そこには論理的な思考や打算的な回答は無く、生き物としての本質的な部分を説明したかったんじゃ無いかな?
現在の日本において、生きるための手段として仕事をしている人達はどれ程いるんだろうか?
日本が高度経済成長を境に経済的に安定国家になってしまった今、仕事を生命維持活動の一環として考え従事している人がどれ程いるだろうか?
多分、日本の若年層などを考えてみれば皆無ではないかな?
職安なんかで就職活動をしている若者には仕事をチョイスする時間的、経済的余裕があるんだろうか?
学校教育で、夢を持って目的を持って人生の自己実現をしましょう…みたいなことをインプリンティングされ育って来た人達にとって仕事とは自己実現の為の手段になってんじゃ無いか?
そんな人達とは対照的に高度経済成長以前の中国内陸部で育った◯◯ちゃんには、そもそも自己実現なんて考えは無く、まずは生きて行くため、次に家族のためとかと言う理由が仕事を頑張らせる動機になってるんじゃ無いか?
そんな◯◯ちゃんと対照的な生き方をして来た看護師さんには、◯◯ちゃんの伝えたかった事は一生理解出来ないと思う
多分、看護師の女の子は今までの人生で生きるため、生命活動を維持する為の努力(仕事)なんて一度もしたこと無いだろうし。
まして「生きるために仕事をしなさい」なんて親も学校も一度も教えた事なんて無いだろう。
私ですら現在まで、無職になることと生命活動の維持を繋げて考えた事なんか一度も無い。
我々、日本人は動物的な感性や本能を何処かへ置いて来てしまったんだろうか?
自分も含めて、今の日本人は自分は何のために生まれて来て、何をするべきなのかなんて考え過ぎてはいないだろうか?
何処から来たのか…何処へ行くのか…なんて哲学的な事ばかり考え過ぎてやいないだろうか?
生き物として生まれて来た以上、生を全うする事と、子孫を残す事が最大の使命なはずなのに…





