天草に入った俺たちは寝る場所を探していた
車内泊といっても何処でも寝られるわけではない
いい場所、悪い場所があるのだ
いい場所の条件とは、人気が無い、トイレがある、水場があるの3つ
できれば釣り場が近くにあると嬉しい
俺はトイレが無くとも平気なんだけど、女にとっては重要事項らしい
水場は自炊したときに洗物や魚をさばいたりするのに必要らしい
そんな訳で天草市のカフェの親父から聞いた「お万ヶ池公園」を寝床とすることにした
天草は、歴史の授業でも習う「天草の乱」で有名で、観光資源も豊富かと思いきや、以外に何もない
あるのは九州側に面し常にべた凪のうみ八代海と、夕日が赤くて有名な東シナ海である
夏に来ればいろいろとやることもあったかもしれないが、今は思いあたらない
天気もご覧のとおりである
天草の島は二つに別れていて、上が上天草、下はなんと言うかわからないが、多分下天草とかでいいんじゃないかとおもう
俺たちが寝床に決めた「お万ヶ池公園」はその下天草の端の方に位置している
お万ヶ池公園はその名のとおり、お万ヶ池を囲んで公園を作っている
お万ヶ池と海は小さな水路で繋がっており、満潮になると海水が流れてきて汽水域となるこの池には、鯉やうなぎ、はぜなどが生息している
公園周辺は民家と田園で囲まれた静かなところといった所だ
夕食を終え、駐車場で歯磨きをしていた俺は不意に緑色に光る点を見た
例の火の玉かと思った俺は見なかったことにするべく、般若心境を唱えながら歯を磨いていたら、また緑色の光がふわっと目の前を通り過ぎた
・・・・・
どうやら俺の般若心境を気に入ったようだ、俺の周りをくるくる回り始めた
舞台の暗幕を頭の上にばっさりとかぶせたような暗闇に一点の光
これはあのケツが光るという謎の虫、蛍ではなかろうか?
ためしに捕まえてみたよ
ケツの光るゴキブリといえば蛍しかいない
時期は早いような気がするけどこれは紛れも無く蛍
そういえばカフェの親父の友達が、天草で一番水の綺麗なここら辺で塩を作ってるって言ってたな
蛍は水の綺麗なところに住むって言うから間違いないだろう
こんなところで蛍が見れるなんて・・・
駐車場の後ろは田園が広がっている。俺たちはまだ蛍がいないか探すために田園を散歩してみることにした
さっきから気になっていたんだが、田園が多せいか、公園や海を含めここら辺いったいが肥やし臭い
月並みでわかりやすく言うと、鼻が曲がりそうだ
俺たちは曲がりそうで曲がらない鼻を顔につけて蛍を探す
するとまた目の前を蛍が横切った。やっぱいるじゃん蛍
田園に出てよーく目を凝らしてみると、遠くの方で木にとまった蛍たちが、ちょっと寂しいクリスマスのイルミネーションのように、一定の周期で光っている
数が少ないので、遠くにいる奴は目をしっかり凝らしてないと見逃してしまいそうになる
こういうの流蛍っていうんだろうな
そんな中嫁が「うわー綺麗」といいなが目の前を飛んでいた蛍を、蚊を叩き潰すような手つきで一匹捕まえた
嫁の握りこぶしの中心では緑の光が煌々と輝いていた
しかし、その数秒後には光は弱くなりやがて消えてしまった
手のひらを見てみると、蛍がひっくり返ってもがいているではない
焦った嫁はあわてて蛍を地面に戻したが、やがて動かなくなり、必要の無くなった灯台のように二度と光ることは無かった・・・
やっちまった
蛍をやっちまった
あーあ
やっちまったよ
このようにして、朧月の晩に、ただでさえ短い蛍のその生涯は閉じられたのである
な~む~
結局般若心境を唱える必要があったのだ
翌日俺たちは天草の数少ない観光地を旅行者らしく、老人会のツアーバスに混じりながら観光した
説明するまでもないが、天草の乱はキリシタンによる反乱だ
ただ俺が歴史の授業で習った知識だと、当時の幕府はキリシタン狩に力をいれていて、そんな幕府にキリシタンの多かった天草が反乱を起こした程度のことしか知らなかった
でも天草のキリシタン館の資料を眺めていると、違った背景が見えてくる
江戸の時代はまだ年貢や米といった、今で言う税金のような圧制で地方の農民や商人などの働く人を苦しめていた
反乱や一揆の火種は常に燻っていたが、やりての徳川は各武将の力を削ぐ政策で均衡を保っていた
そんな中キリシタンの多かった天草では、キリスト教という一つの共通点で団結し、反乱に至ったのではなかろうかという結論に達した
人は弾圧されれば必ず反発心が芽生える生き物
税金で苦しめられた上に、宗教を弾圧されたことにより、反乱に火がついた
自分たちの信仰心というよりは、少しでも生活を楽にしたいがための反乱だったのではないかと・・・
歴史の勉強をしているといつも思うことなんだけど、宗教って怖い
今回の天草の乱にしても、キリスト教という形のない信仰心だけで成り立ったいる概念で数万人もの人が死んだ
実は徳川がキリスタン狩りに力を入れていたのは、これを恐れてのことだった言われている
キリスト教の良し悪しではなく、一つの国に宗教という巨大な力が二つも存在すると、力の均衡が崩れ再び戦乱の時代に突入してしまう
いつの時代も宗教は戦乱の原因と成り得る
結局、天草の乱はそのいい例になったのではないだろうか?
そう考えると、徳川の政策は今の時代から考えると、強引かつ高圧的で許されないかもしれないが、安定した社会を築く高度な政治だった
戦乱を避けるための大政奉還といい、かなり高度な政治を行ってきたんだなーと天草の地で考えてます
教会なのに畳
どんより空の教会もあじがってよし
晴れるとこんなに綺麗な天草の海
赤くて有名な東シナ海の夕日
山から
天草では釣り以外にやることは無く、その釣りも釣果はいまいち
シーバス釣りをしているのになぜかイカが釣れる
釣りのメッカの筈なのに何も釣れない
俺のセンスがないんだろうなー
飽きたからそろそろ天草を出ます

























