都市伝説としてのセンジョウケイコ。その2。愛媛川皐月の追求。 | 墜落症候群

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墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 愛媛川皐月(エヒメガワ・サツキ)はありふれた行動を取っていた。
 それはある文脈に置かれた人間なら誰だって取るような当たり前の行動だ。
 つまり、自殺者を家族に持った人間なら、考えずにはいられないことを確かめたい心理。
 どうして、自分の身内は自分から死を選んだのか、その理由を知りたい。だから調べる。探求する。突き止めるまで歩みをやめない。
 愛媛川皐月の場合、その対象は自分の姉だった。
 愛媛川可織(エヒメガワ・カオリ)。私立高原高校の三年生だった彼女の姉は、唐突に自殺した。例えば、いじめられていたとか、それ以前から暗い要素があったとかではなく、唐突に、姉はいつもの姉のまま、自殺を選んだのだった。
 というか、あの事件に限っていえば、もはや姉だけの都合とは言えないだろう。
 私立高原高校、その七月八日に自殺したのは、自分の姉だけではなかったのだから。
 丁度、十人の高校生が、学年もクラスもバラバラの高校生が、宙を舞い、地面に激突し、死亡した。
 高原高校集団自殺事件、まるで共通項の見えない十人が死んだことから、付いた通称はアトランダム・スーサイド。
 まるで、自殺者の意志に関係なく、自然災害のように無作為に自殺する人間が選ばれたようなそのネーミングは、高原高校の生徒にある種の恐怖心を与えた。
 だって、死んだ生徒たちは、本当にその前日まで、いや死んだ当日ですらもまるで変わった様子がなかったのだ。当たり前に授業を受け、当たり前に談笑をしていた身近な友人が、クラスメートが、簡単に死を選ぶ。
 悪霊に取り憑かれたように。亡霊に導かれたように。
 その事実は、「次は自分が死を選ぶかもしれない」という恐怖を、高原高校在校生に与えるには充分だったのだ。
 だから、その日から数週間に渡り、高原高校では欠席者が続出した。しかし、最終的には、集団自殺が起きたのは一回だけだった。
 その後、都市伝説的に、広まった名前がある。
 その名前が、「千丈景子(センジョウ・ケイコ)」である。
 この人物こそが、悪霊、あるいは亡霊の正体、この集団自殺の首謀者であるという噂が、広く流布したのだ。

「だから、千丈景子というのは、まるで、自殺を誘う亡霊のように語られ、自殺者の死に際に幻視されるという都市伝説になった」
「…………」
 高原高校屋上にて、二人の女生徒が向かい合っている。いや、正確に言えば、片方は高原高校の生徒ではない。同じ学区にある別の高校、公立共学の栄門高校の制服を着ているからだ。
「千丈景子は、自殺者のリーダーのような語られ方をする。だから当然、自殺者の中に含まれていないといけない……だけれど、死んでいないんですよね。千丈景子。
 自殺の首謀者だったにも関わらず、自殺者名簿には存在しない、謎の女生徒、千丈景子……でも、それは完全な噂じゃない。同姓同名の女生徒は、自殺してはいないものの存在する――あのアトランダム・スーサイドの日から登校拒否になっていますけど。
 ――ねえ、来てもらえたのは感謝しますけれど、いい加減、だんまりを決め込むのはやめたらどうですか? 千丈景子、さん」
「……私、は」
「あなたがもし、事件と何の関係もないとしたら、これはとんでもない話ですよね。自殺も――私の姉も含まれる、集団自殺ももちろん大事ですけれど、それに巻き込まれる形で、勝手な噂で、不登校に追い込まれたとしたら、それだって、決して軽視しちゃいけない話です。
 でも……違うんですよね?
 千丈景子さん、あなたの名前がネット掲示板から全国区に広まったのは、決して偶然なんかじゃない。ある種の報復行動だったそうじゃないですか?
 集団自殺が起こったのはこの屋上でした。そして、あなたは屋上に集う生徒の一人として、確かに目撃されていた……にも関わらず、あなただけが生き残った。
 一体、どういうことなんですか?
 あの日、何が起こったっていうんですか?!」
「…………」
「一部の噂では、あなたはいじめられており、その復讐のために、複数人を自殺させたというものもある……でも、どうやったら、一人を突き落としたのでもない、集団を、全員自殺に追い込めたっていうんです?!」
「……私は、」
 千丈景子は、
「私は悪くない……」
 愛媛川皐月の前でへたり込んだ。
 泣きそうな弱々しい声。しかし、彼女は――皐月との面会に応じたのだ。本当に首謀者だった場合、このような接触は避けて当然のはずだ。つまり、今、千丈景子の中では罪悪感、後ろめたさが渦巻いているということではないのか?
 だからこそ、こうして皐月の目の前に立っているんじゃないのか?
「この期に及んでっ」
「私にも、わからないのっ。なんで、あんなことになってしまったのか、まるでわからないのよぉっ」
 切羽詰まったような、混乱に満ちた千丈景子の声に、皐月は声のトーンを落とした。
「それじゃあ……それじゃあ、あの日、一体何があったっていうんですかっ」
 千丈景子は俯いている。その目は虚のように、何も見つめていないように思える。しかし、彼女はバラバラになったパズルのピースをかき集めるように、ポツリポツリと喋り始めた。そこに語られた真相は、皐月をして、人生の無気力に浸らざるを得ないような、そんな話だった。