2012年05月30日 01時33分26秒
posted by all-of-us
バカにできない健康志向
テーマ:酒井聡の日記
先日、神奈川県の鍋割山
に友人と3人で登った。
鍋割山は標高1,300mの、初心者向けとは言いにくい山だ。
雨が降っていたのもあるが、体力的にかなり厳しかった。
その鍋割山の山頂に山荘がある。
そこで食べることのできる鍋焼きうどんは非常においしいので、
登ることがあったら途中の茶店には目もくれずにこの山荘を目指してほしい。
さて、この山荘には大雨だと言うのに先客がいた。
とても元気なおじいさんだ。
雨の中を登ってきたわけではなく、数日前から山荘に泊まっているらしい。
聞けば82歳だと言う。
晴れている日だとしても、
あの勾配の激しい山道を82歳のおじいさんが登るというのは並大抵ではない。
リタイアするまでは運動する暇がなかったが、
定年後に山登りを習慣にしたらしい。
定年後からでも運動すれば健康を維持できるのかと期待したが、
追求してみるとその方は自衛隊に勤めていたらしい。
自衛隊の日常は知らないけど運動がタスクの一部であることは固いと思うので、
ちょっと話が違う。
とは言え、82歳で頭も体も20代に劣らないというのはすごく魅力的だ。
寝たきりと20代とでは可処分時間の質が違いすぎる。
70歳で寝たきりになって20年間生きるのと、
70歳で20代のパフォーマンスを保って20年間生きるのを比較してみると、
自由にできる時間が20年間違う。
こんなに分かりきったことをわざわざ計算したのは、
数値化しないとその価値が明確にならないからだ。
感覚だけだと人間は正しく判断できないことが多い。
一度計算する必要があると思ってこの記事を書いている。
20年間というのは本当に大きい。
僕は今25歳なので、20年は今までの人生の4/5に当たる。
5歳で言語野がまともに発達したとするとほとんど一生と変わらない。
この20年間を手に入れるにはどうしたら良いかという話になる。
費用対効果のことを考える。
仮に20歳時点から健康のために毎日30分を費やすとする。
これを50年間続けたとしたら、合計で9125時間となる。
1日の睡眠時間を除外した可処分時間を17時間だとすると、
9125時間は537日に当たり、1.5年に満たない。
1.5年の投資で20年がリターンとして得られると考えると、
費用対効果は1333%になる。
仮に1日2時間健康に費やしても費用対効果は333%なので元は取れすぎる。
当然、運動は20-70歳の間にも様々なメリットをもたらす。
最近僕は毎日30~60分くらいを運動に当てているので、
この意味を一面から数値換算してみた。
今日の運動は明日のためになっているし、50年後のためにもなっている。
「明日のための運動」は流行ってるけど、
「50年後のための運動」はあんまり流行ってない。
でも規模があまりにも大きいので「50年後のための運動」がもっと流行っても良いんじゃないかと思う。
僕は50年後も価値を生めるような人間でありたい。
鍋割山は標高1,300mの、初心者向けとは言いにくい山だ。
雨が降っていたのもあるが、体力的にかなり厳しかった。
その鍋割山の山頂に山荘がある。
そこで食べることのできる鍋焼きうどんは非常においしいので、
登ることがあったら途中の茶店には目もくれずにこの山荘を目指してほしい。
さて、この山荘には大雨だと言うのに先客がいた。
とても元気なおじいさんだ。
雨の中を登ってきたわけではなく、数日前から山荘に泊まっているらしい。
聞けば82歳だと言う。
晴れている日だとしても、
あの勾配の激しい山道を82歳のおじいさんが登るというのは並大抵ではない。
リタイアするまでは運動する暇がなかったが、
定年後に山登りを習慣にしたらしい。
定年後からでも運動すれば健康を維持できるのかと期待したが、
追求してみるとその方は自衛隊に勤めていたらしい。
自衛隊の日常は知らないけど運動がタスクの一部であることは固いと思うので、
ちょっと話が違う。
とは言え、82歳で頭も体も20代に劣らないというのはすごく魅力的だ。
寝たきりと20代とでは可処分時間の質が違いすぎる。
70歳で寝たきりになって20年間生きるのと、
70歳で20代のパフォーマンスを保って20年間生きるのを比較してみると、
自由にできる時間が20年間違う。
こんなに分かりきったことをわざわざ計算したのは、
数値化しないとその価値が明確にならないからだ。
感覚だけだと人間は正しく判断できないことが多い。
一度計算する必要があると思ってこの記事を書いている。
20年間というのは本当に大きい。
僕は今25歳なので、20年は今までの人生の4/5に当たる。
5歳で言語野がまともに発達したとするとほとんど一生と変わらない。
この20年間を手に入れるにはどうしたら良いかという話になる。
費用対効果のことを考える。
仮に20歳時点から健康のために毎日30分を費やすとする。
これを50年間続けたとしたら、合計で9125時間となる。
1日の睡眠時間を除外した可処分時間を17時間だとすると、
9125時間は537日に当たり、1.5年に満たない。
1.5年の投資で20年がリターンとして得られると考えると、
費用対効果は1333%になる。
仮に1日2時間健康に費やしても費用対効果は333%なので元は取れすぎる。
当然、運動は20-70歳の間にも様々なメリットをもたらす。
最近僕は毎日30~60分くらいを運動に当てているので、
この意味を一面から数値換算してみた。
今日の運動は明日のためになっているし、50年後のためにもなっている。
「明日のための運動」は流行ってるけど、
「50年後のための運動」はあんまり流行ってない。
でも規模があまりにも大きいので「50年後のための運動」がもっと流行っても良いんじゃないかと思う。
僕は50年後も価値を生めるような人間でありたい。






