「365日の言の葉」

 自分が生きていること、生かされていることを誰かに知ってもらいたい・・・。
それで始めたブログなので、日々起きたことや感じたこと、また以前と同じくAKB48関連や詞(詩)などジャンルを問わず更新していきます


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【今月3日に、首都直下型地震後のシミュレーションについて書いたり、燻っていた小さな地震が九州で、昨夜大きな牙を向いた。もはや他人事とは言えないだけに、怖さや心配が拭えませんね…】




気象庁は、昨夜午後9時26分頃に熊本県で起きた震度7を観測した地震を、「平成28年熊本地震」と名付けたと発表した。大きな被害を受けた災害に名前を付けることがあり、今回のように地震災害に名前がつくのは、5年前の「平成23年東北地方太平洋沖地震」、いわゆる「東日本大震災」以来となる。



マグニチュード(M)は6.5と計測され、平成7年に起きたM7.3規模の阪神大震災より一回り小さいが、民家の倒壊や高層マンションの被害、更には液状化や地面の隆起や陥没など、被害は内陸部の極浅いところで起こった、直下型地震の典型的な状況となっており、国が主要活断層帯としている布田川・日奈久断層帯に沿うように発生した。ところで、何故「平成28年」なんでしょうか?実は、今から129年前の明治22年に、今回の極近くを震源としていた「熊本地震」が起きていました。



◇共通点の多さに慄然
1889(明治22)年7月28日23時45分に発生した、熊本県熊本地方を震源とする直下型地震であり、死者は20人、建物は239棟が全壊したとの記録があり、今回と同じく熊本城も大きな被害を受けた。震源は熊本市西方の金峰山南東麓付近とされたことから、そこから取って「金峰山地震」とも呼ばれている。現在でいえば、熊本市北東部を分岐点に西南西方向へ延びる、布田川断層での地震だったようである。



当時の記述によると、余震は一週間ほど経っても起こり、熊本城の石垣などが崩落した様子が分かる。(五野 保萬日記) また、国立科学博物館のホームページには当時の写真がアップされており、城関連の被害や民家の被害状況そして地割れなど、今テレビで見ている「平成28年」版とそっくりの場面を見ることができ、それには慄然するばかりである。そのページにある説明文には、「わが国の地震の被害を写した最も古いものかもしれません」と書かれている。



日本が、近代国家として歩み始めて最初に都市が襲われた地震が、明治22年に起きた熊本地震だったわけである。その地震波は、「遠くドイツのポツダムの重力計に記録された」とある。かなりエポックメイキングな地震だったことが窺える。今回の地震は、熊本市北東から南南西方向へ分岐する、日奈久断層帯に沿って本震と余震が起こっている。地質学的には、100年なんかあっという間である。双子のような断層の一方が、129年を経て覚醒し暴れたということである。



◇列島から見る様々な共通点
明治中期は、内陸型地震が多発した時期だった。科博のHPには、日本地図にいくつかの内陸で起きた地震がプロットされている。明治29年には、岩手・秋田内陸でM7.2の陸羽地震が発生した。38年には、広島・愛媛瀬戸内地方でM7.2の明治芸予地震が起きた。これらは、平成13年にM6.7発生の芸予地震、20年にM7.2発生の岩手・宮城内陸地震と被災地域が重なる。直下型地震のメカニズムとしては
1)太平洋側から押し寄せ、日本列島の下に沈み込むプレートの圧力で、列島は常に西方に向かい押されている
2)次第にたわんで、それが限界に達した時、傷付いた部分が壊れる
3)その傷が断層となり、壊れた振動が直下型地震になる
つまり、断層とされる地面の巨大な地割れは弱い部分なので、繰り返し同じような場所で起こる可能性がある。



明治中期から大正・昭和初期にかけて、地球物理的な力で地震が50年間に渡り相次いだ。最大のものは科博の地図には示されていないが、明治24年にM8として岐阜・愛知県地方を襲い、死者が7200人超を記録した濃尾地震であり、名古屋市内が炎に包まれた様子は、東京大学が所属する当時の瓦版の錦絵にも描かれています。また27年には、明治東京地震が起こっている。M7級の直下型地震で、震源がやや深かったことが幸いしたのかもしれないが、それでも31人が亡くなり、首都圏の都市インフラは大打撃を受けた。煙突が多数被害を受けたことから、「煙突地震」と呼ばれた。



その後、大正14年に死者が465人も出た北但馬地震や、昭和2年に死者が2925人も出た北丹後地震など、日本海側を中心に大地震が数多く発生し、昭和19年と21年の南海トラフ巨大地震である、東南海・南海地震の発生へと繋がっていく。現在考えられている一連の内陸で起こる直下型地震と海溝型の巨大地震の発生メカニズムは、こうした過去の経験によるところも大きい。



◇地震はいつどこで起こるか分からない
こう見ると、もはや首都直下型地震はいつ来てもおかしくないことが分かる。浅間山を始め、火山に近く火山灰土の関東ローム層に厚く覆われた関東平野で、活断層を見出だすことは容易くはない。一時は、首都直下には地表に現れていない小型のプレートが挟まっているという研究もあったほど、首都圏の地下は未知の領域である。例えそれがあると分かっても、いつどこが動くのかは「神のみぞ知る」である。しかし少なくとも東京の人は東京の、 兵庫県豊岡市の人は豊岡市の過去から将来を想定し、自宅の防災備品や家具の固定など、家庭内での安全確認や避難場所のチェックは怠らないようにしたい。災害を理解し防災意識を高め、準備を怠らないことが身を守る唯一の術である。まだ数十年は、日本列島に迫り来る更なる直下型地震の危機からは、人間は逃れられない…。




(参考資料:産経新聞ニュース 4月15日付)
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