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April 12, 2012

地図の愉しみ、空想散歩

テーマ:ぼちぼち・つれづれ
子どもの頃から、地図が大好き。
世界地図から街の観光案内地図まで、どんなものでもくまなくながめて、長い時間楽しんでいられる。

怪我で長く寝込んでいたため、体力が落ちてしまい、いまだに横になって過ごす時間が長いのだけれど
地図をながめていると、いながらにして、いろいろなところへ出かけた気分になれる。

今は「月」にまつわる名前を見つけては、どんなところか空想して楽しんでいる。
ムーンストーン・レーン(月長石小路)や、ムーンライト・ベイ(月光湾)などなど。
どことなくファンタジーのような響きがあって、いつか行ってみたい気持ちをそそられる。

ウィリアム・サローヤンの小説『パパ・ユーアー・クレイジー』にも、ハーフムーン・ベイ(半月湾)
という地名に魅せられた男の子と、その父親が、オンボロ車ではるばるそこを訪ねるというエピソードが
あって、そのくだりを読むたびに、自分まで子どものようにわくわくした気持ちになってしまう。

地名に注目する以外にも、川の流れや鉄道路線をたどってみたり、通りに並ぶ店の名前を眺めたり、
観光名所の印があるところの説明を読んだりと、地図の愉しみかたは実にいろいろあって、飽きない。

自分があまりにも地図が大好きなので、地図なんてほとんど見ない、興味がない、という人もけっこう多く
いることが、何とも不意義でしかたがない……。
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February 29, 2012

雨の中でダンス

テーマ:ぼちぼち・つれづれ
雨の中でダンスを、というのは、
今朝テレビで見た、ベニシア・スタンリー・スミスさんの講演会での言葉。
逆境にあっても人生を楽しむ、というような意味合い。

そういえば、これにちょっと似た言葉、持っていたなあ、と思って探してみたら、
あった、あった。
何年も前に手に入れた、市販品のグリーティングカード。
(面白いデザインのものや、気のきいたフレーズの書かれたカードを見かけると、買い集めている)
白無地のカードに、丸っこい書体で、大ぶりの文字だけが並んでいる。

 
 雨の中を散歩しよう
 花の香りをかごう
 砂のお城を作ろう
 ピクニックをしよう
 もののしくみを知ろう
 おとぎ話をしてみよう
 魔法の言葉を言おう
 この世界を信じよう
                  -Bruce Williamson


(※英語で「魔法の言葉」といえば、「お願いします」「どうぞ」)

今のような、何とも言えず不安なことの多い世の中だからこそ、
雨の中を散歩し、人生のシンプルな喜びを大切にしながら
「世界を信じて」日々を生きることには、意味があるかもしれない。

好むと好まざるとにかかわらず、これが私たちの、たったひとつの世界なのだから。
February 19, 2012

その制服、寒すぎない?

テーマ:ぼちぼち・つれづれ
今ではすっかり女子高校生の定番になった、チェックのミニのプリーツスカート姿。
学校指定の制服であってもなくても、彼女らはあのスタイルをしたいものらしい。
でも、さすがに真冬は寒すぎるんじゃないの?ということで、
女子のスラックス(ズボン)スタイルの制服について、話題になっているようだ。

ニュース番組でも取り上げられていて、実際に着て見せていたけれど、
なぜかそのスラックス姿が、どうしようもなくカッコ悪かった。
とても今時のおしゃれに敏感な高校生が、喜んで着てくれそうにない感じ。

せめて、スカートと同じようなチェックの生地で、ひざを絞ってあるならまだよかったのに、
なぜか上着と同じ無地で、筒も太めの、ずんぐりだぼんとしたシルエット。
それを短め丈の上着に合わせているので、腰回りが太く見える。
たまたまニュースで取り上げた学校の制服が、今ひとつだっただけかもしれないけれど、
これじゃ着たくないよね、という印象だった。

おしゃれなスラックススタイルを実際の高校生から公募するとか、何とか、できないものだろうか?
制服はオーダーメイドなんだし、形によってはきっと、ずっとカッコよくなるはずなんだけど。

もしくは、スラックスでなく、スカートの下に学校指定の暖かいスパッツを着るよう義務づけるとか?

真冬にナマ脚むき出しで、寒さに唇の色が変わっているような女の子は、やっぱり不健康だと思う。
まだ高校生のうちは、親や学校がある程度、服装に介入した方がいいかも(男女関係なく)。

……なんてことをつい大人目線で考えてしまう自分は、高校生からしたら、うっとうしいんだろうな。
February 04, 2012

おひなさま

テーマ:ぼちぼち・つれづれ
大寒から、暦どおり本当に寒くなった。
今朝もやっぱり寒かったけれど、それでも立春。

鬼のお面を片付けて、いよいよ、おひなさまを出さなくちゃ。

実家には、小学生の頃ねだって買ってもらった、なつかしい五段びながある。
決して豪華なものじゃないけど、それでも、自分で選んだだけに愛着はひとしお。
今住んでいる家は、五段びなを広げるには手狭すぎるので、もう何年も見ていない……。

今、家にあるのは、100均で何年か前に買った中国製の豆びな。
だるまさんのような形をしていて、人形の大きさがピーナツほどの、本当に小さなものだ。

本当は、小さくても手の込んだおひなさまが欲しいとずっと思っているのだけど、
なかなか、「これぞ」というものに出会わない。

この時期、おひなさまのコマーシャルを見るにつけ、何だかとてもうらやましいような気持ちになる。
親王飾りでいいから、欲しいなあ……。

大人になっても、自分のおひなさまを飾っている人って、どのくらいいるのかな?






January 21, 2012

阪神淡路大震災。あの時…

テーマ:ぼちぼち・つれづれ

17年目の「あの日」はもう過ぎたのに、なぜ今頃、阪神淡路大震災の話題なのかというと、

今年は、去年の東日本大震災のこともあって、ことさらに複雑な思いがいろいろと浮かんできたため

何を書くか決めるのに、数日かかってしまったから。


とか言いながら、毎年同じようなことを書いている気もするけれど、直接「あの日」を経験した世代としては、

覚えていることを伝えていくのも、また大切ではないかと思うので……。


1995年1月17日。


よくあることだけど、早朝にふと目が覚めて、そのあとじきに揺れがきた。

でも、関東では地震はけっこうよくあることだし、そんなに激しい揺れではなかったので、

ああ、地震だなあと思っただけだった。


目がさめてしまったのでそのまま起きだして、朝食の準備などしていたのだけど、TVのニュースで

初めて、神戸で大地震があったことを知った。


最初は映像がはいらなかったので、どの程度の被害が出ているのか、よくわからなかった。

相方の神戸の実家に電話をかけたら、最初の一瞬だけ電話が通じた。ものすごく動転していた。

(のちに、実家は半壊認定をうけた)


しばらくしてやっとTVに映像が入った。


阪神高速道路の高架が落ちているのをこの目で見た。


その瞬間、わかった。これは間違いなく、広範囲にものすごい被害が出ている。


相方に「すぐ実家に帰って!」と言って、家にあるありったけの食料、軍手、カメラなどを持たせて送り出した。

(とはいえ、新婚旅行から帰ってまだ2,3日目だったから、保存のきく食べ物はあまりなかった)

その時とっさに作ったバターたっぷりのトーストが、相方のために作った初めての弁当になった。


その日は、新幹線も止まっていたし、阪神間の交通は寸断されていた。相方は途中の親戚の家で借りた

ミニバイクでガレキの中を延々と走り、翌日になってやっと、何とか実家にたどりついたという。


私はその日、情報を求めてTVを見続けていた。燃えさかる神戸の映像ばかりが延々と流れていたように思う。

教育テレビではいつまでも尋ね人情報が流れていて、まるで戦争のあとみたいだった。


ある意味、震災って戦争のようなものだ。


神戸の街は、第二次世界大戦の空襲で焼け野原になったのだけれど、震災の翌朝の神戸は、

再びその頃の写真にそっくりになっていた。


震災発生直後のことで記憶に残っているのは、このくらい。

その後数日の詳細は、記憶からみごとに消去されている。


覚えているのは、前年まで勤務していた元職場が倒壊・全焼したニュースなど、ほんのわずかなことだけ。

抜け落ちた記憶は、おそらく戻ってはこないだろうと言われている。


それだけショックが強かったということなのだろうけど、いつか、ふっと思い出せたりしないだろうか?

確かに辛い記憶には違いないけれど、できる限り、しっかり覚えていたいことだから。



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