ぽち。

ただ、一言

   「ありがとう。」





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夜、眠れないときがたまにある。

怖くて、暗くて、特に雨や雷の日なんて目を閉じるのも、電気を消すことも出来ない。

朝方まで起きてたりなんて休日が増えて、時間だけが過ぎていく。

そんな時、思うんだ。考えるんだ。

私にとっての大切な人たちや、大切な過去を。

今日はなんだか眠れなくて、雷もひどくて、頑張って気を紛らわしたりしてたけど、

そんな過ぎゆく時間だからこそ、振り返ってみた。読み返してみた。見直してみた。

私の過去、愛読書、そして素敵なコトバ達を。

そう、言葉、言の葉、なんていうけれど、「コトバ」は変幻自在だから心を掴まれる。

元は、言の葉なんて音で括られるものでは無かったはず。偉大なのです。コトバとは。

私の過去には、綺麗な事ばかりじゃなかった。嘘だってついたし、人だって傷つけた。
いじめだってあったし、孤独も感じた。ただ誰かに縋り付きたかったのかもしれない。

それでも楽しいこと、嬉しかったこと、素敵な事だって十分すぎるくらいに溢れてた。

いつの日か、家族の前で私だけは泣いちゃダメだと強く思った。何度かそれでも泣いてしまったけど、
ちょっとくらいの寂しさや、孤独感は自分の我侭な気がして、耐えることだって覚えた。
その分、外で人に甘えて、縋ってたら元もないのに、ね笑

お母さんも、お父さんも、兄弟も、姉妹も、十分すぎるくらい愛を与えてくれてたのに、心に開いた塞がらない隙間からは風が通り過ぎるように私の全ての温もりを奪っていった。

お兄ちゃんの背中は私には大きくて、安心してただけ、ショックも強かった。一瞬で、私の中から、何かが絶え間なく崩れていく音が響いた。

いい子でいなきゃ、みんなに迷惑がかかる。
いい子でいなきゃ、お兄ちゃんを悲しませる。
小さい心の器で、ただそんな思いだけで頑張った。

特に何をしようという訳でもないけれど、要領だけは良かったから・・・、
そんなのは小さい子供の思い込みでしかなかったけど、
ある時は、いいお姉さんで、良い保育園児で、良い娘になろうとした。
いじめられてた時もあった、泣いたかはもう、覚えてないけど。
男性が怖くなったのだけは覚えてる。

家族の男の人しか安心できなかった。

そんな内の一人だった実兄が出て行ったときなんて、もう脳内はパンクしそうだった。
たしか、冷蔵庫に入れてたイチゴミルクのこととか、余計なことにまで不安を覚えた。

そのときの私は小学生。もう嘘もついたあとで、悪いことだって程々にした。
それでも、残るのは虚無感だけ。時間だけが過ぎて、良くわからない日々だった。
その良くわからなかった日常が、自分のせいだと思った。
私のせいでおにいちゃんは出て行ったとか、私が嫌いになってしまったのか、とか
思いつくのは、利己的な思いばかりで嫌になった。

それでも、家族には明るく振舞いたかった。でも、いつしかその甘えなさから、知らない間に私は依存を覚えたのかもしれない。依存は、破滅しか呼ばない、そう思い始めたのはそれから何年も後だった。

まだ幼い私には、甘えない明るさは難しかった。どうすればいいかわからなかった。強くならなきゃ、家族を守らなきゃ、そこから生まれた「強さ」はどこで道を間違えたのか・・・、
いつの間にか、愛想のない、可愛げのない、口先だけの、反抗的で汚い、とても汚い、「強さ」を本当の強さと錯覚していた。

その錯覚で、どれほどの人を傷つけ、どれほどのものを失っただろう。どれほどの自分を殺し、どれほどの欠片を汚しただろう。

中学に入るころまでには、自分ほどに醜いものはこの世にはないとさえ思ったくらい。
黒くて、汚くて、苦しくて、訳が分からないほどに混乱した。
過去に戻りたい、純粋だったあの頃に、そう望んだ事だって何度あっただろう。
考えても、空回りをするだけで答えの見えない渦の中の思いとは裏腹に、世界は時を刻み、
立ち止まりたいのに、立ち止まることさえ許されなかった。
もう、既に本当の自分は息も絶え絶えに、潤いもなく、枯れきった喉から音の無い悲鳴をあげてたはずなのに、無視をした。

どれだけ、人とは愚かなのだろう。
なんて私はいうけれど、実際はその「人」とは私自身で、逃げていただけだ。全てから。

兄のあの、たった一言で私は「家族」というものが分からなくなるくらいには、確実に限界に近づいていた。兄はたった一言吐いたんだ、「お前は、あの人たちを信じるのか?」と。私は笑って誤魔化すしかなかった、泣きそうで、苦しくて、息ができなくて、怖かった。

あれが真実だとしたならば、真実はとても残酷だ。

家族の中で、誰を信じるだとか、誰が嘘をついてるんだとか、そんな事考えるなんて、狂ってる。おかしいんだ。何故、血を分かち合いながら、絆を結び合いながら、助け合いながら、誰かを蹴落とそうとするの?じゃあ、家族って、なんなの?今までの家族はなんだったの?そんな疑問に支配された。

そして高校になり、自分でも分かってるのに、自分を傷つける行動ばかりして、「案外、私ってドアホだな」なんて思って笑っちゃったこともあったっけ。

なのに、自分を変えるのは難しくて、周りの人たちが遠すぎて、またわけがわからなくなって、
何故、私が周りに笑われるのかも、嫌われるのかも、いきなり怒鳴られるのかも、さっぱりわからなくて。初めて、日本人が怖くなったりもした。

夢を、大きな夢を持つことを、なんだかんだで一番私を大切にしっかり教育してくれるお母さんのことを、ずっとずっと皆なりに頑張って見つけた兄弟、姉妹の答えを、笑われることに人の残酷さと理不尽さを知った。馬鹿じゃないの、現実みなよ、などと散々言われ、おそい、うざい、むかつくとイキナリ怒鳴られて、自分がただ好きなだけのものに勝手な天秤にかけられ、言い返せもしない、私は、ばか、だと思いますか。愚かでしょうか。弱虫でしょうか。

そうだとしても、それでいいのです。私は知っているから。
一度持った真の夢はいくら壮大でも諦められないことを、私の両親がどれだけ人々に尽くしているか、私の家族、みんながどれだけ頑張った土台の上で精一杯笑っているのかを、知っているから。


ふと思った。この世には沢山の不自由のなかでも笑顔な人たちや、努力をし続ける人々や、生きたくても生きれなかった人々がどれだけ溢れているのか、と。それはもう、想像できないくらいにいるはずで、理不尽なことばかりだとも思った。

けれど、そういう人達がいるという、その存在を知っているだけで、照らされる世界もある。

いくら穢れようとも、いくら不公平と喚こうとも、いくら最悪だと思おうとも、

今、息をしていることが

今、こうしてブログを書けていることが

今、こうして命があって

ふとした時に、大切な人を思い出せることが

どれだけ、尊いものなのかを。

どれだけ、力強い光なのかを。

どれだけ、幸せで、大切なことなのかを。

ヒシヒシと感じ、その感じれることさえもが幸せなのだと気づかされるのです。

ありがとう、 ありがとう

とても ありがとう。


誠に勝手ながら、
今日で、このブログの更新無期限停止とさせていただきます。


いままで、ありがとうございました。

世界の片隅から、皆様の幸福を願っております。

                               まあ。

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