2009年02月21日(土)
「ラモーの甥」ディドロ著
テーマ:昼寝の枕は猫の尻尾
先日読み終えて御紹介いたしましたところのヘーゲルさんの「精神現象学」にゃほとんど個人名が登場いたしません。カントさんがチョロっと、しかし実際はカントさんをターゲットにして話しは始まるんでありますが、、、それと本書のディドロさんであります。(他にもあったかもしれんけど覚えとりません)
「教養」っちゅう項目の中で言及されとるんでありますが、それは共同体の中での権力、例えば「富」じゃったりする訳でありますが、それを「正」ととるか「邪」ととるか、ってな場合、往々にしてそれは簡単にひっくり返ってまうもんである、と。そんなもんは時と場合によって転倒してまうんじゃー!と。
しかるに、真の精神っちゅうもんは分裂してもうた「正」と「邪」をひっくるめて統一せにゃならん、と。その「正」と「邪」の行ったり来たりの動きの中にこそ精神はあるどー、ってな文脈でこの「ラモーの甥」を引いておられるんであります。
本書は「私」と「ラモーの甥」のふたりの会話で成り立っとるんでありますが、確かに話題がコロコロ変わりつつ、「正」と「邪」が簡単に転倒しながら物語が進んでまいります。つまりヘーゲルさんはその転倒の動きの全体像を見据える事、それが重要である、っちゅう訳でディドロさんの名前を出してきたんでありますなぁ。
世界から遠ざかるようにとの要求が、すべての個人にむけられた一般的な要求だとすると、その意味するところは、理性が到達した精神的教養にあふれる意識をふたたび放棄し、教養ゆたかな世界から単純きわまる自然な心情と、無邪気ともいえる野生的で身近な動物的意識へと逆戻りせよ、というところにはなく、教養ゆたかな精神にたいして要求されるのは、その混乱状態を脱して精神を立て直し、もっと高貴な意識を獲得すべきだということにほかならない。
本書はディドロさんの死後、出版されたもんであります。1784年にディドロさんはお亡くなりになっとりますので、それ以降っちゅうことですなぁ。ヘーゲルさんが「精神現象学」をお書きになったんは1807年。ルイ16世がギロチンで首をチョン切られたんは1793年の事であります。欧州が一番ハチャメチャじゃった頃でもございましょう。
何でも「ラモーの甥」は当初仏国内じゃ全然見向きもされんかったんじゃそうであります。それが独国のヘーゲルさんはわざわざ名前を出してまで御紹介しとられます。フランス革命前後っちゅうのんは実におもろいですなぁ。






