明日は、サンラボのプレゼン。
会の流れの中での「私の役割」と「伝えたい事」を整理しなければ。
とブログに向かってみる。
ブレストにブログを使うなんて、自分勝手なブロガーである。
ピースボートのボランティアプログラムについては割愛するつもり。
ボランティアを派遣している団体は、ピースボートでなくても、なんでもいい。
手段はいくらでもあると思うので。
「伝えたい事」は、被災地の最新状況。
それも個人的な分析ではなく、リアルな状況。

この夫婦は、私達が石巻で側溝の泥掻きを行っている時に。
「暑いでしょ?水浴びしなさい。」
と自宅の水場を貸してくれた。
3日ぶりに頭皮に水が触れる。
協力隊を経験してからか、すぐに現地の人に話しかける癖はなかなか治らない。
この夫婦は気前よくいろいろな話をしてくれた。
立ち話を途中で切り上げ、昼休みに自分の弁当を持ち込み、夫婦宅の玄関に座りながら続きの話を聞いた。
👉 仮設住宅で暮らしながら、日中はここに戻り、40年近く住んでいるこの家の建て直し作業を行っている。仙台でアパートを購入し移り住む、石巻の山の麓の土地を買いそこに新たに家を建てる、この家を一度取り壊し建て直す ーーー 親戚や知人の知恵を借りラフな見積もりを立てた。結果、ここにいるそう。「おかあちゃんがここが一番いいって言うんだ」お父さん自ら、脚立に立ち天井の板を剥がす。自分でできる所まで作業をし、費用を極力抑えてから、プロの業者に頼むのだそう。
👉 地震発生時はここにいた。元漁師の勘で、ここにいてはいけないと思った。お母さんを連れて、山の方へ逃げる。小学校に数日避難していた。ある程度落ち着いてからここに戻ると、1階は腰あたりまで泥が侵入。流された自動車が自宅正面に停まっていた。自力で運転してどかした。
👉 女川に親戚がいるが、まだ見つかっていない。「かあちゃんは料理が得意なんだ」おはぎとサラダが得意料理だそう。地震の前まではここはいつも来客で賑わっていた。サラダ作りには大きな鍋と、マヨネーズ4本が必要だった。「女川ではまだ遺体は見つかっていないけれどもこの間、葬儀は行ったのよ。その時もここの台所は使えるようにして、たくさんのおはぎとサラダをつくったの。」

「いっぱいあるから!」と頂いた南瓜の煮物に、繊維食物を欲していた体が喜んでいる気がした。
この夫婦に何をしてあげられる事はないかと考えながら、作業に戻った。
最終日の作業が終わり、お礼を伝えにご夫婦の家へ。
格好悪いと思いつつも、こんな言葉を発していた。
「今日おふたりから伺ったお話を、できるだけ多くの人に伝えますね」
ほんとうかよ・・・と自分にツッコミを入れたが、おかあさんは首にかけていた手ぬぐいを目に当てていた。
ただ、ありがとうという言葉しか出ない場面を、私も何度か経験した記憶がある。
おかあさんも、その言葉を頻りに繰り返していた。
明日の発表にあたり、少しリサーチをしてみた。
まずは、
JEN木山さんのブログから彼女の復興活動の分析。
海外の復興活動に比べ、東北は目に余る遅さだという。それは、「公」と「民間」が分断され、各々の中で活動内容を決めてしまっているからだという。どっかの縦割り企業の非効率性ととても似ている。
そう考えた時、注目すべきは下記のボランティア人数の推移ではないのかも。
だんだんとボランティア人数が減っていく事を危惧するのではなく、少人数で効率的支援を行う事が必要。

石巻の夫婦と話していて思った。
ここでまたやり直そうとしている被災者がたくさんいる。
また、この夫婦宅を親戚や近所の人々がたくさん訪ねられるように。
おかあさんがおはぎやサラダを振る舞えるように。
その為には何ができるかを考えなければならない。
明日はこんな感じで行こうかな・・・