余裕という武器

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ここ何ヶ月で老けた。

会社には化粧も殆どしに行かず、美容院に行く暇を見つけるのも難しい。

起きている時間の9割はパソコンとの睨み合い。

プライベートでも人と会い、火曜日はUNICEFの国際協力講座に通い、英訳や通訳の仕事を手伝い、海外旅行もし…あれよあれよと時間が過ぎてしまった。


今日、久しぶりに24時間のうち、2桁以上を睡眠に充てる事ができた。


転職に踏み切れた理由のひとつは、余裕があること。

結婚もしていない。
子供もいない。
実家に住んでいる。

この条件は、もっと自分のしたいことをしていいことを暗示している気がした。

そもそも、上記の3つが人生に於いて必要な事とは思わない。

日本では、一人暮らしがいかに美徳であるかのような言われようをしているけれども、人間がひとりで住むという極めて最近の傾向は長い歴史の中を見て来てもとても稀で、不自然。

世界中の人々が"独立"し、核家族となり、分散して暮らすようになると、地球は土地の面でも資源の面でもそれを支えきれない。住まいの分散化は、地球環境に悪。

家族は私が自宅に住む事を望んでくれているし、父親・母親の看病や面倒を見るためには、自宅にいるのがベスト。

両親との日々の何気ない会話は、家族に必要な日々の栄養です。

母親が、結婚・出産・子育てが一段落し、これからしたいことをしよう!という時に病気になってしまった姿を見て来た事もあってか、「今やりたいことをしよう」という気持ちがより一層強まったのかもしれない。


これからは、今までプライベートの中で時間を作ってやってきた事を仕事の中で行える気がします。

精一杯、心から、やってみましょう。
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日本が好きですか

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以前から希薄だった私の中のあるものが、今回の海外出張で更に存在感を失ってしまったように思う。

「日本が好きですか」

この問いに、公然と首を縦に振れる日本人はどれくらい、いるのだろう。

協力隊経験以降、よりマクロに世界を捉えるようになったのは、当たり前といえば当たり前。
選り好みをしているわけではないが、グローバルな人に引き寄せられてしまうのは仕方がない。

そうすると、自然と自分の座標軸は日本ではなく世界に置くようになってくる。

愛国心あるが故の憂心だといいのだが、この喉に何かが支えている様な気持ち悪さは、自国に対する羞恥の証なのだろうか。

出張先では、偶々この3つの要素が交差した。

① ハンブルグという街

② 新・堕落論

③ イギリスへの修学旅行生

時間不足により、ハンブルグの「ハ」の字も調べずに現地入りし、港町だという事も、ドイツ北部に位置する事も知らずに、街に降り立った。
僅か3日の滞在だったが、振り返ってみるとすごく居心地がよかった。

チェック街にはネオンが少なく、レンガ造りの古い建造物が多く残っている。
チェックホテルにはケバケバしいアメニティーが少なく、必要最低限のものしか置いていない。
チェック無数のガントリークレーンの間には、風力発電用風車。
チェックペットボトルが見当たらない。

と、日本では感じられない堅実さが漂う感覚を覚えたのは、私だけだろうか。
財や名誉のひけらかし方に品があるというか、なんというか・・・

(ハンブルグは、欧州環境首都賞を今年受賞したそうな。そりゃ、ここそこに環境への配慮を感じるわ!)
EL MUNDO PEQUENO -hamburgeco

そんな感情に輪をかけたのが、都知事の「新・堕落論」と、行きと帰りのフライトで乗り合わせた修学旅行生達。

言わずもがな、「新・堕落論」は自主性、自立・自律性の欠ける日本人を憂慮する内容となっているが、そこに皆が皆「I❤LONDON」やHarrodsのショッピングバッグを引っ提げ、機内ではしゃぐ学生達の図が重なると、どうしても悲観的になってしまう。

EL MUNDO PEQUENO -iluvlondon

これが、私の中の残滓の愛国心が、消滅する気配を感じた瞬間。


ここで奴なら「無関心は罪だが、無知はまだ罪でない」と突込み、私はまたハッとさせられるのだろう。

そしてきっと、「アイデンティティ」や「愛国心」は人類に必要なのか?という議論に発展する。

いつもの下りだと、両者「否」という結論に至り、また世界の中で、我々の座標軸を探しに旅立つのだと思う。
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サンラボ用ブレスト

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明日は、サンラボのプレゼン。

会の流れの中での「私の役割」と「伝えたい事」を整理しなければ。

とブログに向かってみる。

ブレストにブログを使うなんて、自分勝手なブロガーである。


ピースボートのボランティアプログラムについては割愛するつもり。

ボランティアを派遣している団体は、ピースボートでなくても、なんでもいい。
手段はいくらでもあると思うので。

「伝えたい事」は、被災地の最新状況。
それも個人的な分析ではなく、リアルな状況。

$EL MUNDO PEQUENO -阿部夫婦

この夫婦は、私達が石巻で側溝の泥掻きを行っている時に。

「暑いでしょ?水浴びしなさい。」
と自宅の水場を貸してくれた。

3日ぶりに頭皮に水が触れる。


協力隊を経験してからか、すぐに現地の人に話しかける癖はなかなか治らない。

この夫婦は気前よくいろいろな話をしてくれた。

立ち話を途中で切り上げ、昼休みに自分の弁当を持ち込み、夫婦宅の玄関に座りながら続きの話を聞いた。

👉 仮設住宅で暮らしながら、日中はここに戻り、40年近く住んでいるこの家の建て直し作業を行っている。仙台でアパートを購入し移り住む、石巻の山の麓の土地を買いそこに新たに家を建てる、この家を一度取り壊し建て直す ーーー 親戚や知人の知恵を借りラフな見積もりを立てた。結果、ここにいるそう。「おかあちゃんがここが一番いいって言うんだ」お父さん自ら、脚立に立ち天井の板を剥がす。自分でできる所まで作業をし、費用を極力抑えてから、プロの業者に頼むのだそう。

👉 地震発生時はここにいた。元漁師の勘で、ここにいてはいけないと思った。お母さんを連れて、山の方へ逃げる。小学校に数日避難していた。ある程度落ち着いてからここに戻ると、1階は腰あたりまで泥が侵入。流された自動車が自宅正面に停まっていた。自力で運転してどかした。

👉 女川に親戚がいるが、まだ見つかっていない。「かあちゃんは料理が得意なんだ」おはぎとサラダが得意料理だそう。地震の前まではここはいつも来客で賑わっていた。サラダ作りには大きな鍋と、マヨネーズ4本が必要だった。「女川ではまだ遺体は見つかっていないけれどもこの間、葬儀は行ったのよ。その時もここの台所は使えるようにして、たくさんのおはぎとサラダをつくったの。」

EL MUNDO PEQUENO -女川跡地


「いっぱいあるから!」と頂いた南瓜の煮物に、繊維食物を欲していた体が喜んでいる気がした。
この夫婦に何をしてあげられる事はないかと考えながら、作業に戻った。


最終日の作業が終わり、お礼を伝えにご夫婦の家へ。
格好悪いと思いつつも、こんな言葉を発していた。

「今日おふたりから伺ったお話を、できるだけ多くの人に伝えますね」

ほんとうかよ・・・と自分にツッコミを入れたが、おかあさんは首にかけていた手ぬぐいを目に当てていた。

ただ、ありがとうという言葉しか出ない場面を、私も何度か経験した記憶がある。

おかあさんも、その言葉を頻りに繰り返していた。



明日の発表にあたり、少しリサーチをしてみた。

まずは、JEN木山さんのブログから彼女の復興活動の分析。
海外の復興活動に比べ、東北は目に余る遅さだという。それは、「公」と「民間」が分断され、各々の中で活動内容を決めてしまっているからだという。どっかの縦割り企業の非効率性ととても似ている。

そう考えた時、注目すべきは下記のボランティア人数の推移ではないのかも。
だんだんとボランティア人数が減っていく事を危惧するのではなく、少人数で効率的支援を行う事が必要。

$EL MUNDO PEQUENO -ボランティア推移

石巻の夫婦と話していて思った。

ここでまたやり直そうとしている被災者がたくさんいる。

また、この夫婦宅を親戚や近所の人々がたくさん訪ねられるように。
おかあさんがおはぎやサラダを振る舞えるように。

その為には何ができるかを考えなければならない。


明日はこんな感じで行こうかな・・・


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