素敵!

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息子の会社の社長さんとくまモン。

くまモンの生みの親の小山薫堂さんです。

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No.109 リーダーシップは五歳で決まる?  
原 田 京 子 ( 児童文学作家 ) 
 『プレシデント』という雑誌に興味深い記事を見つけました。「リーダーシップが取れるかどうかは5歳で決まる」というタイトルの記事です。
 内容を簡単にまとめると、リーダーシップのような能力は、IQや学力で数値化できる「認知能力」と区別して「非認知能力」と呼ばれ、この非認知能力を高めるのはなるべく子どもの学齢が小さいうちが効果的だということでした。そして、非認知能力は学力などの認知能力を改善することはあるが、認知能力が非認知能力を改善するという証拠は今のところないそうです。つまり、リーダーシップを含む否認知能力を鍛えるなら、就学前が良いだろうということでした。
 経済学の分野でこの非認知能力が注目されているのは、否認知能力が直接賃金や生産性に影響を与えるからだそうです。つまり、リーダーシップがあるかないかが、賃金や生産性に影響を与えるというのです。この事実が明らかになることで、アメリカでは大学入試において必ずといっていいほど課外活動の経験を聞かれます。それらによって志願者がそれらの活動の中でどのようにリーダーシップを発揮してきたかを知りたいからです。トップスクールほど高校生までの間にリーダーシップをとった経験があるかどうかを重視する傾向にあります。
 最近の研究では、リーダーシップとは個人の生得的な能力ではなく、リーダーとして取るべき「行動」を身に付けられているかということに焦点が当たっていて、教育経済学では、就学期における経験がリーダーシップを育成するのかという観点で研究が行われています。リクルートワークス研究所の戸田氏らの研究では、中学・高校時代に運動系クラブ、生徒会に所属したことのある人の賃金が高まる効果がみられたことがわかりました。
 これらの事実を知って、親としての皆さんはどのようなことを考えるでしょうか?
 子育てを終えた身として、結果的にいえること、それは、親である私たちができることは、子どもを見つめ見守りながら、子どもが何を望み、何をしたいのか、何になりたいのか、じっくりと時間をかけて理解することだけだということです。そして、大人になるにつれて自分自身で自分の進むべき道を進んでいけるように、手助けしてやることだと思います。
 親が子どもの将来を見据えて、意図的にある方向へと誘導することはできません。なぜなら、子どもたちの秘めた可能性はひとりひとりちがっていて、その可能性がどのように花開いていくかは誰にもわからないからです。必ず子育ての過程で壁に何度もぶつかり、そのたびにどうすることが一番いいのかを悩み、考え、ひとつひとつクリアしていくしかありません。そして、それこそが一番大切なことだと思うのです。

 さて、先日、河瀬直美監督の映画『あん』を観ました。内容に関してはとてもひとことでは語れないので、それぞれみなさんでご覧いただくとして、私はこの映画によって、あるひとつの大切な事実に気づきました。いや、気づいたというよりも、これまでもわかっていたけれども今回あらためて認識した、といったほうがいいでしょう。それは、「映画とは、私たちがとても経験できない世界を疑似体験させてくれる媒体である」ということです。つまり、その映画を観なければ知り得なかった世界を知ることができる、そういうことです。だから、映画を観ると、私たちは感動をするのかもしれません。

 同じことは絵画にもいえます。版画家の吉田博はこんなことをいっています。
「画家は、自然と人間の間に立って、それを見ることができない人のために、自然の美を表してみせるのが天職である」
このことは吉田博の終生のテーマであったということです。吉田博の版画を見ていると、実際の自然を見たとき以上に素晴らしさを感じることさえあります。映画にしても版画にしても、作り手の感性や技術が加わることで、作品がさらに素晴らしいものになるからです。
そうやって考えると、私の作品作りにおいても同じようなことがいえるのではないかと思うのです。つまり、物語という媒体によって読者が普段知りえない世界を知る、という観点から考えると、私の書いた物語によって読者を誘うのは、この世に存在し得ないファンタジーの世界ではないかと思うのです。そして、二月のコラムでも書いた、私にしか書けない作品というのは、まさにそこにテーマがあるのではないかということです。
これまで書籍化された本を振り返ると、そこに存在するテーマにはある共通点が見られます。それは、「不当な扱いをされている者の側に立ち抗議をする」という点です。
 振り返ってみると、私が作品を書き始めるときは、何かに怒りや理不尽さを感じるといった、尋常ではない感情を経験することがきっかけだったような気がします。それは、私の中にある、「正義感」とか「共感する心」であり、「私を取り巻く世界の中のささやかな存在の価値の大きさに気づいたとき」がそのきっかけになるのです。「誰も気がついていないけれども、こんなに素晴らしい存在がある」ということを多くの人に知らせたい、そう思ったときに、作品を書き始めるような気がします。ですから、これからもそのような「気づき」を大切にしていきたいと思います。
 それでは最後に、映画「あん」において、私がとても印象に残っている言葉を書いて終わります。能力があるにもかかわらず、理不尽な理由によってその能力を生かす機会を奪われた主人公が、心が折れた青年に向かってつぶやいた言葉です。
「私たちは、この世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、私たちは、私たちには生きる意味があるのよ。」
2017-03-01 更新 
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2008 | 02 | 03 | 06 | 07 | 08 | 10 | 11 | 12
2007 | 12
著者プロフィール 
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
『ソラリアン・ブルー絵の具工房』(2016 みやざきの文学「第19回みやざき文学賞」作品集)

 
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No.108 ものづくりにとって大切なこと
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
 私は、あるレストランに予約の電話を入れました。馴染みのお店ですので、いつもどおり予約が出来るものと思っていたら、その日は満席でした。値段も手ごろで、お料理も素晴らしく、お店のスタッフもよく知っています。私にとって癒される時間を持てる大切な場所でもあったので、予約が取れなくてがっかりしました。そんなショックを抱えながら、別のお店をネットで探し、初めてのお店を予約していきました。
 値段は同じくらいなのに、お店の雰囲気、お料理、すべてが最初に予約をしようとしたお店とくらべものになりませんでした。シェフはとても感じの良い方で、ネットで探してわざわざ来てくれたことにとても感激していました。ですから、そのことだけが救いでした。
 私はお料理を食べながら考えました。このくらいの料理なら私にも作れる。このシェフは自分の作るお料理がどの程度なのか知っているのだろうか? 同じお金を出せば、私が最初に予約しようとしたお店でどれほどのお料理が食べられると思っているのか?
 自分の実力を知るために、世の中には実にたくさんのお店があるのだから、もっともっと他のお店を食べ歩いたほうがいいのではないか? そう思いました。だからといって、他の店のお料理を食べるばかりで、自分の腕をみがかなかったら進歩はないだろう。つまり、腕をみがくことと他の店の料理を知ること、その両方が必要なのではないか?
 でも、それだけだは何かが欠けている。では何が欠けているのか?
 それは、オリジナリティ。自分にしか作れないもの。荒削りでも、未熟でも、その店でしか食べられないもの。これならお金を出してもいいといえるもの。
 そう考えたとき、私は、わが身を振り返って、大いに反省をしました。童話の創作も同じことがいえるなあ、と。


 自分の実力を知ること。他の人が書いた作品をたくさん読むこと。このことは不可欠。こんなお話だったら私にも書ける、読者にそう思われるようなお話は絶対に本にはならない。でも、他の人の作品ばかり読んでいたら、なんだか自信を失くしてしまいそう。
 そして、それら二つを踏まえたうえで、テクニック、知識、経験、そんなものを超えた何か? 
 子どものためのお話を書くようになってから、もう、35年という月日が流れました。子どものためのお話を書くようになったきっかけは、コラムNo.101『コラム100回達成、10年目に突入』 でも述べました。正確に数えてはいませんが、書いた作品の数はまちがいなく100を超えていると思います。
 かつて書いたお話は、家のそこかしこに眠っていますが、ときどき引っ張り出して読むことがあります。そして、そのたびに思うのです。ずいぶん昔にかいたはずなのに、今読んでも新鮮で、私らしいお話をかけているなあと。30年以上経った今読んでも、決して「なんだ、こんなつまらないお話を書いていたんだ」と思うような作品がないのです。それは、技術的に上手いか下手か、といったレベルで判断しているのではなく、感覚のレベルで判断しているからだと思います。むしろ、昔のほうが、新鮮な発想をしているように思えます。年を経て、経験が増えるにつれて、私の感覚が常識的になっているのではないかと思うのです。
 童話を書きはじめた頃に持っていた新鮮な感覚と発想。そして、それこそが、私にしか書けないもの。つまりは、私のよさが滲み出た、他の人が持っていない私だけの魅力なのだと思いました。ですから、今の私の創作上の課題は、「私にしか書けない童話を書く」ということです。 
『葛飾北斎伝』にこんなくだりがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ある日、露木氏(北斎の弟子)が阿栄(北斎の娘)に向かって嘆いていった。『筆が思うように運ばず、絵師になろうと思っているが、どうも無理かもしれない』。
 阿栄は笑っていった。『父は幼い頃から80幾つに至るまで、毎日、筆を執らなかったことはない。それなのに、先日、自ら腕組みし、『俺は実際、猫一匹も描けない』と涙を流し、絵が思うように描けないことを嘆いた。自分が及ばないと捨て鉢になるときは、まさにその道が上達するときなのよ』と。傍らにいた北斎は、『本当にそうだ。本当にそうなのだ』といった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私にしか書けないものとは何か?」そうやって悩んでいるのは、きっと私が今、上達してステップアップしようとしているときなのだ、私はそう思っています。つまり、コラムNo.106『進化の速度とは?』 でも書いた、まさに「私のプラトー」とまったく同じものといえます。
 昨年は、闇から闇に葬られて引き出しの中に眠っていた作品たちをリライトする、それによって、あらたに作品たちに光をあてることができた、そんな1年でした。今年は、「私にしか書けない作品を書く」という目標を立てて、物語を書いていきたいと思います。

 今、あるお話を書いていますが、そのお話の中に真っ白なふわふわの帽子が登場します。「真っ白なふわふわの帽子」と書いたものの、どんな帽子なのか自分でうまくイメージできませんでした。先日、デパートの中を歩いていると、帽子売り場の棚に、真っ白なふわふわの帽子が飾ってありました。意図的にそんな帽子を探して歩いていたわけではありません。本当に偶然の出合いでした。「ああ、神様ありがとう」私はその場でおもわずそういってしまいました。
 でも、最近そんな瞬間がたくさんあるのです。そして、それは決して偶然の出来事ではないということです。その真っ白な帽子は以前からそこにあった。でも、私は気にも留めなかった。しかし、自分の書いているお話にそんな帽子が登場したので、目に留まった、そういうことだと思うのです。いつも作品のことを考えていたら、それだけ作品のヒントになる「気づき」がたくさんあるのだと思います。チャンスもヒントもたくさん存在している。要は、それに気づくかどうかなのだと思います。
 20代の頃に思いついた発想に対して、いまだに共感できるということ、さらに、60才になっても書き続けられるということは、幸せこの上ないことだと思っています。そのことに感謝をしながら、私にしか書けない作品を書いていきたいと思っています。
2017-02-01 更新
2017 | 01
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
『ソラリアン・ブルー絵の具工房』(2016 みやざきの文学「第19回みやざき文学賞」作品集)
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宮崎観光ホテルにてみやざき文学賞の表彰式がありました。






玉子姫から、素敵な薔薇の花束が届きました。


表彰式の後、講評会の会場に移動する時、


受付に花束を発見。


「いいなあ、あんな素敵な花束をもらえる人がいるんだ」


そう思いました。


すると、講評会の会場に、花束が運ばれ、


「彩木さん、お花が届きましたよ」とのこと。


えっ、私に……。 なんと、その花束は私へのお祝いの花束でした。


というわけで、喜びが何倍にもなりました。





それから、

作品集が出ました。




ご購入は、下記にてご確認くださいね。




ジェレミー アイアンズ

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映画を2つご紹介します。

『ある天文学者の恋文』



そして、

『奇跡がくれた数式』



どちらも素晴らしい映画!

そして、どちらの映画も、

主人公を同じ俳優が演じている。

ジェレミー アイアンズ。

2つの映画とも、最近の映画。

でも、ずいぶん前に、

ディカプリオが主演した『仮面の男』。

その映画で三銃士の1人、

アラミスを演じていた。

もしかしたら私は、

その頃からこの人のファンだったのかも。

シェラトンの牛肉割烹 うしのみや

テーマ:

うしのみやとは、シェラトンの中にある牛肉割烹。
息子が私の還暦と誕生日のお祝いに、

夫と二人で招待してくれました。
うしのみやは、

放送作家、小山薫堂さんのプロデュースしたお店。
1日6人限定のお店です。

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最後のサプライズ ケーキのプレゼント
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いや、これが本当に最後で最大のサプライズ
60本の薔薇
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今年もたくさんのお祝いをいただきました。

還暦のお祝いに60本の薔薇を息子から。



みやざき文学賞一席のお祝いには、
mrt宮崎放送からスパークリングワインと
メロンを(メロンはお正月に来ます)。



親友からは素敵なブックボックスに入った、
永遠に枯れないお花を。



そして、大好きな叔母からは、
大輪の薔薇の花束を。



その他にも、
たくさんの幸せをいただきました。

心からのありがとうを。
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No.106 進化の速度とは?
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
 もう、12月。2016年最後のコラムです。今年は、いろいろな意味で本当にたくさんの出来事がありました。私にとって、一番大きな出来事といえば、もちろん、児童文学の創作に関するものです。創作力を向上させるためにいくつかの新しい分野に挑戦し、何人もの素晴らしい先達の方々に教えを請う機会がありました。そのおかげで、今までの私の視点とはちがった見方で物を見て、考えることができ、創作にかなりのバリエーションが加わりました。
 また、今年は何度か上京し、「偶然の奇跡」と私が名付ける出来事も多々あって、たくさんの有意義な収穫を得ました。もっとも、「ものごとに偶然はない。すべて必然である」という言葉があるように、もしそれが必然の出来事であるならば、私を成長へと導いてくれる道筋を神様が創ってくださっているにちがいありません。
 その「偶然の奇跡」のひとつ、それは、「速水御舟」の『洛北修学院村』と名付けられた絵との出会いです。私は、速水御舟の絵が大好きで、中でもこの絵が特に好きでした。画集も持っていますが、まさか、こんなに早く実物に出会えるとは夢にも思ってはいませんでした(かつて、『聖徳太子末裔伝』を書くための取材で奈良を訪れたときも、この「偶然の奇跡」が起こりました。年にたった二回しか公開されない法隆寺夢殿の「救世観音」との出会いです。公開の期日を知らずに法隆寺を訪れてこの幸運に出くわし、その出会いが作品に大きな成果をもたらしました)。

 今回の速水御舟の『洛北修学院村』との出会いは、東京滞在中に山種美術館で「速水御舟の全貌」と題した展覧会を訪れたことから実現したのですが、この開催を知ったのは東京に着いて、美術展のスケジュールを調べた時でした。
 私の大好きな『洛北修学院村』を始めいくつもの好きな作品が年代別に展示され、御舟の進化の過程がよくわかりました。一番驚いたのは、進化の速度があまりにも速いということでした。40歳という若さで亡くなっているので、普通の人の二倍の速さで生き抜き、何倍もの速さで絵の技術を進化させたとしか思えない、素晴らしい絵ばかりでした。

「天才」といわれている御舟ですが、「天才」とひとことで片付けられない、何かを感じました。そして、私は考えたのです。「天才とは進化の速度が普通の人よりも速い」ということではないかと。どうして進化の速度が速いのかというと、それはひとえに努力の量が普通の人よりも何倍も多いということだと思うのです。「努力に勝る天才なし」つまり、この世に天才など存在しないのではないか、そして、天才と呼ばれる人々は、自分のいる位置に満足せず、常に努力を続ける人のことをいうのではないかと思うのです。

 速水御舟はこんなことをいっています。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い。大抵は一度登ればそれで安心してしまふ。そこで腰を据へてしまふ者が多い。登り得る勇気を持つ者よりも、更に降り得る勇気を持つ者は、真に強い力の把持者である。」
「作っては壊し、壊しては作る」という御舟。自分が目指すレベルに達しても決して満足することはなく、次から次へと新しいことに挑戦していく。「進化」とは「このままではだめだという思い」から始まり、「進化する」ということは、「既存の型にはまることがない」ということではないかと思うのです。
 御舟の筆致を年代ごとにくらべて見ていくと、その進化の過程がよくわかります。10代の始めにはもうその技術の素晴らしさが見て取れますが、それも、年を経るごとにさらに上へと進化していくのです。つまり、「進化の過程」が手に取るようにわかるのです。それは、御舟が淡々と一心不乱に筆を動かしていただけではなく、常に心の中では「このままではだめだ」そう思って、新しい何かを求めて描き続けていったということでしょう。私は、絵を見つめながら、ただただ「すごいなあ」そう思って溜め息をつくばかりでした。

 さて、話はかわりますが、私はこれまで、児童文学は「原田京子」の本名で、小説は「彩木瑠璃」のペンネームでと、別人になりきって書いていましたが、「みやざき文学賞」の小説部門で「一席」を受賞することで、新聞やテレビにペンネームで受賞の発表があり、「原田京子=彩木瑠璃」と、私の知人や友人以外の方々にも知れることなり、なんだか不思議な感覚でした。そんな私の進化の状態といえば、まさに「プラトー現象」を象徴しているといえるかもしれません。「プラトー現象」の「プラトー」とは「高原」のことで、「いくらやっても、その効果が見られない、一見するとスランプ状態のように見える現象」のことです。が、「スランプ状態」というのは「通常は既に高いレベルにある技能者が本来の力を出せなくなるとき」のことを指すのに対して、「プラトー現象」というのは、「これから力をつけようとしている成長過程にある人(特にビギナーを抜けつつあるレベル)に見られる現象」のことです。特に私の場合、プラトー状態が長く、「こんなに長くやっているのに、ちっとも進歩がない。もうだめかな」と思うと、ある日、すっとその状態を抜けることができる、という状態の繰り返しです。その状態を繰り返しながら、もう35年以上、作品を書き続けてきました。好きだからこそ続けてこられたといえますが、今回の受賞で、たくさんの方々からお祝いをしていただき、これらの応援してくださる人々の存在があるからこそ、現在の私があるのだと、あらためて感謝をしたことでした。

 また来年も、そして、この先ずっと書き続けていくつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。
今年一年、このコラムを読んでくださいまして、ありがとうございました。
皆様、良いお年をお迎え下さい、ね。

※今月は、今年最後ですので、縁起の良い写真達を集めてみました。
2016-12-01 更新
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原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
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No.105 かわいい子には旅をさせよ
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
 私の書いた児童文学の作品が賞をいただき、表彰式に出席するため、9月の終わりに上京しました。東京行きは2012年の表彰式以来でしたが、4年前のその表彰式の後の懇親会で、審査員のおひとり、角野栄子先生から「闇に葬られてきた作品にもう一度光をあてなさい」というアドバイスをいただきました。それ以来、手元にあるこれまで書いたたくさんの作品のリライトに努めてきました。そんな中のひとつで、原稿用紙150枚ほどに仕上げた作品が、今回の受賞につながったのでした(今回の受賞で賞金をいただいたので、パリ行きの資金ができました。また、作品も本にしていただきました)。


 上京する費用も式の主催者が出してくださったので、私はここぞとばかりに久々の東京滞在を楽しみました。といっても、ほとんどの時間を美術館めぐりに費やしたのですが。かつて、ニューヨークに1年近く暮らしていたときも、私は、メトロポリタン美術館、MOMAなどの有名な美術館を始め、個人が所有している小さな美術館までたくさんの美術館めぐりをしました。そんな美術館の中で、私がいちばん印象的だったのが、ニューヨーク郊外にある美術館でした。名前を覚えていませんでしたが、最近はインターネットが普及して、「ニューヨーク郊外、ヘンリームーア、彫刻」などの言葉で検索したら、見事にヒットしました。それは、Histolic Hudson Valleyにあるロックフェラー邸でした。つまり、ここは美術館ではなく、大富豪ロックフェラーの私邸。ゴルフ場まである広大な敷地でした。邸宅内には美術品のコレクションが展示され、それをとりかこむ広大な敷地には、イサム・ノグチ、ヘンリー・ムーア、ジャコメッティなどの彫刻のコレクションがおかれ、敷地内の小高い丘からはハドソン川の美しい景色が一望できます。もう、30年以上も前に見た景色ですが、今でもはっきりと思い出せるほど、私にはインパクトがありました。

 こうして、美術館めぐりの楽しさを知った私にとって、旅行に行ったら、必ず訪れるのが美術館なのです。ですから、今回も、上京が決まると、まず始めに美術館の展示について調べました。インターネットで、いつ、どこで、どんな美術館がどんな展示をしているのか、すぐに把握できます。ホテルの予約をするにも、どんなホテルがどんな場所にあって、地下鉄の駅からどのくらいかかるのか、また、電車の乗り換えなど、ありとあらゆる情報がインターネットで手に入ります。ですから、上京前にほとんどのスケジュールを決めておきました(私は足が悪いので、無駄な動きをしないですみました)。今回訪れたのは、根津美術館、国立新美術館、そして、Bunkamuraの3つでした。上京した折には必ず訪れるお気に入りのブリジストン美術館は現在ビル建て替えのため残念ながら閉館中でした。

 毎回上京するたびに気づくのですが、私は東京滞在中に必ず私独特のあるパターンに陥ります。そのパターンとは、
1.東京には美術館がたくさんあるので、東京に住んでいる人が羨ましくなる。
2.でも、地下鉄の乗り継ぎや人の多さに辟易する。
3.そして、やっぱり宮崎のほうがいいと思いなおす。
4.最終的には、こうしてときどき上京して東京を満喫するほうがいいと思う。
というものです(※かつて開催されたフェルメール展は1時間以上待ちで、しかも、大行列の移動。絵をじっくりと見ることもできずがっかりしたこともありました)。

 さて、宮崎にも県立美術館という素晴らしい美術館があります。県立図書館や県立芸術劇場と、この県立美術館の三つの建物を含んだ広々とした空間がおりなす景色を、私はとても気に入っています。ことに美術館の2階から東側に見える広場と神宮の森の景色が私は大好きです。また、みやざきアートセンターが出来てからは、「ターシャ・テューダー展」など、私の大好きな作家の作品を見る機会が増え、最近では「神の手・ニッポン展」の作品に感銘を受けたばかりでした。

 今回上京し、息子にも会えました。2年近い「世界放浪」を終え、南北アメリカ、アジア、オーストラリア、アフリカ、そして、ヨーロッパと地球上のほとんどの大陸を制覇した息子は、「生きる力」と「人間力」をさらに進化させ、無事に帰国し、第一希望の会社に就職しました。
 世界を放浪中は、さまざまな体験をしたことでしょう。放浪に関するすべての費用を自分で調達し、寝袋を抱えての旅ですから。お金がなくて心細い思いをしたり、満足に食べることができなくて惨めな思いをしたりしたかもしれませんが、そんな経験がない私には想像も及びません。「心配ではありませんか?」と問われたら、答えは決まっています。
でも、不思議とそんな質問をされたことはありません。それに、心配をしたところで何もできないのですから。コラム№.78『地球を放浪している息子からの手紙』 にもあるように、とにかく、小さい頃からすべては自分で決めて行動してきた息子です。信頼して無事を祈るより他はありません。
 しかし、訪れる国の数が増えるごとに、明らかに成長していることを、息子からのメールによって確信できました。そして、今回、上京して2日間をともに行動し、「いい経験をしたね」と心からそう息子にいえたことは母親として幸せなことでした。また、世界の行く先々で息子に住む場所を提供し、支えてくれる友達がたくさんいることは、最高に幸せなことであると、あらためてそれらのお友達に感謝をしたのでした。
 小学校を卒業と同時に親元を離れ、親である私たちとの間の距離と正比例するように進化していく息子。兄弟と呼べる存在がいないけれど、それ以上に価値ある存在をたくさん持っている息子。
「かわいい子には旅をさせよ」そんな諺の意味を実感しながら、私自身も、息子と同じく20代の終わりに過ごしたニューヨークでの生活に「人生の転換期」があったことを思い出しました。そして、今月の終わりには60歳になる私ですが、もう一度、あのときのような経験をしたい、などとあらためて思っているのです。
2016-11-01 更新
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)

Douche dining Wing へ

テーマ:
車が使えたので、Douche dining Wing へ
お店はハロウィンの飾り付け



お料理もハロウィンにちなんで。



豆乳とチーズのお豆腐
鰹のタリアータ
リンゴのポタージュ



カボチャのポタージュ

チキンコンフィ
信じられないくらい柔らかいのに煮崩れしていない。
さすがプロの味!



ガトーショコラ&マシュマロ
マンゴーとアングレーズソース
そして、シェフお手製のハロウィンクッキー

大満足のハロウィンフルコース