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体で感じる・心が育つ
こどもに関するコラム集!専門家がコラム・情報を掲載しています。
 
No.106 進化の速度とは?
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
もう、12月。2016年最後のコラムです。今年は、いろいろな意味で本当にたくさんの出来事がありました。私にとって、一番大きな出来事といえば、もちろん、児童文学の創作に関するものです。創作力を向上させるためにいくつかの新しい分野に挑戦し、何人もの素晴らしい先達の方々に教えを請う機会がありました。そのおかげで、今までの私の視点とはちがった見方で物を見て、考えることができ、創作にかなりのバリエーションが加わりました。
また、今年は何度か上京し、「偶然の奇跡」と私が名付ける出来事も多々あって、たくさんの有意義な収穫を得ました。もっとも、「ものごとに偶然はない。すべて必然である」という言葉があるように、もしそれが必然の出来事であるならば、私を成長へと導いてくれる道筋を神様が創ってくださっているにちがいありません。
その「偶然の奇跡」のひとつ、それは、「速水御舟」の『洛北修学院村』と名付けられた絵との出会いです。私は、速水御舟の絵が大好きで、中でもこの絵が特に好きでした。画集も持っていますが、まさか、こんなに早く実物に出会えるとは夢にも思ってはいませんでした(かつて、『聖徳太子末裔伝』を書くための取材で奈良を訪れたときも、この「偶然の奇跡」が起こりました。年にたった二回しか公開されない法隆寺夢殿の「救世観音」との出会いです。公開の期日を知らずに法隆寺を訪れてこの幸運に出くわし、その出会いが作品に大きな成果をもたらしました)。

今回の速水御舟の『洛北修学院村』との出会いは、東京滞在中に山種美術館で「速水御舟の全貌」と題した展覧会を訪れたことから実現したのですが、この開催を知ったのは東京に着いて、美術展のスケジュールを調べた時でした。
私の大好きな『洛北修学院村』を始めいくつもの好きな作品が年代別に展示され、御舟の進化の過程がよくわかりました。一番驚いたのは、進化の速度があまりにも速いということでした。40歳という若さで亡くなっているので、普通の人の二倍の速さで生き抜き、何倍もの速さで絵の技術を進化させたとしか思えない、素晴らしい絵ばかりでした。

「天才」といわれている御舟ですが、「天才」とひとことで片付けられない、何かを感じました。そして、私は考えたのです。「天才とは進化の速度が普通の人よりも速い」ということではないかと。どうして進化の速度が速いのかというと、それはひとえに努力の量が普通の人よりも何倍も多いということだと思うのです。「努力に勝る天才なし」つまり、この世に天才など存在しないのではないか、そして、天才と呼ばれる人々は、自分のいる位置に満足せず、常に努力を続ける人のことをいうのではないかと思うのです。

速水御舟はこんなことをいっています。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い。大抵は一度登ればそれで安心してしまふ。そこで腰を据へてしまふ者が多い。登り得る勇気を持つ者よりも、更に降り得る勇気を持つ者は、真に強い力の把持者である。」
「作っては壊し、壊しては作る」という御舟。自分が目指すレベルに達しても決して満足することはなく、次から次へと新しいことに挑戦していく。「進化」とは「このままではだめだという思い」から始まり、「進化する」ということは、「既存の型にはまることがない」ということではないかと思うのです。
御舟の筆致を年代ごとにくらべて見ていくと、その進化の過程がよくわかります。10代の始めにはもうその技術の素晴らしさが見て取れますが、それも、年を経るごとにさらに上へと進化していくのです。つまり、「進化の過程」が手に取るようにわかるのです。それは、御舟が淡々と一心不乱に筆を動かしていただけではなく、常に心の中では「このままではだめだ」そう思って、新しい何かを求めて描き続けていったということでしょう。私は、絵を見つめながら、ただただ「すごいなあ」そう思って溜め息をつくばかりでした。

さて、話はかわりますが、私はこれまで、児童文学は「原田京子」の本名で、小説は「彩木瑠璃」のペンネームでと、別人になりきって書いていましたが、「みやざき文学賞」の小説部門で「一席」を受賞することで、新聞やテレビにペンネームで受賞の発表があり、「原田京子=彩木瑠璃」と、私の知人や友人以外の方々にも知れることなり、なんだか不思議な感覚でした。そんな私の進化の状態といえば、まさに「プラトー現象」を象徴しているといえるかもしれません。「プラトー現象」の「プラトー」とは「高原」のことで、「いくらやっても、その効果が見られない、一見するとスランプ状態のように見える現象」のことです。が、「スランプ状態」というのは「通常は既に高いレベルにある技能者が本来の力を出せなくなるとき」のことを指すのに対して、「プラトー現象」というのは、「これから力をつけようとしている成長過程にある人(特にビギナーを抜けつつあるレベル)に見られる現象」のことです。特に私の場合、プラトー状態が長く、「こんなに長くやっているのに、ちっとも進歩がない。もうだめかな」と思うと、ある日、すっとその状態を抜けることができる、という状態の繰り返しです。その状態を繰り返しながら、もう35年以上、作品を書き続けてきました。好きだからこそ続けてこられたといえますが、今回の受賞で、たくさんの方々からお祝いをしていただき、これらの応援してくださる人々の存在があるからこそ、現在の私があるのだと、あらためて感謝をしたことでした。

また来年も、そして、この先ずっと書き続けていくつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。
今年一年、このコラムを読んでくださいまして、ありがとうございました。
皆様、良いお年をお迎え下さい、ね。

※今月は、今年最後ですので、縁起の良い写真達を集めてみました。
2016-12-01 更新
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2007 | 12
著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
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No.105 かわいい子には旅をさせよ
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
私の書いた児童文学の作品が賞をいただき、表彰式に出席するため、9月の終わりに上京しました。東京行きは2012年の表彰式以来でしたが、4年前のその表彰式の後の懇親会で、審査員のおひとり、角野栄子先生から「闇に葬られてきた作品にもう一度光をあてなさい」というアドバイスをいただきました。それ以来、手元にあるこれまで書いたたくさんの作品のリライトに努めてきました。そんな中のひとつで、原稿用紙150枚ほどに仕上げた作品が、今回の受賞につながったのでした(今回の受賞で賞金をいただいたので、パリ行きの資金ができました。また、作品も本にしていただきました)。


上京する費用も式の主催者が出してくださったので、私はここぞとばかりに久々の東京滞在を楽しみました。といっても、ほとんどの時間を美術館めぐりに費やしたのですが。かつて、ニューヨークに1年近く暮らしていたときも、私は、メトロポリタン美術館、MOMAなどの有名な美術館を始め、個人が所有している小さな美術館までたくさんの美術館めぐりをしました。そんな美術館の中で、私がいちばん印象的だったのが、ニューヨーク郊外にある美術館でした。名前を覚えていませんでしたが、最近はインターネットが普及して、「ニューヨーク郊外、ヘンリームーア、彫刻」などの言葉で検索したら、見事にヒットしました。それは、Histolic Hudson Valleyにあるロックフェラー邸でした。つまり、ここは美術館ではなく、大富豪ロックフェラーの私邸。ゴルフ場まである広大な敷地でした。邸宅内には美術品のコレクションが展示され、それをとりかこむ広大な敷地には、イサム・ノグチ、ヘンリー・ムーア、ジャコメッティなどの彫刻のコレクションがおかれ、敷地内の小高い丘からはハドソン川の美しい景色が一望できます。もう、30年以上も前に見た景色ですが、今でもはっきりと思い出せるほど、私にはインパクトがありました。

こうして、美術館めぐりの楽しさを知った私にとって、旅行に行ったら、必ず訪れるのが美術館なのです。ですから、今回も、上京が決まると、まず始めに美術館の展示について調べました。インターネットで、いつ、どこで、どんな美術館がどんな展示をしているのか、すぐに把握できます。ホテルの予約をするにも、どんなホテルがどんな場所にあって、地下鉄の駅からどのくらいかかるのか、また、電車の乗り換えなど、ありとあらゆる情報がインターネットで手に入ります。ですから、上京前にほとんどのスケジュールを決めておきました(私は足が悪いので、無駄な動きをしないですみました)。今回訪れたのは、根津美術館、国立新美術館、そして、Bunkamuraの3つでした。上京した折には必ず訪れるお気に入りのブリジストン美術館は現在ビル建て替えのため残念ながら閉館中でした。

毎回上京するたびに気づくのですが、私は東京滞在中に必ず私独特のあるパターンに陥ります。そのパターンとは、
1.東京には美術館がたくさんあるので、東京に住んでいる人が羨ましくなる。
2.でも、地下鉄の乗り継ぎや人の多さに辟易する。
3.そして、やっぱり宮崎のほうがいいと思いなおす。
4.最終的には、こうしてときどき上京して東京を満喫するほうがいいと思う。
というものです(※かつて開催されたフェルメール展は1時間以上待ちで、しかも、大行列の移動。絵をじっくりと見ることもできずがっかりしたこともありました)。

さて、宮崎にも県立美術館という素晴らしい美術館があります。県立図書館や県立芸術劇場と、この県立美術館の三つの建物を含んだ広々とした空間がおりなす景色を、私はとても気に入っています。ことに美術館の2階から東側に見える広場と神宮の森の景色が私は大好きです。また、みやざきアートセンターが出来てからは、「ターシャ・テューダー展」など、私の大好きな作家の作品を見る機会が増え、最近では「神の手・ニッポン展」の作品に感銘を受けたばかりでした。

今回上京し、息子にも会えました。2年近い「世界放浪」を終え、南北アメリカ、アジア、オーストラリア、アフリカ、そして、ヨーロッパと地球上のほとんどの大陸を制覇した息子は、「生きる力」と「人間力」をさらに進化させ、無事に帰国し、第一希望の会社に就職しました。
世界を放浪中は、さまざまな体験をしたことでしょう。放浪に関するすべての費用を自分で調達し、寝袋を抱えての旅ですから。お金がなくて心細い思いをしたり、満足に食べることができなくて惨めな思いをしたりしたかもしれませんが、そんな経験がない私には想像も及びません。「心配ではありませんか?」と問われたら、答えは決まっています。
でも、不思議とそんな質問をされたことはありません。それに、心配をしたところで何もできないのですから。コラム№.78『地球を放浪している息子からの手紙』 にもあるように、とにかく、小さい頃からすべては自分で決めて行動してきた息子です。信頼して無事を祈るより他はありません。
しかし、訪れる国の数が増えるごとに、明らかに成長していることを、息子からのメールによって確信できました。そして、今回、上京して2日間をともに行動し、「いい経験をしたね」と心からそう息子にいえたことは母親として幸せなことでした。また、世界の行く先々で息子に住む場所を提供し、支えてくれる友達がたくさんいることは、最高に幸せなことであると、あらためてそれらのお友達に感謝をしたのでした。
小学校を卒業と同時に親元を離れ、親である私たちとの間の距離と正比例するように進化していく息子。兄弟と呼べる存在がいないけれど、それ以上に価値ある存在をたくさん持っている息子。
「かわいい子には旅をさせよ」そんな諺の意味を実感しながら、私自身も、息子と同じく20代の終わりに過ごしたニューヨークでの生活に「人生の転換期」があったことを思い出しました。そして、今月の終わりには60歳になる私ですが、もう一度、あのときのような経験をしたい、などとあらためて思っているのです。
2016-11-01 更新
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
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Douche dining Wing へ

テーマ:
車が使えたので、Douche dining Wing へ
お店はハロウィンの飾り付け



お料理もハロウィンにちなんで。



豆乳とチーズのお豆腐
鰹のタリアータ
リンゴのポタージュ



カボチャのポタージュ

チキンコンフィ
信じられないくらい柔らかいのに煮崩れしていない。
さすがプロの味!



ガトーショコラ&マシュマロ
マンゴーとアングレーズソース
そして、シェフお手製のハロウィンクッキー

大満足のハロウィンフルコース

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ペンネームは、ブログやフェイスブックだけで使っていて、

顔は公開していませんでしたが、今回、テレビや新聞でも

ペンネームで紹介されたので、変装がばれたような不思議

な気持ちです。児童文学は本名、小説はペンネームで、と

決めて、二人の人間の間を行ったり来たりしていましたが、

これで二人が合体したみたいな感じです。

                 

 

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No.104 還暦同窓会
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
9月の中旬に宮崎観光ホテルで大宮高校27回卒業生の「還暦同窓会」がありました。400名ほどいる卒業生の半数ほどの出席があり、10年前、5年前と、これまでの同窓会にどれだけの人が出席してきたのかはわかりませんが、おそらく今回が一番たくさん集まったのではないか、そう思っています。
司会進行役はS君。現役バリバリのN放送局のアナウンサーです。昨年まで、宮崎放送局勤務で、しばしばテレビに国富弁で登場しましたが、同窓会のために現在の勤務先の仙台から駆けつけてくれました。サザンオールスターズのメンバーだったO君の生演奏、さまざまな方面で活躍している同窓生の協力によって集められた景品が当たる、はずれくじ無しの抽選会など、幹事の方々の大変な準備努力の甲斐あって、大盛況の同窓会でした。幹事の皆さん、「本当にご苦労様でした」そして、「有難うございました」。


還暦。60歳。高校を卒業してから40年以上の時が経過しています。全員同い年の200名の集まり。そのシチュエイションたるやいかなるものか?私は同窓会のその日まで想像もつきません。いったいみんなどんなふうに変わっているのだろう、どんな格好をしてくるのだろう、同窓会なるものに初めて出席した私の、そんな想像を絶するシチュエイションに対する思いは、当日、会場受付の友人たちの出迎えで一瞬にして消えました。あっという間に40年以上の時をワープし、自分の席に行き着くまでに何回なつかしい人々とハグをしたことでしょう。

司会のS君の「還暦ということを実感してこの会場に来た人?」という冒頭の質問に、私は元気よく手をあげました。そして、自分を見つめている多くの同窓生の顔でおもわずあたりを見わたし、手を上げたのは200人中たったの3人ということを知り、あわてて手をおろしました。手をあげた男性2人にその心境のインタビューをしている間、私は自分もマイクを向けられたらどうしようと、ヒヤヒヤして自分の存在を消すのに必死でした。
どうしてあのとき、私は迷わず手をあげたのか? 今、マイクを向けられたら「私が還暦であることを実感している理由」をこう答えるでしょう。
かつてのコラムで、私は10年ごとに人生の目標を実現するための大計画を立て、さらに1年ごとにその大計画のための小計画を立てると書いたことがあります。そして、60歳までに実現したい計画として「本を10冊出版する」というのがありました。その目標を達成すれば、私のこれまで設定してきた目標、「大学院に進学して、中断していた心理学の勉強をする」「外国で暮らす」「トライアスロンを完走する」「本を10冊出版する」などの大きな目標をすべて実現したことになるからです。現在、コラムの下に書かれているように、作品が本になったものが9冊。あとの1冊は、9月の終わりに完成予定(この本については11月のコラムで詳しく書きますね)。つまり、60歳までに成し遂げたいことをすべて実現できたことで、私は11月の終わりに最高の満足感を持って還暦を迎えられる、そう思っていたのです。そんな心持の状況にあって「還暦ということを実感してこの会場に来た人?」などと問われたので、私は元気よく手をあげたのでした。

そうして、なつかしい顔の人々に出会えた還暦同窓会の一次会を終え、二次会の会場(ここは友人で同窓会の幹事のひとり、T君が代表の「ROCK BAR 1956」。出席者全体の半分ほどがなだれ込みました。もちろん定員オーバーで、2回の入れ替わりがありましたが。1956とはもちろん、私たちの生年の1956年のこと)、ここで、私が還暦同窓会で得たいくつかある収穫のひとつがありました。
S君の、「還暦ということを実感してこの会場に来た人?」という質問に手を上げたうちのひとりと話をする機会があったのです。私たちはもちろん会話をするのは初めて。名刺交換をして話をしていると、共通項がいくつもあることに気づきました。それは「心理学・作家・フランス語」。しかし、あらゆる点においてレベルの違いを痛感しました。それはことにフランス語の勉強について。私はダラダラともう4年以上フランス語を勉強しているのでまったくの進歩無し。しかし、彼は3ヶ月で大学院レベルまで到達したというのです。私は、自分の甘さを痛感しました。もちろん、フランス語を学ぶために、お金をかけているわけではありません。しかし、時間だけはだらだらとかけてきました。彼がいうには「フランス語をマスターしたければ、現地に行くのが一番。3週間いたら必ず上達する」ということでした。つまり、どっぷりとフランス語だけにつかること、というわけです。

還暦を迎えるにあたり、いくつもの夢を実現して満足していた私でしたが、またもや新たに実現したい目標ができました。「勉強が大好き」だといういくつもの共通項を持つ人物との出会いで、さらなる人間的成長に向けて、10年後の70歳までに実現したい夢を実行するための計画を立てようと決心した私でした。
彼の言葉の中で一番印象に残った言葉、それは「survive」。つまり、「それを生きる糧とできるか?」ということでした。つまり何かをやるなら「それで食べていけるだけのレベルにまで到達させる」ことを彼は目指しているのです。男性と女性という立場の違いはあれど、ぬるま湯につかっていた私の頭をガツンと一発強烈に殴りつけた言葉でした。
こうしてさまざまな思いが巡った同窓会。おそらくそれは他の同窓生たちも同じだったことでしょう。それぞれに積み重ね、歩んできた40年という月日。そして、その長い年月をあっという間にワープできる関係。それが同窓生ということでしょうか。
5年後にまた同窓会が開かれる予定です。65歳になった同窓生たちが一同に会します。5年という月日は、それぞれにさらなる変化をもたらすことでしょう。いずれにしても、残り少なくなっていくこれからの未来の日々。大切に重ねながら、5年後を迎えたいものです。

(今月の写真は、街で見かけた印象に残った生け花達です。花達の創り出す空間の美しさが無限に広がります。)
2016-09-30 更新
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原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

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児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
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『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
 

これほど綺麗な万華鏡たちを見たのは初めてでした。

 

 

それぞれの作家さんたちの素晴らしい作品が所狭しと並べられています。

 

 

美術館の絵画を見る以上の価値があるように思えました。

 

 

見た目も美しいけれど、中をのぞくと、想像を超えた世界

 

 

 

 

 

 

 

作家さんのひとり、羽石茂さん。

 

 

この世のものとは思えない美しい世界が、

視線の先に広がっていました。

 

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No.103 頑張った人にはNCAA
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
「頑張った人にはNCAA」これは、1981年に発売されたスポーツドリンクのCMのキャッチコピーです。考えたのはコピーライターの糸井重里さん。私は、NCAAを飲んだことはないけれども、このキャッチフレーズが好きでした。30年以上も前に流行ったCMですが、今でも私はことあるごとにこのフレーズを思い出すことがあります。
折りしも、これを書いている今日は、リオデジャネイロオリンピックの閉会式。私は、アスリートを見るのが大好きなので、今回のオリンピックでも、何度も「頑張った人にはNCAA」のフレーズが頭に浮かびました。
「人がただ走っているのを見て、何がいったい面白いんだ」、夫にはよくそういわれるのですが、私は、アスリートの肉体を見るのが好きなのです。スポーツの種目ごとに体型が異なり、それぞれのスポーツに必要な筋肉が発達するのだと、当然のことに感心しながら見ています。そして、ここぞという晴れの舞台に実力を発揮できるアスリート達の、その精神力にも感心します。そして思うのです。「強靭な肉体と精神力」それは「日々の練習の賜物」という言葉に尽きるのではないかと。毎日毎日、コツコツと体を鍛え上げ、どんな条件下でも自分の実力を発揮できる、そのためには体におぼえさせる以外にないのではないか、そう思うのです。
「これ以上はできない、そう思えるくらい練習した」
「やれるだけのことはやったから、結果はどうあろうと後悔はない」
オリンピックアスリートたちの言葉です。だからこその「頑張った人にはNCAA」。神様はちゃんとご褒美をくれるのです。
オリンピックのアスリート達に共通すること、それは、幼い頃からそのスポーツに慣れ親しんできたことではないか?という気がします。日本のアスリートのほとんどが、幼稚園に入園する以前から、ラケットを握っていたり、跳び箱を跳んでいたり、プールで泳いでいたりしています。両親や兄弟、友人、コーチなど、誰かとの出会いと深い結びつきにより、そのスポーツに幼い頃からかかわる環境があった、そんなアスリートがほとんどです。やはり最終的には、何かを極めるには、「好きなことを見つけること」「それをずっと続けること」「それを手助けしてくれる人が存在すること」ということになるのでしょう。

さて、話は変わりますが、我が家にはエアコンがありませんでした。昨年の1月に引越しをして、その際に10年ほど使わずにいた2つのエアコンを、この機会にと捨ててしまったからでした。おかげさまで、私は汗かきになり、そのたびにお風呂に入って汗を流し、そうやって夏を過ごしてきました。
しかし、今年のお盆にエアコンのある部屋に長時間いたことから風邪を引き、1週間ほど寝込みました。筋肉痛、寒気、39度の熱、咳などの症状のほかに、7月の猛暑の頃から感じていた体のだるさを考慮すると、どうやら熱中症になっていたようでした。久々に里帰りした息子の勧めでエアコンを購入することになり、現在、快適な温度に保たれた部屋でこのコラムを書いています。
熱にうなされて過ごした数日間は、日ごろ当たり前のように行っていることさえする気になれず、ウォーキングは当然のこと、体重、体脂肪率の測定と記録などもできませんでした。1週間ぶりくらいに体重を測ったら3キロ近く減っていました。おかげで腹筋の縦の三本の線が復活し、シックスパックの名残が顔を出しました。

こうして、1年おきくらいに39度以上の高熱を出す私ですが、そのたびに思うことがあります。それは、高熱を出している状態の時と、健康な状態でいるときの私とは、精神的にかなりの違いがあるということです。「そんなのあたりまえ~」といわれそうですが、普通に考えられるような違いではなく、異次元の違いなのです。つまり、高熱を出すことによって、脳がシャッフルされ、デトックスされ、浄化されていくような気がするのです。ひと言でいうと「メタモルフォーゼ」(英語としての意味は「変態する」「完全に変化する」)という言葉がぴったり。高熱を出す前には気になっていたことが、高熱時は気にならないというか、それどころではない、というか。つまり、生きることに必要でないこと、ちまちました細かいことは気にならなくなってしまうのです。そして、熱が下がった後は、余計なものがそぎ落とされて、大地に根を張る感じ。本質さえちゃんと把握していれば、あとはなんとかなるさという感じ。沖縄の方言でいえば「なんくるないさあ」という感じでしょうか? そんな感じでこのコラムを書いているので、文章のほうも「なんくるないさあ」という感じになっているかもしれません。

さて、このコラムが公開される9月1日といえば新学期が始まる日。夏休みの宿題、お子さんたちは無事に終わらせることができたでしょうか? 子どもたちによって、宿題のやり方はさまざまでしょうが、私は、夏休みの始めにすべてを終わらせて、あとはひたすら遊んでばかりいるタイプでした。両親は、勉強に関してはまったく口出しをしなかったので、自由研究も好きなことをやりたいだけやれたし、かなり凝った工作の作品もできました。そういった意味では、とてもありがたかったと思います。
自分でいうのもなんですが、私は勉強が好きな子どもでした。それは親がまったく強制をしなかったからだと思っています。だから、今でも勉強が大好きです。私の場合は、好きなことを見つけるまで親が見守ってくれたケースですが、一方、一流のアスリートを育てるには、親の関わりが不可欠。ある程度の親の厳しさや強制が必要です。つまり、子どもが自分の好きなことを見つけるまで待つのか、それとも、子どもがそれを見つける前に親が子どもの持つ本質を見抜きそちらへと導くのか、いずれかの見極めが重要なのです。そして、そのいずれかで、子どもが成長する過程で親としてどの程度かかわっていけばよいのかを判断することがとても大切なことだということでしょうか。

(今月の写真は、イギリスのコッツウォルズの涼しげな水辺の風景です。)
2016-09-01 更新
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2008 | 02 | 03 | 06 | 07 | 08 | 10 | 11 | 12
2007 | 12
著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
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体で感じる・心が育つ
こどもに関するコラム集!専門家がコラム・情報を掲載しています。
 
No.102 ピンチはチャンス!
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
初めて村上春樹の作品を読んだとき(それは、『ノルウェイの森』という作品でした)、私は最初の何ページかで挫折してしまいました。それからも、何度か別の村上作品に挑戦しましたが、いずれも無理で、それ以降、村上作品からは遠ざかってしまっていました。
2010年に『ノルウェイの森』が映画化されたとき、私は、とにもかくにも村上作品を少しでも理解したいと、この映画を観に行きました。原作を読んでいなかったせいか、映画そのものの内容は、きわめて自然に理解できましたし、映像が素晴らしかったのも憶えています。
その後、私はふたたび、この映画の原作を読むことに挑戦するのですが、その結果は驚くべきものでした。なによりも私がショックを受けたのは、原作が映像を超えていたということでした。映画の映像は美しく、素晴らしかったのですが、原作は、これらすべての映像を文字表現だけで超えていたのです。

映像であれば、ひと目見ただけで、すべてが視覚的、さらには聴覚的に伝わりますが、これをすべて文字で表すとなると、たやすくはありません。風のざわめきや水面の揺らめき。木々の間を通り過ぎる風の音など、これらすべてを文字という無機質な媒体を使うだけで、読み手を限界のない想像世界に導いていくのです。これが文章の持つ魅力なのだ、私は今さらながら、そのことに気づかされたのでした。
これらのことは逆に、一度読んだだけで、まるで乾いた喉を潤す澄んだ水のように、すうっと体に吸い込まれていくような文章に出会うことがあります。コラム№.100『すきとおったほんとうのたべもの』 の中の宮沢賢治の文章がそれです。子どもたちのための本ですから、子どもたちにわかるように、誰もが知っている単語を用いて書かれているので、読み手の心にすうっと、しかも、深く入り込んでいきます。そして、いつまでも心に残り、その後の人生に大きな影響を与えます。これもまた、文章の持つ魅力なのです。

上に述べたこれら二つの文章の書き方をくらべたとき、子どものお話を書くためには、後者の書き方のほうが、適しているように私には思えます。読書をすることの基礎となる素養を養うためには、子どもが心からお話に引き込まれていくことの楽しさを知ることが大切です。そして、そうして初めて、その後成長していく過程で、文字という無機質な媒体で綴られている文章に引き込まれていくという体験が出来るのだと思います。
また、相手に自分の考えていることを伝えたい、そう思っても、なかなか上手く伝えることが出来ない、そんなもどかしい思いをしているときに、「まさに自分のいいたかったことはこのことなんだ」そう思える文章に出会うと本当に嬉しくなります。このこともまた、文章の持つ魅力といえます。

「美しいものは、いつの世でもお金やヒマと関係がない。
みがかれた感覚と、まいにちの暮らしへの、しっかりとした眼と、
そして、絶えず努力する手だけが、一番美しいものをいつも作り上げる。」(花森安治)

この文章に初めて出合ったときも、私はとても感銘を受けました。どうして感銘を受けたかといえば、私がいつも考えていることをまさに言いえて妙だったからです。
しかし、「コロンブスの卵」と同じように、まさに、言い得て妙だと感じる文章を、自分で作りなさいといわれたら、簡単にできるものではありません。人の文章に感銘を受けることは誰にでも出来ますが、人に感銘を与える文章を作ることは誰にでも出来ることではないのです。しかも、相手が子どもならばなおさらです。

というわけで、記念すべき第100回目のコラムで書いたように、私は「原稿用紙5枚の童話を書く」という課題を自分に課しているのです。現在、5つの作品を同時進行しています(そのうちの2つは5枚よりもかなり長い作品ですが)。

さて、話はかわりますが、私は、朝5時起床、5時半に家を出て、1時間のウォーキング、6時半に文化の森でラジオ体操。家に戻ってお風呂に入り、洗濯をして、『地上最強の商人』を読むというルーチンをこなし、夫のお弁当を作り、朝食を済ませ、片付けをしたら原稿を書くためにパソコンに向かいます。
また、1日に2回の体重と体脂肪を測定し、万歩計の数字とともに記録しています。これらの記録はもう10年以上続けています。
毎日毎日、こうして同じことを続けていると、さまざまなことに気がつきます。同じことを繰り返しているのに、まったく同じであることは絶対にないのです。必ず何かの気づきがあり、ちょっとした前日との違いが、あるサインとなって表れます。そして、そのサインこそが大きな意味を持つのです。

なんだか今月はちょっと意味不明なコラムになってしまいました。それは、私が壁にぶつかっているからに他なりません。そして、今まさに、その壁を乗り越える手がかりを見つけたところなのです。そんなことを考えながらこのコラムを書いているので、自分でも何をいいたいのかわからないというのがほんとうのところです。

一度読んだだけで、すうっと体の中に入っていくような文章。そうそう、私のいいたかったのはこんなことだった、そう思われるような文章。読んだ後癒されて、心が軽くなるような文章。そんな文章の書かれたコラムを目指している私なのですが。
しかし、私は思うのです。自分の想定の範囲内のピンチを処理できても成長はない。突然起こった予期せぬ出来事に全力でぶつかり、それを乗り越えたときにこそ本当の意味での成長がある。つまり、私は今、まさに成長しようとしているのです。
「ピンチはチャンス!」これこそまさに、私の座右の銘なのです。
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)

ガーデンテラスのレストラン フォレスト


2160円のランチのコースです。


まず、前菜。


バジルのパスタ 


 森林鶏のギリシャヨーグルト和え


 ライスコロッケ


そして、新鮮地採れ野菜



カボチャの冷製ポタージュ



スズキのポワレ





ビーフステーキ デミグラスソース





9種のデザート  左上から順に


プリン       ココナッツのブランマンジェ      コーヒーゼリー


ガトーショコラ    フルーツ    パインケーキ


マンゴームース    湯葉のアイスクリーム     クレマカタラナ





この空間と、美しく、美味しいお料理


そして、最高のホスピタリティ


2160円で味わえるなんて!


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体で感じる・心が育つ
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No.101 コラム100回達成、10年目に突入!
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
私が童話を書きはじめたのは、25歳の時です。それまでの私は、小学校の教師をしていました。毎朝、学校に出勤すると、玄関で子どもたちが待ってくれています。荷物の多い私のために、教室までカバンを運んでくれるのです。職員室に立ち寄る時間も惜しんで教室に入ります。それからの時間は、ずっと子どもたちといっしょです。昼休みはもちろん、放課後も。時にはトイレにまでついてきます。そうして仕事を終え、家に帰ると、今度は教材研究をしたり、子どもたちの日記をチェックしたり。そのまま机にうつぶして寝てしまい、気がついたら朝だった、ということもたびたびありました。
そんなふうでしたから、無理がたたったのでしょう。腎臓を患いました。これ以上教師を続けたら人工透析が必要な体になり、子どもが産めなくなる、医師からそういわれて、私は泣く泣く教壇を去りました。子どもが大好きで、教師の仕事にやりがいを感じていましたので、教壇を離れてからの私は、まるで「生きる屍」のようでした。重苦しい体を持て余しながら何もしない毎日が過ぎていきます。しかも、私が二度と教壇には立たないということを知らない子どもたちからは、「先生は、いつ学校に戻ってくるの?」と手紙や電話があり、子どもたちとの楽しい日々を思い出しては、ギャップのありすぎる現実に空しさを噛み締めていました。

そんなときに、新聞の読者投稿欄を見つけて文章を送り、それが掲載されたことで、夫は、私が何かしら生きる目的を持ってくれたらと、文章を書くことを勧めてくれました。そうして、初めて書いた童話の作品が入選し、私は書くことに生きがいを見い出すことができ、童話を書きはじめたのです。
これまで、「わが子に贈る創作童話」、「絵本と童話のグランプリ」、「ミツバチの童話と絵本のコンクール」などで、応募した作品が賞をいただいたり、作品が出版社に認められて商業出版されたりと、それなりの成果はありましたが、書いた作品すべてがそうして報われるわけではなく、大半の作品は闇から闇へと葬られていきました。
それでも35年という長い月日を書き続けてこられたのは、書くことが好きだからでした。「もうだめかな」とか「才能がないのかな」と思うことはあっても、「書くことをやめたい」と思ったことは一度もありません。それに、壁にぶつかったときに限って、神様は私に何かしらのご褒美をくださり、それは、私にとって「書くことを続けていいんですよ」と認められたようでした。そして、コラム№.87『努力に勝る天才なし』 の中でも書いたように、伝説のチェスチャンピオンの「努力できることも才能のひとつ」「努力し続けることこそ、才能そのもの」という言葉に出合った時、私は確信したのです。「私は書くことが好き」「だから書き続けてきた」「書き続けてきたことはひとつの才能」「好きなことをずっと続けてこられた私は本当に幸せ者だ」と。

折りしも、イチロー選手がメジャー歴代最多安打記録を更新し、その後のインタビューでこう語っていました(インタビューの言葉をそのまま抜粋)。

「幼少時代から365日毎日練習。近所の人から、あいつ、プロ野球選手にでもなるのか、といわれて、いつも笑われて、悔しい思いをしてきた。けれどもプロ野球選手になった。何年かやって日本で首位打者もとって、アメリカに行くとき、首位打者になってみたい、といったが、その時も笑われた。でも、2回達成した。
子どもの頃から人に無理だと笑われてきたことを常に達成してきたという自負はある。常に人から笑われた歴史が、悔しい歴史がぼくの中にはあるので、これからも、それをクリアしていきたいという思いがぼくにはある」

私はイチロー選手の言葉を聞きながら、先月のコラムで取り上げた物語の主人公たちのことを思いました。「人から笑われながらもずっと続けてきた」そのことが、だれもなしえなかった偉業を達成する。私はあらためて「日々、コツコツと努力を続けることの大切さ」を実感したのでした。誰になんといわれようと、自分がこうだと信じた道を一歩一歩着実に前へと突き進んでいくこと。私も、自分が思うところに到達するまで努力を続けようと思ったのでした。

さて、そうして続けて書いてきたコラムが、今月で、101回。ということは、先月、めでたく100回を迎えたのでしたが、いつもお世話になっているデンサンのコラムの担当者の方から教えていただいて初めて気がつきました。そのときはもう、すでに原稿を書き終えていたので、今回あらためて自分自身を褒めてあげました。
「コラム100回連載、おめでとう」と。

2007年の12月に始まったコラムも、今年で10年目。コラムの回数も100回を達成し、書いた原稿は、400字詰め原稿用紙に換算して800枚ほどになります。かつてのコラムNo.23『おてんとう様が見ているからね』 の中で、その年の始めのテーマとして「10年筋肉」を掲げました。10年筋肉とは、「すべてのことは10年間努力をした後に達成される」ということです。そのコラムの中で「このコラムも10年続けられたら、すごいことになっているかもしれません」と私は書いていますが、自分自身の中で、すごいことが起こっていることを実感できています。
コラムのバックナンバーを読み返しながら、あらためてこのコラムを書く機会を与えてくださったデンサンの方々に感謝しました。先月のコラムで書いたように、「自分が一生打ち込めるような好きなことを見つけること」「それを続けること」に加えて、「それを理解し手助けをしてくれる人が存在すること」と書きましたが、私にはこうして自分の思うことを書ける場所を提供してくださる人がいる。そうして、それをたくさんの人に読んでもらえる。それはとてつもなく幸せなことであるとあらためて実感しています。これからももっともっとたくさんの人に読んでもらえるように、日々の努力を続けたいと思っています。いつもコラムを読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます。
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)