2年前コロナ予防きっかけで基本的な栄養療法を開始。


その前から抗うつ剤の断薬にも少しずつ取り組んでいた。


一昨年秋からは何となく体に良さそうと重曹クエン酸水を飲み始め、


それから2~3ヵ月経った頃、甘い飲料ガブ飲みで臨月の妊婦みたいだったお腹がペチャンコになっているのに気づいた。


いつもグッタリ横になっていたのに、ちーちゃんを誘って公園に行き、たっぷり遊んで帰りに買い物して、帰宅して夕飯を作ったりするようになった。


52~53kgあった体重は、食生活は何一つ変わらないのに48kgになっていた。


なんと高校生の頃と同じ(もちろん体型はまるで違う)。


体が軽くなったら意欲も出てきた。


足の踏み場もない物置状態だった部屋を半年がかりでボチボチだけど片付けた。


服だけでもゴミ袋にギュウギュウ詰めて7袋捨てた。


布団やカーペットも買い換えた。


少ない家具も少し入れ替えた。


今年から自炊もしている。


買ってきた物をそのまま食べるばかりで、ごくたまに食器や鍋を使うと下手すりゃそのまま何ヵ月も放置→捨てるを繰り返していた私が、1人だから簡単なものばかりだけど毎日何かしら作って食べている。


驚愕の変化です。


そして、気がついたら子どもの頃からあれほど頑固につきまとっていた不安感が消えていた。




思えばパニック障害発症から今年で48年。


離婚して張りつめていた糸がプツリと切れ、重いうつ病に倒れて20年。


ようやくすべてが終わって、今生まれて初めて正気で生きている気がする。


地に足をつけて生きている気がする。


まだ仕事探せてないし稼いでくれる夫もいないから、お金は情けないほどないけれど、気がつけばお金や物以外はたぶん私全部持ってる。


あっ、能力とか知能とか知識とか美貌とかもお金と同じくらい乏しいけど。テヘッ




まあ、それでも無意識に不幸を求めているのだろうか(求めてませんw)


ここ半年はてっきり身体の病気だと思って検査を受けたら、精神的ストレスから来ている症状だから治療の必要はないと診断されることが相次いで。


気持ちは墜ちなくなったけど体には出るんだなと笑ってしまう。


そういえば子どもの頃もいろんな強い症状に見舞われて、その度かかりつけ医院に連れて行かれては「自律神経失調症」と診断され、今思えば診療報酬稼ぎのためだろうブドウ糖の太い静脈注射をされていた。


パニック障害を発症した時もそうだった。


そんな病名も薬もなく、そうした病気の存在すら認識されていなかった時代。


よく生きてこられた。




リアル生活は充実しているけど、SNSの人間関係は鬱陶しいことも少しはあって。


これだから子どもの頃から集団(特に女性の)は苦手なんだよとかw


でもそういうことでやたらと自罰的にはならなくなったのも大きな変化。 

 

私さえいなくなればみんな快適になる、存在していてすみません、みたいなネガティブ思考にとらわれることがなくなった。


まあストレスの原因は個人的なことでは全然なくて、戦争だの飢餓だのAIの進化だの。


孫たちの将来を本気で悲観してしまっていたの。


私が死んだ後も孫たちは生きていかなくてはならない。


こんなに平和な生涯を送ることは、これから先の世代には望めそうもない。


それなのに私には何一つしてあげられる力がない。


って。


そしたらこんな世界に孫たちを残して私だけ先に死んでこの世界から切り離されてしまうことが、突然とてつもなく恐ろしく思えて。


今思うと単なるババ馬鹿なんだけど。


きっかけはベトナム戦争の有名な写真。


9歳の女の子が爆撃を受けて背中に大火傷を負い、全裸で泣きながら逃げている写真を見てしまって。


ちーちゃんと同じ9歳の女の子…


胸が深く抉られて、その日から具合が悪くなってしまった。


苦しくてたまらなかった。


その時期、人類の危機についていろんなことをほんの少し勉強していて。


どこかに孫たちの明るい未来はないかと光の見えそうなドアを開きかけると、そんな希望はどこにもないと片っ端からそのドアを閉じられるような日々が続いて。


厚かましいくせにメンタルひ弱なんです。


思い詰めて、ついには過呼吸になってしまった。


本気でバカだよねwww


でも早世した姉と同じように肺の病気でこのまま死ぬんだと覚悟して、すると子や孫には「あとは頑張れよ」という目を細めるような思いだけで、未練や執着はまるでないことに驚いて。


病院では「酸素足りてるよ」と迷惑そうに精神科に行くよう言われたけど、何とも貴重な経験にはなりました。


パニック障害とはまったく別物だったからなぁ。


苦しいだけであんな恐怖感はなかったから、完全に身体の病気だと思ってしまった。


その後も気持ちの悪いいくつかの症状に見舞われたけど、検査しても病名はあるが今のところ特に治療は必要ないと言われて。


老化現象もあるんだろうな。


まあね、来年高齢者になるからその前にあちこち点検して元気なばーちゃんになれってことかと。


ブルガリアンスクワットも1年続いてるし。


駅の階段もエスカレーター使わずに1段飛ばしで昇る日々。


そりゃ心臓や肺が悪いはずはないよね🤣


そんなこんなで相変わらず幼稚にドタバタ生きているアホ霞です。






最後になりましたが、笑い仮面さんの新しい詩集が今日届きました。


https://ameblo.jp/waraikamenn/entry-12806689824.html 



まだ全部は読んでいないけれど、私は『三月』という作品がとても好き。


詩を書くということは、こんなにも丁寧に言葉を紡いでいくことなのだと教えられます。


私はただ乱暴に言葉を吐き出していただけなんだと痛感します。


やっと正気になれた私がこれからどんな言葉を紡いでいくのか、それとも書くことに興味を失ってしまうのか、どうなることか今はまだ皆目わかりませんが、仮面さんの詩も以前とは違った読み方ができそうな気がして。


なんだかうれしくてなりません。


さ、続きをゆっくり読もう。










  



いちばん上の孫は高3の受験生になりました。

ちーちゃんは5年生、さすが長欠児童(不登校)だった私の孫で学校あまり行ってません。

いいのいいの。

いつからだって何にでもなれる。

元気でいてくれてありがとうだよ😄