まえに すすむ チカラ -->>

一歩ずつでも 自分の足で いっしょうけんめい 歩いてゆこうとしている。そんなあなたに”まえにすすむチカラ” となることばをお届けします。「自分に生まれてこれてよかった」あなたにもこんな気持ちを味わってほしいから。

“いつからでも人生は変えてゆける。いくつからでも幸せになれるよ。”


ただ、そのためには、「自分から新しい行動を起こすこと」が必要。

動くのは、時としてコワさを感じることもある。
こころはついつい変化を怖れ、コワさからの消去法で現状のままでいることを選んでしまうから。

でも、動かないことには何も変わらない。

そんな
「このままではいたくないんだけれども、動くのがこわくなることがあるあなた」への後押しとなる
『まえへすすむチカラ』となることばをお届けします。

時としてやさしくあなたの背中をそっと押すような
時としてきびしくあなたに発破をかけるような『まえへすすむチカラ』となることばを。


読んで、いてもたってもいられなくなっていただけたら本望です。



--- 物書き ・ 心理分析カウンセラー 小林あっこ ---




○ 作品ホームページ http://covayashiacco.com/
○ お仕事ホームページ http://kobayashiakko.com/
○ プロフィール http://ameblo.jp/akko-105610/entry-12082711670.html

今日のお話は
「人にどう思われるかが気になって、思うように行動できずにいる方」に向けて。

特に、「ほんとの希望とは違う無難なものを選んでしまうことの多い方」に向けて、です^^


+ + +


ついつい人の目を気にしたり
誰かの反応を気にしちゃって
「本当にしたいこと、ではないこと」を選んでしまうことってあるかもだけどね、

そんなのではいけないよ。


ほんとはAランチを食べたかったのに
他のみんながBランチを頼んでいたから
つい自分も「私もBランチ」って言ってしまったり、とか。


ま、ランチくらいならそれは大したことではないんだけどね、
(明日Bランチを食べたらいいんだしね。仕切り直しはすぐにできる^^)


自分にとってまぁまぁ大事なことまでも人に合わせてしまって、
そしてそういうことをつづけちゃったりしていたら、
ほんと自分でも自分の気持ちが分からなくなったり
「自分を出す」っていうことが分からなくなってくる。



あのね、
無難はダメだよ。ほんとうに。

あなたが本気で好きで選んだものが
一般的には「無難なもの」だった、、、っていうのんなら、
それはぜんぜんいいんだけどね、

そうではなくって、

目立ちたくなかったり
浮きたくなかったり
周りと違っているのがイヤだったり
そこに敏感になりすぎちゃったり、、、
なーーんてことを主軸に選択をしていては
つまらない結果しかやってきてはくれない。

そうして、そんなことを続けているうちに、
「無難」を選ぶことに自然と長けてしまったりで、ね。



無難はいけない。ほんとうに。

「難がない」のはそれはそれでいいことかもしれないけれどもね、
でもさ、ほんとうにそれでいい?

無難を選んで
印象に残らない人になってしまっていたら、
印象に残りたいときにも残れない人になるよ。
印象に残りたい相手にも残れない人になるよ。

それに、
無難っていっても
「あなたにとっての無難」なだけで、
誰かにとってはそれは「難」かもしれない。

そんな、
本心からの選択ではないことで誰かから「難」だと思われるなら、
そうして、それこそがあなたが怖れていることなのだとしたら、
本来の希望とは逆の状態になっているよね。不本意にも。


+ + +


目立たないように、、、って思うような観念を
子どものころ(とかね)に作ってしまうきっかけとなるような出来事があったのかもしれないよね。

それも一度ではなく何度もあって。


その結果、

「人から反感を買わないほうがよさそうだ」
「でも、人によって反感うんぬんの判断は違うし、、、
そっか、目立たなければいいんだ。そこにいることが分からないくらいに」
「じゃあ、自分を守るために目立たないようにしよう!」

そう思って無難を選ぶようになったのかもしれないよね。


もしそうなら、
その頃のあなたのこと、
その観念が守ってくれていたんだと思います。


良かったね、守ってもらえて。
良かったね、必要以上に傷つかずに済んで。


でも、その観念が
今のあなたのことも守ってくれているかどうか、、、となると
それはどうかは微妙です。


【ちょこっと脱線】

「観念」っていうのは、思考のクセのようなもの。
そして、そのクセになっている思考自体。
そして、その本人にとっての常識。
自分で作り上げてしまっている常識というか、、、
なので、言い換えるならば「思い込み」って言い方がいちばんしっくりくるかもですね。

たとえるならば、
「いい子にしていなければ愛してもらえない」とか、
こういった思い込みを「観念」といいます。

ちなみに、これ、違うよね。
いい子じゃなくても愛されるよ。
でも、その時はそう信じてしまっていた、ってこと。

そして、その考えを大人になっても大事に大事に持ち続けている、、、それがよろしくない。
アップデートしなくっちゃ。
アップデートしてあげようよ。


子どものころに履いていた大好きな靴があるとして、ね。

それ、
どんなにどんなに大好きだったとしても
大人になってからも履きつづけることはできないよね。
(入らないからね!;)


それって、、、
靴が悪いのかな?
それともあなたが悪いのかな?


違うよね、だーれもなんにも悪くない。


子どものころには履けたけど
今はもう履くことができない。
なぜなら、もうサイズが合わないから。

ただそれだけの理由。



・・・と、それとおんなじ。

思考のクセも
心のクセも
いま大事にすべき観念も
考え方も、
子どもの頃のものをそっくりそのまま使い続けられる、、、、とは限らなくって、
合わないものも出てくるんだ。

それが成長。



だからさ、
もしあなたの観念のなかに
「無難でいるほうがいい」っていうのんがあるならば、
もうそんなのは今すぐ捨ててしまおうよ。

や、すぐに捨てることはできないかもだけどね、
(だってそれは一時確かに大事なものだったんだものね)

何か選択や決断をするときに
「“無難”を選ぼうとしてはいないだろうか」
まずはそのことを意識するようにしてみてほしいな。


+ + +


無難はやめよう。

「無難でいること」が
あなたのこれまでの人生のいつかのタイミングでは
あなたを守ってくれたのかもしれないけれども、

あなたがあなたらしく生きたいのであれば
その「無難さ」はこれからのあなたの足を引っ張るだけだよ。


そんなジャマを許していてはいけない。
あなたのこれからのためにも。


変わりたいなら、
これからを変えてゆきたいなら、
そして、これまで無意識に“無難”を選んできていたならば、
どうかこれからは“無難”に隠れようとするそのパターンから
まずは見直してみてね。

もっとまえにすすむためにも。





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「なんでもいいからささやかなことから」とか
「なんでもいいから関心のあるはじっこの旗を引っ張ってみよう」とか
「少しずつ少しずつ」ってお話をここんとこ書いてきていたのですが、
えっと、私の場合のことを書かせてくださいね^^


私は今から10年くらい前に心理学・カウンセリングにふれて、

カウンセリングを受けることで今まで知らなかったことを知り

(潜在意識は96%を占めていて、とか。潜在意識の願望どおりに現実はなっている、とか。ってことは、「うまくいってない」って自分では思っているけれども、私の潜在意識としては願望はすべて叶っている、、、ってことは現状はすべて自分の願望そのもの、なんやそれ?!ってこととか、その他もろもろのことを。ね)



で、
自分もカウセンラーになりたいと思い、
それを学び、

でも、
カウンセラーとしてお仕事をはじめてゆく勇気はすぐにはなくって、、、;

もっと知識・スキルをつけたいと思い(要は、自信がなくって不安だったのね^^;)

そのときに「名前のことだま®」っていうものに出会ったんです。

※名前のことだま®っていうのは、「名前には使命がある。あなたの名前の意味から、この人生での指名・役割・才能が分かる」っていう感じのものです。ざっくりいうと。

そして、まずはその「名前のことだま®」からはじめたんですよ。


もちろん、
名前の意味が分かることで自分自身が後押しをしてもらえて
「これ、いい!」
そう思えたことが一番大きな理由なんですけどね。


でも、カウンセラーよりは敷居が低かった。
そういった気持ちが確かにありました。


この「敷居が低い」っていうのは
「受けてくださる側にとっての敷居」も低いし、
それに「はじめる側(私、ですね)にとっての敷居」も
どちらも低かったです。

それをはじめることで、
ブログやメルマガなんかにも手を出して、
「書いて伝える」ってことをはじめたんです。


そういうなんやかんやをやってゆくうちに

「あぁ、私、書くこと好きだった」
「でも、書くの好きな人なんてけっこういるし、その人たちのほとんどがそんなのでは食べてはゆけないし、だからそんなの好きでも仕方がないよなぁ、、、ってずっとずっと早くに思って、それでチャレンジさえせずにきてしまったんだ」

・・・って、そのことに気づいたんです。


それに気づいたのは、
カウンセリングを学びはじめたときから
もう数年以上(たぶん5年以上)は経っていました。


なんていうか、
自分のなかのど真ん中にありすぎて
自分でも気づいていなかったというか、、、

そのくらいに、
小さな旗を引っ張り続ける必要があったってことなんだろうなぁ、って思います。


+ + +


でね、これにはメリットがあるんですよ。
(これっていうのは、「万国旗を少しずつ少しずつ引っ張るように、徐々に近づいてゆくこと」ね)


それは、
「気づけたときには、もうそこそこやっていたので、すんなりと受け入れられた」
ってこと。

だから、
「したいとは思っても、実際にはなかなかできないから、やっぱり私には無理だ。むずかしい。夢なんてもっても仕方がないよ。。。」
なーんて、投げやりな方向を向いてしまって、チャレンジする前からあきらめる、、、ってことにならずに済んだってことなんです。


そして、

「気づけたときには、もう他のことをそこそこやっていたので、次への行動もすんなりとはじめられた」

このオマケ(笑)は大きいです!
「慣性の法則」みたいに、すーっと動けるんですよね。

だからこそ、少しずつでも近づいていってほしい、って
すごく思うんです。


今、やりたいことが自分ではピンときていないあなたにも、それは必ずあります。

そうして、それは、
適切な順番であなたの前におずおずとあらわれることができる日を
心待ちにしているはずです。

だからね、どうか、
「“これ!”って思えるものじゃないとする気にならない」なんて思わないで、
「これかどうか分からないから、あんまりやる気でないなぁ」なんて思わないで、
いま少しでもほんの少しでもほんの少しのかけらのかけらでも
「これならやってみたいと思えるかなぁ」
そう思える何かにチャレンジしてみてほしいんです。


千里の道への一歩はそれ。



そして、
もう一つ付け加えるならば、
千里の道は泥臭くすすんでゆくしかありません。

ささっと時短なやり方はなくってね、
うまい効率のいい方法もないし、
都合のいい抜け道もない。


ただ、
泥臭くはあるけれども、
一歩ずつしっかりと歩を進めたら
確実に前へとすすんでゆける道でもある。

そう、
やった分だけ、ちゃんと返ってくる世界なんです。
(それ、いいよね!)


投げたものも返ってくるし、

返ってきたものから、
自分がどんなものを投げたのか
どんな濃ゆさのものだったか
はたまたちゃんと投げられていたのか、、、なんかを確認することもできる。

(ちゃんと投げられていなかった、、、orz と落ち込むときもあるかもだけどね;)


+ + +


泥臭いのって、メンドウそうに思える?


でもね、
その泥臭さが気にならないやり方があるからね。


それは、
千里の道への一歩一歩のそれぞれが
ほんとうに自分が好きなことである、ということ。

それなら、
たどり着いた先だけが「よろこび」なのではなく、
その道のり自体がもう自分にとっての「よろこび」になる。


向かう時点でもう「よろこび」なのであれば、
その一歩一歩がどれだけ泥臭かろうが
もうそんなこと気にもならないよね。


「本当に好きなことじゃなきゃダメだよ」といわれる所以はそれです。






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1個前の記事にちらっと書いた
「左脳にはいい役割もあるんだよ~」のお話を書きたいなーって思いながらも、
今日も「少しずつ少しずつ」のお話をもう少し^^


+ + +


前に書いたこれとかこれ

もっと運命的でドラマティックな何か、、、を期待している人からしたら、
「なんでもいいからささやかなことから」とか
「なんでもいいから関心のあるはじっこの旗を引っ張ってみよう」っていうのんは
なんとも物足りないかもなーって思いました^^;


でも、物ごとには段階も必要なんですよね。

それに、
そうするだけの理由もちゃーんとあるから。




私たちって、
ある時期から
「したいこと」よりも「出来ること」を判断基準にするべき・・・
みたいな風に思い込んで生きてきてしまっている。


だから、
「したいこと」「好きなこと」に
気づきにくくなっちゃっていたり、でね;


そうなると、
「自分が本当にしたいこと」とか、
「どうしたら自分らしく生きられるのか」・・・が分からない。

だって、自分が何が好きなのかが分からないから;

なんしか
「好き」を判断基準にして選ぶ、、、という経験をこれまであまりしてきていないから
ちょっと分からなくなっちゃっているんだよね。


で、
もしかしたらね、
パッと一瞬は思いついているかもしれない。

あたまの中をね、
さーっとよぎっている「いいもの」が実はほんとはあるのかもしれない。


ま、でも、そういう何かがあったとしても、
それを高速で否定しちゃうんだよね;

「あー、そんなこと無理無理」
「無謀なこと、考えてしまってたよ;」
「やー、そりゃあ出来たらいいけどさー、私には無理よね;」とかって。

こちらのブログで読んだんだけど、
「夢の平均寿命は0.2秒」なんだって。(みじかっ!)



・・・えーと、だから、
そんなこんなな理由から

「何かやりたいんだけど、何をしたらいいのか分からない」
「自分の好きが分からない」

になっちゃっているだけなんだ。

逆にいうと、それだけのことだともいえる。

好きが分からなかったり
したいことを見つけられないあなたが悪いわけではなく、
ただ経験が少ないからなだけ。



だからこそ!

そんな時は、
何でもいいのであなたの世界にちらっと垣間見えた、
「なんだか分からない、でもちょっと魅力的なもの」
それがあるのなら、それを引っ張ってみることが鍵になる!

そこから広がってゆく何かが必ずあるから。


+ + +


最初にちらっと見えた旗は
日の丸かもしれない。

「おっ、日の丸」
そう思って次を引っ張る。

でも、
次も日の丸が出てくるとは限らない。

アメリカの旗が出てくるかもしれない。
フランス国旗が出てくるかもしれない。

そう、
日の丸が出てこなくってもいいんだ。

「最初に引っ張ったのが日の丸だったから、日の丸を貫かなくっちゃ。」

そんな風に思わなくっていいんだ。
アメリカやフランスに浮気をしたっていいんだよ。



自分の好きなものが自分でもまだ分からないときって
「本当にこれでいいのか」の判断自体がつかないもの。

そんなときに、

「これからは絶対に浮気をしてはいけません!」

そんな風に言われたなら、
コワくって何もはじめられなくなっても
しょうがないよね。


いいんだよ、浮気をしたって。
気持ちは変化してゆくものだからね。


そう、
その「浮気心」のように見えるものも
必要な変化なんだ。

その「浮気心」が、本気に変わるときがくるかもしれないしね。


+ + +


最初の段階では、
アメリカやフランスはあなたのあたまにはなかったかもしれない。


でもね、
日の丸を引っ張ることで
あなたの中に

「そうかぁ、アメリカって手もあったんだなぁ」
「今まで意識したことなかったけど、フランスもステキだよなぁ」
「そういえば、子供の頃フランスが大好きだったんだよなぁ」

そんな想いがよみがえってきたり、で。



で、
また、
たびたびの浮気を通して、
最初の日の丸に戻ってゆく人もいるかもしれないよね。


その人もまた
浮気をすることで

「やっぱり日の丸がいいな」

そう強く思ったかもしれない。


そうするとね、
最初のときよりもさらにキモチが濃くなっているはず。

その 日の丸に対する想いや決意が強いものに。




なんしかね、
引っ張ってみたら
そんな風にいろいろと広がってゆくんだ。
あなたの世界が。


だから、最初のとっかりとしては
ドラマティックではないかもしれないけれども、
いまあたまに浮かんでいる「万国旗のはじっこの旗」を
引っ張ってみてください。ぜひとも^^




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