1930 タトラT26/T30
テーマ:ヨーロッパ車1930 TATRA T26/T30
1923年、第一次世界大戦後の東欧の工業国チェコを舞台に、とある革新的なメカニズムを備えたクルマが登場する。その名は「タトラT11」。現在は主としてトラックを手掛けているタトラは、1850年創業の馬車メーカーを母体に19世紀末に自動車製造業に乗り出したという歴史ある存在。初期にはベンツのメカニカルコンポーネンツを使った各種自動車を製造していた。
そんなタトラに大きな転機が訪れたのは、社内の権力闘争の影響を受けて一時期会社を離れオーストリアのシュタイアーに移籍していたかつての主任設計者であったハンス・レドヴィンカが、第一次世界大戦終結後の会社再編成に伴って戻ってきたことがきっかけだった。レドヴィンカは1921年から長年暖めていた小型自動車の設計に着手。このクルマのエンジンこそが1.1リッターの4ストロークサイクル空冷水平対向2気筒だったのである。しかもこのクルマ、他にも独創的なアイディアに溢れていたという意欲作だった。
そのディテールはフロントに搭載されたエンジン&トランスミッションユニットとリアの駆動アクスルケースとの間は太いトルクチューブで連結され、プロペラシャフトはその中を通されていたというもの。フロントサスペンションはエンジンと結合されたサブフレームにマウントされた横置リーフスプリングによる独立懸架。リアサスペンションはアクスルケースの上部にセットされた横置リーフスプリングで吊られた左右のスイングアクスル・ハーフシャフトで構成されたシンプルな独立懸架というもの。トルクチューブは事実上のバックボーンフレームであり、ボディ無しでも成立し得る最小限のメカニカルコンポーネンツ構成としては、かなりの革新であり先進だったということである。
軽量小型かつ低重心の水平対向エンジンをベースに駆動系を強固なワンパッケージでまとめた上に、サスペンションにはハンドリングと悪路でのトラクションに優れる独立懸架を採用するというそのメカニカルスペックから理解できたこと、それは1920年代初めという時代からは想像できない先進性の塊の様なクルマに仕上がっていたということである。ちなみに完成車としてのタトラT11の外観は何の変哲も無い1920年代のクルマそのものであり、その中身が革新的な構造だとは想像できないものだった。
T11に端を発するタトラの水平対向エンジン搭載車は、エンジンを1.7リッターの4気筒に拡大したT26/T30、さらに排気量を1.9リッターにアップしたT52、T30の改良型であるT75、T11とその改良型であるT17の後継車として登場したT54/T57と数年の間に矢継ぎ早に進化を重ねていった。水平対向シリーズで最大排気量だったのは2.5リッターの4気筒を搭載していたT82であり、T57と共にチェコ陸軍の装備となった。ここでのT57は小型の前線指揮車、対してT82は6×4(後輪2軸駆動)のコマンドカーと小型トラックがラインナップされていた。
とはいえこれらタトラの空冷水平対向エンジン搭載のFR(フロントエンジン・リアドライブ)シリーズは、レドヴィンカの熱意溢れる設計ではあったものの、架装ボディとシャシーを含めたトータルパッケージングで見る限り、正直言って水平対向であることの必然性は薄かった。もちろんこれらはレドヴィンカも先刻ご承知であり、実は彼が考える本命というべきクルマの設計案はさらに水平対向エンジンであることを活かすべく先進性に溢れていたのが特徴だった。そのクルマについてはまた稿を改めて。






