1961 レイ・フォックス ポンティアック・カタリナ389SD/デビッド・ピアソン
テーマ:セダンレースカー1961 RAY FOX PONTIAC CATALINA 389SD/DAVID PEARSON
一般に1960年代のポンティアックのワークスレースエンジンというと、SDことスーパーデューティーを思い浮かべる人が多いと思う。スーパーデューティーが最初にリリースされたのは1959年秋。1960年モデルを通じてのことだった。
しかし実はこの年のワークスの息が掛かったレースカーにおいて、389SDが十分に行き渡っていたわけでは無かった。その証拠に多くのストックカー仕様のカタリナに搭載されていたのはそのほとんどが389SD以前の最強モデルだった425Aであり、これはポンティアックワークスの中でも最強とされていたスモーキー・ユニックのチームでも変わりが無かったのであるから。
1961年度デイトナ500、このNASCAR屈指の高速コースでポールポジションを取ったのは1961年型スモーキー・ユニック・ポンティアック・カタリナ389SDを駆ったファイアボール・ロバーツだった。その記録155.709mph。しかし決勝で勝利したのは同じくスモーキー・ユニックのレースカーながら型遅れの1960年型(エンジンは425A)を駆ったマービン・パンチだったのである。
その公称最高出力は333hp。同じく1960年型のSDは348hp。対して1961年型のSDは368hp。フルチューンを施した状態でこの差にいかほどの意味があったかは定かでは無いものの、425Aとてチューニング次第では必ずしもSDに大きく劣っていたわけでは無かったということである。
さて今回紹介するのは1961年型のレイ・フォックス ポンティアック・カタリナ389SDである。ドライバーは成長著しかった新進気鋭のデビッド・ピアソン。この年、デイトナに次ぐ高速コースでもあったシャーロットでのグランナショナル24戦、「ワールド600」において見事優勝を飾ったそのものという貴重な一台である。
さらにこの年のデビッドは乗りに乗っており、グランナショナル32戦、デイトナでの「ファイアクラッカー250」でも優勝、その勢いは衰えることなくグランナショナル46戦、アトランタでの「ディキシー400」でも優勝するなど、まさに大活躍を記録した年でもあった。
1961年という年はデビッド・ピアソンの他にもバド・ムーアのジョー・ウェザーリー、ホリー・ファームのジュニア・ジョンソン、スモーキー・ユニックのファイアボール・ロバーツ、スモーキー・ユニックからコットン・オーウェンスに移籍したマービン・パンチなどポンティアックが大躍進した年に相当していた。そしてこの快進撃は翌1962年に大きく花開くこととなる。





