1977 シボレー・ノバ/デール・アーンハート
テーマ:セダンレースカー1977 CHEVROLET NOVA/DALE EARNHARDT
デール・アーンハートがNASCARウインストンカップにおけるレギュラーシートを確保したのは1978年、ロッド・オスターランドのチームを通じてのことである。当時26才、既に十分なレーシングキャリアを積んでいたことは言うまでもなく、満を持してのトップカテゴリーへの本格参戦開始だった。しかしこの体制はデールにとって余り好ましいものでは無かった。彼がその実力を発揮し出すのは1980年にマイク・カーブのチームに移籍してからのこととなった。
さて今回紹介するのはデールが1977年シーズンから数年に渡って乗ったシボレー・ノバである。カテゴリーは最上位のウインストンカップではなくその下位を担っていたレートモデルスポーツマン。後にブッシュグランナショナル、そして現在はネーションワイドシリーズと呼ばれているカテゴリーである。
このカテゴリーはNASCAR創設直後から若手向けのシリーズとして開催されていたという伝統ある一戦であり、基本的に型遅れのグランナショナルカー(1971年以降はウインストンカップカー)を使っていたものの、1970年代半ば以降はエンジンの排気量を4.3リッターに抑えると同時にやや車型の小さなコンパクトカーをベースにする様になっていた。
ただしエンジン以外のシャシー構造やコンポーネンツはウインストンカップカーに準じていたこともあり、下位カテゴリーとはいえそのレースカーパフォーマンスはさほど劣ってはいなかったのである。
ちなみにアーンハートは外部のチームでウインストンカップを戦う傍らで自らのチームを組織、レートモデルスポーツマンを戦っていた。そのウェポンこそが写真のノバだったというわけである。アーンハートというと何と言ってもGMグッドレンチのカラーリングの印象が強いのだが、ロッド・オスターランドもマイク・カーブもそのスポンサーはグッドレンチではなく、このノバこそがアーンハートとグッドレンチがジョイントした最初の存在でもある。
なおこのレースカーはその初期の姿はノバではなくポンティアック・ベンチュラでありその時のスポンサーはジーンズの名門ラングラーだった。ラングラーは1980年シーズンからのウインストンカップにおけるマイク・カーブのスポンサーであり、時系列的にはレートモデルスポーツマンでアーンハートをサポートした後にウインストンカップに移動したという形になっていた。
レートモデルスポーツマンのチームにビッグスポンサーが付く例は余り無かったということ。その上で巨大企業のラングラーに続いて事実上のワークススポンサーだったGMグッドレンチをゲットしたということはやはりアーンハートの実力及び営業センスも含めた人間的な魅力はずば抜けていたということなのだろう。
1982年、レートモデルスポーツマンは前年の1981年から新しい車両ルールで戦われることとなったウインストンカップに準じることとなったためノバその他の旧ルールモデルは全て姿を消すこととなった。
現在、アーンハートが1970年代後半から1980年代初めにかけて乗ったとされるレースカーは数台が確認されている。しかしレートモデルスポーツマンカーはこの一台のみであり、今となっては非常に貴重な個体である。数年前にジャンク状態で発見された後に基本的にオリジナル状態にレストアされているものの実は現役時代のレースナンバーは♯8であり♯3は近年に書き直されたものである。アーンハートといえば♯3が代名詞でもあり、それもまた仕方の無いことかもしれない。
余談ながら手元の写真コレクションには1974年に22才のアーンハートがリチャード・ペティのチームを通じて乗ったARCAダッジ・チャレンジャーがある。このレースカーについてはまた稿を改めて。





