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2008-01-22 13:31:39

1969フォード・マスタングBOSS429

テーマ:フォード





あるクルマが市販化される上で、そこには明確な動機が存在する。それはある時は市場からの要請だったかもしれないし、はたまた開発者の情熱だったかもしれない。しかし世の中には変わった動機で市販化されるクルマもまた存在している。フォード・マスタングBOSS429もまたそんな一台である。


フォード・マスタングBOSS429は1969年型と1970年型の2タイプが存在している。しかし生産されていたのは1969年の春から1970年の夏までのほぼ1年間に過ぎない。生産台数はそれぞれ859台と499台と合計しても1500台にも満たない。このくらいの数字ではとても量産車とはいえないのもまた事実である。フォードにとって満足行くレベルの儲けをもたらしたとも思えない。それではBOSS429誕生の動機とはいったい何だったのだろうか? 話は3年前の1966年にまで遡る。


1966年夏。NASCARは1964年から翌1965年にかけて続けざまに起こった使用エンジンのスペックにまつわるゴタゴタを解消するため、翌1967年度から500基のエンジン量産規定を導入する旨を発表した。意外なことにそれまでは車両、エンジン共に量産台数規定は存在せず、ただ市販品でありさえすれば良かったのである。


この決定に際してフォードは、過酷な使用規制からエントラント離れを招き、さらにコスト高が一層のエントラント離れを呼ぶという悪循環に陥っていた427SOHCユニットを諦め、新開発の429ヘミの導入を決定した。ただ問題は500基という量産規定にあった。新型エンジンのコストはおそらく車両価格に匹敵するレベルとなるのは必至。ただしそうなるとNASCAR参戦対象車だったフォード・トリノやマーキュリー・サイクロンでは購入層が極めて限られる。広いアメリカとはいえ、これらを欲しがる層は豪華なクーペやハードトップが欲しいから契約書にサインするのであって、レースチューンを前提とした高価なエンジンなど欲しがる層はほとんど考えられなかったのである。



幸運なことにNASCARの規定ではレースで使うエンジンはその単体での量産台数が定められていただけで、市販状態での搭載車は必ずしもレースカーと同じでなくとも良かった。そこでフォードのヘッドクォーターはハイパフォーマンスカーに対して敏感なユーザーが多く、さらにドラッグレース参戦者のニーズも期待できたマスタングを通じて量産規定をクリアする道を選択したのである。


この決断は結果的に大成功だった。BOSS429は無事NASCARのホモロゲを取得しフォードの特殊エンジン開発部門だったスペシャル・エンジン・グループから供給されたワークスエンジンは有力チームと共にクライスラーのレースヘミと真っ向から対決、見事1969年度のマニュファクチャラーズタイトルを獲得したのだった。


一方、エンジンの量産規定をクリアすることが第一の目的だったマスタングBOSS429の方はというと、その生産台数の少なさとレースカーとの密接な関係を高く評価され、特にコアかつ熱心なマニアの間で熱狂的な支持を取り付け現在に至っている。歴代マスタングの中でその存在は飛び抜けていると同時に、数々の紆余曲折を見せたNASCARの歴史の生き証人でもあるのだから。


ちなみにマスタングBOSS429はフォードの量産工場では無いところで最終アッセンブリーが行われたことはあまり知られていない。その場所とはミシガン州ブライトンにあった「Kar Kraft(頭文字がCではなくKなのは間違いではない)」、他でもないフォードのワークスプロトタイプ及びショーモデル、さらには量産試作車の開発を専門に手がけていた部門である。


これらは最初からNASCARで定められていた500台の量産規定をクリアした時点で生産を終えることを前提としていたこともあり、リバールージュのマスタングのメインファクトリーラインに流すよりは、少数精鋭かつこの手の特殊改造のスペシャリストの集団だったカークラフトに開発から生産まで任せるのが得策との判断の結果である。


フォード・マスタングBOSS429。そのエンジンをレースの現場に送り込むことだけを目的に生産されたスペシャル中のスペシャル。フロントフェンダーにセットされた小さなエンブレムを見逃してしまうと、その真の姿に気づくことはまず無いというマニアックかつ誇り高きハイパフォーマンス・アメリカンの雄である。







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