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2007-11-20 13:56:54

初代ニッサン・シルビア

テーマ:国産旧車



ほとんどの日本車がデザイン的にモノマネの域を脱することができないでいた時代、海外の優秀なセンスを導入することで国際的に通用するデザインを獲得したクルマが存在した。初代シルビアである。


1964年の第11回東京モーターショー、日産はダットサン・クーペ1500という名の2シータースポーツクーペをショーモデルとして参考出品した。


当時、日本の自動車業界では海外のコピーのようなデザインから一歩脱却することを目的に、海外のデザイナーに内外のデザインを依頼したモデルが次々と登場しショーを賑わせていたが、この作品こそは「よりよいデザイン」という命題に対する日産の解答に他ならなかった。


1964年当時、日産が持っていた唯一のスポーツカーであるSP310ことフェアレディ1500のシャシーコンポーネンツを流用。スペシャルボディを架装することで具体化されたダットサン・クーペ1500は、発表から半年後の翌1965年3月にニッサン・シルビアとして発売された。


もちろんシャープでクリーンなボディスタイルはショーモデルそのままであり、変更点はメカニカルコンポーネンツがショーモデルのフェアレディ1500から、5月に発売が予定されていたフェアレディ1600用に強化されていたことである。このことはCSP311という型式名にも現れていた。 


これらのことからわかることは、ニッサン・シルビアはショーモデル、すなわちダットサン・クーペ1500の段階から、すでに市販化をハッキリと想定していたということに他ならない。そうでなければ、ワンオフのショーモデルから半年で市販車に仕上げることなど不可能だったはずである。


ニッサン・シルビアのボディ・デザインは、主にBMWのスポーツクーペのデザインを手掛けていたアルブレヒト・ゲルツの作といわれていた(正式発表されたわけではない)。ただしボディ製作はスカイライン・スポーツなどとは異なり、あくまで日産社内で行うこととなっていた。


このボディ製作には日産も相当苦労したと見えて、製作はほぼハンドメイドで行なわれることとなった。その結果、シルビアのボディは量産クーペとしては抜群の完成度の高さを誇ることとなった。具体的にいうと、それはいわゆるチリの相具合や各部の立て付けの良さ、そして表面仕上げの良さに他ならず。少なくともボディの工作精度の高さでは国産最優秀という客観的評価を獲得することができたのである。


このことをさらに具体的に検証してみよう。今、改めてシルビアのボディを入念に観察すると、ウインドー、ドア、ボンネット、トランクの各開口部を除くと、メインキャビンとフロントフェンダーとの間や、前後バンパー下といった部分に継ぎ目がまったくないことに驚かされる。


もちろんこれらは別に1ピースで成型されていたわけではなく、それぞれを組み立てた後に継ぎ目をパテやハンダで埋め、磨き上げた上で塗装していたというもの。その結果、シルビアはオープン2シータースポーツカーがベースでありながら、抜群のボディ剛性の高さを誇ることとなった。これはボディ剛性というクルマの総合性能に強く影響を及ぼす要素が、今ほど声高に語られることがなかった時代のエピソードである。


シルビアのパワーユニットは、SP311ことフェアレディ1600に先行するものとして、1.6リッターのOHVユニットをSUツインキャブレター他によって最高出力を90hpに高めた仕様が選択された。駆動系はポルシェタイプのサーボシンクロを備えたクロスレシオ4速マニュアルという、スポーツカーらしいスペックである。サスペンションはフロントにダブルウィッシュボーン/コイル、リアにリーフ・リジッドというもの。前輪にはディスクブレーキが装着されていたものの、フェアレディ譲りのラダーフレームと合わせて極めてオーソドックスだった。


つまりドイツ人デザイナーによるボディシルエットはドイツ風でもなければイタリア風でもないという、新時代のテイストを感じるものだったが、メカニカルな部分は英国風そのものだったといっていい。


一方、インテリアに目を向けるとそこはイタリアンテイストにあふれた豪華な世界だったのが特徴である。インパネ&ダッシュボードはブラック。対してセンターコンソールやドア内張り、さらにはシートをクリーム色と、2色でコーディネートしていたあたりは、イタリア製GTそのものといっても良かった。


ダイヤモンドをカットしたかのようなエッジの効いた魅力的なスタイルに上品なインテリアを兼ね備えたニッサン・シルビアは、120万円という当時の2リッタークラス最上級セダンを上回る価格と固有のエレガントさを武器に、いわゆるフラッグシップとはことなるイメージリーダーとしての役割をしっかりと果たした。ただしそのボディ内外から受ける女性的な印象とは裏腹に、ドライバーに与える印象はフェアレディそのままのワイルドなものだったということは、余り知られていない事実だった。


固いサスペンションに荒々しいエンジン、もちろんパワーステアリングもオートマチックミッションも設定はなく、そのドライビング感覚はテイストにあふれたオシャレなものというよりは、古典的なスポーツカーのそれに近かった。 ニッサン・シルビアは、1965年3月から1970年までに544台が手作り同然に生産された。その間マイナーチェンジは特になく、最初から最後まで注文生産状態にあったといっても過言ではない。その美しさは現代の評価基準に照らしても、決して色褪せてはいない。







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