2009-06-16 18:25:01

トニー滝谷 ('04年 市川準 監督作)

テーマ:Movie/DVD Reviews

最初に村上春樹の「トニー滝谷」の映画化を知ったときの感想は、「どうやってあの大して長くもない物語を映画化するんだろう?」だった。

そして、村上春樹の作品が映画化されることになぜか
不思議な違和感を感じた。 それまで、村上春樹原作の映画なんて聞いたこともなかったし(調べてみると「風の歌を聴け」は映画化されていた)、彼の世界観を映像化するのは難しいように思えた。1村上春樹ファンとして、どちらかというと村上春樹原作の映画など見たくはなかった。失望するのが嫌だったからだ。

他の村上春樹ファンはどうだかしれないが、俺が彼の小説を他の作家のどんな小説よりも好きな理由は彼の創りだす世界だ。彼の創りだす世界は一見クールだが、『失われてしまった大切なもの』、そして『大切なものを失ってしまった人々』への慈愛が底に流れている。


彼より優れた小説家はいるのかもしれないが、少なくとも彼の小説の中にある世界やその情感を創り出せる作家を俺は他に知らない。 もちろん、彼の日本人離れしたウィットやワープしているストーリーも好きだが、考えてみるにやはり俺は彼の創りだす「世界」というものに1番惹かれているのだと思う。

そして、俺のような村上春樹ファンの心理は監督である市川準も感じていた。

「....現実の具体的な場所や物では描けないというイメージを抱きはじめ、いままでの自分の映画のようにリアルな世界で描くと、この小説に流れている透明感や、温度の低さを表現できないし、村上春樹ファンを裏切ることになる、と思い始めまし た。」 (市川準談)

そして、この映画を作るにあたってその市川準はどうしたのだろう?

まず、彼は横浜市にある空き地に舞台装置のようなセットを組み、大半のシーンを様々な手法を使いそのセットの中で撮影した。そして、ナレーションを登場人物が引き継ぐという(映画に詳しいわけではないので断言はできないが)ユニークなスタイルでストーリーを進め原作の浮世離れした世界を映画という媒体で表現した。

映画を大して知らない俺に「トニー滝谷」の映画としての評価はえらそうにできないが、1村上春樹ファンとしてこの市川準が作った「トニー滝谷」は原作の世界を崩さず満足のできるものだったと言える。

そして、もう一つ言えることは俺にとって「トニー滝谷」は素晴らしい映画だったということ。

細かくどこがどう好きだと言い出せばきりがないので書かないが、1つ強く印象に残っているのが宮沢りえ(トニーの妻と妻の死後とトニーの奇妙な求人募集に応募する女性の二役を演じている)の見とれるまでの洋服の着こなしだ。


いや、正確に言えば「洋服の似合い方」というもの。
話の筋からもわかるように、この物語では「洋服」(もちろん、ここでの洋服というのは和服に相反しての洋服ではなく、一般的な服という意味であるが)というのは1番重要なファクターである。

意固地なまでにも閉鎖的とも言えるすべてが自己完結したトニー滝谷という人間(「欲する」ということを生まれた瞬間から諦めたような人間とでも言おうか) の殻を破り、孤独を感じたことのない男に孤独を感じさせたトニーの妻。
すべてのきっかけは仕事上の関係で事務所を訪れた彼女の洋服の着こなしだった。そこをきっかけにトニーは結果的に彼女を付き合っていた恋人から奪ってまで結婚してしまう。

映画の中で宮沢りえが(「トニーの妻」の為に用意された)洋服を着る姿は観客として見ている俺が恋に落ちてしまうぐらいにに美しかった。トニーが言っていたと思うけれど、まるで仕立てられたかのように美しかった。着こなしうんぬんではなく、まるで宮沢りえが着るために運命的に創造されたかのように。

一人の美しい女性が洋服を何千年も前から決められた世界の道理のように自然に着こなす、それはもう光景ではなく一つの素晴らしい風景(シーナリー)であると俺は思う。

トニー滝谷が妻に恋に落ちたように俺も映画の中の宮沢りえに恋に落ちた・・・

もちろん、現実世界の俺は村上春樹の物語の世界の女性に現実的には恋に落ちない。 なぜならば、村上春樹的言い回しを借りるならば「そこには救いというものがないからだ。」

しかし、俺のこれからの人生の中で「トニー滝谷」の中の宮沢りえのフラッシュバックは幾度と現れるだろう。
終わった音楽のメロディーが鳴りつづけるかのように…



B0009Y2910

トニー滝谷 プレミアム・エディション [DVD]



B0012PT2BU

トニー滝谷 スタンダード・エディション [DVD]



<原作を含む村上春樹の短編集 『レキシントンの幽霊』>

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊

Amebaおすすめキーワード