真崎明 監督ブログ

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阪神淡路大震災が起きてから半月ほどして、私は食料を大量にリックに詰めて神戸の極真会館 中村道場に向かった。

 

途中まだ電車も復旧していなかったので線路を歩いた。

 

どこか遠くのほうで煙が立ち上っていた。

 

頭巾をかぶった人々がリックを背負ってこっちに向かって歩いてくる。

 

あちこちの家屋が倒壊し、あるいは火災によって焼け野原になっていた。

 

どこかで見たことがある風景だと思った。

 

そうだ、戦争映画だ。

 

大空襲の後もこんな感じだったのだろう。

 

歩きながら涙が込み上げてきた。

 

丸二日かかって中村道場に着いた。

 

倒壊や焼け野原が続く中で中村道場が入っているビルだけは無事だった。

 

師匠の中村誠師範は突然の私の訪問に殊の外喜んでくれた。

 

『大変だったんだよ、火はそこまできてなぁ。

 

もうダメやと思って倉庫の空手着や武具や荷物を全部外に出して、なんとか火を消して大丈夫だとなって全て元にもどしたんだよ。

 

そしたら、また火災が起きてなぁ、全部の荷物をまた出してなぁ、そしたらなんとか火はおさまったんよ』

 

『そうだったんですか、本当に大変だったですね。ところで中村師範、ご家族は大丈夫だったんですか』

 

私の問いに中村は大きく頷いてから堰を切ったように話し始めた。

 

『恭子のなぁ 実家が倒壊してやなぁ両親はその中に閉じ込められてやなぁ』

 

恭子とは中村夫人のことである。

 

『えーっ、どうなったんですかっ』

 

『お前なぁ、年寄りやぞー早う助けんと押し潰さるし、あっちこっちで火の手は上がっちょるし、救助は来んしやなぁー今助けんとあかん。

 

声かけたら返事するねん。

 

お母さんっ待っとけやー今助けるからなぁーっ。

 

なんも道具なんかないやろが。

 

素手でなぁ片っ端壁板引っ張ったり叩き壊したり、柱やら引っこ抜いてやなぁ。

 

まさか、空手やってきたことがこんな風に役に立つとは思わんかったわ。』

 

『それで、ご両親は無事だったんですか』

 

『なんも問題ない、元気にしとるわ。恭子からも、えらい感謝されたわ』

 

『しかし、凄いですねぇ。倒壊している家屋から素手で助け出すなんて』

 

『だからやなぁ、倒壊して家族が生き埋めになってしまって呆然として何も出来ずにいた人達がやなぁ、助けてくださいっ助けてくださいってなぁみんなワシのとこに集まってきて手を引っ張るんや、命がかかっとるからなぁ、もう必死になって助けたわーっ』

 

中村誠師範は素手で倒壊した家屋から義父母を救い出した後も、見ず知らず人達の家族をやはり素手で救い出したのだ。

 

この夜、私は中村道場の内弟子寮に泊まったが弟 弟子の田ヶ原正文氏の無事をそこで確認した。

 

田ヶ原氏によれば、地震が起きた時にすぐに枕で頭をカバーしたようだ。

 

大地震の経験者である母親からいつも地震の際は頭を枕で防げ、の教えを守ったらしい。

 

馬鹿でかいテレビ(当時は現在の薄型ではない重いので場合によっては死に至る)が頭に落ちて来たが枕のおかげで助かったらしい。

 

それからしばらくして、『田ヶ原大丈夫かーっ』と叫びながら中村師範が現れた。

 

ハチマキに火を灯したロウソクを括り付け沢山の懐中電灯を持っていて、まるで映画のクライマックスシーンを見るかのようだったという。

 

田ヶ原氏が大丈夫とわかると、中村師範はすぐに奥さんの実家に向かったらしい。

 

そこから後は田ヶ原氏も救出を手伝った。

 

しかし、何軒もの倒壊した家から素手で救出するために手は血だらけになっていったのだという。

 

田ヶ原氏は、もう血だらけで自分は救出は無理だ、手伝えない、そう思っても中村師範は全く手を緩めることなく血だらけになりながら懸命に人々を救い出していったのだという。

 

中村師範は7人を倒壊した家から救い出したのだという。(私の記憶が正確か少し自信はないが、少なくとも7人救出は間違いないと思う)

 

その中にはあと一歩遅れたら、火災で焼け死んだ人達もいたようだ。

 

いや、消防車や自衛隊の救出を待っていれば全員が死んでいたかもしれない。

 

これぞ、真の侍、武道家、空手家ではないだろうか。

 

その救出は日暮れまで続いたという。

 

どこで、どう用意したのか中村師範は焼け野原で鉄板を見つけてきて火を起こして焼きそばを作ってくれたという。

 

誰よりもポロポロに疲れているはずなのに、それでもなお皆に焼きそばを作って食べさせるとは、なんて愛情深い人なのだろう。

 

人には欠点がある、当然中村誠師範にも人として欠点もあるだろう。

 

しかし、何か天変地異や究極の時には中村誠は神のような存在になるといつも私は思う。

 

中村誠という人物は織田信長と豊臣秀吉の性格を併せ持ったような人である。

 

そして重大な事態を招いた時は我を捨てて、神のごとく判断して行動する人なのだ。

 

田ヶ原氏によれば、あの大震災の日の日暮れに食べた焼きそばの味が忘れられないという。

 

泣きながら食べた焼きそばの味である。

 

私は10日間ほど震災後のボランティアを中村道場で過ごした。

 

今も阪神淡路大震災の日がやってくる度に昨日のことようにあの焼け野原の、人々の大変な日々を思い出さずにいられない。

 

そして人生で中村誠という師と出会えたことに感謝で一杯の気持ちになるのだ。

 

 

 

真崎 明。

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早いもので私が劇団 真怪魚を創設してから、来年は10周年を迎えようとしています。

 

映画やテレビでは見ることが出来ないような面白い作品を作りたいと取り組んできましたが、前回の作品では産経新聞や東京新聞が大きく取り上げてくれたりラジオ生出演したり、公演も常に満員御礼で好評を得てくることが出来ました。

 

今日まで発展的な活動を続けて来れましたのはご支援いただいている皆様、ファンの皆様、関係者の皆様のお力添えあってのことと心より感謝申し上げます。

 

創設当初から、稽古のベースになっていたのは本格的な武術の稽古でした。

 

見学に来た人が、場所を間違えたのではと思ってしまうほど、武術武道の稽古を一心不乱に劇団員が稽古しています。

 

時代劇やアクション劇を取り組むのにカッコだけというのは、ニセモノのような気がしてならないのです。

 

ブルース・リーは本物だけに半世紀経っても益々光り輝いていますね。

 

仮面ライダーの藤岡弘さんもそうだし、千葉真一さんも武術家であり武道家だけに全くアクションが違いますよね。

 

藤岡さんも千葉さんとも私は映画の話をしたことがあるんですが、二人とも共通したことを語られた。

 

「やっぱ、本物をやらんといかんですよ」

 

そういうことで、ウチの劇団は武道が必須で空手をメインに取り組んできました。

 

劇団員もようやく武道家らしくなってきました。

 

そこで、いよいよ来年の新作ですが、スパイ・カラテアクションに取り組みます。

 

国際問題取り上げた、劇団創設10周年記念公演にふさわしいスケールアップしたエンターテイメントになってます。

 

ゴールデンウィークの開催ですから、皆さま、お時間を作って(遠方の方は旅行がてらに)ぜひご来場ください。

 

真崎  明

 

*以下は公演についてです。

 

   【最新作ご案内】

 

  スパイ カラテアクション舞台劇

『シリウス☆ゲーム』~スパイ誕生編~

 

【あらすじ】

 

日本は領土問題を皮切りに戦争に巻き込まれようとしていた。それが第三次世界大戦の引き金になる可能性を秘めていた。

 

それらを未然に防ぐために立ち上がったのが日本の秘密結社Crow(クロウ)である。

 

クロウは、日本と世界の平和を守るためにシリウス作戦を計画する。

 

そのシリウス作戦を成功させるために、クロウは世界一の大泥棒「中村大次郎」(ねずみ小僧の末裔?)の確保とスパイ養成に向けて行動を開始したのだった・・。

 

【解説】

 

劇団 真怪魚による舞台最新作はスパイ カラテアクション『シリウス☆ゲーム』~スパイ誕生編~を5月3日祝日 調布グリーン小ホールにて開催することが決定しました。

 

劇団創設10周年となる記念すべき本公演は今までのファンタジックな物語から一変し、意外性と緊迫感に溢れるスリリングでドラマチックな展開に興奮と感動に包まれることでしょう。

 

出演  

 

河辺林太郎    赤井ちあき   ねこまたぐりん    星ワタル        真崎  明       他

 

作  演出       真崎  明

 

公演時間・チケット販売など詳細は2017年年始に発表予定。

 

皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

 

【劇団真怪魚広報部】

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私が一番尊敬する映画監督は黒澤明である。

 

黒澤監督の映画を初めて見たのは15歳(中学3年)の時、『 隠し砦の三悪人』だった。

 

映画の師であり学校の英語教師でもあった益田先生( 山鹿映画を見る会の主催者でもあった)が、 自分と映画好きの仲間で鑑賞したいがために十万円以上も出し合っ て東宝からフィルムを借りて黒澤映画鑑賞会を公民館で行ったのだ

 

告知はしたものの、 その日は熊本は山鹿に雪が降りとても寒かった。

 

親友と遊び帰りに公民館の前を通ると益田先生が雪の中ぽつんと一 人立っていて手招きする。

 

『よかところに来たたい。今から黒澤映画鑑賞会をするけん、 見に来たらよか。雪降るけんお客さんが少なかと。 お前たちはタダにしてやるけん』

 

私と親友は大喜びした。

 

すでに夕方だったので先生は奢りで出前をとってくれた。 中華丼だったがとっても美味しくて、 あの時の中華丼をもう一度食べたいといまだに思いだす。

 

夕飯付き黒澤映画鑑賞会、しかもタダで・・最高じゃないかー!

 

『隠し砦の三悪人』が始まった。

 

ど迫力のオープニングミュージック、いきなり、 砂漠ようなところで二人のノッポとチビの落武者が歩く後ろ姿。

 

冒頭から圧倒された。

 

この印象的な冒頭シーンは、 音楽も含めてジョージルーカスに多大なる影響を与え後に『 スターウォーズ』 を産み出しロボットが砂漠を歩く名シーンを誕生させた。( スターウォーズのストーリーそのものが隠し砦の三悪人を原案にし ている)

 

物語が始まってゆくと殆どセリフが聞き取れない。

 

何しろ1979年のことである。

 

フイルムは傷だらけ、音響設備はかなり悪い。

 

先生方やお客さんはかつて、 隠し砦の三悪人を見たことがある人ばかりなので物語より先に爆笑 する始末で、こちらはなんで笑うのかがわからない。

 

ゆえに面白さなどは感じることは出来ず、 ただただ凄い映像作品を目撃した、にとどまった。

 

後に、 上京してから名画座で隠し砦の三悪人を改めて鑑賞したのだが爆笑 し過ぎてお腹が痛くなったほどで、 なぜあの時に大人たちが先に笑ったかがよく理解出来た。

 

隠し砦の三悪人は最高に興奮したし面白かったし爽やかな感動を得 ることも出来た。冒険活劇として映画史に残る名作である。

 

その後も時々『隠し砦の三悪人』を見るが、 今まで30回以上は見た。

 

何度見ても面白い。

 

それが真の名作というものだろう。

 

しかし、 振り返ってみると15歳の時に黒澤監督の隠し砦の三悪人を見たの は私の人生にとってはとても意義深い価値ある出来事だった。

 

用心棒や椿三十郎、天国と地獄、赤ひげ、影武者など皆、 10代で見たからだ。

 

20代でほぼ全作品を見た。

 

私が作る作品は、黒澤映画の影響を間違いなく受けている。

 

まさに、それが舞台『銀河鉄道に乗ったサギ』である。

 

二人の振り込め詐欺師が、 逆に騙され銀河鉄道に乗せられて命からがらの宇宙の旅を通して成 長してゆく物語である。

 

実は、私は黒澤監督に5回お会いしたことがある。

 

私が執筆したシナリオを2作品も読んでいただいた。

 

今、 考えれば世界の大監督に対して無謀というか大変恐れ多い大胆なこ とをしたと思う。

 

黒澤監督が生きていた時代、 ジョージルーカスやスピルバーグやコッポラくらい有名であっても 黒澤監督にはそう簡単に会えるわけではなかったので、 映画界では私が黒澤監督に5回も会って話をしただけでなくシナリ オまでも読んでもらったというのは“西から日が出る” くらい信じてもらえそうにない話だからだ。

 

さらに、私は黒澤監督の御葬式( 数万人も集まったお別れ会の方ではなく、身内だけの葬儀) にも参列して黒澤監督の棺を担いだ。

 

これらの詳細については別な機会で書きたいと思う。

 

その前日のお通夜の時に『男はつらいよ』 の山田洋次監督が外でインタビューを受けていた。

 

「山田監督が、 黒澤映画の中で代表作と思われる作品はなんだと思いますか」

 

私は、バカな質問だなぁと思った。

 

案の定、山田監督がムッとした表情になった。

 

断っておくが、 山田監督は温厚な方でインタビューでそんな表情を表すような監督 では決っしてない。私自身、大尊敬する名監督である。

 

山田監督は少し表情を和らげてレポーターに諭すように話し出した

 

黒澤さんの映画をどれが代表作かなどと言うのは大変失礼な言い方 なんです。黒澤さんの映画は全てが代表作なんですね』

 

あーさすが、山田監督だと私は拍手を送りたくなった。

 

黒澤映画はたった30本しかない。

 

しかし、その30本がいかにして作られたか・・ それだけで百科事典を作りたくなるほどの膨大な努力と苦労の結晶 の記録となるだろう。

 

スピルバーグは黒澤監督を現代のシェークスピアだと言ったが、 千年万年歴史に残る大監督である。

 

その作品の本当の評価はまだまだこれからだと私は思う。

 

私は生きている間に、 一本でもいいから黒澤映画を超える作品を作りたいと決意している

 

半世紀生きてきた私が、 その目標に向けて歩んでいる途上での半集大成的に作ったのが『 銀河鉄道に乗ったサギ』である。

 

この作品は、 黒澤監督の隠し砦の三悪人へのオマージュ的な作品でもあるのだ。

 

黒澤映画が大好きな人なら、すぐにそれがわかるだろう。

 

銀河鉄道に乗ったサギはもちろんオリジナル・・・しかし、 そこには黒澤イズムが静かに流れていることを感じとっていただけ ると思うのだ。

 

銀河鉄道に乗ったサギを誰に一番見て欲しかったかと言えば、 黒澤明監督である。

 

「あなたが、作った作品があるなら、それを持ってきなさい。 それを見ようじゃないの」

 

黒澤監督はそう言ってくださったのに、 私は映像作品を持って行かなかった。

 

次回もっと良い作品を作ったら持っていこう、 そうやって時は過ぎてゆき黒澤監督は他界してしまった。

 

実に情けない。

 

もし今、監督が生きていたら今回映像作品に仕上げた舞台『 銀河鉄道に乗ったサギ』 を間違いなく黒澤監督に届けて見てもらっただろう。

 

私は黒澤監督にぜひ見てもらいたい、そう思って作り上げたのが『 銀河鉄道に乗ったサギ』なのだから。

 

しかし、もし誰かに・・

 

あなたの作品で最高傑作はどれですか?と尋ねられたら、 私は即座に答えるだろう。

 

『次の作品です』

 

次回最新作は『Sirius game』

 

【『銀河鉄道に乗ったサギ』映像作品〜前編〜はコチラから】

https://m.youtube.com/watch?v= dlt-3gZ82-A

 

 

 

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