New 天の邪鬼日記

小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。


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 10月7日(土)
 美しい満月が台風が去った夜空を祝福するように輝いている。
 夕方5時をすぎるとうちにはいりきらないほどの参加者が集まってくる。
 生の巨大ネアリカを鑑賞し、日本を代表する絵画修復家・秋山俊幸さんの家にむかった。うちから徒歩7分というご近所である。花火会場のすぐそばなので、たくさんの車や人が同じ方向にむかい、夜店の明かりが祭気分を盛り上げる。
 15人を超す珍客を秋山一家はあたたかく迎えてくれる。今回の参加者はアーティストが多く、19歳の次男俊也くんの作品を見せてもらい、アトリエで名画を鑑賞しながら修復の興味深い話を聞かせてもらった。
 あまりに人数が多いので、おいとましようと礼を述べる。
「いいから、ここで見ていきなよ。マジで最高のロケーションなんだから」
 秋山さんが言った瞬間、一発目の花火がうち上がる。
 頭上で銀河が爆発した!
 0610日光花火photo by 梅田さとえ

「うおおおおおーう!」
 全員が首をねじ曲げて歓声をあげる。なんと花火を真下から見あげるという驚異の体験だ。視界いっぱいに花火が広がり、火の粉が頭上から降ってきそうな至近距離である。実際に硝煙の匂いとともに花火をつつんでいた紙片が落ちてくる。
 花火を観賞する場所は100メートルほど手前だが、秋山さんの家は打ち上げ現場の真横だったんだ。つぎつぎに打ち上がる花火に全員が動けなくなる。人ごみにもまれる隅田川や多摩川の花火からは想像もできない迫力である。
 まさに「花火に呑まれる」ということを体感した。
 しかも奥さんの里美さん手作りのポトフやネギトロ握りまででてくる。「こ、これからバーベキューなので」などと口では遠慮しつつも、美味しくいただいてしまいました。秋山さん、ほんとうにすばらしい体験をありがとう。
 一同はヤスコちゃんの「カッファ」で、徒歩日本縦断旅行成就寸前の大介が描いた壁画を鑑賞し、小坂さんの車で霧降高原にある「幾何学堂」へむかった。

 今回のメンバーは、ネパールでマオイスト・ゲリラに襲撃されたヤス、インドでリキシャを売りつけられそうになったノブ、大阪から10ヵ月になる娘「凛」を連れててやってきた映子、石垣島ライブで出会い京都ライブにガンの母親久子さんを連れてきてくれたアーティスト茉莉、宮古島や札幌のライブや中禅寺湖キャンプや早稲田のネアリカにきた旅人あかり、中禅寺湖キャンプにきて今度大宮ライブを主催する女優&歌手のかれん、現役ひきこもりのくせにバリ島や中禅寺湖キャンプなど飛びだすマサキ、江古田ライブにきた絵本画家・トクのサとシ、ビーズアーティストのかよ、幾何学抽象画アーティストあつし、ネアリカに何度の参加し今回もバイクで日光へ来たエミ、旧友で放浪詩人梅田サトエ、ONSENSライブの常連で熊本から東京へ引っ越したヨーヨー、ダンサーまゆみーらんど、勝手に公園に植えてある木を束ねて家を造ってしまうホームレスアーティスト・コージなど、あいかわらずの珍獣博覧会である。
 珍獣たちは幾何学堂にはいったとたん雄叫びをあげる。
 これほどまでに独創的で美しい家を見たことがないのだ。あらゆる細部にいたるまで小坂さんの美学がいきとどいた家の造りにみんな驚愕の色を隠せない。40畳のベランダには小坂さんのドア作品がライトアップされている。みんなにこれが見せたかったのよね。
0610幾何学堂記念撮影小坂さんのドア作品の前で

 ビーズ・アーティストのかよちゃんが幾何学堂に作品を展示する。キャンバスに150時間もかけてビーズを縫いつけた作品は繊細で音楽的な躍動感に満ちていた。
 幾何学堂の音響効果もかなりのものだ。天井のないシンプルな作りと、ラップランド産のシルバーパインが天然のエコーをつくりだす。しかもピアノまである。オレはつい数日前つくった新曲をピアノで弾きはじめた。

 1,青空のむこう(新曲)
 2,ミタクオヤシン
 3,ぬちどう宝(梅さんリクエスト)
 4,マヨネーズと電話帳(新曲)
 5,ムーンタイム
 6,旅立ちの歌(かれんのリクエスト)
 7,ベスト(新曲)
 8,alone(あかりのリクエスト)
 9,ぼくの居場所(ヨーヨーリクエスト)
 10,祈りの歌
 11,天使のキス

 ONSENSではなかなか聴けない曲やリクエストを交えて歌った。定番となった「祈りの歌」は、ピアノのうえに石垣島・ヨウコの写真を飾り、茉莉の母・久子さん、手術を終えたはなび、ツネちゃん、それぞれが身近で苦しんでいる人を思い浮かべながら祈った。
 薪ストーブのあたたかさと家族的な雰囲気に包まれ、心暖まるライブだったと思う。自分で言うのもなんなんで、詩人である梅さんのブログを引用しよう。

ライブはサイコーだった。
やっぱ、「生」はいいわ。
アキラの声がこんなに素敵とは!あらためて感動。
「いい生き方」をしてるなとしみじみ思った。
「幾何学堂」も、目を見張るほど、斬新かつお洒落で、
いや~、世の中にはスゴイ人がいるもんだ。(以上抜粋)

0610幾何学堂1photo by コージ

 ライブのあとは小坂さんの手料理である。
 なにごとも一芸を極めた人は料理も絶品だ。特注刺身の手巻き寿司をみんな競うよう食べる。鶏が崩れるまで出汁をとったきりたんぽ鍋、極めつきはシンクを改造した手製炭焼きコンロで鮭のチャンチャン焼きである。
 なんとバーテンダーまでがかけつける。ちろりん村のジンちゃんはむかしバーテンダーをやっていて、たとえば客が「燃える秋」とかお題を出すと、そのイメージでオリジナルカクテルを創ってくれるんだ。
 10ヵ月になる「凛」もすやすや眠り、昨日2時間しか寝てないオレもひとり野外の縁側で寝袋にくるまった。みんなは朝焼けを見るまで起きていたという。中二階の女子部屋にはふとんが敷かれ、寝袋組は部屋のそこここに陣取って雑魚寝する。さすが珍獣だけあって野性的である。

 10月8日(日)
 オレは7時半くらいに早起きし、トイレにおいてあったラインホルト・メスナーの「ナンガパルバート単独行」を読んでいた。9時くらいにみんなが起きだしてくる。鶏鍋のダシに讃岐うどんをいれ、チャンチャン焼きの残りをおかずに食べる。なんとぜいたくな朝食であることよ。
0610幾何学堂2バリ風のジャングルを眺めながら讃岐うどん

 10時くらいに幾何学堂をでて「ちろりん村」へ1時間ほどの道のりを歩く……はずだった。これまたありえない幸運だが、メルモンテの送迎バスが常連のオレを見つけ、止まってくれる。メルモンテまで5分で着き、少し下って「ちろりん村」から、隠れ三滝ハイキングへ出発した。
 森の木漏れ日のなか、山道を歩くのは気持ちがいい。歩道がよく整備されているのは、昨日のバーテンダー・ジンちゃんたち「ちろりん村」スタッフのおかげだ。
 最初の「丁字の滝」(ちょうじのたき)はロープを伝わって滝壺へ降りていく。小ぶりながらも昨日までの大雨を集めて勢いよく落ちてくる。やっぱ疲れたときはマイナスイオンよね。
 2番目の玉簾の滝(たますだれのたき)は、なるほど幅広の崖をすだれのように流れてくる。はじめは見晴台から眺めていたが、マイナスイオンを求めて滝壺にまわった。
 ホームレス・アーティストのコージが靴を履いたまま滝の岩を登っていく。ネパール帰りのヤスも平気な顔で滝に歩いていく。あかりが迂回しながらも滝横の崖を登る。見晴台から小学生の歓声があがる。いやはや珍獣をとおりこして、こいつら「ケダモノ」だわ。
「アキラ、ちょっとその岩にのって。写真撮るから」梅さんが言う。
 そんな気安くのってって言われても、滝壺に突きだした大岩である。飛沫に濡れた苔は思いっきり滑るし、落ちたら水の中に真っ逆さまである。軽く引き受けたもののビビリながら岩に昇る。ちょっと足が震えながらも両手を広げてポーズをとった。
0610アキラと滝photo by 梅田さとえ

 最後の「マックラ滝」は高い崖が日光をさえぎり、不気味な勇姿をのぞかせている。丸木橋をわたり近づいていくと挑みかかるようにそびえ立つ巨大な滝だった。滝壺に近づくと、のどかなマイナスイオンどころか水しぶきでびしょ濡れになる。とうぜん岩も濡れていて、足下が危ない。巨大な階段状になった滝はかなり下までつづいている。もしこんなところで落ちたら、岩棚に何度も体を打ちつけ、下まで転がり落ちていくだろう。みんなは恐る恐る足下を確認し、滝壺へ近づいていく。
 恐れていた事故が起こった。
 完璧なハイキング支度をしてきたあつしが段になった滝壺で足を取られ、落下したのだ。かかとは段にかかったまま後頭部が弧を描いて後ろ向きに落ち、足が宙を舞い、逆さまに回転する。岩下で左の顔面を打ち、足から水面に着地する。後ろ向きに宙返りしたあつしは、たまたま下にあった水のくぼみに……立った!
 あつし自身なにが起こったのかわからなかった。オレは急いでかけよりびしょ濡れのあつしを引きあげる。不思議なことに打ちつけた顔面の枯れ草をはらうと傷はない。あつしはものすごいアクロバットで空中を舞いながらも怪我ひとつしなかったのだ。人ひとり死んでもおかしくないはずなのに、なんという幸運なのだろう。
 オレは滝や自然やオレたちを守ってくれた影たちに感謝した。
 これは「自然をなめんなよ」という警告でもあり、もっと拡大解釈すると、「自分とつながるすべてのものに敬意を怠ると本当に事故が起こるぞ」、そして「困難を恐れるんじゃなく、畏れ、リスペクトし、感謝しながら、立ちむかっていけ」という学びだと思った。

 帰り道は先導役のオレが道をまちがえ、「戊辰戦争」の道に迷いこんでしまった。
 戊辰戦争(1868年 - 1869年)は、明治新政府と江戸幕府の最後の戦争である。幕府側についた会津藩(福島県)はこれを「会津戦争」と呼ぶ。明治新政府のおもだった薩摩藩(鹿児島県)と長州藩(山口県)との戦いだ。会津藩が敗れ、10代の「二本松少年隊」や「白虎隊」が非業の死を遂げたことで有名である。いまだに福島県は、山口県との和解を拒絶し、旅館で山口県や鹿児島県宿泊者を拒絶するところまであるという。
 会津藩を中心とした旧幕府軍は日光に立てこもり、戦火が社寺におよぶのを防ぐために、このルートで逃れていったという。オレたちが歩いた「戊辰戦争の道」は、戦争前から炭の運搬など東北と日光を結ぶ交易ルートだった。漁師や山伏、サンカやアイヌ系山間民族など「まつろわぬ民」が行き来した秘密の道だったのだ。
 オレたちも平和憲法を踏みにじる安部新政権から逃れるときはここを通って逃げよう。

 2時間以上歩きっぱなしでメルモンテ温泉に到着した。
 べつにたいしたことない「ネギラーメン」や「湯葉ソバ」をみんな「おおっ、文明の味!」と感動しながら美味しくいただいた。
 みんなは最高の温泉を楽しむ。
 しかしオレとヨーヨーと茉莉とかよはとなりの体育館で熱戦をくりひろげる。高校の卓球部であるヨーヨーはオレの宿命のライバルである。北海道行きのフェリーではオレが敗れ、前回の日光でオレは勝った。「ふふん、どこからでもかかってきなさい」とタカをくくっていたら、第一セットを21ー18で落としてしまうのよね。やばい、気を引き締めねば。第二セットはジュースの接戦を勝った。これで五分と五分である。しかしヨーヨーの変化球サーブに翻弄され、オレのスマッシュがネットにさえぎられ、運命の第三セットを21-15で負けてしまった。くやしい……オレの温泉ピンポンが卓球部ヨーヨーの前に完敗したのだ。
 オレが泣きながら露天風呂にはいると、飛んでもない風景を目の当たりにした。オレは1000回くらいこの露天風呂にはいっているがはじめて見る奇跡だった。
 ウソみたいな虹が目の前に架かっていたのである。
 虹はあの世とこの世をつなぐ橋だ。花火大会ではじまった今回のライブや滝めぐり、まさに「つながりを回復する」象徴のフィナーレだった。
 と、かっこよく書こうと思ったが、負けず嫌いのオレはぜんぜんちがうことを湯船で考えていた。
 あの美しい虹の意味はなに?
 ……小坂さんが幾何学堂のドアで描いた螺旋、
 ……あつしが後頭部から滝壺に落下して立ってしまう奇跡、
 ……変化球サーブに惑わされず、
 ……そうだ、こっちから強烈な回転をくわえ、
 ……虹の弧を描く必殺スマッシュを完成させてやるわ!
 そうよ、そうなのよ。
 「必殺レインボースマッシュ!」
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